上 下
35 / 94
第二幕 みんなが子猫を探してる

夜伽話 余三郎

しおりを挟む
 な、なにをしておるのじゃ?

 余三郎は自分の部屋にいる三人の少女たちの様子を見て愕然がくぜんとした。

 別にのぞなんてしようとは思っていなかった。

 かわやから帰ってきて再び打掛うちかけ羽織はおって丸くなっていたら板張りの床を伝って三人の話す声が嫌でも聞こえてきたのだ。

 厠に行くまではそんなにはっきりとは聞こえなかったのに急に聞こえるようになってきたのは、おそらく三人が布団から出て喋り始めたからなのだろう。

 話がきょうにのってきたのはかまわないにしても、もしこのまま夜中まで喋り続けて愛姫が風邪でもひこうものなら、首尾しゅび良く姫を大奥に帰したとしても後で責任問題になりかねない。

 そう思った余三郎は百合丸と霧を呼び出して愛姫に早く休んでもらうように注意をしようと考えた。

 ただ、注意をするにしても夜話を楽しんでいる最中に突然声を掛けて驚かせてしまうのはしかろうと、声掛けの潮時しおどきはかるために余三郎は襖の間からそっと中の様子を窺っていたのだが――、

「ここと……ここ、なの。見て」

 霧が着物のすそまくって、二人に自分の股ぐらを披露ひろうしていた。

 な、なにをしておるのじゃ?

 余三郎は我が目をうたがった。

 余三郎側から見ると霧の小さな背中しか見えないが、愛姫と百合丸の二人は霧の真っ正面に頭を寄せて、至近距離から彼女の股ぐらを真剣な目で観察している。

「ううむ……ツルツルじゃな」

「見事なまでにツルツルでござるな」

 霧はまだ八歳児だぞ、当たり前だろうが!

 余三郎は心の中で叫ぶように突っ込んだ。

父様ととさまは霧のこれを見て……殺すしかないと仰った。なの」

 二人は目を見開いて息を呑んでいた。聞き耳を立てていた余三郎の顔は驚愕きょうがくで歪んだ。

 な、なにぃー!? 自分の娘の股ぐらがツルツルだから殺すとな!? 立花たちばな家はあれか? みな生まれた時からボーボーじゃなきゃダメなのか?

母様かかさまはこの子の責任ではないとかばってくれた。なの」

「当然でござる。こんなのは本人がどうこうできることではござらぬ」

「その通りじゃ。馬鹿馬鹿しい」

 本当にその通りだ。バカげている!

 余三郎は物音を立てないようにしながら蜘蛛くものように手足をわせてソソクサと炊事場すいじばに向かうと、戸棚から小さな茶筒を取り出した。中には良質の乾燥ワカメが入っている。

 わしが将来への予防薬として溜めていたものだが……仕方がない。明日からは霧にも分けてやろう。髪に良いとされるワカメだが、おそらく下のほうにも効果はあるだろう。

 余三郎は茶筒を胸に抱えながら思った。

 それにしても恐ろしい。何度か立花殿に会ったことはあるが、人の良さそうな顔をしたあの男が鬼畜同然の変態だったとは……。

 三人の会話が余三郎にひどい誤解を与えたまま、夜は静かに更けていった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜

佐倉 蘭
歴史・時代
★第9回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 「近頃、吉原にて次々と遊女の美髪を根元より切りたる『髪切り』現れり。狐か……はたまた、物の怪〈もののけ〉或いは、妖〈あやかし〉の仕業か——」 江戸の人々が行き交う天下の往来で、声高らかに触れ回る讀賣(瓦版)を、平生は鳶の火消しでありながら岡っ引きだった亡き祖父に憧れて、奉行所の「手先」の修行もしている与太は、我慢ならぬ顔で見ていた。 「是っ非とも、おいらがそいつの正体暴いてよ——お縄にしてやるぜ」 ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」に関連したお話でネタバレを含みます。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

北海帝国の秘密

尾瀬 有得
歴史・時代
 十一世紀初頭。  幼い頃の記憶を失っているデンマークの農場の女ヴァナは、突如としてやってきた身体が動かないほどに年老いた戦士トルケルの側仕えとなった。  ある日の朝、ヴァナは暇つぶしにと彼が考えたという話を聞かされることになる。  それは現イングランド・デンマークの王クヌートは偽物で、本当は彼の息子であるという荒唐無稽な話だった。  本物のクヌートはどうしたのか?  なぜトルケルの子が身代わりとなったのか?  そして、引退したトルケルはなぜ農場へやってきたのか?  トルケルが与太話と嘯きつつ語る自分の半生と、クヌートの秘密。  それは決して他言のできない歴史の裏側。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

処理中です...