20 / 62
1章・渡米を目指す幕末転生少年
以蔵と総司、試衛館で対戦する
しおりを挟む
市ヶ谷《いちがや》の試衛館《しえいかん》は、剣術道場としては新興の部類に入る。何せ開設は15年ほど前のことらしい。
だから、武士の中で通う者は多くなく、町人や商人、富裕な農民の子弟が通っていたらしい。ある一事がなければ、名前すら残らない道場だったかもしれない。
その一事というのは、創始者近藤周助の養子となった近藤勇が、道場のメンバーを連れて新選組《しんせんぐみ》に入り、大活躍したことだ。これによって、試衛館と天然理心流《てんねんりしんりゅう》は幕末知識では必須のものとなった、ということだ。
俺にとっては、ここにいる連中は武士ではないので、護衛を頼みやすい。
近藤……この時代はまだ嶋崎……とは顔合わせしてある。万次郎に頼んで、ちょっと金を工面してもらえばついてきてくれる人がいるだろう。何せ新選組の中核メンバーのいるところである。信頼度という点では問題ない。
連れ出す口実?
それはもちろん、「黒船を見に行こう」だ。下田まで行って黒船を見たら、お金を渡して引き返してもらおうという算段だ。
俺は途中の店で美味しそうな菓子を買い、試衛館までたどりつく。たどりつくと言っても、詳しい場所を知っているわけではなく、人に道を尋ねながら、だが。
以蔵は竹刀を肩に背負い、「江戸にはこんなところもあるのか~」と呑気な様子だ。
「こんにちは! 勝さんはいますか?」
俺は道場の前まで来ると、大声で挨拶をする。千葉道場のようなピリピリとした雰囲気はない。武士が少ない気楽さもあるのだろう、みんな楽しそうに打ちあっている。
勝さんというのは、下の名前なら間違えないだろうということだ。この時代は嶋崎だが、絶対に「近藤さん」と呼んでしまいそうだからな。下の名前にしても、うっかり「勇さん」と言いかねないか不安だ。
「何だ? 俺の名前を……。おっ? おまえはこの前の」
出て来た近藤は、俺の顔を見て意外そうな笑みを浮かべる。
「この前は、助けてもらってありがとうございました。お礼にお菓子を持ってきました」
「おぉ、そんなつもりはなかったのに悪いな」
近藤は丁寧に頭を下げて、菓子を受け取った。そのうえで俺達を中に通してくれる。その途中で以蔵を紹介した。
「彼は土佐の岡田以蔵といいまして、若いですが、まあまあの剣の使い手です。土佐の屋敷では相手が少なくて、試合がしたいと言うので連れてきました」
俺の紹介に、以蔵が鼻息荒く竹刀を右手に構える。
「岡田以蔵じゃ。よろしく頼む!」
門下生から「あれは武士じゃろうか?」、「武士じゃ」、「武士が来た」という声が沸き上がっている。
「元気が良さそうだね。よし、総司《そうじ》! ちょっと相手を頼む」
何!? 総司?
「はい!」
と、出て来たのはのっぺらい顔をした愛嬌のある少年だ。
こ、これが沖田総司《おきた そうじ》。
「うん? 俺より年下?」
以蔵がムッとした声を出す。確かに土佐では年少ながら活躍して、年長の面々より評価されていた以蔵である。ちょっと天狗になっているから、ここで年少の者の相手をさせられるのはショックかもしれない。
しかし、後のことを知る者からすればこれは凄い勝負である。
岡田以蔵対沖田総司。
仮にこの時代に年齢制限の大会、例えばアンダー16の剣術大会があれば、全日本決勝のカードになるかもしれない。
「総司はまだ子供だけれど、天才だ。果たして、彼はもつかな?」
近藤が楽しそうに語っている。
「そうですね。勝さんより強そうですね」
「おっ、小僧。分かるのか? って、俺より強いは無いだろ!」
近藤の言葉に、門下生達が笑う。
黒船のことを話したいのはやまやまだが、野次馬根性として、この試合は見たい。
二人は竹刀を構えて向き合った。向き合った瞬間、お互いの緊張感が増したのが明らかに分かる。どうやら、どちらも「こいつは只者ではない」と思ったようだ。
「はじめ!」
の声がかかっても、二人とも一歩も動かない。
体格は以蔵の方がかなりたくましい。年上だし、トレーニングもしているからな。しかし、総司は小柄だが隙が無い。
「はじめ!」
30秒ほど両者が動かないので、立会人が二人を促す。
それに反応して、まず以蔵が前に出た。
同時に総司も前に出る。
「はあっ!」
気合の声とともに突きを一発、これを以蔵が弾くと更にもう一発、更にもう一発繰り出そうとする。
こ、これが沖田総司の三段突きか!
