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3章・動乱の大英帝国
燐介、マルクスと世界を語る②
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「山口、総司、松陰さんを頼む」
さすがに日本からやってきていきなりロンドンで人斬りなんてなったら大変だ。
俺は松陰を二人に任せて、交代する。
「アメリカにはさ、王様や貴族はいないけれども、奴隷制度はあるよ」
俺が答えると、マルクスも「したり」と頷いた。
「それが数少ない問題だ。だが、近い将来に奴隷制度を存続したい南部と、廃止したい北部との間で内戦が起きるだろう。北部が勝利すれば奴隷制度がなくなり、より完璧な国に近づく」
「ふうむ……」
マルクスの奴、南北戦争のことを予見しているのか。これは意外だ。
どう答えたらいいか迷っていると、奴は誇らしげに胸を張る。
「ハッハッハ。吾輩の言うことが信じられないのかもしれないが、吾輩はアメリカの新聞に寄稿しているのだ。行ったことはないが、吾輩ほどのアメリカ通はおらん」
「だったら、行ったらいいんじゃないの?」
「それはやまやまだが……」
「やまやまだが?」
「吾輩には金がない」
思わずズコーと滑りそうになってしまった。
そういえば、マルクスって慢性的に金欠だったという話をどこかで聞いたことがあるな。確か盟友のフリードリヒ・エンゲルスに生活費を出してもらっていたんだっけ。
「だから失敗するわけにはいかんのだ。エンゲルスのところを離れてうまくいかなかった場合、吾輩は間違いなく餓死することになるからな」
「生活できないなら無理じゃないか? そもそも、あんたが言う内戦が始まったら、どちらが勝つにしてもしばらくは大変なことになるぞ。ロンドンで記事書かせる余裕もなくなるんじゃないか?」
思いついたままに話したところ、マルクスは「ガーン!」という様子で頭を抱える。
「そう言われてみれば! まずい! そうでなくても金欠なのに、アメリカへの寄稿の仕事がなくなれば、吾輩はどうなると言うのだ!?」
「いや、どうなるって言われても。普通に働けば?」
「それは無理だ。吾輩にはなさなければならないことがある。世界は革命されなければならない。そのためには吾輩のペンが必要だ」
どこからそんな根拠のない自信が湧いてくるんだよ。
まあ、実際に革命は起きたけれども。
と思った時、俺の頭に閃くものがあった。
「さっき、階級闘争と言っていたよね?」
「うむ。言ったぞ?」
「ブルジョワなどの上流階級が搾取《さくしゅ》し、労働者が搾取される。だから、労働者が革命を起こして上流階級を打破しようというのがあんたの考えなんだよね?」
「よく分かっているではないか、小僧。吾輩の弟子になるか?」
「それは遠慮しておく。でも、さっき、アメリカで北部と南部が戦争すれば北部が勝つと言っていたよね?」
「うむ。言ったぞ」
「それは何故?」
「考えるまでもないことだろう。北部の人間は奴隷と共に戦う。南部の人間は奴隷との対立を抱えて戦う。その差は歴然だ」
「つまり、両方が100の力があるとして、北部は100だけど、南部は奴隷を抑えるために10やら15やら力を使うから、85とか90になるってことだよね」
「その通りだ。小僧、飲み込みがいいな」
「だとすると、階級闘争がある方が負けるってことじゃないの?」
「むぐっ?」
マルクスの目が丸くなった。
「アメリカ北部が階級闘争で革命中のところと戦ったら、絶対に勝つって話にならない?」
実際に、アメリカが共産主義国に勝ったわけだし、な。
もちろん、階級闘争云々の話だけではないだろう。共産主義だと競争がなくなるから、新技術が育ちにくいということがある。また、階級闘争を前提とする社会になるから、トップに立ったものが常に革命を恐れなければならないと言うことがある。
その他諸々も含めて失敗した原因は幾つかあるけれど、南北戦争に関する見解を見る限り、マルクスは根本的にヨーロッパ外のことまで考えていなかったのかもしれない。ヨーロッパでうまくいけば万事OKと考えていたのではないだろうか?
20世紀になって、アメリカが主力となって欧州での戦線に兵士を送ってくるなんていう展開は予想していなかったんだろう。まあ、そこまで予想しろというのも酷だろうとは思うが。
「小僧……、おまえはアメリカがヨーロッパを凌駕するというのか?」
マルクスは滅茶苦茶動揺している。
いや、あんた、アメリカ好きなんだったら、そこまで予想しなければいけないんじゃないの?
でも、これと似たような話はスポーツでもあるかもしれないなぁ。
サッカーやラグビー等、海外が本場と思しき競技で、日本が結果を出した場合、急に「世界はこんなに甘くない。まだまだ日本は遅れている」とか言い出す人がいるよね。それと似ているのかもしれない。
と、考えたら、また別の考えが閃いた。
ひょっとしたら、マルクスをきっかけに労働運動をスポーツの世界に引き込むチャンスがあるんじゃないか?
