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2章・アメリカ社会とスポーツ前史
燐介、近代野球の父と語り合う
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嘉永七年……。
いや、日本を出た今、ここからは西暦1854年ということにしよう。
1854年6月、俺と吉田松陰、沖田総司、山口一太の四人はハワイへ向かうことになった。
ただし、黒船は中国情勢もあるし、乗員と搭載物資《とうさいぶっし》の関係もあって太平洋を横断することはできない。
そこで俺達はクリル諸島、今でいう北方四島付近まで移動して、そこでアメリカの捕鯨船に乗り移り、マウイ島ラハイナに向かった。更に船を乗り換えて、カートライトが住むホノルルへと向かう。
ラハイナはこの当時、太平洋捕鯨の一大センターとも言うべき港で、捕鯨船が列をなして停泊している。
俺達の船もここに二十日間ほど停泊し、その間、補給と修理を行うことになるが、俺達は付き合う義務はない。中心地は昔も今もホノルルであるから、すぐにホノルルへと移動する、というわけだ。
「いや~、久しぶりに普通の空気を吸うように思うよ」
ホノルルについた途端、総司が大きく深呼吸をする。
気持ちは分かる。俺も何となく知ってはいたが、鯨油の臭いに満ち満ちた船内に二か月ほどいるというのは壮絶な経験だった。最初の頃こそ総司と松陰も興味津々で手持ちの脇差でクジラの肉を切ったりしていたが、油が多すぎて切れ味が悪くなりそうだということで、すぐにやめてしまった。
後は興味半分、辟易半分の様子で眺めていただけであった。
俺達は住民に聞き込みをしながら、カートライトを探す。
「ここを曲がったところに消防団のオフィスがあって、そこにいるらしいけれど」
アメリカ本土でも消防団をやりながら野球を広めていたカートライトだが、ここホノルルでも消防団に所属しているらしい。
「あれじゃないか?」
総司が指さす先には確かに消防団ぽいマークがある。間違えて困るものでもないし、入ってみて、「カートライトさんはいないか?」と聞いてみた。
「……俺に何か用か?」
目指す人物は入り口近くに座っていた。
目深に帽子を被っていたが、その帽子をとると、確かに卒論を書いていた時に見た顔だ。ただ、当時見た写真の印象はそのままに無精ひげは伸び放題、全体としてくたびれた雰囲気がある。まだ30代くらいのはずだが、見た目は50近くに老いて見える。
「……お前達は日本人か?」
カートライトの第一声。
おっと、まさかハワイにいる人物に俺達が日本人であることがバレるとは意外だった。
「……そこまで意外でもない。このハワイではアメリカの連中がデカい顔をしている。だから、ハワイ人の中には、琉球や日本と組んで、大海洋帝国を作ろうという発想を持つ者もいる」
「おぉ~」
っと驚いているのは総司だが、これは俺もびっくりな話である。
ハワイは完全にアメリカの一部という印象だったが、この時代には反アメリカ的な考えをもっている奴もいたんだな。ちょっとびっくりだ。
とはいえ、俺は彼とハワイの話をしに来たわけではない。早速本題に入る。
「貴方はベースボールを広めていたんでしょ?」
俺が何げなく本題に入ると、彼は厳しい顔になった。
「その話はやめてくれ」
「……? 何かまずいの?」
「ベースボールを夢見たアレクサンダー・カートライトは死んだ。ここにいるのは、その抜け殻みたいなものだ」
おいおい。
何なんだ、こいつは。
ハリウッドの映画じゃないんだぞ。
こんなフィクションにしかいないような「ここにいるのは抜け殻だ。俺はもう死んだと思ってくれ」みたいな奴、本当に存在してていいのか?
というか、何に絶望しているんだ? ハワイの風土?
「そんなにハワイはベースボールに厳しいの?」
ハワイアンスポーツの土壌は正直言ってよく知らない。
令和の時代、ハワイにはアメリカ四大スポーツのトップチームはない。昔は大相撲の力士になっていた人もいたし、南の方のマウイ民族はラグビーが大好きだから、ひょっとしたら特殊な人達が多いのかもしれない。
と思ったが、詳しく聞くとそういうことでもないらしい。
「俺はカリフォルニアで一山当てて、一大ベースボールタウンを作ろうと思っていた。しかし、現実は甘くなかった。俺達のチームにはコレラが蔓延《まんえん》し、金は取れないわ、治療費はかかるわ。結局大損をして失意のまま流れ着いてきたというわけだ。ここにいる俺は、今を生きるに必死な惨めな消防団員ってわけさ」
なるほど。要は商売に失敗して、元手がないから野球をやる余裕がないというわけか。
「家族に金を出させて取り組んだ事業だった……、俺は何もかも失ってしまった」
うーん、アメリカ人というと根拠なく楽観主義な人物が多いイメージがあったが、カートライトは日本人的な悲観主義者のようだ。生き甲斐を失ってしまい、完全に惰性で生きてしまっている。そういう印象だな。
と、総司が俺をつついてくる。
「このおじさん、もうダメなんじゃないのか?」
中々に辛辣な評価である。
実際のところ、彼の功績というとハワイに来るまでに原始・野球のルールを作成したことであって、それ以降は何の功績もない。この自信喪失が影響したのかは分からないが、自分が考えたルールを記録として残すこともなかったようだ。
近代野球の父は、それを作った後、あまりたいしたことのない人物になってしまった。
どうやらそういうことらしい。
事実はそれでも何とかなった。メジャーリーグにはカートライトは一切携わっていないわけだからな。
