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第三章

第38話 最後の撒き餌

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 魔王城のある、バジェル伯爵領のちょっと北東部。

 滅亡したゼガータ侯爵領と同じく滅亡したリハリス子爵領の領地境の砦街である南オーチェ。
 俺はそこに巣くっていた最後の魔物と対峙していた。

「ふんっ!」

 思い切り両手剣を振り抜く。
 俺に斬られたその小型魔物の骸が目の前に転がった。

「坊ちゃま、これで大丈夫でしょうか?」
「ああ、問題ない」

 俺は振り返り、奪還部隊としてついて来たハーズワート公爵領騎士隊に振り返る。

「これでゼガータ侯爵領は奪還された!」

 うおおおおお!

 ときの声を上げる騎士隊と兵士の皆様。
 そして公爵領の騎士団長が俺に近づいて来た。

「おお、ありがとうございます、ルル様。まさかあなた様のような方がおられるとは」
「いえ、私も自身の能力が『認識阻害』の魔法だとは気づかす、流浪の旅人であったが故、王宮への報告が出来ずにおりましたが、これから魔王討伐のために戦いたいと思っております」
「そうでしたか。いや、そういう事もあるのでしょうな。無事聖女様と合流できることをお祈り申し上げますぞ」
「はい、それでは。侯爵領の事は、ハーズワート公爵家にお任せいたします。まずは皆様で、ここ最前線の北オーチェの砦の再建を最優先にお願い致します」
「畏まりました!」

 そして俺とミューはゼガータ侯爵領を離れた。


「これで、『認識阻害持ちの、灰色の髪の謎の両手剣使い』によって、ゼガータ侯爵領が奪還されたという噂が立つだろう」
「あとはこの話を聖女の耳に入れるだけですね」
「ああ。噂自体は、聖女がここに到着した時に自動的に伝わるだろう」

 フェリエラの魔物分布察知の力によって、魔物に滅ぼされた内陸部のほとんどの地域が奪還されたという報告を受けた俺は、新たな作戦に動き出した。
 そこで、ルレーフェらしき人物が、単独でゼガータ侯爵領を奪還する、という既成事実を作り上げた。

 主な目的は二つ。

 一つは、出くわさない幹部魔物への理由付けだ。
 今回聖女は幹部魔物と一切戦っていない。それどころか目撃さえしていない。
 ゲージャはルレーフェらしき人物にたおされた、というデマを流したので問題ないだろうが、他三体にも出くわさないのでは、さすがに怪しまれる可能性が高い。
 なので「ひょっとしてルルが倒して回っているのでは?」「もしかしたらもう他の幹部魔物もルルに斃されているのかも」という勘違いを起こさせるためにも、敢えて能動的に一つの領地を奪還したのだ。

 そして、もう一つは……。

「よし、ミュー、一度魔王城に帰ろう。髪の色を元に戻さないといけないからな」

 俺は、服の染料で無理やり灰色に染めた髪の毛をつまみながら言った。

「はい。でも、そのお姿の坊ちゃまもなかなか新鮮です」
「まあ、前回はこの色だったからな。俺もそんなに違和感はないけど。ミューはこちらの色の方が好みかい?」
「魂が坊ちゃまであれば、髪の色に拘りなどありませんが……でもやっぱり、青い髪の坊ちゃまが一番しっくりきます」

 ミューそう言って、自身の指に輝く青い宝石を見た。
 そうだよな、ミューにとってはあの指輪とブローチは宝物でありお守りなのだ。
 どうやらつまらない事を聞いてしまったようだ。


 魔王城こと、バジェル伯爵邸に戻ると、幹部魔物たちが何やら難しい顔をしていた。

『ぐぬぬぬ……まさか、我が魔法を破ったとでもいうのか?』
『フェリエラ様、もっとこう、心の底から悔しそうに! ヴァルクリスもそう言っていたではありませんか!』
『ぐぬぬぬ……ま、まさか、わ、我が魔法を破ったとでもいうのか!?』
『おお、今のは良かったのでは?』

 どうやら真剣に台本の稽古をしてくれているようだ。
 それにしても、異世界の魔王に俺は一体何をさせているんだろうな?

