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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う
008.透き通る水、薫り立つ春風
しおりを挟む「……わあ」
いよいよあと数日で婚約式となった。婚約式前日に来る兄たちに家を出る前に泣きつかれ、ドラマとかにある感動の別れシーンのようなものを3回ほどした後に、どうにか両親とともに出発し、4日経った。道中は特に何事もなかったし、予定通りの到着となりそうだ。
__もうすぐこの小さな旅行は終わってしまう。
なんて、そういう悲しさもあったし、両親と会話をしながらあと少しであまり会えなくなるという寂しさも何だかんだで感じていた。しかし、今はそれどころではない。
(__……凄い。凄すぎるっ!)
私は呆然とその光景を見つめていた。自分の出身国の王城より遥かに大きくそして、とても美しい城がそこにはある。まるで童話とかにあるようなそれが飛び出してきたみたいだ。
「やはり大陸一の帝国は違うねぇ」
「ええ、そうですわね」
一緒の馬車に乗り合わせている両親がおっとりとそんな会話をしている。彼らは城よりも、それを見て興奮してお城を食い入るように見ている私を微笑ましく見ているらしい。何となく視線を感じて照れてしまうが、それよりもお城や王都が気になって仕方がない。
隣国とはいえ、やはり違う国であると少しずつ色々なものが違う。ファッションも人の容姿も並んでいる店も人の表情もなぜだか新鮮に見えてしまう。
(私はこの国の人間なるのね……)
このまま何も問題がなければ皇太子妃、そしてそのまま地位がゆるがなければ皇后か。外側は一応貴族の娘だが、前世の記憶故に割と平凡なのでちょっとどころじゃなく荷が重い。
ふと頭を過ぎったそれに漠然とした不安もある。けれどここまで来たからには逃げられない。まあ逃げないけれども。
「……」
(うう、緊張してきた……)
魔道具のお陰でそこまで揺れを感じない馬車は王都の道を行き、そして城へと一直線に向かっていく。城の前まで来れば、用件や人を確認され、門を通過する。それから広場のような所で馬車を降りると大勢の人が私たちを待っていた。
彼らは私たちに深々と礼をする。あまりの人数と綺麗に揃ったそれに呆然としていれば、男の人がこちらに近づいてきてこちらに挨拶をすると城の案内を始めた。予定通りの到着だったので、どうやらそのまま皇帝陛下と謁見できるらしい。
「セシーリア、足と手が一緒に出ているわ」
「え、あ……」
広い廊下を歩き始めて少し経つ。これからのことにそれはもう緊張していると、母が小声でそう声を掛けてきた。
(本当だ……)
言われて始めて気づいて直そうとするが、いつもどうやって普通に歩いていたかよく分からなくなってしまう。
そんな様子に気づいたのか母がそっと背中に手を当てた。そしてそれが離れると次は父もそっと背に触れる。何故だかそのほんの僅かの温もりで肩の力が抜けていく。
「ありがとう」
本当に小さな声でそう言った。何も返事は帰ってこないけれど、きっと聞こえたはずだろう。
まだまだ緊張はしているが、それでもほんの少し余裕ができると途端に視界は広くなる。長い廊下、窓から見える見事な庭園と噴水、壁から天井にまで施された美しい装飾、高価そうな壺や絵画……__。
目に映るものがどれも綺麗だ。気を抜けば、キョロキョロと見回してしまっていただろう。
(珍しい。妖精がこんな所にいる……)
流石に姿は見せてはくれないが、妖精が纏っているキラキラとしたものが宙を舞っている。私の国では妖精は基本的に人嫌いだ。私は何故だか仲の良い子もいるけれど、基本的にどこの国も変わらないと思っていた。
しかし、この国ではそうでもないのか、それとも珍しい人間が来たからなのか私たちの周りを舞っていた。
「ここからが謁見の間でございます」
色々なものに気を取られているうちに謁見の間に着いてしまったらしい。いよいよか、と私はごくりと唾を飲み込む。
「皇帝陛下と皇后陛下はもうまもなくいらっしゃいます。皇太子殿下は陛下との挨拶の後にいらっしゃる予定ですので、そのつもりでご準備くださいませ」
「ええ、分かりました。ここまでの案内、感謝致します」
(ん?まって、……ご準備くださいませって何?)
