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3章・動乱の大英帝国
燐介、マルクスにフットボールを勧める①
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「マルクスさんは、労働者を団結させたいんだよね?」
「む……、どういう意味だ?」
「確か労働者による革命を企てて失敗しているんだよね? で、できるなら今後もやりたいと思っているんだよね?」
「小僧、何故それを……?」
マルクスは驚いている。まあ、日本から来たとおぼしき小僧が、ヨーロッパの出来事を知っているとなれば、驚くことではあるだろう。
正確に全部知っているわけではないけれど、マルクスは1848年にヨーロッパ各地で起きた革命に結構顔を出していて、それで母国プロイセンをはじめ、多くの国で出入り禁止扱いになっていたはずだ。
「……小僧の言う通り、吾輩はフランス、ベルギー、ドイツで指揮をとったがいずれも失敗した。革命の機運になかったのかもしれない……」
「労働者に社会理論をぶつけても、正確には理解できないよ」
「むむむ……。それも言える。吾輩のような天才の考えは、日々を生きるのに必死な労働者には理解されないのだろうな……」
マルクスは頭を抱える。それはいいのだけど、自分で自分のことを天才と言うのはどうかと思うよ。それにあんただって、新聞寄稿がなくなると餓死するとか言っていたわけで、他人のことをあまり大きく言えないと思うんだけれど。
まあ、いいや。俺の話を進めよう。
「労働者には、理念だけではダメだ。もう一つ、皆が団結するためのものが必要だ」
「そうは言うが、一体何をもってすれば団結できるのだ?」
「もちろん、ボールだ」
「ボール?」
マルクスは目を大きく見開いた。
「ボールというと、子供が玉遊びに使う、あのボールか?」
「それは玉遊び用のボールだ。労働者が命の次に大切なものを賭けるボールが存在する。フットボールだ」
「フットボール? ……というと、最近、シェフィールドでやっているものか?」
「そうだ」
さすがにマルクス。関心のない分野でも一応は抑えているんだな。
サッカーの原型については諸説あるのは以前も触れたが、具体的に発展の兆しを見せ始めたのは18世紀末くらいで、それ以降、大学などを中心に幾つかのチームが作られたが、もっとも熱心だったのはイギリス中部のシェフィールドだった。
そして、まさに今、俺達が生きる翌年にあたる1857年、シェフィールドに世界最初のフットボール・クラブが誕生することになる。シェフィールドFC(フットボール・クラブ)だ。
その4年後、イングランド・フットボール・アソシエーション略してFAが創設されることとなった。シェフィールドのフットボールの歴史は全英協会よりも古いわけだな。
ちなみにフットボールのことをサッカーというのは、最初複数のルールがあったことと、最終的にFAルールが統一ルールとなったことに由来する。協会式フットボールと言うのに際して、Associationに「~する人」のerをくっつけて、Sockerとなり、それがSoccerとなったわけだ。何でAが抜けたのかは知らん。
英国でも、当初はシェフィールド式を含めた我流ルールが幾つか存在していた。だから、当初は『フットボールの中のサッカー』という呼び名だったはずだが、全英協会式が1877年には統一ルールとなった。ついでにヨーロッパでもそれを採択したので、現在、他のルールで行うことはまずありえない。つまり、フットボールが一つしかないから、フットボールなわけだ。
ところが、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどでは自前のフットボール競技が存在している。アメリカンフットボール、カナディアンフットボールという具合に。だから、これらの国では協会式ということでサッカーという単語を使う。
となると、日本には自前のフットボール競技が他にないのだから(少なくともスポーツ紙などで取り上げられるくらい普及しているものはない)、フットボールで良さそうなものだが、これは恐らく大学がカッコつけたためだろう。慶応大学がソッカー部、東京大学や早稲田大学がア(アソシエーション)式蹴球部と名乗り、今でもその名称を使っているあたりが影響しているのではないかと思われる。
それはさておき。
「フットボールは11人がチームになってボールを追うものだ。ボール一つで簡単に多くの人間の心を一つにできる」
「むむむ……、そういうものなのか?」
この時代、最も発展しているスポーツはクリケットだった。貴族がやるスポーツだったからな。
ただ、クリケットは良く言えば優雅、悪く言えばダレるスポーツである。今でこそ三時間くらいで終わるルールもあるが、昔は半日から数日かかるものだった。
それに比べて、フットボールは短い時間で終わる。だから、労働者などを中心に行われるようになり、発展していって、クリケットを抜いて今に至るわけだ。
歴史的に見ても、フットボールは労働者のスポーツとして栄えたわけだ。だから、マルクスに推したとしても何の問題もない。
それに、フットボールは大衆の心も一つにする。
かつてペルーで日本人大使館が占領された時、人質はゲリラとサッカーをしていたという話がある。アルゼンチンでディエゴ・マラドーナの名前を出せば、どんな悪人だって反応を示す。