「うん、フェリエラ、今の感じはとても感じが出てたと思うぞ」
『おお、そうか! 何せ決められた言葉を話すというのは初めての事であるからな。なかなか勝手がわからぬが、だいぶつかめて来たぞ』

 芝居を褒められて嬉しそうにする魔王。
 いや、フェリエラも相当な美人だから、そんな無邪気に喜ばれると勝手が狂う。

 いや、そんな事よりも、だ。
 きちんと報告を済ませねばなるまい。

「ゼガータ侯爵領を解放してきた。……その、作戦のためとはいえ、仲間を殺す羽目になってしまいすまない」
『なに、気にすることは無い。あやつらは自然の生物というより、我が魔法が作り出した人形のようなもの。我らが作戦の一助になれるならば本望であろう』

 そう言ってくれると正直助かる。

 でもだったら、初めてフェリエラと会った時に、雑魚魔物を倒されたことをあんなに怒らなくても良かったじゃん!

 俺は大人なので、もちろん口には出さなかったけどね。

『ヴァルクリスよ、それよりもだ』

 スッとフェリエラが真剣な表情になった。
 ようやく来たか?

「どうした?」
『リハリス子爵領の魔物が倒され始めているようだ』

 やはりそうか。

 聖女的には、リハリス子爵領を奪還すれば、残るは、ゼガータ侯爵領、セリュール準男爵領、ビーレット男爵領だ。しかし、ゼガータ侯爵領はすでに俺によって奪還されている。最前線の街の復興をしている兵士の皆さんを見て、様子を伺いに中に入るはずだ。

 俺はそこでもう一度聖女と接触するつもりだった。

 以前聖女に会った時に、俺、ことバル少年はゼガータ侯爵領出身と伝えてある。
 奪還された故郷に戻っていても何ら不思議はないだろう。

「よし、急いで準備を整えるぞ。ドーディア!」
『ああ、分かっているさ。……お・に・い・ちゃん』

 く、コイツ、根に持ってやがるな。


 数日後、俺はドーディアと共に、再び、リハリス子爵領とゼガータ侯爵領の境の砦街、北オーチェに向かった。
 到着した時には、避難していた住人がかなり戻って来ていたようで、あっさりと紛れこむことが出来た。

「セオリー通りであれば、聖女はリハリスの北側から奪還してくるはずだ。であればすぐにでも現れるに違いない」
『そう願いたいものだな』
「違う、『そうだといいね、お兄ちゃん!』だ」
『そうだといいね、お兄ちゃん!』

 全く。すぐに忘れちゃうからきちんと復習しなさい、って学校で教わらなかったのか?
 ……うーん、今のはさすがに暴論でした。

 しかし、そんなドーディアの願いが届いたのか、聖女はあっさりと翌日に姿を現した。

「開門! 開門! 聖女様がご到着なされたぞ!」

 門が開き、上がる大歓声。
 しかし、それとは別に、聖女ティセアは明らかに不思議そうな表情を浮かべていた。

 まあ、そりゃそうだ。
 滅亡した地域を奪還に来たら、すでに復興の手が及んでいたのだから。

 砦の入り口近く、聖女の死角で俺とドーディアは聞き耳を立てた。

「あ、あの、これは一体?」

 ティセアの質問に、目の前にいたハーズワート公爵領の騎士らしき男が答えた。

「はい、ゼガータ侯爵領は、ルル様によって奪還されたのです」
「……え?」

 ティセアの表情が明らかに急変した。

「そのルルって、その、どんな? 灰色の髪をした両手剣使い?」
「はい、その通りです」

 めっちゃときめいた表情を浮かべてやがる。
 まあ、前世で恋した男が、何故か来世でも存在していたら、そりゃあときめくわな。
「運命的な何かを感じます」ってやつだ。

「ティセア様?」
「どうされたのですか?」

 周りの魔法使いと思しき男女が、ティセアに声を掛ける。
 そうだ、そういや聖女は、前世の記憶は断片的にしか知らない、という設定なのだった。

「いえ、その、前世の聖女、アイシャ様の記憶が少し蘇って来て。そのルルって人、アイシャ様が片思いしていた仲間だったらしいのよ」
「「「ええ!?」」」
「魔王との戦いで、アイシャ様を庇って死んでしまったのだけど、どうしてその彼が生きているのかしら」

