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1章・渡米を目指す幕末転生少年
燐介、近藤・土方と会う②
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ものの五分もしないうちに、二人の力士は大の字になって寝転んでいた。
「全く。ふらつく足取りで喧嘩を売られるとは、この嶋崎勝太《しまざき かつた》も舐められたものだ」
しかも、角張り顔の男のげんこつだけでノックアウトというから恐れ入ったものだ。
「さすが勝っちゃん、おまえ達、大丈夫か?」
イケメンは角ばりに拍手した後、まず佐那を目で追い苦笑する。
佐那は我関せずという様子で100メートルほど離れたところまで歩いており、そこでようやくこちらを振り返っている。
「ま、ケガとかなくて何よりだ。坊主も」
イケメンが笑って手を差し伸べてくる。
「あ、大丈夫ですよ。土方さん」
俺の回答に、イケメンの方が「えっ?」と驚く。
「何でお前、俺の名前を知っているんだ?」
あっ、しまった。
この二人、後の近藤勇《こんどう いさみ》と土方歳三《ひじかた としぞう》であることは間違いない。令和の幕末好きなら知らない者はいないだろう有名人だ。
ただ、当然ながら嘉永六年に宮地燐介が土方歳三を知る理由はない。
まずいことになった。どう言い訳しようかと思っていると、近藤が笑う(この時代まだ嶋崎という名前らしい)。
「それは、仕方ないよ、歳さん。おまえさん、このあたりで浮名流しているんだろうし」
近藤勇、ナイスフォロー。
「はい。一回、近くで顔合わせして……。カッコいいので覚えていました」
と、答えると、土方も満更《まんざら》でない顔をした。
「はっはっは。参ったね、これは」
そういえば、土方って若い頃は上野の店に奉公に来ていたらしい。ちょうどこの近くにいたというわけか。近藤はもっと西の方出身だが、遊びに来ていたのかもしれない。
「まあ、気をつけなよ。このあたりにはああいう酔った連中がいるから。行こうぜ、勝っちゃん」
二人は並んで歩いていった。本当に仲のよさそうな二人だ。
いやあ、しかし、まさか江戸の路上で後の新選組の局長と副長に出会うことになるとは。世間は狭いとはよく言ったものだ。
「燐介」
おっと、感慨に浸っていて佐那のことを忘れていた。
「一人でさっさと行かないでくださいよ」
「ああいう手合いは体力がありません。適当にいなしていればすぐにへばってしまいます。協力など借りるまでもありません」
来ましたよ、いかにもお転婆な発言が。
確かに力士なんてでかいし、しかも酒に酔っているからスタミナはなかっただろうけれどね。助けてもらってその態度もないんじゃない?
「が、しかし……、興味深いことが分かりました」
「興味深いこと?」
俺の問いかけに、佐那が楽しそうに笑う。
「燐介。おまえはあの二人とは初対面のはずです。なのに、あの二人を知っている」
うわぁ、今度は佐那にまで疑われることになったか。
「そ、それはですね。彼ら……特に歳さんと呼ばれる土方歳三はあの通りのいい男ですから、結構この界隈では有名でして」
「ということは、おまえはこのあたりのことをよく知っているわけですね?」
「うっ……。ま、まぁ……」
「では、私を池田様の屋敷まで案内してください」
「えっ?」
「どうしたのです? このあたりには詳しいでしょう? 池田様の屋敷まで案内してください」
佐那は小悪魔のような笑みを浮かべて、俺を先に行かせようとする。
適当に行ってしまおうか。そうしよう。
「こ、こっちです」
と言って、進もうとすると。
「おや、そちらは前田様の屋敷の方かと思うのですが」
振り返ると、勝ち誇った笑みを浮かべて、正しい方向に進み始めた。
ちくしょう。
どこまで意地の悪い女なんだ。いっそあの力士共に連れられた方が良かったんじゃないか。
「燐介、一つ質問があります」
「へいへい。何でしょう?」
「私はこの通りの性格ですが、嫁に行けるでしょうか?」
「はい? 何でそんなことを、俺に聞くんですか?」
「おまえは私のことも知っている。そう思ったからです」
ぐわっ。真正面から言われてしまった。佐那の奴、俺が未来のことを知っていることに勘づいている。
「嫁に行けるでしょうか?」
うん? 何か結構真剣な顔をしているぞ。
ひょっとしたら、薄々感じているのかね。自分の未来のことを。
佐那は龍馬と婚約したが、結局龍馬はお龍《りょう》を選んだ。龍馬が暗殺された後、江戸を離れて一人で暮らしていたらしい。近年になって、後には結婚したんじゃないかもと言われているが、この時代の普通の女子が結婚する年頃では結婚できていないことは間違いない。
「うーん、できると思うよ」
「本当ですか? 誰と!?」
佐那が心底嬉しそうな顔で振り返った。
「それはもちろん、俺と、だよ」
「……」
できないとは言えないし、できるとしても変な相手をでっちあげるわけにもいかないからな。ある意味、本来この世界の人間じゃない、俺が一番無難かもしれない。
「ぐえっ!」
その瞬間、目の前に星が激しく舞い降りた。
さ、さっきの近藤勇のパンチより強烈なんじゃないか……
「馬鹿!」
佐那は強烈なげんこつを食らわすと、そそくさと前に進んでいく。
「こ、これだから嫁に行けないんじゃないのか……?」
俺は頭を抱えながら、後を追いかける。
ちくしょう。また背が二寸ほど伸びそうだ。
それ以上に、この調子だと江戸中に「燐介という変な奴がいる」とか言われそうだ。
もう仕方がない。下田に行こう。
下田で吉田松陰と合流して、ペリーの船に乗り込もう。それしかない。
「全く。ふらつく足取りで喧嘩を売られるとは、この嶋崎勝太《しまざき かつた》も舐められたものだ」
しかも、角張り顔の男のげんこつだけでノックアウトというから恐れ入ったものだ。
「さすが勝っちゃん、おまえ達、大丈夫か?」
イケメンは角ばりに拍手した後、まず佐那を目で追い苦笑する。
佐那は我関せずという様子で100メートルほど離れたところまで歩いており、そこでようやくこちらを振り返っている。
「ま、ケガとかなくて何よりだ。坊主も」
イケメンが笑って手を差し伸べてくる。
「あ、大丈夫ですよ。土方さん」
俺の回答に、イケメンの方が「えっ?」と驚く。
「何でお前、俺の名前を知っているんだ?」
あっ、しまった。
この二人、後の近藤勇《こんどう いさみ》と土方歳三《ひじかた としぞう》であることは間違いない。令和の幕末好きなら知らない者はいないだろう有名人だ。
ただ、当然ながら嘉永六年に宮地燐介が土方歳三を知る理由はない。
まずいことになった。どう言い訳しようかと思っていると、近藤が笑う(この時代まだ嶋崎という名前らしい)。
「それは、仕方ないよ、歳さん。おまえさん、このあたりで浮名流しているんだろうし」
近藤勇、ナイスフォロー。
「はい。一回、近くで顔合わせして……。カッコいいので覚えていました」
と、答えると、土方も満更《まんざら》でない顔をした。
「はっはっは。参ったね、これは」
そういえば、土方って若い頃は上野の店に奉公に来ていたらしい。ちょうどこの近くにいたというわけか。近藤はもっと西の方出身だが、遊びに来ていたのかもしれない。
「まあ、気をつけなよ。このあたりにはああいう酔った連中がいるから。行こうぜ、勝っちゃん」
二人は並んで歩いていった。本当に仲のよさそうな二人だ。
いやあ、しかし、まさか江戸の路上で後の新選組の局長と副長に出会うことになるとは。世間は狭いとはよく言ったものだ。
「燐介」
おっと、感慨に浸っていて佐那のことを忘れていた。
「一人でさっさと行かないでくださいよ」
「ああいう手合いは体力がありません。適当にいなしていればすぐにへばってしまいます。協力など借りるまでもありません」
来ましたよ、いかにもお転婆な発言が。
確かに力士なんてでかいし、しかも酒に酔っているからスタミナはなかっただろうけれどね。助けてもらってその態度もないんじゃない?
「が、しかし……、興味深いことが分かりました」
「興味深いこと?」
俺の問いかけに、佐那が楽しそうに笑う。
「燐介。おまえはあの二人とは初対面のはずです。なのに、あの二人を知っている」
うわぁ、今度は佐那にまで疑われることになったか。
「そ、それはですね。彼ら……特に歳さんと呼ばれる土方歳三はあの通りのいい男ですから、結構この界隈では有名でして」
「ということは、おまえはこのあたりのことをよく知っているわけですね?」
「うっ……。ま、まぁ……」
「では、私を池田様の屋敷まで案内してください」
「えっ?」
「どうしたのです? このあたりには詳しいでしょう? 池田様の屋敷まで案内してください」
佐那は小悪魔のような笑みを浮かべて、俺を先に行かせようとする。
適当に行ってしまおうか。そうしよう。
「こ、こっちです」
と言って、進もうとすると。
「おや、そちらは前田様の屋敷の方かと思うのですが」
振り返ると、勝ち誇った笑みを浮かべて、正しい方向に進み始めた。
ちくしょう。
どこまで意地の悪い女なんだ。いっそあの力士共に連れられた方が良かったんじゃないか。
「燐介、一つ質問があります」
「へいへい。何でしょう?」
「私はこの通りの性格ですが、嫁に行けるでしょうか?」
「はい? 何でそんなことを、俺に聞くんですか?」
「おまえは私のことも知っている。そう思ったからです」
ぐわっ。真正面から言われてしまった。佐那の奴、俺が未来のことを知っていることに勘づいている。
「嫁に行けるでしょうか?」
うん? 何か結構真剣な顔をしているぞ。
ひょっとしたら、薄々感じているのかね。自分の未来のことを。
佐那は龍馬と婚約したが、結局龍馬はお龍《りょう》を選んだ。龍馬が暗殺された後、江戸を離れて一人で暮らしていたらしい。近年になって、後には結婚したんじゃないかもと言われているが、この時代の普通の女子が結婚する年頃では結婚できていないことは間違いない。
「うーん、できると思うよ」
「本当ですか? 誰と!?」
佐那が心底嬉しそうな顔で振り返った。
「それはもちろん、俺と、だよ」
「……」
できないとは言えないし、できるとしても変な相手をでっちあげるわけにもいかないからな。ある意味、本来この世界の人間じゃない、俺が一番無難かもしれない。
「ぐえっ!」
その瞬間、目の前に星が激しく舞い降りた。
さ、さっきの近藤勇のパンチより強烈なんじゃないか……
「馬鹿!」
佐那は強烈なげんこつを食らわすと、そそくさと前に進んでいく。
「こ、これだから嫁に行けないんじゃないのか……?」
俺は頭を抱えながら、後を追いかける。
ちくしょう。また背が二寸ほど伸びそうだ。
それ以上に、この調子だと江戸中に「燐介という変な奴がいる」とか言われそうだ。
もう仕方がない。下田に行こう。
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