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第二幕 みんなが子猫を探してる
大番頭雷蔵 1
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狐屋の裏口から笠を深く被った二人の武士がそそくさと出て行った。
大番頭の雷蔵が腰を折って彼らを見送り、二人の姿が大通りに消えたのを見てそっと裏口を閉ざす。
両替商『狐屋』では客を裏口から見送ることが多い。
何よりも体面だの世間体だのを重んじる侍どもが金貸し屋からひょろりと出ていくのを誰かに見られるのは憚りがあるからだ。
「ふぅ……」
まだ昼を少し過ぎたばかりだというのに今朝から数えて十二件目の商談を終えた雷蔵はいささか疲れた様子で己の目頭を揉んだ。
すると――、
「おや、何をしてるんだい? 雷蔵」
離れの一室から出てきた青太郎がなんとも気の抜けた声をかけてきた。
「……」
雷蔵はとっくりと青太郎の顔を見た後、何も見なかったように無表情を保ったまま歩き出す。
「おいこら雷蔵。今の無視っぷりはさすがにひどかろう!?」
追いすがって雷蔵の袖を引く。
「なんですかい? 見ての通りあっしは忙しいんですがねぇ」
「何が忙しいのだ? 面白いことなら私も混ぜておくれ」
雛が親鳥に餌をねだるように「なーなー雷蔵ぉー」と雷蔵の袖を揺らすので雷蔵は鬱陶しそうな表情を隠しもせずに袖を払った。
「そんなにお暇なら隣の善坊に遊んで貰ったらどうですかい」
「善坊はまだ六つの子供じゃないか! 私は十六だぞ?」
「しょうがないでしょう。若旦那の同年代の子らはもう仕事をしているのが普通ですから」
引っ張られて崩れた着物の合わせを直しながら見下ろすと青太郎はややうつむき加減で唇を尖らせた。
「実は、私が遊びに行くとあすこの親はいい顔しないのだ。『青太郎坊ちゃんが来るとウチの善に阿呆が感染る』と言う。どうやら遠回しに私の訪問を嫌がっているようなのだ」
「遠回しどころか、一本槍の突きのように真っ直ぐ嫌がっていますな」
雷蔵はやるせない気持ちになった。
いくら本当の事とはいえ仮にも自分の主人がそのように扱われているのだと聞かされると良い気分ではいられない。
だからと言って自分が青太郎の遊び相手をしてやれる暇もない。
「はぁ……仕方ありやせん。これをお貸ししますんで眺めて遊んでいてくだせぇ」
「なんだいこれは? 普通の手鏡のようだが」
雷蔵が懐から取り出した手鏡を青太郎が受け取ってまじまじと品定めするように眺めた。
「これは遠く唐より渡って来た大層有り難い手鏡でして、覗くと三国一の間抜け野郎が映し出される摩訶不思議な手鏡なんでさぁ」
「なにっ!? それは真か!」
手鏡の持ち手には金の象嵌で『京都藤屋』と書かれてあるのだが、未だにひらがなと自分の名前しか読み書きの出来ない青太郎には分からない。
「もちろんでさぁ。この雷蔵が青太郎坊ちゃんに嘘をついたことなどありやすかい?」
「かなりあるような気がするのだが?」
「気のせいでござんしょう?」
初心な娘ならころりと騙されそうなほどの綺羅めいた良い笑顔で答える雷蔵。
芥子粒ほども後ろ暗いところを感じさせない彼の完璧な笑顔を見て青太郎は段々と気のせいだったように思えてきた。
「ううむ、そう……だったかの?」
「そうですとも、そうですとも。……さて、あっしは仕事が立て込んでおりますのでこれにて」
「うむ、ご苦労」
新しい暇つぶしを得た青太郎はニマニマと頬を緩めて鏡を食い入るように眺めて始めた。
大番頭の雷蔵が腰を折って彼らを見送り、二人の姿が大通りに消えたのを見てそっと裏口を閉ざす。
両替商『狐屋』では客を裏口から見送ることが多い。
何よりも体面だの世間体だのを重んじる侍どもが金貸し屋からひょろりと出ていくのを誰かに見られるのは憚りがあるからだ。
「ふぅ……」
まだ昼を少し過ぎたばかりだというのに今朝から数えて十二件目の商談を終えた雷蔵はいささか疲れた様子で己の目頭を揉んだ。
すると――、
「おや、何をしてるんだい? 雷蔵」
離れの一室から出てきた青太郎がなんとも気の抜けた声をかけてきた。
「……」
雷蔵はとっくりと青太郎の顔を見た後、何も見なかったように無表情を保ったまま歩き出す。
「おいこら雷蔵。今の無視っぷりはさすがにひどかろう!?」
追いすがって雷蔵の袖を引く。
「なんですかい? 見ての通りあっしは忙しいんですがねぇ」
「何が忙しいのだ? 面白いことなら私も混ぜておくれ」
雛が親鳥に餌をねだるように「なーなー雷蔵ぉー」と雷蔵の袖を揺らすので雷蔵は鬱陶しそうな表情を隠しもせずに袖を払った。
「そんなにお暇なら隣の善坊に遊んで貰ったらどうですかい」
「善坊はまだ六つの子供じゃないか! 私は十六だぞ?」
「しょうがないでしょう。若旦那の同年代の子らはもう仕事をしているのが普通ですから」
引っ張られて崩れた着物の合わせを直しながら見下ろすと青太郎はややうつむき加減で唇を尖らせた。
「実は、私が遊びに行くとあすこの親はいい顔しないのだ。『青太郎坊ちゃんが来るとウチの善に阿呆が感染る』と言う。どうやら遠回しに私の訪問を嫌がっているようなのだ」
「遠回しどころか、一本槍の突きのように真っ直ぐ嫌がっていますな」
雷蔵はやるせない気持ちになった。
いくら本当の事とはいえ仮にも自分の主人がそのように扱われているのだと聞かされると良い気分ではいられない。
だからと言って自分が青太郎の遊び相手をしてやれる暇もない。
「はぁ……仕方ありやせん。これをお貸ししますんで眺めて遊んでいてくだせぇ」
「なんだいこれは? 普通の手鏡のようだが」
雷蔵が懐から取り出した手鏡を青太郎が受け取ってまじまじと品定めするように眺めた。
「これは遠く唐より渡って来た大層有り難い手鏡でして、覗くと三国一の間抜け野郎が映し出される摩訶不思議な手鏡なんでさぁ」
「なにっ!? それは真か!」
手鏡の持ち手には金の象嵌で『京都藤屋』と書かれてあるのだが、未だにひらがなと自分の名前しか読み書きの出来ない青太郎には分からない。
「もちろんでさぁ。この雷蔵が青太郎坊ちゃんに嘘をついたことなどありやすかい?」
「かなりあるような気がするのだが?」
「気のせいでござんしょう?」
初心な娘ならころりと騙されそうなほどの綺羅めいた良い笑顔で答える雷蔵。
芥子粒ほども後ろ暗いところを感じさせない彼の完璧な笑顔を見て青太郎は段々と気のせいだったように思えてきた。
「ううむ、そう……だったかの?」
「そうですとも、そうですとも。……さて、あっしは仕事が立て込んでおりますのでこれにて」
「うむ、ご苦労」
新しい暇つぶしを得た青太郎はニマニマと頬を緩めて鏡を食い入るように眺めて始めた。
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