上 下
14 / 18

14

しおりを挟む
悔しいなら見返せ。

両親を失ったエドヴァルドに、祖父が良く言って聞かせた言葉だ。

最愛の息子でもある後継者を奪われた憤りは祖父とて同じこと。だから胸に燻る怒りや憎しみは良く分かるが、それをただぶつけるのではなく、大事を為して必ず見返せと。

とはいえ祖父とて為政者の前に一人の人間。制裁は速やかに一片の慈悲もなく行われた。
首謀者一族直系は妻子に至るまで例外なく処刑し、罪人一族は一人も余すことなく断絶した。

セヴク侯爵家を生かしたのは恩情でもなんでもない、『使える』と判断したからだ。

リラは知らないであろう為政者としての祖父は、実に冷徹で剛毅果断な人間だ。
エドヴァルドはそんな祖父を尊敬していたし、容姿や性格が似ていることも誇りだった。

だから祖父から与えられることは何でも吸収した。唯一の正当な後継者として、両親を喪った悲しみに浸る時間など、エドヴァルドには許されていなかった。

そんな日々の中、リラと出会ったのは本当に偶然だった。

従姉が大怪我を負って城に滞在している、と祖父から聞いてはいた。王族を虐待するなど赦し難いと憤慨もしたし、まだ会ったこともない従姉が気掛かりではあった。

だが、秒単位でスケジュールを組まれるエドヴァルドには、中々畏まって会いに行く時間的余裕がなかったのだ。

そんな優等生なエドヴァルドでも、ほんの時折フラストレーションが爆発して逃げ出すことがあった。

そこは大人達には決して来ることの出来ない秘密の場所。小柄な者にしか通り抜け出来ない小さな穴を潜って出た先は、エドヴァルドにとって唯一一人になれる秘密の場所だった。

はずなのに──

その日は居るはずのない他人がいた。
年恰好は自分と同じくらいか。背を向けているが、全身を激しく震わせ泣いているのが分かった。

「どうしたんだ?」

何気なく声をかけると、少女は大きな目を零れ落ちそうなほど見開いて、エドヴァルドを振り返った。

涙に濡れた紫水晶の瞳を見た瞬間、ある強烈な感情が湧いた。

──俺が守ってやらなければ!

理屈ではなく、本能的にそう思った。
側に寄ってポツポツと話しをすると、寂しいと訴える少女──リラ。

(ああ、この子が──)

すぐに件の従姉だと分かった。そしてなんとなく祖父から聞き齧っていた彼女の境遇と心細げな眼差しとに、ぎゅっと胸を掴まれた。

ならば自分が側に居てやる、とエドヴァルドは自ら進んで約束していた。

だからエドヴァルドはリラと別れたその足で、真っ直ぐに祖父の元へ向かったのだ。

「ジジイ、リラの側にいてやりたい。時間を工面してくれ」

「ほう」

祖父は顎に手を当て、意味ありげにエドヴァルドを見下ろした。

「わざわざ工面といっても、リラはお前の婚約者候補じゃないぞ」

「なら、今すぐ候補にしてくれ。側に居てやるって約束したんだ」

「なんで候補にするんだ? 暇を見つけて普通に親族として接してやれば良いじゃないか」

エドヴァルドは暫し考え込んだ。
祖父は案外ロマンチストで、貴族には珍しく恋愛結婚に拘っている。自身は勿論、父も叔父も叔母も皆恋愛結婚だった。

そんな訳でエドヴァルドは、定期的に同年代の令嬢達との会合の場を設けられていた。正直嫌で嫌で仕方のない、苦痛しかない時間だった。

早くから良い子を見付けて仲良くなるように、という祖父の有難迷惑な計らいも、エドヴァルドにとっては全て裏目に出ていて、彼はこの頃女嫌いになりかけていた。

だから不思議だったのだ。
自然体でいられて、側にいることを苦痛に思わない異性は初めてだったから。

「ずっと一緒にいるならリラが良い」

すらりと口を突いて出た言葉は、胸の中にストンと綺麗に収まった。

「そうか」

フムフムと祖父は頷いた。分かってくれたのかと安心しかかったエドヴァルドの心を、祖父は無情にも突き放した。

「だがな、リラもまた儂の大事な孫。リラにも選ぶ権利はある。あれの成人まで待て」

「なっ……!」

「別に反対はしないぞ? 無理強いはせず、リラが承諾すれば良いだけのこと。まあ妨害はするかもしれないが、応援も反対もしないから自力で頑張れよ」

祖父はにっこり笑うと、話は終わったとばかりにしっしっと手で追い払った。

「……分かったジジイ、これは宣言だ。俺はあんたを超える王になってやる。その時隣にいるのはリラだ!」

来た時同様騒々しく去って行く孫の後ろ姿を、王は愉快そうに見送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...