今日の俺、結構冴えているのかもしれない。
※作者注
マルクスはアメリカの新聞『ニューヨーク・トリビューン』に寄稿していて、南北戦争発生に伴い、解雇されています。
さすがに日本からやってきていきなりロンドンで人斬りなんてなったら大変だ。
俺は松陰を二人に任せて、交代する。
「アメリカにはさ、王様や貴族はいないけれども、奴隷制度はあるよ」
俺が答えると、マルクスも「したり」と頷いた。
「それが数少ない問題だ。だが、近い将来に奴隷制度を存続したい南部と、廃止したい北部との間で内戦が起きるだろう。北部が勝利すれば奴隷制度がなくなり、より完璧な国に近づく」
「ふうむ……」
マルクスの奴、南北戦争のことを予見しているのか。これは意外だ。
どう答えたらいいか迷っていると、奴は誇らしげに胸を張る。
「ハッハッハ。吾輩の言うことが信じられないのかもしれないが、吾輩はアメリカの新聞に寄稿しているのだ。行ったことはないが、吾輩ほどのアメリカ通はおらん」
「だったら、行ったらいいんじゃないの?」
「それはやまやまだが……」
「やまやまだが?」
「吾輩には金がない」
思わずズコーと滑りそうになってしまった。
そういえば、マルクスって慢性的に金欠だったという話をどこかで聞いたことがあるな。確か盟友のフリードリヒ・エンゲルスに生活費を出してもらっていたんだっけ。
「だから失敗するわけにはいかんのだ。エンゲルスのところを離れてうまくいかなかった場合、吾輩は間違いなく餓死することになるからな」
「生活できないなら無理じゃないか? そもそも、あんたが言う内戦が始まったら、どちらが勝つにしてもしばらくは大変なことになるぞ。ロンドンで記事書かせる余裕もなくなるんじゃないか?」
思いついたままに話したところ、マルクスは「ガーン!」という様子で頭を抱える。
「そう言われてみれば! まずい! そうでなくても金欠なのに、アメリカへの寄稿の仕事がなくなれば、吾輩はどうなると言うのだ!?」
「いや、どうなるって言われても。普通に働けば?」
「それは無理だ。吾輩にはなさなければならないことがある。世界は革命されなければならない。そのためには吾輩のペンが必要だ」
どこからそんな根拠のない自信が湧いてくるんだよ。
まあ、実際に革命は起きたけれども。
と思った時、俺の頭に閃くものがあった。
「さっき、階級闘争と言っていたよね?」
「うむ。言ったぞ?」
「ブルジョワなどの上流階級が搾取《さくしゅ》し、労働者が搾取される。だから、労働者が革命を起こして上流階級を打破しようというのがあんたの考えなんだよね?」
「よく分かっているではないか、小僧。吾輩の弟子になるか?」
「それは遠慮しておく。でも、さっき、アメリカで北部と南部が戦争すれば北部が勝つと言っていたよね?」
「うむ。言ったぞ」
「それは何故?」
「考えるまでもないことだろう。北部の人間は奴隷と共に戦う。南部の人間は奴隷との対立を抱えて戦う。その差は歴然だ」
「つまり、両方が100の力があるとして、北部は100だけど、南部は奴隷を抑えるために10やら15やら力を使うから、85とか90になるってことだよね」
「その通りだ。小僧、飲み込みがいいな」
「だとすると、階級闘争がある方が負けるってことじゃないの?」
「むぐっ?」
マルクスの目が丸くなった。
「アメリカ北部が階級闘争で革命中のところと戦ったら、絶対に勝つって話にならない?」
実際に、アメリカが共産主義国に勝ったわけだし、な。
もちろん、階級闘争云々の話だけではないだろう。共産主義だと競争がなくなるから、新技術が育ちにくいということがある。また、階級闘争を前提とする社会になるから、トップに立ったものが常に革命を恐れなければならないと言うことがある。
その他諸々も含めて失敗した原因は幾つかあるけれど、南北戦争に関する見解を見る限り、マルクスは根本的にヨーロッパ外のことまで考えていなかったのかもしれない。ヨーロッパでうまくいけば万事OKと考えていたのではないだろうか?
20世紀になって、アメリカが主力となって欧州での戦線に兵士を送ってくるなんていう展開は予想していなかったんだろう。まあ、そこまで予想しろというのも酷だろうとは思うが。
「小僧……、おまえはアメリカがヨーロッパを凌駕するというのか?」
マルクスは滅茶苦茶動揺している。
いや、あんた、アメリカ好きなんだったら、そこまで予想しなければいけないんじゃないの?
でも、これと似たような話はスポーツでもあるかもしれないなぁ。
サッカーやラグビー等、海外が本場と思しき競技で、日本が結果を出した場合、急に「世界はこんなに甘くない。まだまだ日本は遅れている」とか言い出す人がいるよね。それと似ているのかもしれない。
と、考えたら、また別の考えが閃いた。
ひょっとしたら、マルクスをきっかけに労働運動をスポーツの世界に引き込むチャンスがあるんじゃないか?
今日の俺、結構冴えているのかもしれない。
※作者注
マルクスはアメリカの新聞『ニューヨーク・トリビューン』に寄稿していて、南北戦争発生に伴い、解雇されています。
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