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第三章 童貞勇者の嫁取り物語
おたくの旦那さん、旅先で浮気してましたよ
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ネギが誘拐されていないか心配で、汗だくになりながら息を切らして街中を駆けずり回っていたイーノックはネギが宿屋の酒場で見たことのないメイド服の女の子に抱っこされながら見知らぬ冒険者風のおっさんの頭をよしよししているのを見て、安心したのと同時に緊張が一気に解けて全身から力が抜けた。
「あいつ、なにやってんだ?」
わりと人見知りするネギが自分から知らない誰かに声をかけるとは思えないので、きっと何かトラブルがあって、その延長で知り合ったというところだろう。
「やめろ、優しくされると余計に切なくなるぜ」
ネギによしよしされているおじさんが本当に困った様子でテーブルに突っ伏している。
やはりネギが何かのトラブルに関わってしまったのはほぼ間違いない。
問題はそのトラブルがどういったものかだ。
「俺で対処できる程度のやらかしだったらいいんだけど」
胃がキリキリするのを我慢しながらネギがいるテーブルに近づいた。
「すみません。ウチのネギが何かご迷惑を?」
「あ、主様」
声をかけると、見上げたネギが思っていたよりもかなり軽い感じでホニャっと表情を緩めた。
どうやらそれほど深刻なやらかしはしていないようでほっとする。
「お、おまえがこのフニャ動の飼い主か!? 金貨五枚だ。金貨五枚を補填しろ! 今すぐにだ!」
ところがテーブルで頭を抱えていた冒険者風の中年男が必至な形相でイーノックに詰め寄ってきた。
「え? フニャ動? 金貨五枚? え?」
ウェーズリーに状況を説明されたイーノックは一旦店外に出ると、すぐに五枚の金貨を調達して戻ってきた。
「おまえ何者なんだ? お貴族様か? それともどこかの大商会の御曹司だとか?」
見た感じナタリアと同じくらいの少年なのに、四人家族なら二、三か月分の生活費に匹敵するお金をさらっと用意できるなんて普通じゃない。
「えぇまぁ……」
身元が不明なおじさんに正体を明かすほどイーノックは不用心ではないので自分の身分については曖昧に濁した。
実はこのお金はすぐ近くにある魔道具店『深淵の入り口』に行って借りてきたものだ。この魔道具店はバーグマン家が抱えるヒヨコ騎士団の物資調達先としてよく利用する店なので、イーノックが「ちょっとお金借りていい?」と言えばすぐに金庫を開けてくれた。
ついでに店主のラウンドクックに祝福の加護付きの金属武器が入荷していないか確認をしたら「ねぇよ! 何度も何度もしつこいぞこのクソガキ!」と怒鳴られた。
そしてなぜかナタリアにまで「あんたねぇ、こんな可愛いネギ君を従魔にしておきながら一人で出歩かせるなんてどういうつもり? もう少しで悪い冒険者に攫われるところだったのよ!?」と真剣な表情で叱られている。
金貨五枚をやすやすと用意できるほどの身分なのにメイド姿のナタリアに「どうもすみません、以後気を付けます」とバカ丁寧に頭を下げている少年。
ウェーズリーはこの少年の正体を知りたくなったけれど、今はそんなことに関わっている暇はないと思って追及するのは止めた。
「まぁ、金が戻ってきたならボウズが何者だろうがどうでもいいか」
ネギを引き取った少年が家に帰る際、ネギのことが気に入ったナタリアがなかなかネギを手離そうとしなかったのでちょっと手間取ったけれど、今度ネギが王都に行ったときに会う約束をしたことでナタリアはなんとか聞き分けてくれた。
「むぅ~。ネギ君飼いたかったなぁ~」
馬に乗ったイーノックの背中につかまってバイバイと手を振るネギを宿の入り口で見送ったナタリアが未練がましく愚痴っている。
「メイドの仕事を辞めて実家に帰ってくれば専属の使用人くらいつけてくれるだろ。その時に好みのガキでも選べばいいさ」
傷心のナタリアを慰めようだなんて最初から考えていないウェーズリーは金貨を入れた革袋を大事そうに懐に収めて出かけるそぶりを見せた。
「どこ行くの? もう夕暮れなのに」
宿の逆方向に歩き出すウェーズリーにナタリアが怪訝な表情を向けると彼はニヤリと笑った。
「決まってんだろ。夕暮れから始まる大人な店に行くんだよ」
「え? どうしよう、私ベリーさんになんて報告すればいいの? 正直に「おたくの旦那さん、旅先で浮気してましたよ」って言うのはちょっと勇気がいるわね。これがきっかけで家庭が壊れてしまうのは見たくないし」
「お嬢、マジでふざけるな? ほんとマジふざけるな? 仕事だって分かってて煽ってくるんじゃねぇよ」
「身の潔白を証明したいなら私も連れて行きなさいよ」
「は? ガキ同伴でそんなとこ行けるかよ」
「あ、そ。ベリーさんへの報告がどうなるか期待しておくことね!」
「……くそっ! 連れて行けばいいんだろ! 刺激が強すぎて泣いても知らねぇからな!」
「もう十五になる私が夜のお仕事を見ただけで泣くわけないじゃない。もしそんなことになったら今後ずっと赤ちゃん言葉で喋ることを誓うわ!」