だが、俺が来たからには、そうはさせない。
ここからガツンと叩いて、立ち直らせてやる。
いや、日本を出た今、ここからは西暦1854年ということにしよう。
1854年6月、俺と吉田松陰、沖田総司、山口一太の四人はハワイへ向かうことになった。
ただし、黒船は中国情勢もあるし、乗員と搭載物資《とうさいぶっし》の関係もあって太平洋を横断することはできない。
そこで俺達はクリル諸島、今でいう北方四島付近まで移動して、そこでアメリカの捕鯨船に乗り移り、マウイ島ラハイナに向かった。更に船を乗り換えて、カートライトが住むホノルルへと向かう。
ラハイナはこの当時、太平洋捕鯨の一大センターとも言うべき港で、捕鯨船が列をなして停泊している。
俺達の船もここに二十日間ほど停泊し、その間、補給と修理を行うことになるが、俺達は付き合う義務はない。中心地は昔も今もホノルルであるから、すぐにホノルルへと移動する、というわけだ。
「いや~、久しぶりに普通の空気を吸うように思うよ」
ホノルルについた途端、総司が大きく深呼吸をする。
気持ちは分かる。俺も何となく知ってはいたが、鯨油の臭いに満ち満ちた船内に二か月ほどいるというのは壮絶な経験だった。最初の頃こそ総司と松陰も興味津々で手持ちの脇差でクジラの肉を切ったりしていたが、油が多すぎて切れ味が悪くなりそうだということで、すぐにやめてしまった。
後は興味半分、辟易半分の様子で眺めていただけであった。
俺達は住民に聞き込みをしながら、カートライトを探す。
「ここを曲がったところに消防団のオフィスがあって、そこにいるらしいけれど」
アメリカ本土でも消防団をやりながら野球を広めていたカートライトだが、ここホノルルでも消防団に所属しているらしい。
「あれじゃないか?」
総司が指さす先には確かに消防団ぽいマークがある。間違えて困るものでもないし、入ってみて、「カートライトさんはいないか?」と聞いてみた。
「……俺に何か用か?」
目指す人物は入り口近くに座っていた。
目深に帽子を被っていたが、その帽子をとると、確かに卒論を書いていた時に見た顔だ。ただ、当時見た写真の印象はそのままに無精ひげは伸び放題、全体としてくたびれた雰囲気がある。まだ30代くらいのはずだが、見た目は50近くに老いて見える。
「……お前達は日本人か?」
カートライトの第一声。
おっと、まさかハワイにいる人物に俺達が日本人であることがバレるとは意外だった。
「……そこまで意外でもない。このハワイではアメリカの連中がデカい顔をしている。だから、ハワイ人の中には、琉球や日本と組んで、大海洋帝国を作ろうという発想を持つ者もいる」
「おぉ~」
っと驚いているのは総司だが、これは俺もびっくりな話である。
ハワイは完全にアメリカの一部という印象だったが、この時代には反アメリカ的な考えをもっている奴もいたんだな。ちょっとびっくりだ。
とはいえ、俺は彼とハワイの話をしに来たわけではない。早速本題に入る。
「貴方はベースボールを広めていたんでしょ?」
俺が何げなく本題に入ると、彼は厳しい顔になった。
「その話はやめてくれ」
「……? 何かまずいの?」
「ベースボールを夢見たアレクサンダー・カートライトは死んだ。ここにいるのは、その抜け殻みたいなものだ」
おいおい。
何なんだ、こいつは。
ハリウッドの映画じゃないんだぞ。
こんなフィクションにしかいないような「ここにいるのは抜け殻だ。俺はもう死んだと思ってくれ」みたいな奴、本当に存在してていいのか?
というか、何に絶望しているんだ? ハワイの風土?
「そんなにハワイはベースボールに厳しいの?」
ハワイアンスポーツの土壌は正直言ってよく知らない。
令和の時代、ハワイにはアメリカ四大スポーツのトップチームはない。昔は大相撲の力士になっていた人もいたし、南の方のマウイ民族はラグビーが大好きだから、ひょっとしたら特殊な人達が多いのかもしれない。
と思ったが、詳しく聞くとそういうことでもないらしい。
「俺はカリフォルニアで一山当てて、一大ベースボールタウンを作ろうと思っていた。しかし、現実は甘くなかった。俺達のチームにはコレラが蔓延《まんえん》し、金は取れないわ、治療費はかかるわ。結局大損をして失意のまま流れ着いてきたというわけだ。ここにいる俺は、今を生きるに必死な惨めな消防団員ってわけさ」
なるほど。要は商売に失敗して、元手がないから野球をやる余裕がないというわけか。
「家族に金を出させて取り組んだ事業だった……、俺は何もかも失ってしまった」
うーん、アメリカ人というと根拠なく楽観主義な人物が多いイメージがあったが、カートライトは日本人的な悲観主義者のようだ。生き甲斐を失ってしまい、完全に惰性で生きてしまっている。そういう印象だな。
と、総司が俺をつついてくる。
「このおじさん、もうダメなんじゃないのか?」
中々に辛辣な評価である。
実際のところ、彼の功績というとハワイに来るまでに原始・野球のルールを作成したことであって、それ以降は何の功績もない。この自信喪失が影響したのかは分からないが、自分が考えたルールを記録として残すこともなかったようだ。
近代野球の父は、それを作った後、あまりたいしたことのない人物になってしまった。
どうやらそういうことらしい。
事実はそれでも何とかなった。メジャーリーグにはカートライトは一切携わっていないわけだからな。
だが、俺が来たからには、そうはさせない。
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