つまり、労働者の団結のためにフットボールは有意義な効果を有するというわけだ。
「む……、どういう意味だ?」
「確か労働者による革命を企てて失敗しているんだよね? で、できるなら今後もやりたいと思っているんだよね?」
「小僧、何故それを……?」
マルクスは驚いている。まあ、日本から来たとおぼしき小僧が、ヨーロッパの出来事を知っているとなれば、驚くことではあるだろう。
正確に全部知っているわけではないけれど、マルクスは1848年にヨーロッパ各地で起きた革命に結構顔を出していて、それで母国プロイセンをはじめ、多くの国で出入り禁止扱いになっていたはずだ。
「……小僧の言う通り、吾輩はフランス、ベルギー、ドイツで指揮をとったがいずれも失敗した。革命の機運になかったのかもしれない……」
「労働者に社会理論をぶつけても、正確には理解できないよ」
「むむむ……。それも言える。吾輩のような天才の考えは、日々を生きるのに必死な労働者には理解されないのだろうな……」
マルクスは頭を抱える。それはいいのだけど、自分で自分のことを天才と言うのはどうかと思うよ。それにあんただって、新聞寄稿がなくなると餓死するとか言っていたわけで、他人のことをあまり大きく言えないと思うんだけれど。
まあ、いいや。俺の話を進めよう。
「労働者には、理念だけではダメだ。もう一つ、皆が団結するためのものが必要だ」
「そうは言うが、一体何をもってすれば団結できるのだ?」
「もちろん、ボールだ」
「ボール?」
マルクスは目を大きく見開いた。
「ボールというと、子供が玉遊びに使う、あのボールか?」
「それは玉遊び用のボールだ。労働者が命の次に大切なものを賭けるボールが存在する。フットボールだ」
「フットボール? ……というと、最近、シェフィールドでやっているものか?」
「そうだ」
さすがにマルクス。関心のない分野でも一応は抑えているんだな。
サッカーの原型については諸説あるのは以前も触れたが、具体的に発展の兆しを見せ始めたのは18世紀末くらいで、それ以降、大学などを中心に幾つかのチームが作られたが、もっとも熱心だったのはイギリス中部のシェフィールドだった。
そして、まさに今、俺達が生きる翌年にあたる1857年、シェフィールドに世界最初のフットボール・クラブが誕生することになる。シェフィールドFC(フットボール・クラブ)だ。
その4年後、イングランド・フットボール・アソシエーション略してFAが創設されることとなった。シェフィールドのフットボールの歴史は全英協会よりも古いわけだな。
ちなみにフットボールのことをサッカーというのは、最初複数のルールがあったことと、最終的にFAルールが統一ルールとなったことに由来する。協会式フットボールと言うのに際して、Associationに「~する人」のerをくっつけて、Sockerとなり、それがSoccerとなったわけだ。何でAが抜けたのかは知らん。
英国でも、当初はシェフィールド式を含めた我流ルールが幾つか存在していた。だから、当初は『フットボールの中のサッカー』という呼び名だったはずだが、全英協会式が1877年には統一ルールとなった。ついでにヨーロッパでもそれを採択したので、現在、他のルールで行うことはまずありえない。つまり、フットボールが一つしかないから、フットボールなわけだ。
ところが、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどでは自前のフットボール競技が存在している。アメリカンフットボール、カナディアンフットボールという具合に。だから、これらの国では協会式ということでサッカーという単語を使う。
となると、日本には自前のフットボール競技が他にないのだから(少なくともスポーツ紙などで取り上げられるくらい普及しているものはない)、フットボールで良さそうなものだが、これは恐らく大学がカッコつけたためだろう。慶応大学がソッカー部、東京大学や早稲田大学がア(アソシエーション)式蹴球部と名乗り、今でもその名称を使っているあたりが影響しているのではないかと思われる。
それはさておき。
「フットボールは11人がチームになってボールを追うものだ。ボール一つで簡単に多くの人間の心を一つにできる」
「むむむ……、そういうものなのか?」
この時代、最も発展しているスポーツはクリケットだった。貴族がやるスポーツだったからな。
ただ、クリケットは良く言えば優雅、悪く言えばダレるスポーツである。今でこそ三時間くらいで終わるルールもあるが、昔は半日から数日かかるものだった。
それに比べて、フットボールは短い時間で終わる。だから、労働者などを中心に行われるようになり、発展していって、クリケットを抜いて今に至るわけだ。
歴史的に見ても、フットボールは労働者のスポーツとして栄えたわけだ。だから、マルクスに推したとしても何の問題もない。
それに、フットボールは大衆の心も一つにする。
かつてペルーで日本人大使館が占領された時、人質はゲリラとサッカーをしていたという話がある。アルゼンチンでディエゴ・マラドーナの名前を出せば、どんな悪人だって反応を示す。
つまり、労働者の団結のためにフットボールは有意義な効果を有するというわけだ。
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