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そのまま頭を撫でると、エドは気持ち良さげに目を閉じました。

「リラ、傷が治ったら、一緒に出かけよう」

「どこか行きたいところでもあるの?」

「ああ。なあリラは、王太子妃になるのは嫌か?」

頭を撫でる手を止めると、エドが目を開きました。真っ直ぐ私を見上げるその瞳は、澄んでキラキラと輝いて見えました。

「王太子妃? それって……まさか私がエドと?」

「まさかって……少しも考えられないってことか?」

「今言われるまで考えたこともなかったわ……」

エドはムっと眉根を寄せました。

「じゃあ考えろ」

「で、でも……エドには婚約者候補が居るんじゃないの?」

「ああ、気にするな。候補者なんて常に居る」

「私はあなたの候補者じゃないわよ?」

少なくとも祖父には何も言われていませんし、むしろ祖父の意向としてはロランを推したいのではないかと思われました。

「じゃあ聞くけどな、俺が他の女と結婚することに、リラは何も感じないのか?」

エドが結婚。
きっと才色兼備な姫君が選ばれることでしょうね。優しいエドのことですから、誰よりも何よりも大切にするはずです。

これまで私に向けられていたあの笑顔や優しさも、全てその姫君に注がれる──

つぶさに想像した途端、ドロリとした嫌な感情が込み上げました。

何という邪な思いでしょう。
そんなのは嫌だ嫌だと心が悲鳴を上げるのです。唐突に自覚させられた独占欲に胸がギリギリと締め付けられました。

けれども、それを正直に打ち明けて良いものなのでしょうか。臆病な私が踏み出す一歩を竦ませます。

言葉を発するのを躊躇う私を、エドは辛抱強く見守っていました。そして勇気づけるように私の手をぎゅっと握るのでした。

「エド、私……イヤって言っても、いいの?」

エドはふっと表情を和らげました。こんな酷い有様でなければ、うっかりときめいてしまったかもしれません。

「そう言ってくれなければ困る。リラが臆病で寂しがり屋なのこと、俺は良く知ってるし、そういうお前のこと、ずっと守ってやりたいって思ってたんだ」

「エド……」

ぽたりと溢れる涙がエドの頬を濡らしました。滲みたのでしょう、エドは僅かに眉を顰めます。

「ありがとうエド……あなたは出会った時からずっと、私の光だわ」

「光?」

「うん。言葉では言い表せないくらい、とても特別で大切な人」

エドの手が優しく私の涙を拭います。

「それは親族とか弟として?」

「幼い頃はそうだったけど、今は違うわ。あなたがそれを無理矢理自覚させたんじゃない」

ボロボロ涙が溢れる中、無理矢理笑ってみせたので、きっと酷い顔になっていたと思います。

エドは起き上がると、私を優しく抱きしめました。

「もう泣かせないって言ったのに、ごめんな」

私は首を横に振りました。

「悲しい涙じゃないなら、良いんでしょう?」

「ああ、そうだな。なあリラ、お前の未来……俺にくれるか?」

「まさかそれ、プロポーズのつもり?」

「……つもりじゃなくて、プロポーズだ」

「何もそんな酷い顔の時に言わなくても良いじゃない」

ちょっと拗ねたようなエドの声音に、思わず笑ってしまいました。

「……それもそうだな。ロランとは互いにケジメつけたからさ、あとはリラの気持ち一つだって思ったら待ちきれなくてな」

ロランとは一体どんな話し合いがなされたのでしょう。何となくエドは教えてくれない、そんな気がしました。

「プロポーズ以前に、肝心なことを聞いてないわ」

「肝心なこと?」

私はエドを見上げました。

「あなた、私のことどう思っているの?」

途端にエドの瞳が所在なげに揺れました。そんなエドを私は逃がさないとばかりにじっと見詰めます。
肝心なところをボカして結論だけを突きつけられるのは、なんだか納得がいかなかったのです。

やがてエドは観念したようにふうっと息を吐きました。

「……俺が好きだと言ってしまったら……お前を追い詰めるような気がして……」

確かに、受け入れる準備もないまま気持ちを伝えられても、私は戸惑い身の置き所がない思いをしたかもしれません。

そんな滅多に見せないエドの臆病ともいえる弱さとに触れて、私は彼が堪らなく愛おしくなりました。
この優しくも不器用な従弟は、これまでどれだけ私のために心を砕き、思い悩んできたのでしょう。

「リラの意思で選んで貰わなきゃ意味がないんだ。だから、俺の気持ちは言えなかった──」

「なら、私が私の意思で選ぶわ。エド、あなたが誰より何より大切で……大好きよ」

「リラ……俺も大好きだ」

エドが顔を傾けて、ゆっくりと唇を重ねました。

「痛っ……」

傷に滲みたのでしょう、すぐに離れてバツが悪そうに唇を押さえました。

「俺今酷い顔にしてたんだったな。改めて仕切り直しさせてくれ」

「もう、仕方ないわね」

笑い合って、通じ合った気持ちを確かめるように、私達は互いを抱きしめ合ったのでした。
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