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第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う

子猫は空を舞う 2

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「むきゅ~……」

 目を回して意識が半分飛んでいる霧。

 余三郎はひらりひらりと落ちてきた霧の着物を空中で掴み取り、できるだけ霧を直視しないようにしながら地面に寝かせて着物をかけた。

「さぁ、次はおまえさんの番だよ」

「わ、妾も着物を剥がされるのか? 妾はこの下に肌襦袢を着込んでおるから霧のように素っ裸にはならないからマシといえばマシじゃが……」

 青太郎の技による予想外の副作用に愛姫は顔を赤らめて足を引いた。

「あぁ、もう! 命の懸かった場面で恥ずかしいとかは二の次だよ!」

 青太郎がそう言って強引に愛姫の手を引いて担ぎ上げると、これ以上文句を言い始めないうちにとばかりに走り出した。

「ちょ、やめ、やめるのじゃ、いや、いやぁ、父上ぇぇ!」

「ここまできたら、いくら抵抗しても無駄だよ! そぉれっ! よいっ! ではっ! ないかあああぁぁ!」

「いやああああぁぁ!」

 台詞だけ聞けば、まるで吉原あたりでやり取りされるような声を上げて青太郎は愛姫を投げ飛ばした。

 さすがに霧ほどの飛距離はなかったが愛姫も十分な距離を飛び、やはり霧の時と同じように着物が脱げて肌襦袢一枚だけの姿になって目を回しながら余三郎に受け止められた。

 そして――、

「せ、拙者もアレをするのでごさるか!? 拙者は霧殿と同じで肌襦袢なんて贅沢なものは着てないでござるよ!?」

 愛姫と違ってド貧乏が常である猫柳家で生活している百合丸たちに肌襦袢を買う余裕などあるはずがない。

「裸を見られるのが恥ずかしいのかい? 恥ずかしがるのは乳弁天の菊花くらいに胸が立派になってからでいいよ。そんな洗濯板みたいな――ごぶっ! な、なにするんだい!?」

「あるっ! 拙者にだって胸くらいあるに決まっておろう! 拙者は着痩せするたちなのでござる!」

「痛たた……今はそんな事での言うよりも命のほうが大事だと思うんだけどね」

「そ、それはそうでござるが……だからとて乙女の肌を異性の目があるところで晒すというのは、格別の勇気がいるというか……できればそういうのは殿と二人きりの時がいいとか……と、とにかくこちらにも色々と都合があるのだ!」

「大丈夫だ百合丸! 受け止めるために目を瞑るわけにはいかんが、見てもすぐに忘れるよう努力するから!」

「それはそれで切ないものがあるでござるよ!」

 なかなか踏ん切りのつかない百合丸の様子に余三郎が「早く」と声を掛けて急かすが、百合丸は余三郎の顔を見て尚更に躊躇する。

「ううっ……。こうなるなら、せめて湯浴みをしてから来るのでござった……」

「百合丸! 悩んでいる間はないぞ!」

「ほれ、主君もああ言っているよ板胸武士っ娘。観念してこっちに来――ごぶっ! ええい、往生際の悪い!」

 二発も連続で殴られた青太郎。理不尽な暴力に対するそのムカつきもあって、有無を言わさずに百合丸を無理矢理抱きかかえた。

「ま、待て。拙者はまだ心の準備が!」

「そのようなものは後でしておくれ! いくよ余三郎殿!」

「応っ!」

 霧や愛姫よりも大きな百合丸を飛ばすために長めの助走距離をとって駆け出す青太郎。

 崖のギリギリのところまで走り込んで、額に青筋を浮かべながら思いっきり力を込めて百合丸を放り投げる。

「ぬおおおおぉ! よいっ、ではっ、ないかあああぁぁーー!」

 しゅるるっ!

 投げられた百合丸はさすがに霧や愛姫ほど高く上がらなかった。が、体重の掛かる分帯を引く手応えが安定し、ほとんど水平の軌跡を描きながら百合丸が回転しながら飛ぶ。

「きゃあああああぁぁぁぁーー!」

 しかし、やはり霧ほども軽くはない百合丸。

 僅かに勢いが足りずに、余三郎が手を広げて待っている崖の縁に届くよりも先に失速を始めた。

「青太郎殿っ!」

 余三郎が切迫した声で叫ぶ。

「わかってるよっ!」

 青太郎も帯から伝わってくる手応えでそれを敏感に感じ取り、引っ張っていた帯を手繰り寄せて逆手でもう一引きした。

「よいではないかぁー!」

 しゅるんっ!

