20 / 21
◆2章 たとえそれが徒夢であっても溺れたい
016.余計なものは捨ててしまって良いからね
しおりを挟む「.......」
__アリスはそわそわしていた。
あまりにも落ち着かなくて、別に眠る訳でもないのに頭の中で羊を数えたりもした。「メー」と鳴くのは羊だったか、ヤギだったか、それとも両方だったか。何ならよく聞いてみると「メー」じゃなくて「ウェー」とか「ヴェー」と鳴いている気がする、本当にどうでもいいことばかり考えていた。
(どうしよう。本当にお泊まりする日が来てしまった.....)
アリスが落ち着かないのは仕方ないだろう。なんせ今日はオーウェンの部屋に泊まる日だった。泊まるのは寮にある方の部屋である。「城がいい?」と尋ねられた時には心臓が数回は爆発したかもしれない。
今回のお泊まりは学院の寮になったため、緊張はするがお城よりはきっとマシである。まだ心の準備ができていないのに流石にお城は無理だ。多分当日は緊張のあまり熱発した挙句、暫くベッドから起き上がれない。それを考えると段階を踏んでいくのが大事かもしれない。
「.....はあ」
緊張からかため息ばかり出る。提案されてからあれよあれよという間に決まってしまったお泊まりに関して、両親もあの兄たちですらも何も言わなかった。「そうなんだ。楽しんで」と言われて終わりだ。
あまりにあっさりしていてアリスは家族のその言動に思わず、「えっ」と言ってしまった。そんなアリスの反応に寧ろ家族の方が驚いて「え?」である。曰く「もう婚約してるしそんなものだろう」らしい。
確かに自分の周りの貴族の子も頻繁に婚約者の所に泊まっている。確かに特に特別なことはないかもしれない。
この世界の常識が未だに中途半端にしか身についていない自分が恨めしい。もう少し簡単に割りきることができたら、確かにこんな風に気負う必要はなかったかもしれないというのに。
しかし、そう思えたとしても心の準備ができるかと言われれば、答えは「否」だった。
「どうしましょう.....」
今日数回目のそれを呟いた。オーウェンがシャワーを浴びに行ってから十数分。先にシャワーを浴びさせてもらい、ネグリジェに着替えたアリスは彼に促された時と変わらずベッドに腰掛けていた。
好きに寛いでいい、と言われても兄や父、従兄弟以外の殿方の部屋に入ったこともなければ、わざわざ色々と物色して回る趣味もない。
シンプルなのに高級で、落ち着いた色味の家具を眺めて楽しむといった余裕すら今のアリスにはなかった。
「__アリス」
「.....ひゃいっ!」
「っ」
ビクッ!そんな効果音がつきそうなほどにアリスは肩を震わせた。突然名前を呼ばれたことに相当驚いてしまい、心臓が有り得ない速度でドクドク鳴っている。
「大丈夫?」
「お、お、オーウェンさ、ま。大丈夫で、すわ.....」
明らかに大丈夫ではなかった。
(近い.....!)
オーウェンはいつの間にかアリスの目の前に来ていて、至近距離で彼女を覗き込んでいる。アリスはこんなに顔が近くにあったというのにボケっとしていた自分にもとても驚いた。
オーウェンは実はもう数回アリスに呼びかけているのだが、アリスは緊張しているのか何かを考え込んでいるのか全く反応がなかった。そして、呼び方に反応したかと思えばこの驚きようだ。思わずオーウェンも肩を震わせて驚いてしまった。
「.....緊張しているみたいだね」
「は、い。.....申し訳ありません」
オーウェンはアリスの髪をふわりと撫でてから、彼女の隣に座った。2人は顔を見合わせて苦笑する。どうやら互いにこういう経験をしたことがないらしい。
普段のお互いとは違う装いだとか、長時間一緒にいることがほぼないためそれによる照れだとかがオーウェンの部屋を支配して、何ともむず痒い空間が出来上がってしまっていた。
(ど、どうしましょう!い、一体何を話せばいいというの?)
アリスは訪れてしまった沈黙に思わず固まった。そっとオーウェンから視線を外し、目の前の壁を見る。
「.....」
「.....」
己が聞き専であるせいか、話題が全く思い浮かばない。話すきっかけがあれば違っただろうが、相手は王族の方だ。「王子様 会話 話題」というワードを頭で検索してみるが、残念ながらこの場に相応しそうなヒットはない。
焦りでアワアワとしながら、アリスはまたオーウェンを見やる。するとずっとそんなアリスを見ていたらしいオーウェンはがクスクスと笑う。
(もしかして焦ってる私を見て面白がってる?)