自信満々に言い切ってフラグを立てたナタリア。
五十二分後には「助けてくだちゃい。ごめんなちゃい」と涙とか鼻水とか、その他諸々の汁を垂れ流して命乞いをするハメになることを彼女はまだ知らない。
「あいつ、なにやってんだ?」
わりと人見知りするネギが自分から知らない誰かに声をかけるとは思えないので、きっと何かトラブルがあって、その延長で知り合ったというところだろう。
「やめろ、優しくされると余計に切なくなるぜ」
ネギによしよしされているおじさんが本当に困った様子でテーブルに突っ伏している。
やはりネギが何かのトラブルに関わってしまったのはほぼ間違いない。
問題はそのトラブルがどういったものかだ。
「俺で対処できる程度のやらかしだったらいいんだけど」
胃がキリキリするのを我慢しながらネギがいるテーブルに近づいた。
「すみません。ウチのネギが何かご迷惑を?」
「あ、主様」
声をかけると、見上げたネギが思っていたよりもかなり軽い感じでホニャっと表情を緩めた。
どうやらそれほど深刻なやらかしはしていないようでほっとする。
「お、おまえがこのフニャ動の飼い主か!? 金貨五枚だ。金貨五枚を補填しろ! 今すぐにだ!」
ところがテーブルで頭を抱えていた冒険者風の中年男が必至な形相でイーノックに詰め寄ってきた。
「え? フニャ動? 金貨五枚? え?」
ウェーズリーに状況を説明されたイーノックは一旦店外に出ると、すぐに五枚の金貨を調達して戻ってきた。
「おまえ何者なんだ? お貴族様か? それともどこかの大商会の御曹司だとか?」
見た感じナタリアと同じくらいの少年なのに、四人家族なら二、三か月分の生活費に匹敵するお金をさらっと用意できるなんて普通じゃない。
「えぇまぁ……」
身元が不明なおじさんに正体を明かすほどイーノックは不用心ではないので自分の身分については曖昧に濁した。
実はこのお金はすぐ近くにある魔道具店『深淵の入り口』に行って借りてきたものだ。この魔道具店はバーグマン家が抱えるヒヨコ騎士団の物資調達先としてよく利用する店なので、イーノックが「ちょっとお金借りていい?」と言えばすぐに金庫を開けてくれた。
ついでに店主のラウンドクックに祝福の加護付きの金属武器が入荷していないか確認をしたら「ねぇよ! 何度も何度もしつこいぞこのクソガキ!」と怒鳴られた。
そしてなぜかナタリアにまで「あんたねぇ、こんな可愛いネギ君を従魔にしておきながら一人で出歩かせるなんてどういうつもり? もう少しで悪い冒険者に攫われるところだったのよ!?」と真剣な表情で叱られている。
金貨五枚をやすやすと用意できるほどの身分なのにメイド姿のナタリアに「どうもすみません、以後気を付けます」とバカ丁寧に頭を下げている少年。
ウェーズリーはこの少年の正体を知りたくなったけれど、今はそんなことに関わっている暇はないと思って追及するのは止めた。
「まぁ、金が戻ってきたならボウズが何者だろうがどうでもいいか」
ネギを引き取った少年が家に帰る際、ネギのことが気に入ったナタリアがなかなかネギを手離そうとしなかったのでちょっと手間取ったけれど、今度ネギが王都に行ったときに会う約束をしたことでナタリアはなんとか聞き分けてくれた。
「むぅ~。ネギ君飼いたかったなぁ~」
馬に乗ったイーノックの背中につかまってバイバイと手を振るネギを宿の入り口で見送ったナタリアが未練がましく愚痴っている。
「メイドの仕事を辞めて実家に帰ってくれば専属の使用人くらいつけてくれるだろ。その時に好みのガキでも選べばいいさ」
傷心のナタリアを慰めようだなんて最初から考えていないウェーズリーは金貨を入れた革袋を大事そうに懐に収めて出かけるそぶりを見せた。
「どこ行くの? もう夕暮れなのに」
宿の逆方向に歩き出すウェーズリーにナタリアが怪訝な表情を向けると彼はニヤリと笑った。
「決まってんだろ。夕暮れから始まる大人な店に行くんだよ」
「え? どうしよう、私ベリーさんになんて報告すればいいの? 正直に「おたくの旦那さん、旅先で浮気してましたよ」って言うのはちょっと勇気がいるわね。これがきっかけで家庭が壊れてしまうのは見たくないし」
「お嬢、マジでふざけるな? ほんとマジふざけるな? 仕事だって分かってて煽ってくるんじゃねぇよ」
「身の潔白を証明したいなら私も連れて行きなさいよ」
「は? ガキ同伴でそんなとこ行けるかよ」
「あ、そ。ベリーさんへの報告がどうなるか期待しておくことね!」
「……くそっ! 連れて行けばいいんだろ! 刺激が強すぎて泣いても知らねぇからな!」
「もう十五になる私が夜のお仕事を見ただけで泣くわけないじゃない。もしそんなことになったら今後ずっと赤ちゃん言葉で喋ることを誓うわ!」
自信満々に言い切ってフラグを立てたナタリア。
五十二分後には「助けてくだちゃい。ごめんなちゃい」と涙とか鼻水とか、その他諸々の汁を垂れ流して命乞いをするハメになることを彼女はまだ知らない。
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