 失速して谷底に落ちそうになっていた百合丸の体がクンッと上方向に跳ね上がって、余三郎の頭上を越えた。

「どうじゃぁー!」

「お見事っ!」

 ほっと顔を緩めながら両手を広げて百合丸を受け止めようとした余三郎。その時、百合丸の着物が花開くように広がった。

「きゃああああ!」

 百合丸は乙女の意地で必死に体を隠そうとしたが体が宙に浮くほどの回転と遠心力に負けて、結局霧と同じように大の字になって回りながら余三郎の上に落ちて来る。

「と、殿ぉー! 見ないでくだされー!」

 霧のように着物がすっぽ抜けたわけではないけれど、まるで旗指物のように着物を背中にはためかせて、股間には白いフンドシを煌めかせた。

 余三郎はあまりに衝撃的な恰好で落ちてくる百合丸を目の当たりにして一瞬思考が飛びかけたが、呆けている場合ではないと気を引き締め直して受け止める体勢を取った。

「ごふっ!」

 愛姫と比べて体重にそれほどの差の無い百合丸だったが、落下の勢いが乗算されて彼女を受け止めた余三郎は胸を強く圧迫されて息が詰まった。

「くっ、むむむっ!」

 よろけた足で何とか踏ん張ってはみたものの余三郎は体勢を支えきれず、そのまま後ろによろけて派手に倒れた。

「うわっ!」

 目を回している百合丸は当然自力で立つことも出来ずに一緒になって倒れる。

「うぐっ!」

 余三郎はなんとか体を捻って霧や愛姫の上に倒れるのは回避したものの、

 右に全裸の幼女、霧。

 左に肌襦袢一枚の姫、愛姫。

 そして、胸の上には褌少女が乗っかっているという、男であれば誰もが羨む極楽状態になる。

『このようなところを菊花さんに見られたらどのような誤解を受けるか……』

 そうと思うと余三郎は心胆の縮む思いがした。

「アホ……太郎。帯、はよぅ帯を……」

 まだ世界が回っている状態でありながら、百合丸は朦朧としながらもはだけた着物を懸命に自分の体に巻き付け直して、橋の向こうにいる青太郎に自分の帯を求めた。

 霧や愛姫のように簡単に意識を手放したりしないのは、百合丸の乙女としての意地があるからであろうか……。

「待て百合丸。帯はまだ青太郎殿に持っていてもらおう」

「え、ええ!? 殿は拙者にはしたない姿のままでいることをご所望でござるか。いや、だが……拙者としては殿だけならまだしも、みんなにも見られるというのは流石に……」

「は?」

「い、いや。殿がどうしてもとご下命なさるなら拙者も腹をくくるでござる。……なるほど、殿はそういう趣向が好みでござったか」

「百合丸。一寸ちょっとそこで横になって休んでいるといい、ひどく混乱しているようだ」

 百合丸を霧の隣に寝かせた余三郎は、もう一度崖の縁に立った。

「青太郎殿」

「な……なんじゃ? ぜはぁー、ぜはぁー……」

 普段からろくに運動などしたことのない青太郎がここにきて人並み以上に動いたものだから顔から滝のような汗を流し、両手両膝を地面について犬のように舌を出しつつ喘いでいる。

「そこの三つの帯を繋げればこっちにも届くであろう。端に石を包んで投げるといい」

「ん? そ……それで何を、するつもりだい? ぜはぁー……ぜはぁー……」

「そのままでは狐屋殿だけがそっちに取り残される事になる。このまま見殺しにするのはあまりにも申し訳ないではないか。だから繋いだ帯を引っ張っておぬしをこっちに引き上げようって事だ」

「私、を?」

「おぬしのおかげで三人が飛ばされて来た。こっちにいるのがわし一人だけであればさすがに無理な話だが、わしを含めて四人分の体重があれば青太郎殿を引っ張り上げることが出来よう。さぁ、帯の端の片方をこっちに投げてくれ」

「あ、あぁ、そうか。ふひぃ~。全然思いつかなかったよ。やはり私ぁ抜けてるね」

 額の汗をぬぐいながら自虐的に照れ笑いをしている青太郎を見て余三郎は彼のことがとても好ましく思えた。
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