あまりにも綺麗に笑うので、アリスはムッと口を尖らせた。するとそれを見て「はは」と声に出してオーウェンが笑い出す。
「オーウェン様.....」
「ごめん。アリスの一挙一動が可愛らしいから」
そう言ってオーウェンは笑うのを止めない。「オーウェン様は"いい性格"してるからな」とアリスは今朝兄たちから言われた言葉を思い出した。
(もしかしたら人を揶揄うのが好きな人なのかもしれないわ)
兄たちの言っていた"いい性格"の片鱗を見た気がして、アリスは顔を逸らした。するとオーウェンの手がアリスの腰に回ってくる。
「ひえっ」
「ふ、やっぱり可愛い.....」
(あまーい!ちかーい!うわーー!)
驚いて声を上げてオーウェンを見遣れば、ほわっと溶けた笑顔がこちらを見ていてアリスは心の中でそう叫んだ。脈拍数が絶対に正常値も平均値も逸脱している気がする。
まずお泊まりって時点で、友人から布教される少女漫画で飽きるほど見たあるある展開で、更にこの世界の貴族男性の吐くセリフまで正直「うわ、くさいセリフ」と前世なら思えていたはずだ。しかし、ここ最近色々と実体験をしてみると意外とドキドキしてしまう。
(本物の王子様つよい。そしてカップルのイチャイチャはむず痒いっ)
ちゅ、と額にキスを落とされながらアリスは客観的に現状を捉え、そして悶える。しかし、そんな余裕もすぐになくなってしまう。
「は、むぅ、んんっ」
額から鼻の頭に落ちてきたキスが、唇に到達した。ここ最近多少キスには慣れたが、それでも余裕は全くない。オーウェンにされるがまま、アリスはそれを享受する。
呼吸を貪られて、舌を絡められる。静かな空間にそれらの音が響いていて、それをいやでも知覚してしまう耳にオーウェンの髪が軽く当たり、ぞわぞとしたものが背中を擽っていった。
「...っ、ふ、ぁ」
「...ふ、は...」
それからしばらく唇を貪られる。長すぎる口付けにアリスは体から力が抜けてしまった。そんなアリスに気づいたオーウェンは、そのままアリスを押し倒した。
「うぅ、オーウェン様はケダモノだわ...」
__食べられるかと思った。
いつもよりも長く深く激しいキスにアリスは思わずそう素直に言葉を紡いだ。
(肉食獣だわ。...こんな顔して意外とがっついてくるもの)
オーウェンはそんなアリスを見下ろしてクスリと笑う。そんなオーウェンを涙目で見上げる様は正直言って妖美だ。強い衝動を感じてオーウェンは奥歯を強く噛み締める。
「.....は、おかしい。近くにあるのに"まだ遠い"」
「?」
「いや、何でもないよ。そうだ、先にこれを」
急にいつもと違う顔をしたオーウェンにアリスは首を傾げるが、彼はゆるりと首を横に振る。それから準備してあったらしい避妊薬をさっと取るとアリスの口に押し当てて、自分の分も口に入れた。今日は両方とも薄い青色だ。
前回の行為後に聞いた話だが、薄いピンク色の方にはどうやら軽く催淫効果のある成分が含まれていて、主に処女に使うことが多い。"こういう行為"に関するあれこれが緩いこともあり、初体験がトラウマになるのを防止するためなのだとか。
アリスは口に入れるなり液体になったそれをゴクリと飲み込む。やっぱりこちらの色も無味無臭だ。
アリスは病弱なこともあって散々不味かったり、甘かったり、苦かったりする薬を飲んできた。内服には慣れてはいても、本当は薬が苦手なアリス的には他の薬もこれくらい味がなければ良いのにと思ってしまう。
「アリス、そろそろ良い?」
「はい」
オーウェンがアリスの髪を梳きながら心の準備が出来たかを問うてくる。アリスはそんなオーウェンを見上げてこくりと頷いた。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる
一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。
そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。
それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~
シェルビビ
恋愛
男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。
10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。
一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。
自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる