14 / 94
第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける
子猫は勝手気ままに散歩に出かける 3
しおりを挟む
「お、殿ではござらぬか!」
聞き覚えのある声が植え込みの陰から聞こえた。
「百合丸!?」
いつもと変わらぬ百合丸の姿を見て、余三郎は無礼討ちになっていなかったことに心底ほっとした。
……そして、安心したとたんに抑えきれないほどの怒りが沸いてきた。
「百合丸っ! おまえはいったいどこに――……」
そんな叱責の言葉が口をついて飛び出すが、その言葉を余三郎は途中で飲み込んでしまった。
百合丸の後ろから霧が現れて、その背後からもう一人見覚えの無い女の子が出てきたからだ。
「丁度良かった。殿、話は後でござる、さぁ早く下城しましょう」
―― 誰だこの娘は? ――
そんな質問をする余裕も与えられないまま、百合丸を先頭に三人の女の子たちが小走りに鍛冶橋門に向かって去ってゆく。
「お、おい!? こら!」
馬や籠を使える身分でない余三郎は徒歩のまま百合丸たちのあとを追いかけた。
先頭の百合丸が門を過ぎる折に門番に向かって軽く手を上げると、
「これは片桐殿。先日は世話になったでござる。また遊びに行かせてもらうでござるよ!」
そんなふうに気安く声をかけて足早に通ってゆく。
「お勤めご苦労だったな百合丸ちゃん。気ぃつけて帰れよ」
「うむ!」
元気に目の前を通る百合丸をニコニコしながら見送る門番。
「……」
無言でぺこりと頭を下げながら霧も通過。
それにもうんうん。と頷きながら見送る門番。
「勤め大儀じゃ!」
その後に続いて、余三郎も知らない女の子も通過。
一瞬キョトンとする門番。
その後を追いかける余三郎は門番に袖を掴まれた。
「猫柳殿。また女の子の家臣ですか?」
「う、うむ。そのようだ……」
自分自身が何もわからない状態なので曖昧な返事をするしかない余三郎。
立派な奴髭を生やした初老の門番は人好きのする苦笑をしながら「大変ですなぁ」と余三郎を元気づけるようと背を軽く二度叩いた。
「おっと、忘れるところだった。これ」
片桐はそう言いながらそっと懐に手をやると、竹の葉の包みを余三郎に手渡した。
「牡丹餅じゃ。先ほど同輩から頂いた物なんだが、わしもカカァも甘いものは苦手でな。あの子らに食べさせてやってくだされ」
人の良い笑顔で微笑む。
「これはかたじけない」
丁寧に頭を下げる余三郎を見て、まるで出来の良い孫を見ているような笑顔で頷く片桐。
微禄ではあるが旗本である余三郎に対して一介の門番でしかない片桐が気安く声をかけるなど普通はない事だが、片桐と余三郎は家を貸している貸主と借り手という関係があって、そのほかにも百合丸や霧が度々片桐家に遊びに行ってはお菓子を貰って帰ってきたりするので、片桐夫妻と猫柳の者たちとは日常的に浅くない関係がある。
「おやおや、主君を置いてもうあんなところまで。ははは、子供は元気だの」
ちょっと立ち止まっている間に百合丸たちの姿があっという間に小さくなっている。
「あ、あやつら……すまぬ。片桐殿。礼はまた改めて」
余三郎は片桐にぺこりと頭を下げると慌てて三人の女の子たちの後を追った。
「まったく! これでは、どちらが供なのかわからぬ!」
主人のお共として来たはずの少女たちを、逆に追い駆けている自分の立場がとても情けなく思えてきた。
聞き覚えのある声が植え込みの陰から聞こえた。
「百合丸!?」
いつもと変わらぬ百合丸の姿を見て、余三郎は無礼討ちになっていなかったことに心底ほっとした。
……そして、安心したとたんに抑えきれないほどの怒りが沸いてきた。
「百合丸っ! おまえはいったいどこに――……」
そんな叱責の言葉が口をついて飛び出すが、その言葉を余三郎は途中で飲み込んでしまった。
百合丸の後ろから霧が現れて、その背後からもう一人見覚えの無い女の子が出てきたからだ。
「丁度良かった。殿、話は後でござる、さぁ早く下城しましょう」
―― 誰だこの娘は? ――
そんな質問をする余裕も与えられないまま、百合丸を先頭に三人の女の子たちが小走りに鍛冶橋門に向かって去ってゆく。
「お、おい!? こら!」
馬や籠を使える身分でない余三郎は徒歩のまま百合丸たちのあとを追いかけた。
先頭の百合丸が門を過ぎる折に門番に向かって軽く手を上げると、