そう思った瞬間、以蔵も叫んだ。
「どりゃあ!」
次の瞬間、「うわー!」という声とともに総司が大きく飛ばされた。イメージ的には十メートルくらい吹っ飛んだくらいの迫力がある。実際には三メートル程度だが。
立会人が、迷った顔をして、近藤の顔色を伺う。
いや、総司はあれだけ吹っ飛んだんだから、以蔵の勝ちじゃないのかと思ったが。
「竹刀の勝負なら以蔵君の勝ちだ。しかし、真剣の勝負なら、その前に総司の二発目の突きが以蔵君の喉を斬っている、致命傷ではないが、あれだけの振りはできなかったはずだ」
「……間違いない。わしの負けじゃ」
おぉ、以蔵が大人しく頭を下げた?
ということは、総司の勝ちか?
すごいものを見た。
俺と佐那の剣道とはエラい違いだ。
だから、武士の中で通う者は多くなく、町人や商人、富裕な農民の子弟が通っていたらしい。ある一事がなければ、名前すら残らない道場だったかもしれない。
その一事というのは、創始者近藤周助の養子となった近藤勇が、道場のメンバーを連れて新選組《しんせんぐみ》に入り、大活躍したことだ。これによって、試衛館と天然理心流《てんねんりしんりゅう》は幕末知識では必須のものとなった、ということだ。
俺にとっては、ここにいる連中は武士ではないので、護衛を頼みやすい。
近藤……この時代はまだ嶋崎……とは顔合わせしてある。万次郎に頼んで、ちょっと金を工面してもらえばついてきてくれる人がいるだろう。何せ新選組の中核メンバーのいるところである。信頼度という点では問題ない。
連れ出す口実?
それはもちろん、「黒船を見に行こう」だ。下田まで行って黒船を見たら、お金を渡して引き返してもらおうという算段だ。
俺は途中の店で美味しそうな菓子を買い、試衛館までたどりつく。たどりつくと言っても、詳しい場所を知っているわけではなく、人に道を尋ねながら、だが。
以蔵は竹刀を肩に背負い、「江戸にはこんなところもあるのか~」と呑気な様子だ。
「こんにちは! 勝さんはいますか?」
俺は道場の前まで来ると、大声で挨拶をする。千葉道場のようなピリピリとした雰囲気はない。武士が少ない気楽さもあるのだろう、みんな楽しそうに打ちあっている。
勝さんというのは、下の名前なら間違えないだろうということだ。この時代は嶋崎だが、絶対に「近藤さん」と呼んでしまいそうだからな。下の名前にしても、うっかり「勇さん」と言いかねないか不安だ。
「何だ? 俺の名前を……。おっ? おまえはこの前の」
出て来た近藤は、俺の顔を見て意外そうな笑みを浮かべる。
「この前は、助けてもらってありがとうございました。お礼にお菓子を持ってきました」
「おぉ、そんなつもりはなかったのに悪いな」
近藤は丁寧に頭を下げて、菓子を受け取った。そのうえで俺達を中に通してくれる。その途中で以蔵を紹介した。
「彼は土佐の岡田以蔵といいまして、若いですが、まあまあの剣の使い手です。土佐の屋敷では相手が少なくて、試合がしたいと言うので連れてきました」
俺の紹介に、以蔵が鼻息荒く竹刀を右手に構える。
「岡田以蔵じゃ。よろしく頼む!」
門下生から「あれは武士じゃろうか?」、「武士じゃ」、「武士が来た」という声が沸き上がっている。
「元気が良さそうだね。よし、総司《そうじ》! ちょっと相手を頼む」
何!? 総司?
「はい!」
と、出て来たのはのっぺらい顔をした愛嬌のある少年だ。
こ、これが沖田総司《おきた そうじ》。
「うん? 俺より年下?」
以蔵がムッとした声を出す。確かに土佐では年少ながら活躍して、年長の面々より評価されていた以蔵である。ちょっと天狗になっているから、ここで年少の者の相手をさせられるのはショックかもしれない。
しかし、後のことを知る者からすればこれは凄い勝負である。
岡田以蔵対沖田総司。
仮にこの時代に年齢制限の大会、例えばアンダー16の剣術大会があれば、全日本決勝のカードになるかもしれない。
「総司はまだ子供だけれど、天才だ。果たして、彼はもつかな?」
近藤が楽しそうに語っている。
「そうですね。勝さんより強そうですね」
「おっ、小僧。分かるのか? って、俺より強いは無いだろ!」
近藤の言葉に、門下生達が笑う。
黒船のことを話したいのはやまやまだが、野次馬根性として、この試合は見たい。
二人は竹刀を構えて向き合った。向き合った瞬間、お互いの緊張感が増したのが明らかに分かる。どうやら、どちらも「こいつは只者ではない」と思ったようだ。
「はじめ!」
の声がかかっても、二人とも一歩も動かない。
体格は以蔵の方がかなりたくましい。年上だし、トレーニングもしているからな。しかし、総司は小柄だが隙が無い。
「はじめ!」
30秒ほど両者が動かないので、立会人が二人を促す。
それに反応して、まず以蔵が前に出た。
同時に総司も前に出る。
「はあっ!」
気合の声とともに突きを一発、これを以蔵が弾くと更にもう一発、更にもう一発繰り出そうとする。
こ、これが沖田総司の三段突きか!
そう思った瞬間、以蔵も叫んだ。
「どりゃあ!」
次の瞬間、「うわー!」という声とともに総司が大きく飛ばされた。イメージ的には十メートルくらい吹っ飛んだくらいの迫力がある。実際には三メートル程度だが。
立会人が、迷った顔をして、近藤の顔色を伺う。
いや、総司はあれだけ吹っ飛んだんだから、以蔵の勝ちじゃないのかと思ったが。
「竹刀の勝負なら以蔵君の勝ちだ。しかし、真剣の勝負なら、その前に総司の二発目の突きが以蔵君の喉を斬っている、致命傷ではないが、あれだけの振りはできなかったはずだ」
「……間違いない。わしの負けじゃ」
おぉ、以蔵が大人しく頭を下げた?
ということは、総司の勝ちか?
すごいものを見た。
俺と佐那の剣道とはエラい違いだ。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
朝敵、まかり通る
伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖!
時は幕末。
薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。
江戸が焦土と化すまであと十日。
江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。
守るは、清水次郎長の子分たち。
迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。
ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。
幕末群狼伝~時代を駆け抜けた若き長州侍たち
KASPIAN
歴史・時代
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し。衆目駭然として敢えて正視する者なし、これ我が東行高杉君に非ずや」
明治四十二(一九〇九)年、伊藤博文はこの一文で始まる高杉晋作の碑文を、遂に完成させることに成功した。
晋作のかつての同志である井上馨や山県有朋、そして伊藤博文等が晋作の碑文の作成をすることを決意してから、まる二年の月日が流れていた。
碑文完成の報を聞きつけ、喜びのあまり伊藤の元に駆けつけた井上馨が碑文を全て読み終えると、長年の疑問であった晋作と伊藤の出会いについて尋ねて……
この小説は二十九歳の若さでこの世を去った高杉晋作の短くも濃い人生にスポットライトを当てつつも、久坂玄瑞や吉田松陰、桂小五郎、伊藤博文、吉田稔麿などの長州の志士達、さらには近藤勇や土方歳三といった幕府方の人物の活躍にもスポットをあてた群像劇です!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
日は沈まず
ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。
また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。
魔斬
夢酔藤山
歴史・時代
深淵なる江戸の闇には、怨霊や妖魔の類が巣食い、昼と対なす穢土があった。
その魔を斬り払う闇の稼業、魔斬。
坊主や神主の手に負えぬ退魔を金銭で請け負う江戸の元締は関東長吏頭・浅草弾左衛門。忌むべき身分を統べる弾左衛門が最後に頼るのが、武家で唯一の魔斬人・山田浅右衛門である。昼は罪人の首を斬り、夜は怨霊を斬る因果の男。
幕末。
深い闇の奥に、今日もあやかしを斬る男がいる。
2023年オール讀物中間発表止まりの作品。その先の連作を含めて、いよいよ御開帳。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる