上 下
1 / 9

1. 過去

しおりを挟む
「殿下!? なぜ嘘なんて……!!」
「だってあなたは止めるでしょう?」

 私は微笑む。じゃないときっとあなたは諦めないから。

「当たり前でしょう!? なぜあなたが生贄にっ……」
「私が王女だから。この国を守る義務があるから」

 遮る。じゃないと思わず縋りついてしまいそうだから。
 彼の金色こんじきの瞳に映る私は泣きそうな顔をしていた。

 ごめんなさい。でも私が止まるわけにはいかないの。

「あの者をここから連れ出せ!」
『はっ!』
「殿下!?」

 私の命令に周りにいた護衛の者たちが動く。いくら最高位の魔法使いである彼といえどもこの部屋では魔法は使えない。王族しか魔法が使えない特別な部屋だから。

 彼は、剣を持った私の護衛たちに為す術もない。

「殿下! 殿下ぁ!!!」

 連れていかれる彼を見て目から涙が溢れた。

 心の底から愛してる。
 だから、あなたに今から始まることを見せるわけにはいかない。

 涙を拭って前を見た。私はこの国の王女。役目を果たすのみ。

「儀式を再開する!」

 私の声にフードをかぶって並んだ魔法使いたちが頭をさげた。
 私は聖水の泉の中に身を沈めていく。特別な水、一度入れば出ることはできないだろう。

 だが、もう迷ってはいなかった。
 胸元にある彼の名前入りのペンダントを握りしめる。

「せめて来世、もう一度巡り会うことができますように……」

 水底に沈みながら私は呟いた。
 効果があるのかもわからない、祈りのような魔法を。



 ***



「はっ」

 真っ暗な部屋で目が覚める。数瞬の間、自分がどこにいるかわからずに混乱したが、やがて暗闇に慣れてきた目が鏡の中に、銀髪に銀の瞳の少女を見つけて思い出す。

「あぁ、夢か」

 懐かしい夢を見た。私ーーティアラ・ド・ルマージェの前世。遥か昔、千年前の人生の最後。
 立ち上がってカーテンを開けると、陽の光が部屋の中を満たす。

「せっかくあの時の夢を見るなら彼の顔を見たかったな」

 最愛のあの人。しっかり私と向き合っていたはずなのに、夢の中ではなぜか顔がぼんやりとしていて見えなかった。

 私はすでに彼の顔も名前も覚えていない。神様の手違いか、千年後の時代にこうして転生した私は、その影響のせいなのか前世のことはあまり覚えていなかった。

「それでも、あの最期だけは忘れられないのだけどね」

 苦笑する。水底に沈み苦しかった記憶だけは今も記憶の奥底にこびりついて離れない。せっかくなら彼と過ごした時間を大切にしまっておきたかったのに。

「まぁ、もう私には関係ない話ね。同じ王女という身分だけれど、以前は聖女と呼ばれていたのに今は『厄介者』だもの」

 なんの因縁か、私は今世もまた前世と同じルマージュ王国の王女として生まれていた。
 しかも、以前は聖女と呼ばれて災いに呑まれていた国を救おうと奔走したのに、今世は現国王と侍女の間に生まれて疎まれ半ば幽閉されている。

 同じ身分でありながらすごい違いだ。

「のんびり過ごすのが一番よね、今は災いが降りかかっているわけでもないみたいだし」

 と割り切っているからなんともないが、でなければきっとこの人生に耐えられなかっただろうと思う。それくらい、望まれぬ王女、という身分は厄介だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

悪役令嬢っぽい子に転生しました。潔く死のうとしたらなんかみんな優しくなりました。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したので自殺したら未遂になって、みんながごめんなさいしてきたお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 …ハッピーエンド??? 小説家になろう様でも投稿しています。 救われてるのか地獄に突き進んでるのかわからない方向に行くので、読後感は保証できません。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい

みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。 切ない話が書きたくて書きました。 転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。

処理中です...