案内人と父の会話を聞いて、何だか変なことを言うな、なんて思いながらも頷くと、「では、開きます」と言った後、案内人は扉を開けた。それと同時に名前と家名を呼ばれ、入室の文句が始まるが、それどころではない。
「……」
ぶわっと何かが通り過ぎていく。明らかに空気がここだけ違う。
別の案内役のような明らかに先程の人よりも更に高い身分の人が開いた扉の先で待っていて、私たちはその人に着いていき指定された場所で立ち止まる。周囲には大臣や高位の貴族、そして騎士の方々がいて、こちらの様子をじっと見ている。
(なるほど。これだけのここに居ることを許された人がいると魔力とかもあって空気が重いのね。ここに皇帝陛下たちまでいらっしゃったらさらに凄いことになりそう……)
何だか胃のあたりがキリキリしてきた。こういう場の緊張感にはやはりなれない。そう考えていれば、空気が動く。どうやら皇帝陛下と皇后陛下がいらっしゃったらしい。それを察して、最敬礼のカーテシーをした。
「……」
「……」
「顔を上げて楽にせよ」
その体勢のまましばらく時が過ぎる。そして言われた通りに顔を上げ、カーテシーをやめる。私の目に飛び込んできたのはそれはもう美しい男女だった。
(こ、この方々が皇帝陛下と皇后陛下)
あまりに綺麗な方々に思わず口をポカーンと開けたくなったがどうにか耐えた。
「私はこの国アーシェラスの皇帝リヒト・アシェル・ルードウェルだ。長旅ご苦労であった」
という言葉から皇帝陛下の話が始まる。金色に輝く髪にに碧眼、そしてひしひしと感じるオーラ。やはり王族や皇族はまた色々と別の何かがある気がしてならない。なんて考えながら皇帝陛下のお話と皇后陛下のお話が終わると、両親が挨拶をし、そして私も挨拶を終える。
正直緊張のあまり自分が何を言っていたのかはよく覚えていないが、誰の表情も変わらないのできっと乗り切れたはずだ。交わされる会話の間で小さく息をつく。
「__どうやら皇太子が到着したようだ」
ある程度話が済んだところで皇帝陛下がそう言った。すると何故か私のすぐ後ろに先程まで1番後ろにいたヴィルデの気配が動いてきた。他にも動く人がおり、誰も何も咎めないし言葉は発さない。
何だか異様だな、と思っていた時部屋に入室してくる気配がしたのでもう一度最敬礼のカーテシーをしようとした。
「……?」
そのとき、スーッと何かが通り過ぎて行ったような気がする。流れる水のような、いやでも春の風のようなそんな何か。何だろう?と思いながらもそのまま続けようとした時だ。
__ざっ
急に空気が動いて、何故か私と並んでいた両親やその後ろに控えていた者たちが勢いよく3歩ほど後ろに下がった。いや、よく見たら私たちの周囲にいた方々も少しばかり後ろに下がっている。中にはしりもちをついている人だっている。
平然としているのは皇帝陛下と皇后陛下、そして入場されたばかりの皇太子殿下と私。それからほか数名。
「……ぇ?」
驚きでほんの僅かに声が漏れてしまう。
(え、ええー!な、何!?)
急なことに思わず後ろを振り返り、それからハッとして皇帝陛下の方へと向き直った。背中から変な冷や汗が出てくる。カーテシーを続けた方がいいのかどうかもよく分からない。
(なんでみんな後ろに下がっちゃったの?え?なんか打ち合わせあった?1人だけ私空気読めてなくない?あ、もしかして準備ってこれのことだったの……!?)
「ほう、これは……」
混乱しているとくつくつと笑う声がする。思わず前を向けば皇帝陛下が笑っているのだ。いや、皇后陛下も笑っておられる。そして、その横へと歩いてきた皇太子殿下は何故か私を呆然と驚いた表情で見ている。
(ひ、ひえー、傾国の美姫ならぬ傾国の美皇太子だっ!)
ご両親の美しさを足すどころかいい所全て掛けました、と言わんばかりの美形。皇帝陛下譲りの金髪、碧眼。
驚いた表情から一変、両親やこちらを見比べて穏やかそうに笑っているのがまたいい。彼のどこが悪魔なのだろうか?というか本当に同じ空気を吸って生きてる人間なのだろうか?
0.5秒もしないうちにそんなことを高速で思考する。正直これが私にできる精一杯の現実逃避だった。
「……」
(……うん。私、何かやらかしたわ)
私は陛下や殿下の御前なので項垂れることもできず、ましてや先程のように両親たちを気にかけて振り返る訳にもいかず立ち尽くした。
両親やみんなにもっとしっかりと色々聞いておくんだった。思わずそんなことを後悔した。
◇◆◇
(補足?)
両親たちや着いてきた侍従(元々はヴィルデ以外両親や兄sたちについてた)は、アーシェラスの皇族にあったことがあるけど、主人公は実は殆どどころか全く関わったことがないので色々と知らないし、みんなまさかそうだとは気づいてなくて色々と教えていないという可哀想な罠。
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