 ……おいコラ。

 言っとくけど、俺が庇ったのはエミュだ。
 勝手に「片思いの男子に守られた」なんて美談っぽい感じにしないでくれ。

 それにしても相変わらず便利な設定だな。「過去の聖女の記憶」って。

「よし、行くぞ、ドーディア!」
『ああ、了解した』
「違う! 『うん。わ……』」
『うん、わかった、お兄ちゃん!』

 出来るなら初めからちゃんとやりなさい。


「あれ、聖女様?」

 一度、聖女の近くを離れた俺たちは、大きく迂回して、あたかも遠くからたまたま見つけたかのような感じで、聖女の目の前に姿を現した。

「聖女様だ! お久しぶりです!」
『聖女様!』
「あ、あなたは確か、……バルくんと、アイシャちゃんよね? どうしたの? こんなところで!」
「どうしたも何も、ここ僕たちの故郷ですから」
「……ああ! そうね、そういえばそう言っていたわね」

 一瞬考えたティセアは手を叩いて納得した。
 良かった、以前の会話を覚えてくれていて。

「そうだ! 聖女様、侯爵領を解放して下さった剣士様のお話、お聞きになりました?」
「ええ、たった今。あなたが言っていた、『魔物に見えない剣士』の人よね?」
「はい。それで、その剣士様、ルル様とまたお会いしたのですが」
「え? 会ったの?」
「はい、ルル様がここゼガータ侯爵領を奪還に向かう直前に、でしたが。『魔王城に向かう』と。そして『きっとアイシャはそこに来る』と仰っておりました」

 俺の言葉にティセアが目を見開いた。

「アイシャ、と、確かにそう言ったの?」
「はい」
「……あ、ああ、ルル……ルル……本当に……生きてる。また……会えるのね?」

 意外だった。
 ティセアが、いや、あのアイシャが俺の並べ立てた嘘を聞いて、手で口を抑え涙を浮かべていた。


 まさか、本当にそこまで想っていたとは。
 そして、更に言えば、また会えるも何も、今現在、会っております、実は。
 

 それにしても、そんなにアイシャ感出し過ぎると、魔法使い達に勘繰られるぞ?

 そう思って俺は魔法使い達を見た。
 目つきの悪い男が一人。
 そして銀髪の美少女と美男子。

 ふんふん、なるほど。
 目つきの悪いコイツが防御クソヤロウこと、ガドなんとかね。
 で、他の二人が、姉弟の、エルティアとキアスか。
 こちらの二人のほうは、性格は良さそうだな。

 少なくとも、エルティアさんの方は、ミューに共感して命を助けてくれた恩人である。
 出来れば巻き込んで命を落とさせたくは無いな。

 そう考えていたらエルティアと目が合った。

「初めまして、魔法使いの皆様。私はバル。こっちは妹のアイシャ。以前、聖女様に妹の怪我を直して頂きまして」
「そうでしたか」

 よし、無事に「ルレーフェがアイシャに会うために魔王城に向かった」という情報を吹き込むことが出来た。
 これが、俺のもう一つの目的である。
 ひとまずここで、ミッション達成だ。
 怪しまれてもまずいので、とっととずらかろう。

「あ、すみません聖女様! 僕たち、仕事のお手伝いに行かなきゃ! 失礼します!」
『失礼します!』

 こうして俺たちは、最後の撒き餌を完了し、無事に聖女の前から退散したのだった。


 ******


「失礼します!」
『失礼します!』

 そう言って目の前から走り去っていった兄妹の背中を、銀髪の少女、エルティアはずっと見つめていた。

「姉上? どうかされたのですか?」

 その様子に何らかの違和感を抱いたのだろう。
 弟のキアスが、姉に問いかけた。
 しかし、その彼の心配をよそに、彼女はにっこりと微笑んだ

「いいえ、なんでもないわ」
「……そうですか」

(……魔王城に向かった、前回の聖女様の仲間のルレーフェ様という方。それを伝えに来たあの妹さんの名前はアイシャ。そして前回の聖女様の名前もアイシャ……)

 しかし、内心エルティアが、その場にいた誰よりも、覚えた違和感に対して思考を巡らせていたなどと、誰も知る由は無かった。



(第39話 『決戦前夜』へつづく)
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