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四章
モラハラ再びと、決心8
しおりを挟むデミグラスソースの深い香りがリビングに漂う。食卓をセットし終えたところで裕一からメッセージが届いた。
『夕飯いらないから。帰りも何時かわからないので、先に休んでください』
(ハンバーグ、今日は上手にできたし、希望通り、目玉焼きも乗っけたのにな……)
そっけないメッセージの画面に、ふっと息を吐き、肩を落として、わたしはひとり、食事を始めた。
その日の夜、夫は帰ってこなかった。
正確には、何時に帰ってきたのかわからない、だ。
十時ごろ、お風呂に入って、履歴書に必要事項を記入しながら彼を待った。呑んで帰ってきたとしても、午前一時ごろまでには家に着くはずだろう。
テレビやYouTubeを何の気なしに見ながら、明日の面接のことを考えながら過ごしているうちに、気づくとソファでうたた寝してしまっていた。
午前三時。
まだ帰ってこない。
何してるんだろう。週の真ん中の平日なのに。
メッセージを入れてみたけれど、既読にもならない。
わたしは朝の四時まで待って、結局眠気に耐え切れずに布団に入った。
ドアががちゃんと閉まる音が夢現に聞こえる。(あ、裕一。帰ってきたのかな……)
夜更かししたせいで、いま自分がどこにいるか一瞬わからなくなった。時計を見ると七時半になっている。これはもう彼はとっくに出かけている時間だった。リビングに急いだが、誰もいない。
南側のベランダから、朝日が静かに差し込んでいるだけだ。
洗面室に乱雑に脱ぎ散らかされたシャツと下着を見て、彼が帰ってきて、シャワーを浴び、そのまま出勤していったことがわかった。
(いつ帰ってきたんだろ。……始発ってこと?)
会社の送迎会などでたまにやっていたことだけれど、最近は滅多にそんなことはなかった。
疑問が浮かびつつ、やっぱり引っかかるのは昨日のことだ。
(やっぱり怒ってるのかな、夜のあれ。断っちゃったこと)
数年ぶりに欲情し、妻を誘ったのに断られたからなのだろうか。でも、こればかりは、タイミングや気持ちにとても左右される、デリケートなことじゃないかと思う。特に、うちみたいにレスと言っていい夫婦では、微妙な問題だ。
最近特に増えてきた気がする、大きなため息をもう一度吐いて、わたしは洗濯機を回すことにした。
✳︎✳︎✳︎
「ええと、蔭山、莉子、りこさんですね。飲食での接客経験あり、と。うちをお客様として、ご利用されたことはありますか?」
「は、はい。りこ、と読みます。実は先週、初めてお食事と、生バンドの演奏を見に来ました」
背筋をのばし、バッグを両膝の上に置いてぎゅっと持ちながら、わたしは何度も頷いた。目の前の男性ー電話に出たBlueの店長さんだったーは私の履歴書を丁寧に確認しながら話を進めていく。
相変わらず素敵な雰囲気の店内で、今はディナータイム前のお客様がほとんどいないいわゆるアイドルタイムだった。
「これは皆さんにお聞きしているのですが、蔭山さん、主婦ということで、お子さんはいらっしゃいますか?」
わたしは首を横に振った。
「いえ、おりません」
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