18 / 36
7話ー2
しおりを挟むセヴィリスは美しい顔に焦りを浮かべてリリシアの動きを止めた。
ど、どういうこと?そんなことって?
「ちゃんと薬で『魔印』を抑えないとどんどん君は蝕まれてしまうんだから。とにかく、今夜は静かにゆっくり休んで」
「……え?」
まいん? むしばまれる? ゆっくり休め?
訳のわからない単語が夫の口からぽんぽん出てくる。
「あの、初夜……、あの、はだかで、あの、わたしの、旦那さまの……」
リリシアは自分の胸元を見下ろし譫言のように口走る。セヴィリスは彼女の唇を慌てて手で覆う。頬が真っ赤だ。
「だから、僕は君とその、そういうことをするつもりはないんだ」
ぽかんとしている新妻に、夫となった青年はひどく真面目な顔で言い放った。
✳︎✳︎✳︎
「ほんとうは式の日取りをもっともっと早くしたかったんだ。そうすればいろいろ準備できたからね。やはり満月の婚礼はよくなかった」
寝台のクッションを背もたれにしてリリシアを楽な姿勢に休ませると、セヴィリスはその側へ椅子を持ってきて腰掛けた。長い脚をそろえて、膝の上にぎごちなく両手の拳をのせている。
セヴィリスがリリシアと初夜を迎えるつもりはないと言い切ったとき、ちょうど彼の従者であるラハルトがお茶を持って入ってきたのだ。
そうして今リリシアはティーカップを手に、改めて夫の話を聞いているのだ。
もちろん彼女は新郎の話を半分も飲み込めていない。ぽかんとしたままだ。
(し、初夜、は?なし? そういうことをするつもりはない……?)
この気持ちがそのまま、リリシアの寝不足気味の顔に表れている。
セヴィリスはそんなリリシアの視線に一瞬きまり悪げに目を逸らす。そして、こほんと咳払いをした。
「ええと、肩はどう? 痛んだり変な感触はまだある?」
「い、いえ、だいぶ良くなりました」
「めまいや頭痛は?」
彼女は素直に首を横に振る。
「もう大丈夫です。ほんとうにありがとうございました。お世話をおかけしてしまって……こんな日に」
「貴女が謝ることじゃないよ。その症状は私の責任なんだから」
目の前の美青年は濃いまつ毛を伏せた。
「あ、の……。どういうことなのでしょうか……」
彼女は小さな声で、おそるおそる尋ねた。こういう場合、リリシアはとても過敏になる。尋ねたいことがあっても、相手はたいてい自分の都合で話を打ち切ったり、馬鹿にしたような視線を送ってくるからだ。少なくともベルリーニ家では彼女の疑問や意見をまともに取り合ってくれる人間はいなかった。
だからつい、こわごわと相手の様子を窺ってしまうのだ。
セヴィリスは慌てて彼女を宥める。
「ごめん。これでは説明不足だね。まず、どこから話したらいいだろうか」
彼はしばらく考えてから、リリシアの肩に視線を寄せた。
「貴女の肩なんだけれど、もう一度よく見てほしい」
彼の眼差しは真剣だ。リリシアは素直に従ってランタンの光の下で絹布を外し露になった自分の左肩を見てみる。すると、いつのまにかそこには奇妙なアザができていた。肩口に爪で引っ掻いたような歪な円が描かれているのだ。
一粒のブドウくらいの大きさの、ただの歪んだ円。なのにそれは見ているだけで気分が悪くなるような禍々しさを纏っている。
リリシアは眉を顰めて呟く。
「こ、れは……?こんなの、今までなかったのに」
「いや、この印は少し前につけられたはずだ。……身に覚えはないかな?……それに、最近良くない夢を見たりしないかい?」
「え?」
彼女は口を覆って、セヴィリスを見る。
「夢……って」
(なぜ、そのことを……)
0
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる
絹乃
恋愛
主従でありながら結婚式を挙げた護衛騎士のアレクと王女マルティナ。戸惑い照れつつも新婚2人のいちゃいちゃ、ラブラブの日々。また彼らの周囲の人々の日常を穏やかに優しく綴ります。※不定期更新です。一応Rをつけておきます。
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
結婚相手が見つからないので家を出ます~気づけばなぜか麗しき公爵様の婚約者(仮)になっていました~
Na20
恋愛
私、レイラ・ハーストンは結婚適齢期である十八歳になっても婚約者がいない。積極的に婿探しをするも全戦全敗の日々。
これはもう仕方がない。
結婚相手が見つからないので家は弟に任せて、私は家を出ることにしよう。
私はある日見つけた求人を手に、遠く離れたキルシュタイン公爵領へと向かうことしたのだった。
※ご都合主義ですので軽い気持ちでさら~っとお読みください
※小説家になろう様でも掲載しています
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる