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1章・渡米を目指す幕末転生少年

燐介、土佐藩主に野球を講ずる②

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 藩主の配下が、メンバーを集めに行っている間に、俺は道具を探す。
 バットの代わりは木刀でいいだろう。問題はグローブとボールだ。

 当たり前だが、現代の選手が使っているようなカッコいいグローブやミット、それにきちんとした規格のボールなどはあるはずもない。
 ボールについては女児が遊ぶ鞠《まり》を使うしかないだろう。小型の鞠でも野球のボールよりはかなり大きいが、意外と弾むから最低限の代用品にはなるはずだ。
 コルクがあれば、手作業でボールを作ることも不可能ではないが、残念なことに一般的に普及するのは明治になってからである。現時点では難しい。

 試しに鞠を木刀で打ってみると、内野を超えるくらいまでは飛ぶ。
 十一歳の俺でもこのくらい打てるなら、本物のスラッガーなら、ホームランを打つことも不可能ではないはずだ。
 本物のスラッガーが幕末の土佐にいるのかという問題はさておくとして。

 グローブはさしあたり剣道の籠手《こて》になるだろうか。正直、最初は素手でもいいのかもしれない。クリケットは薄手の手袋をつけているだけだからな。

 道具が揃ったので、今度は藩主達にルールの説明だ。

 何故、俺がクリケットでも、バスケットでも、ラグビーでも、サッカーでもなく、野球を勧めることにしたのか。
 これは実際、明治・大正以降に野球が広まっていった理由とも重なるものがある。

 日本では大正時代以降、学生野球が盛んになっていったが、いつの時代だって新しいものが広まると批判が起きる。
 野球についても、「あれは風紀を乱すものだ」というような話が出たらしい。

 そこで、野球を広めたい側は、「これは日本の富国強兵に資するものだ」と主張した。
 アメリカの表現でもベースやらスティールやら物々しい言葉が含まれているが、日本の野球はその比ではない。
 併殺とか犠牲バントとか、打者が三人死んだら攻守交替とか非常に物騒な表現になっている。そういう用語を使うことで「これは軍事訓練とも共通するのだ」と主張したわけだ。
 これが当時の日本の気質とマッチして、一気に学生野球が広がっていったというわけだ。

 少し話が逸れてしまった。
 軍隊で使えるという理屈は、幕末でも通用するだろう。
 サッカーを軍事訓練にあてはめるのは難しい。クリケットは色々野球と似ているしルーツとなる競技かもしれないが、軍隊的競技ではない。
 軍事訓練と共通する要素がある競技となると、ラグビーになるのだろうが、あちらは楕円形《だえんけい》のボールという更に難しいボールが必要になる難点がある。

 野球のルールは複雑だから、一回の説明で全て分かるということはない。ただ、軍事訓練との兼ね合いで説明をすると、理解は早いようだ。
「つまり、四つの土塁を攻め落とすと、点が入り、合計点が多い軍が勝つということか。確かに模擬戦のようじゃのう」
「アメリカにはもっといい球や籠手がありますので、より球が飛び、活発なものとなります。今日は皆も規則を知りませんので、面白くないものになりそうですし、形となるまで何回もかかるかもしれませんが」
「それは構わん。どうせ、皆、毎日同じ剣術やら水練ばかりやっている。違うことをするとなれば、興味をもつだろう」
 豊信は前向きで、こういうところは有難い。

 あとはメンバー、というところで玄関の方から、20前後とおぼしき連中がぞろぞろとやってきた。全員、いきなり呼ばれたのだろう。不可解そうな顔をしている。
「殿、近くで剣術訓練をしていた者ともがおったので、まとめて連れてきました」
 殿がいるとは思わなかったのか、ぞろぞろついてきた連中が一様に畏まる。
「いきなり呼び立ててすまなかった。これより、野球なる新しい訓練を行うのでつきあってもらいたい」
「野球、でございますか?」
 ぞろぞろ集まった連中にとっては当然初めて聞く言葉である。不思議そうな顔をしていた。
「うむ。お前達はまとめて来たようだが、何をしていたのだ?」
 豊信の問いかけに、代表らしい若者が一歩進み出る。
「はっ。この武市半平太《たけち はんぺいた》とともに剣術訓練をしておりました」

 武市半平太だと?

 というと、もしかして、後ろの連中は……。
 後の土佐勤王党《とさきんのうとう》の連中、なのか?
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