上 下
52 / 62
3章・動乱の大英帝国

燐介、英国の大問題児と競馬をする①

しおりを挟む
 ランチタイムを迎えた。
 午前中はケンブリッジがひたすら攻撃を続けていた。これがどの程度のものなのか、クリケットに詳しいわけではない俺にははっきりとは分からない。ただ、エリスが憤慨しているからオックスフォードにとって望ましくないらしいことは伺えた。
「ランチタイムで切り替えるしかありませんな」
 そう言って、建物の中の食堂へと向かった。
 さて、どうしたものか。
 松陰と総司、山口の様子を見ると明らかに飽きている。俺もさすがにこの後数時間も付き合う気にはなれないし、できればフットボールかラグビーを見に行きたい。
「フットボールの予定は知りませんねぇ。学校に行けばやっているのかもしれませんが」
 エリスの言葉。
 ラグビーの創始者の割には、フットボールに冷たい。
「私はこうしてクリケットを見る以外では、エプソム競馬場に行って馬を見ることが多いですね」
 それだ!
 よくよく考えてみれば、俺はペリーの義子であるオーガスト・ベルモントの競馬をサポートするという名目でイギリスに来ていたんだった。競馬も見ないことには話にならない。松陰にしろ、総司にしろ、武士としての戦いという点で競馬なら文句は言わないだろう。
「ただ、今日はアスコットで大きなレースをするのではなかったですかね。確かエンペラーズカップか何か……」
 エンペラーズカップ?
 日本で言うなら天皇賞か?
 でも、イギリスは国王だったはずだが。
 二年後にはインドがイギリス領になって、ヴィクトリア女王がインド皇帝になるけれど。
 まあ、いいや。細かいことを気にしていても仕方がない。
 ダメでも何かしらレースはやっているだろう。ここはエリスを信じて、俺達は馬を見に行くことにしよう。
「……?」
 総司がまた振り返って後ろを気にしている。デューイもその仕草に反応して、時々背後に走っていくが、やはり何もない。
 一体、何なんだろう?
 分からないが、ひとまず進むことにしよう。

 アスコット競馬場は、ロンドン中心部から西に向かったところにある。エプソム競馬場よりは遠いが、馬車に乗れば一時間ちょっとの距離。それほど苦にはならない。
「ここも上流階級の者が多いな。馬のことにこれだけ上流階級の者が集まるとは」
 スタンドに向かうまでの松陰の一言。馬にここまで入れ込む上流階級が多いことが腑に落ちないのだろう。
「日本は農耕馬を飼っているが、ここの馬達は走ることのためのみに育てられているからな。金持ちでなければ持つことはできない。例えば、毛利様と山内様がそれぞれの名誉をかけて馬を競わせるようなものと考えれば分かりやすいんじゃないかな?」
「なるほど……。そのような馬は、軽々しく使えないし、餌や訓練も特別なものになるというわけか」
 どうやら納得したらしい。

 競馬場のスタンドに行くと、過去のゴールドカップの勝ち馬のプレートが置かれてある。あ、ちなみにエリスがエンペラーズカップと言っていたのは十年くらい前にロシア皇帝ニコライ1世が観戦した記念に名称変更をしたらしい。
 ただ、クリミア戦争が発生したので「敵国の名前なんか名乗れるか」ということで以前のゴールドカップという名称に戻したということだ。
 いつの時代でもそういう話はあるんだな。
 と思いながら、優勝馬を探していく。
「おっ、デューイ。この二年前に勝った馬は覚えておくといいぞ」
「うん? ウェストオーストラリアン? 凄い馬なのか? まあ、勝ったから凄いんだろうけれど」
「ああ、こいつはきっとすごくなる」
 と言うのも、こいつの息子のオーストラリアンがアメリカに渡り、種牡馬として大成功するからだ。その中に20世紀を代表する名馬マンノウォーも含まれている。
「それじゃ一山当てようぜ」
「えっ?」
「だって、そんなことが分かるんだったら、今日勝つ馬も分かるだろ?」
「い、いや……、それは……」
 俺がウェストオーストラリアンを知っているのは、あくまで有名馬の先祖だからだ。いい馬と悪い馬が分かるわけではない。
 それでも、ひょっとしたら知っている馬がいるかもしれないと出馬表を見るが。

 全然、分からん。

 デューイは勝って小遣い稼ぎする気満々だ。
 総司や松陰にも持ち金が倍になるとか言っている。
 これはヤバい。外れたら、「おまえ、適当なこと言っているんじゃねえよ。もしかして、ペリー様も騙したんじゃないのか?」とか言われかねない。
 参ったな、全部見たことも聞いたこともない馬だ。
「……うーん、これは……」
 指さそうとしつつ、決断がつかないでフラフラしていると。
「馬鹿だなぁ、お前。これは5番ウィンクフィールドが勝つに決まっているだろ」
 いきなり背後から声をかけられる。
 振り返ると、小ざっぱりした服を着た生意気そうな少年がいた。
 年は同じくらいだろうか。イギリス人と日本人ということで背は俺達より高いが、デューイほどではない。
「うん、こいつの気配……?」
 総司が小声でつぶやいた。
 どうやら、総司が後ろを気にしていたのはこいつのせいらしい。
 しかし、一体何者なんだ?
「悪いことは言わない。5番に賭けておきな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...