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第二幕 みんなが子猫を探してる

夜伽話 百合丸 2

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「うむぅ、さすがに三人で布団の中にもぐっているとしてくるな……」

 愛姫はほんのりと赤く上気じょうきした顔を手団扇てうちわあおぎながら布団の中からい出た。

 それに続いて百合丸と霧も亀の甲羅のように膨らんだ布団から出て「ふ~……」と息を吐く。実は二人とも暑かったらしい。

「むぅ、汗でべとべとするな……」

「汗と言えば……」

 百合丸が汗のにじんだ首筋を掌でパタパタと扇ぎながら呟くように思い出話を始めた。

「拙者が猫柳家に貰われたばかりの頃、拙者は出奔しゅっぽんしたことがあるでござるよ」

「出奔?」

「格好つけた言い方でござるが、簡単に言うと家出でござる」

 百合丸が苦笑いをしながら頬を掻く。

「月に一度だけでござったが、父上に甘えられなくなったのが寂しくなって……もう一度だけでも父に甘えてみたかったのでござる」

 愛姫は眉を寄せて難しい顔をしたが何も言わなかった。

 大奥の中ではその名の通り、毎日毎日鬱陶うっとおしくなるほど父や母にでられている愛姫からすれば、百合丸の体験談に対して簡単に「わかる」と相槌あいづちを打てるような経験は無い。

 百合丸の話を真剣に聞いている愛姫は、ここでいい加減な返事をしたくはなかった。

「まぁ耳障みみざわりの良いふうな理由を先に言うたでござるが、ぶっちゃけそういうのは動機の一割程度で、残りの九割はここでの食生活があまりにひどくて、空腹に耐えきれなくなっただけでござる」

「わかる、なの」

 ずっと聞いているだけだった霧がここで初めて相槌を打った。

「その日、お腹を空かせたまま家出をして桑名藩の江戸屋敷に向かっていたのでござるが、途中で迷子になったのでござるよ」

 ちなみに桑名藩の江戸屋敷は茅場かやば町にあり、余三郎たちが暮らしている御徒町からは大人の足で半刻(一時間)もかかるほどの距離がある。

「夕方になっても知った道に戻れなくて、段々と辺りが暗くなって、寂しくなって、怖くなって、泣きそうになった時に……ずっと拙者を探していた殿に見つけてもらえたでござるよ」

「中々にいきな登場の仕方をするではないか我が叔父は」

「それからが大変でござった。なんだかもう拙者の心の中がぐちゃぐちゃして、自分でも無茶な事を言っていると思いながらも、あふれた気持ちを止められなくて、延々と殿を攻め立てたでござるよ。どうしてもっと早く来なかったのだとか、お腹いっぱいに飯を食わせろだとか、甘い物が食べたいとか、どうしてウチには甘えられる大人がいないんだとか……完全な八つ当たりでござったなぁ」

 そう言いながら百合丸は遠い目をした。

「拙者の無茶な怒りに殿は「うん」「うん」と一々いちいち生真面目きまじめに返事をするのでござるよ。だから拙者は益々切なくなって、泣いて、わめき散らして、最後には泣き疲れて動けなくなって……。それでも殿は一度も怒りもせずに拙者を背負って、二人で家まで帰って来たでござる」

 その時でござった……と、百合丸は頬を少しだけ赤く染めながら白状した。

「拙者を探して江戸中を走り回っていた殿は汗だくになっていて、ひどく汗臭かったのでござるよ。背負われていた拙者はずっとその臭いを嗅ぎながらいつしか眠ってしまって、それが殿との思い出としてずっと拙者の心の底に残っているでござる。……だから、その、今でも殿の汗の匂いを嗅ぐと安心するというか、興奮するというか、下腹がむず痒くなるというか――」

「うん、わかった。そこまでで良いぞ百合丸。もう喋らなくて良い。というか黙れ。そういう思い出話にオチは必要ないからの」

 これ以上百合丸に喋らせたら危険な方向に話が転がりそうだったので愛姫は無理やり百合丸の話を終わらせた。
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