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1章・渡米を目指す幕末転生少年

以蔵と総司、試衛館で対戦する

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 市ヶ谷《いちがや》の試衛館《しえいかん》は、剣術道場としては新興の部類に入る。何せ開設は15年ほど前のことらしい。
 だから、武士の中で通う者は多くなく、町人や商人、富裕な農民の子弟が通っていたらしい。ある一事がなければ、名前すら残らない道場だったかもしれない。
 その一事というのは、創始者近藤周助こんどう しゅうすけの養子となった近藤勇が、道場のメンバーを連れて新選組《しんせんぐみ》に入り、大活躍したことだ。これによって、試衛館と天然理心流《てんねんりしんりゅう》は幕末知識では必須のものとなった、ということだ。
 俺にとっては、ここにいる連中は武士ではないので、護衛を頼みやすい。
 近藤……この時代はまだ嶋崎……とは顔合わせしてある。万次郎に頼んで、ちょっと金を工面してもらえばついてきてくれる人がいるだろう。何せ新選組の中核メンバーのいるところである。信頼度という点では問題ない。
 連れ出す口実?
 それはもちろん、「黒船を見に行こう」だ。下田まで行って黒船を見たら、お金を渡して引き返してもらおうという算段だ。

 俺は途中の店で美味しそうな菓子を買い、試衛館までたどりつく。たどりつくと言っても、詳しい場所を知っているわけではなく、人に道を尋ねながら、だが。
 以蔵は竹刀を肩に背負い、「江戸にはこんなところもあるのか~」と呑気な様子だ。
「こんにちは! 勝さんはいますか?」
 俺は道場の前まで来ると、大声で挨拶をする。千葉道場のようなピリピリとした雰囲気はない。武士が少ない気楽さもあるのだろう、みんな楽しそうに打ちあっている。
 勝さんというのは、下の名前なら間違えないだろうということだ。この時代は嶋崎だが、絶対に「近藤さん」と呼んでしまいそうだからな。下の名前にしても、うっかり「勇さん」と言いかねないか不安だ。
「何だ? 俺の名前を……。おっ? おまえはこの前の」
 出て来た近藤は、俺の顔を見て意外そうな笑みを浮かべる。
「この前は、助けてもらってありがとうございました。お礼にお菓子を持ってきました」
「おぉ、そんなつもりはなかったのに悪いな」
 近藤は丁寧に頭を下げて、菓子を受け取った。そのうえで俺達を中に通してくれる。その途中で以蔵を紹介した。
「彼は土佐の岡田以蔵といいまして、若いですが、まあまあの剣の使い手です。土佐の屋敷では相手が少なくて、試合がしたいと言うので連れてきました」
 俺の紹介に、以蔵が鼻息荒く竹刀を右手に構える。
「岡田以蔵じゃ。よろしく頼む!」
 門下生から「あれは武士じゃろうか?」、「武士じゃ」、「武士が来た」という声が沸き上がっている。
「元気が良さそうだね。よし、総司《そうじ》! ちょっと相手を頼む」
 何!? 総司?
「はい!」
 と、出て来たのはのっぺらい顔をした愛嬌のある少年だ。
 こ、これが沖田総司《おきた そうじ》。
「うん? 俺より年下?」
 以蔵がムッとした声を出す。確かに土佐では年少ながら活躍して、年長の面々より評価されていた以蔵である。ちょっと天狗になっているから、ここで年少の者の相手をさせられるのはショックかもしれない。
 しかし、後のことを知る者からすればこれは凄い勝負である。

 岡田以蔵対沖田総司。

 仮にこの時代に年齢制限の大会、例えばアンダー16の剣術大会があれば、全日本決勝のカードになるかもしれない。
「総司はまだ子供だけれど、天才だ。果たして、彼はもつかな?」
 近藤が楽しそうに語っている。
「そうですね。勝さんより強そうですね」
「おっ、小僧。分かるのか? って、俺より強いは無いだろ!」
 近藤の言葉に、門下生達が笑う。
 黒船のことを話したいのはやまやまだが、野次馬根性として、この試合は見たい。

 二人は竹刀を構えて向き合った。向き合った瞬間、お互いの緊張感が増したのが明らかに分かる。どうやら、どちらも「こいつは只者ではない」と思ったようだ。
「はじめ!」
 の声がかかっても、二人とも一歩も動かない。
 体格は以蔵の方がかなりたくましい。年上だし、トレーニングもしているからな。しかし、総司は小柄だが隙が無い。
「はじめ!」
 30秒ほど両者が動かないので、立会人が二人を促す。
 それに反応して、まず以蔵が前に出た。
 同時に総司も前に出る。
「はあっ!」
 気合の声とともに突きを一発、これを以蔵が弾くと更にもう一発、更にもう一発繰り出そうとする。
 こ、これが沖田総司の三段突きか!
 そう思った瞬間、以蔵も叫んだ。
「どりゃあ!」
 次の瞬間、「うわー!」という声とともに総司が大きく飛ばされた。イメージ的には十メートルくらい吹っ飛んだくらいの迫力がある。実際には三メートル程度だが。
 立会人が、迷った顔をして、近藤の顔色を伺う。
 いや、総司はあれだけ吹っ飛んだんだから、以蔵の勝ちじゃないのかと思ったが。
「竹刀の勝負なら以蔵君の勝ちだ。しかし、真剣の勝負なら、その前に総司の二発目の突きが以蔵君の喉を斬っている、致命傷ではないが、あれだけの振りはできなかったはずだ」
「……間違いない。わしの負けじゃ」
 おぉ、以蔵が大人しく頭を下げた?
 ということは、総司の勝ちか?

 すごいものを見た。
 俺と佐那の剣道とはエラい違いだ。
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