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1章・渡米を目指す幕末転生少年

ハウトゥー黒船乗船

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 一か月ほどの行程を経て、俺達は江戸に到着した。
 まずは土佐藩の上屋敷《かみやしき》を目指す。これが現代で言うなら東京・丸ノ内にある。参勤交代《さんきんこうたい》で江戸まで来た藩主他要人が滞在する場所でもあり、高知城と同じくらいの待遇が用意されているというわけだ。
 ちなみに江戸に出てきている坂本龍馬は、築地《つきじ》の方の中屋敷にいるらしい。距離にすると二キロちょっとというところだ。

 さすがに江戸の中は穏やかなものであるから、護衛達の役割は屋敷についたところでほぼ終了、以蔵達は上屋敷の連中とともに剣術の稽古を始めた。
 階層の低い以蔵ではあるが、藩主に好かれていることは伝わっているらしい、身分の違いで困ることはなさそうだ。

 護衛の役割は終了だが、俺と万次郎はここからが本番だ。
 幕府との交渉に備えて、奥座敷で作戦会議を始める。
「燐介、君は江戸城まで来るのかい?」
「うーん」
 俺は腕組みをして考える。
 理想はある程度、幕閣の信任を得て、ペリーに直接会わせてもらうことだ。
 ただ、それをやろうとした場合、幕府の連中に「こいつ、未来を知っているんじゃないか?」と思われる危険性がある。実際、豊信にはバレたわけだし、な。
 幸い、豊信は俺を利用しようとはしなかった。ただ、幕府の連中がどうするかは分からない。「鎖国《さこく》を維持するためには、是が非でもお前の力が必要だ。未来を教えろ」なんて強要されると非常にまずい。
 何せ万次郎もこの後、幕府から直接雇われることになるわけだから、な。未来を知っているなんてなったら、江戸城に幽閉、缶詰にされるかもしれない。
「……江戸城には行かないことにするよ」
「その方がいいだろうね。君のことを上様やご老中が知ると大変なことになる。ただ、君はアメリカに行きたいと思っていたみたいだが、それはどうなるんだ?」
 そう。問題はそこなんだよ、な。
 幕府の仲介がなければ、ペリーに会うことはできない。ペリーの力がなければ、俺が日本を離れてアメリカに渡ることも不可能だ。
 どうしたものか。
「まあ、あれだ。長崎には他国の船も停泊しているのだし、無理にペリーに頼まなくてもいいのではないかな?」
 俺がウンウン唸っているものだから、慰めのつもりもあって万次郎が優しい言葉をかけてきた。
 しかし、俺はその言葉にハッと閃くものがあった。
「そうだ! 長崎といえば!」
「ど、どうしたんだい?」
 俺がいきなり叫んだものだから、万次郎が仰天する。

 そう、ちょうど今頃、長崎にはプチャーチンが率いるロシア艦船が停泊していたはずだ。
 そして、それに乗船しようと、吉田松陰《よしだ しょういん》と金子重之輔《かねこ しげのすけ》が向かっているはずだが、これはニアミスとなって乗船できない。
 だが、この二人は海外行きを諦めない。来年には下田で黒船への密航を企てる。
 この計画、途中まではうまくいって黒船に乗船までは出来たのだが、そこでペリー達の説得に失敗し、強制送還《きょうせいそうかん》されたのは以前も言った通りだ。
 ということで史実では失敗するわけだが、黒船に乗り込めたところまで行けたのは見逃せない。半年余り、江戸の幕閣と付き合うよりは、いっそ吉田松陰の密航に参加した方がいいのではないか?
 彼らと一緒に船に乗り込み、そこでペリーにアメリカに連れていってもらうよう説得するのである。

 ただ、これも危険ではある。
 史実では、松陰は失敗して、以降ずっと獄に繋がれることになった。
 松陰は安政《あんせい》の大獄《たいごく》で死刑になったが、この密航未遂の件も間違いなく影響したはずだ。
 仮に失敗すると、俺も松陰と同じ札付き者になってしまう。
 もちろん、ペリーについての情報は多い。だから、彼に「燐介は必要な人物だ」と思わせる自信はあるが、失敗した時のリスクはとてつもなくデカい。

 もう一つ、気になることがある。
 吉田松陰はこの後、松下村塾《しょぅかそんじゅく》を開き、後の長州藩の志士達を育てたことでも知られている。
 仮に松陰の計画に乗った場合、一緒にアメリカに行くことになって、松下村塾の存在がなくなってしまう。高杉晋作《たかすぎ しんさく》や、伊藤博文《いとう ひろふみ》、山形有朋《やまがた ありとも》はどうなってしまうのか。
 幕末史も明治史も変わりまくってしまう。

 もちろん、黒船に乗り込んだところで松陰達を裏切って、俺だけアメリカに連れていってもらうという方法もある。
 俺は二人のことも知っているし、ペリーのことも知っているから、こう持っていくこともできるが、ただ、「それはいくら何でも酷くない?」という倫理的な問題が出てくる。

「うあぁぁぁ」
「ど、どうしたんだ? 燐介?」
 色々考えすぎて混乱してきた。
 思い切り叫んで、いきなり頭をかきむしったものだから、万次郎が驚いている。
「悪い。ちょっと色々考えて、ね」
「まあ、時間はたっぷりあるのだし、慌てなくてもいいんじゃないか? 江戸には君の親戚もいるんだろ? 顔を出してきなよ」
 と、万次郎は龍馬と会いに行くことを勧めてきた。
 龍馬と会うのも悪くはないんだが、感づかれる危険性もあるからなぁ。

 転生者は人付き合いが本当に大変だ。
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