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1章・渡米を目指す幕末転生少年

下田での出会い

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 かくして、嘉永七年……黒船の再来航、日本が開国する年を迎えた。
 俺は近藤勇、沖田総司と共に幕の内が明けると浦賀へと向かい、更にそのまま伊豆へと向かった。途中、近藤と沖田は小さな道場を見つけると、交流試合を申し込んだりしていて、割と楽しい旅だ。

 下田につくと、俺達は宿を取りながらその日が来るのを待つ。近藤と沖田にとっては黒船が来るのを、俺にとっては、吉田松陰と金子重之輔がやってくるのを。
 ただし、俺は二人の顔を知らないという問題がある。
 何せ吉田も金子も写真が残っていないからな。吉田松陰は比較的小柄で、疱瘡にかかったことからあばた顔だという話だから、その二つをもつ人物を探せば、いいのではないかと思っているが。
 しかし、全く予想外のことから、俺は吉田と接触を試みることになる。

 二月二〇日、俺は松陰が密航を試みたという弁天島《べんてんじま》を沖田とともに歩いていた。
 近藤? 近藤は市内で遊んでいる。本当は沖田も置いてきたかったのだが、「そんなことを言って、誰か不埒《ふらち》な奴らが出て来たらどうするんだ? 逃げられるのか?」と言われると従うしかない。佐那にすら勝てない俺である。荒くれものの男が出てきたらどうしようもない。
 弁天島から太平洋を眺めていると、不意に沖田が小声でささやいてきた。
「燐介、あっちに変な奴がいる」
「変な奴?」
 沖田の指さす方向を見た俺は驚いた。
「あれは……山口!?」
 そう。俺が転生前、最後に話をしていた同級生の山口一としか思えないような男が海岸を歩いていたのである。
 まさか、あいつも転生してきていたのか? ありえる話だ。
 ただ、俺は数え13だが、あいつは転生前とほぼ同じ姿だ。
 この年齢差はどう考えればいいのだろうか。

 俺は沖田に少し待機しているように頼み、山口に近づいた。
「おい、山口……」
 背後から声をかけると相手は飛び上がらんばかりに驚いた。振り返って叫ぶ。
「な、何なんだ、君は!?」
「俺だよ、宮地燐。今は燐介って名前だけど」
「……宮地?」
 山口は目を丸くしている。あれ、おかしいな。
「おまえ、山口だろ?」
「確かにそれがしは、山口一太《やまぐち いちた》ではあるが、おまえのような子供には見覚えがない」
 えぇっ?
 山口の様子に、誤魔化《ごまか》しているとかそういった風なものは一切ない。本当に分かっていないようである。
 ということは、こいつは転生したけれど記憶がないということか。
 あるいは、俺に関する記憶だけがないということだろうか?

 山口が何故この時代にいるかについては分からない。
 ただ、さしあたり、この弁天島をうろついているということは、吉田松陰絡みの可能性は極めて高い。
「山口さんさあ、もしかして、ここから船を出そうとか考えていない?」
 鎌をかけてみると、バレバレなほど動転している。
「そ、そ、そのようなこと、あるはずがない」
「……もしかして、吉田さん?」
「小僧、何故、それが分かる?」
 随分口が軽い奴だな。ま、いいけど。
 やはり山口は吉田松陰の助っ人として来たということらしい。
 ということは、俺が土佐に生まれて土佐の人達と行動をしていたがごとく、こいつは萩あたりで生まれて長州で過ごしてきたのだろう。
 一応確認してみよう。
「山口さんも長州から来たの?」
 ところが、案に相違して即座に否定された。
「まさか。私は御影《みかげ》から来た」
「御影?」
 恐らく神戸市内にある御影のことなのだろう。この御影と言われて思いつくものは一つしかない。冬場のサッカーでは風物詩となっている全国高校サッカー選手権、そこで十一回の優勝回数を誇る御影師範《みかげしはん》学校だ。現在は神戸大学の一学部になっているんだっけな。
 ま、優勝は全て戦前の話で、今は見る影もないが、日本のサッカー黎明期を飾る学校である。
 しかし、御影が松陰と何の関係があるのだろう?
 山口は別にサッカーをプレーしていたわけでもないし、神戸出身でもなかったはずだ。何の縁もゆかりもないところである。

 いや、ちょっと待て。
 論文を書いていた時に、何かあったような気がする。
 神戸御影とスポーツ史との関係が……

 ……そうだ!

「山口さん、もしかして、嘉納治郎作《かのう じろうさく》さんのところから来たの?」
 山口は今までで最大に狼狽した。
「な、何故そこまで分かる!?」

 これは……
 日本のスポーツ史では欠かせぬ人物との因縁が絡んできたらしい。
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