「これは片桐殿。先日は世話になったでござる。また遊びに行かせてもらうでござるよ!」
そんなふうに気安く声をかけて足早に通ってゆく。
「お勤めご苦労だったな百合丸ちゃん。気ぃつけて帰れよ」
「うむ!」
元気に目の前を通る百合丸をニコニコしながら見送る門番。
「……」
無言でぺこりと頭を下げながら霧も通過。
それにもうんうん。と頷きながら見送る門番。
「勤め大儀じゃ!」
その後に続いて、余三郎も知らない女の子も通過。
一瞬キョトンとする門番。
その後を追いかける余三郎は門番に袖を掴まれた。
「猫柳殿。また女の子の家臣ですか?」
「う、うむ。そのようだ……」
自分自身が何もわからない状態なので曖昧な返事をするしかない余三郎。
立派な奴髭を生やした初老の門番は人好きのする苦笑をしながら「大変ですなぁ」と余三郎を元気づけるようと背を軽く二度叩いた。
「おっと、忘れるところだった。これ」
片桐はそう言いながらそっと懐に手をやると、竹の葉の包みを余三郎に手渡した。
「牡丹餅じゃ。先ほど同輩から頂いた物なんだが、わしもカカァも甘いものは苦手でな。あの子らに食べさせてやってくだされ」
人の良い笑顔で微笑む。
「これはかたじけない」
丁寧に頭を下げる余三郎を見て、まるで出来の良い孫を見ているような笑顔で頷く片桐。
微禄ではあるが旗本である余三郎に対して一介の門番でしかない片桐が気安く声をかけるなど普通はない事だが、片桐と余三郎は家を貸している貸主と借り手という関係があって、そのほかにも百合丸や霧が度々片桐家に遊びに行ってはお菓子を貰って帰ってきたりするので、片桐夫妻と猫柳の者たちとは日常的に浅くない関係がある。
「おやおや、主君を置いてもうあんなところまで。ははは、子供は元気だの」
ちょっと立ち止まっている間に百合丸たちの姿があっという間に小さくなっている。
「あ、あやつら……すまぬ。片桐殿。礼はまた改めて」
余三郎は片桐にぺこりと頭を下げると慌てて三人の女の子たちの後を追った。
「まったく! これでは、どちらが供なのかわからぬ!」
主人のお共として来たはずの少女たちを、逆に追い駆けている自分の立場がとても情けなく思えてきた。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜
佐倉 蘭
歴史・時代
★第9回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
「近頃、吉原にて次々と遊女の美髪を根元より切りたる『髪切り』現れり。狐か……はたまた、物の怪〈もののけ〉或いは、妖〈あやかし〉の仕業か——」
江戸の人々が行き交う天下の往来で、声高らかに触れ回る讀賣(瓦版)を、平生は鳶の火消しでありながら岡っ引きだった亡き祖父に憧れて、奉行所の「手先」の修行もしている与太は、我慢ならぬ顔で見ていた。
「是っ非とも、おいらがそいつの正体暴いてよ——お縄にしてやるぜ」
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」に関連したお話でネタバレを含みます。
強いられる賭け~脇坂安治軍記~
恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。
こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。
しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
北海帝国の秘密
尾瀬 有得
歴史・時代
十一世紀初頭。
幼い頃の記憶を失っているデンマークの農場の女ヴァナは、突如としてやってきた身体が動かないほどに年老いた戦士トルケルの側仕えとなった。
ある日の朝、ヴァナは暇つぶしにと彼が考えたという話を聞かされることになる。
それは現イングランド・デンマークの王クヌートは偽物で、本当は彼の息子であるという荒唐無稽な話だった。
本物のクヌートはどうしたのか?
なぜトルケルの子が身代わりとなったのか?
そして、引退したトルケルはなぜ農場へやってきたのか?
トルケルが与太話と嘯きつつ語る自分の半生と、クヌートの秘密。
それは決して他言のできない歴史の裏側。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる