20 / 38
Who are you?(貴方は誰?) 4
しおりを挟む
登記所を出たラチアたちは中央通りにある一軒の本屋の前で足を止めていた。
「本?」
ラヴィがラチアを見上げながら訊き返した。
「あぁ。俺がいつまでもオマエを養っていけるという保証はないからな。俺になにかあったときでも生きて行けるよう、職能を今のうちに身につけておいたほうがいい」
「それが、本を読むこと?」
ラヴィは別にそこまで考えてはいなくて単純にラチアと一緒に暮らすことができればそれで良かったのだけれど、自分の将来をきちんと考えてくれているラチアの気持ちが嬉しくてラヴィは話の流れに逆らわなかった。
「本を読むというより字を覚えるのが目的だな。普通は読み書きが出来るのは貴族だけで教育を受けていない一般人は文字を読むことも書く事もできない」
「へぇー……」
「でも、遠方に住まう親族からの通信で一般人の間でも手紙の往来はある」
「文字が読めないのに?」
「そうだ。だから届けられた手紙は文字が読める者に読んでもらって、文字が書ける者に返事を書いてもらう必要が出てくる。それが商売になる。『代読』『代筆』だ」
「じゃあ、読み書きができればボクでもお金を稼ぐことができるようになるの?」
「そうだ。オマエはウサギタイプのアニオンだから成長したら人間とほぼ同じ体に成長する。そうしたらペンが持てるようになるから文字も書けるだろう。ラヴィはどう見ても畑仕事とかの肉体労働には向いてないからな。こういった仕事が出来るようになっておいたほうがいい」
「じゃあ、あたしがおチビちゃん向けの本を選ぶね!」
パイラが本を選ぶ役に立候補した。
そもそもラヴィに本なんて高価な物を買い与える流れになったのは、犀の鎮圧に貢献したラチアにそれなりの報奨金を贈るようパイラが警備部隊の連隊長に強く進言したからだ。
想定していなかった臨時収入。しかもかなりの額を貰えた。
それを惜しみなくラヴィのために使おうとしているラチア。
『むむぅ、いいね。いいね。やっぱ先輩は良い男だよ。自分のモノを買うより子育て優先かぁ、きっと将来いいお父さんになるね。むふふぅ~』
パイラは自分の将来の家族計画に思いをはせてニヤニヤとしながら並べられている本を一つ一つ手にとって吟味した。
書店に並べられている商品はまだ羊皮紙を使った巻物が多くあって店内は古い革の匂いが漂っているけれど、半分ほどは貴重品の紙を使用している高価な本だ。
「どれがいいかなー……。おチビちゃんだとあまり難しいのはダメだし……将来はきっと私と先輩の子も読むことになるんだからちゃんと選ばないと……」
「余計な計画も交じっているように聞こえたが、気のせいか?」
「……うふふ?」
体をくねらせながら照れ笑いをするパイラ。
きっと両想いの相手ならこんな反応も愛おしく感じるところなのだろうけれど、
「……」
ラチアは、ただただイラッとした。
「あ、あのね、ボクだって、将来大人になったら畑仕事くらいできると思うよ? 本を読むとか字を書くとかそれだけじゃなくてね、もっと頑張るよ? 肉体労働だってするよ?」
ラヴィはラチアの好意を嬉しく思う反面、今の自分では何もお返しができないのが心苦しかった。
少しでも多くのことでラチアのお役に立てるようになりたい。だから頭脳労働だけに限定されないよう一生懸命にやる気をアピールした。
「にひっ、別の意味での肉体労働は、愛いおチビちゃんにはさせたくないだろうしねぇ……って、痛ったーい! 今の本気チョップだったでしょ先輩!? めちゃくちゃ痛かったですよ!?」
「ろくでもないことを言うからだ」
もし「《別の意味での肉体労働》ってなに?」ってラヴィに無垢な瞳で訊かれでもしたら、説明しなければならない立場にいるラチアにとって冗談で済まない事態になる。
「う~……。ちょっとした冗談だったのに……」
「その『ちょっとした』ことが大惨事なることもあるんだ」
ぶつぶつ不平をこぼしているパイラに本選びを任せて、ラチアとラヴィのふたりは店の外に出た。
「パイラって、楽しい人だね」
「……そうか?」
ラチアはひどく嫌そうな顔をした。
「うん。ボク、パイラが好きだよ」
「まぁ、俺も嫌いではないが……時々ひどく鬱陶しいんだ。それさえなければな……」
「パイラって、昔からあんな感じだったの?」
「会ったばかりの頃は今よりももう少し控えめで大人しい感じだったな。ところがある時期から急にああなった。理由は俺にも分からない。それからずっとあのテンションだ。もう朝からうるさいし、夜でもうるさい。きっと寝言も騒々しいことだろう」
それはちょっと相手するのが大変そうだな……と思ったラヴィだけれど、それをラチアの前で口にしないくらいの気遣いはできる子だった。
パイラが本を選び終えるのを待っていると店の前を美々しい鎧をつけた兵士が馬に乗って小さな鐘を鳴らしながらゆっくりと通り過ぎた。
兵士が通り過ぎた後、通りに出ていた人たちは慌ただしく通りの端に寄って片膝をつき、通りの中央に向かって頭を垂れた。
「みんな何してるの?」
「王族がこれからここを通るんだ。ラヴィも俺と同じようにしろ。じゃないと不敬罪で牢屋にブチ込まれるぞ」
ラチアが他の人と同じように通りの端に寄って身を屈めたのでラヴィもその横で小さく蹲り、ぺこりと頭を下げた。
「馬車が通り過ぎるまで絶対に頭を上げるなよ」
「うん」
「わちゃ! こんなときに王族通過かぁ。めんどいなぁ……」
パイラは店を出てくるなり眉を寄せてラヴィとラチアの間に割り込んで膝をついた。
「どんな本を選んだんだ?」
「『シンデレラ』にしました。挿絵も可愛くてこれならおチビちゃんも楽しめるかなって」
「パイラにしてはまともだな」
「パイラにしてはってなんですか。なんだか先輩の中でのあたしの評価が気になるんですけど」
「気にしなくていい。俺の中でのオマエの評価は少しも変わってないから」
「やだ、先輩ったら。こんなところで愛の告白だなんて」
「……」
本当にコイツはどう言ったら……とラチアは頭を抱えたくなったが、何を言っても無駄だと経験則で分かっているので言うのはやめた。
「本?」
ラヴィがラチアを見上げながら訊き返した。
「あぁ。俺がいつまでもオマエを養っていけるという保証はないからな。俺になにかあったときでも生きて行けるよう、職能を今のうちに身につけておいたほうがいい」
「それが、本を読むこと?」
ラヴィは別にそこまで考えてはいなくて単純にラチアと一緒に暮らすことができればそれで良かったのだけれど、自分の将来をきちんと考えてくれているラチアの気持ちが嬉しくてラヴィは話の流れに逆らわなかった。
「本を読むというより字を覚えるのが目的だな。普通は読み書きが出来るのは貴族だけで教育を受けていない一般人は文字を読むことも書く事もできない」
「へぇー……」
「でも、遠方に住まう親族からの通信で一般人の間でも手紙の往来はある」
「文字が読めないのに?」
「そうだ。だから届けられた手紙は文字が読める者に読んでもらって、文字が書ける者に返事を書いてもらう必要が出てくる。それが商売になる。『代読』『代筆』だ」
「じゃあ、読み書きができればボクでもお金を稼ぐことができるようになるの?」
「そうだ。オマエはウサギタイプのアニオンだから成長したら人間とほぼ同じ体に成長する。そうしたらペンが持てるようになるから文字も書けるだろう。ラヴィはどう見ても畑仕事とかの肉体労働には向いてないからな。こういった仕事が出来るようになっておいたほうがいい」
「じゃあ、あたしがおチビちゃん向けの本を選ぶね!」
パイラが本を選ぶ役に立候補した。
そもそもラヴィに本なんて高価な物を買い与える流れになったのは、犀の鎮圧に貢献したラチアにそれなりの報奨金を贈るようパイラが警備部隊の連隊長に強く進言したからだ。
想定していなかった臨時収入。しかもかなりの額を貰えた。
それを惜しみなくラヴィのために使おうとしているラチア。
『むむぅ、いいね。いいね。やっぱ先輩は良い男だよ。自分のモノを買うより子育て優先かぁ、きっと将来いいお父さんになるね。むふふぅ~』
パイラは自分の将来の家族計画に思いをはせてニヤニヤとしながら並べられている本を一つ一つ手にとって吟味した。
書店に並べられている商品はまだ羊皮紙を使った巻物が多くあって店内は古い革の匂いが漂っているけれど、半分ほどは貴重品の紙を使用している高価な本だ。
「どれがいいかなー……。おチビちゃんだとあまり難しいのはダメだし……将来はきっと私と先輩の子も読むことになるんだからちゃんと選ばないと……」
「余計な計画も交じっているように聞こえたが、気のせいか?」
「……うふふ?」
体をくねらせながら照れ笑いをするパイラ。
きっと両想いの相手ならこんな反応も愛おしく感じるところなのだろうけれど、
「……」
ラチアは、ただただイラッとした。
「あ、あのね、ボクだって、将来大人になったら畑仕事くらいできると思うよ? 本を読むとか字を書くとかそれだけじゃなくてね、もっと頑張るよ? 肉体労働だってするよ?」
ラヴィはラチアの好意を嬉しく思う反面、今の自分では何もお返しができないのが心苦しかった。
少しでも多くのことでラチアのお役に立てるようになりたい。だから頭脳労働だけに限定されないよう一生懸命にやる気をアピールした。
「にひっ、別の意味での肉体労働は、愛いおチビちゃんにはさせたくないだろうしねぇ……って、痛ったーい! 今の本気チョップだったでしょ先輩!? めちゃくちゃ痛かったですよ!?」
「ろくでもないことを言うからだ」
もし「《別の意味での肉体労働》ってなに?」ってラヴィに無垢な瞳で訊かれでもしたら、説明しなければならない立場にいるラチアにとって冗談で済まない事態になる。
「う~……。ちょっとした冗談だったのに……」
「その『ちょっとした』ことが大惨事なることもあるんだ」
ぶつぶつ不平をこぼしているパイラに本選びを任せて、ラチアとラヴィのふたりは店の外に出た。
「パイラって、楽しい人だね」
「……そうか?」
ラチアはひどく嫌そうな顔をした。
「うん。ボク、パイラが好きだよ」
「まぁ、俺も嫌いではないが……時々ひどく鬱陶しいんだ。それさえなければな……」
「パイラって、昔からあんな感じだったの?」
「会ったばかりの頃は今よりももう少し控えめで大人しい感じだったな。ところがある時期から急にああなった。理由は俺にも分からない。それからずっとあのテンションだ。もう朝からうるさいし、夜でもうるさい。きっと寝言も騒々しいことだろう」
それはちょっと相手するのが大変そうだな……と思ったラヴィだけれど、それをラチアの前で口にしないくらいの気遣いはできる子だった。
パイラが本を選び終えるのを待っていると店の前を美々しい鎧をつけた兵士が馬に乗って小さな鐘を鳴らしながらゆっくりと通り過ぎた。
兵士が通り過ぎた後、通りに出ていた人たちは慌ただしく通りの端に寄って片膝をつき、通りの中央に向かって頭を垂れた。
「みんな何してるの?」
「王族がこれからここを通るんだ。ラヴィも俺と同じようにしろ。じゃないと不敬罪で牢屋にブチ込まれるぞ」
ラチアが他の人と同じように通りの端に寄って身を屈めたのでラヴィもその横で小さく蹲り、ぺこりと頭を下げた。
「馬車が通り過ぎるまで絶対に頭を上げるなよ」
「うん」
「わちゃ! こんなときに王族通過かぁ。めんどいなぁ……」
パイラは店を出てくるなり眉を寄せてラヴィとラチアの間に割り込んで膝をついた。
「どんな本を選んだんだ?」
「『シンデレラ』にしました。挿絵も可愛くてこれならおチビちゃんも楽しめるかなって」
「パイラにしてはまともだな」
「パイラにしてはってなんですか。なんだか先輩の中でのあたしの評価が気になるんですけど」
「気にしなくていい。俺の中でのオマエの評価は少しも変わってないから」
「やだ、先輩ったら。こんなところで愛の告白だなんて」
「……」
本当にコイツはどう言ったら……とラチアは頭を抱えたくなったが、何を言っても無駄だと経験則で分かっているので言うのはやめた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる