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第三章

第28話 ヴァルクリスチームの暗躍 その2

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「来たぞ、ドーディア!」
『む、そうか』

 俺たちがゾマリシア伯爵領に移動して僅か数日。
 トラジアーデ男爵領とゾマリシア伯爵領に挟まれたエストマ子爵領に聖女らしき一団が現れた、という情報が舞い込んだ。

 そこで俺は、隣のエストマの商会を通じて、聖女が現れたら連絡をよこしてもらうようにお願いしておいたのだ。
 こういう時、リングブリム子爵の書簡と、レデルラーク商会の身分証が役に立った。
 まあ、俺が産まれたレデルラーク家の商会はもうとっくに無くなっているんだけど、そこはそれ。今は生き残った三男である俺が、ハーズワート公爵領で再起を計っているとか何とか言って、まるめ込んだ。

 で、ついに、このゾマリシアとエストマの領地の境である、キードレイセルの砦に聖女が来た、と言う訳だ。

『全く、何を好き好んで、人間の少女の姿なんぞに』
「いいから」
『大体、喋り方なんぞ何だってよかろう』
「いいから」

 文句を言うドーディアを俺は一言で封殺した。
 これは情報集めには必要な事なのだ。

『……わかったよ、全く。"欺瞞の視覚ヴィジョンズディシーヴ"』

 ようやく観念したのか、誰も見ていない建物の陰でドーディアは呪文を一つ唱えた。すると、その姿が見る見るうちに変化へんかしていき、あっという間に少女のそれへと変化へんげした。
 二つのおさげを結った、小学生くらいの年齢。地味な茶色の麻のワンピースのその少女はそこからどう見ても、貧乏な平民の少女そのものである。

「良い感じだ、よし行くぞ」
『ああ、了解した』
「違う! 『うん、お兄ちゃん』だ!」
『……。うん、お兄ちゃん!』
「そう、それだ」

 この数日のトレーニングの効果が出ているとはいうものの、気が抜けるといつも通りの話し方になるのはよろしくない。幹部魔物のドーディアだと見抜かれれば、命はないのだ。
 ひとまず前回の感じだと聖女は変化したドーディアを見破れない設定にされている様だった。これは聖女のあえての設定だろう。一つくらい謎解き要素を残しておかなくては退屈してしまうしな。ゲームとはそういうものだ。

 砦の門が開く。
 そこに整然と立ち並ぶトラジアーデ男爵領の家紋を身に付けた騎士たち。
 そしてその先頭に彼女はいた。

 朱色の膝丈ワンピースの上に、赤の刺しゅうが施され大きく袖口が広がった純白の上着。黒に近い焦げ茶色のロングヘアーを、赤と白の髪飾り頭の高い所で一つに束ね、凛とした表情で馬に跨るその姿は、まるで……そう、『東方』の巫女騎士様、というとでも言わんばかりのものであった。

(いや、にしてもさすが聖女。圧倒的な美少女主人公感だな)

 前回の青と白のドレスアーマーの西洋風姫騎士姿もさることながら、今回の姿もなかなかのものである。聖女も、毎日その状況での多彩なコスプレを楽しんでいるのだろう。
 そしてひとまず、聖女の周りには魔法使いらしき存在はいないようだ。

 しかし何と言うか。今回の格好はいくら何でも不用意すぎる。
 西洋風にアレンジされているとはいえ、あんなもん見る人が見れば、日本の巫女装束を元に考えられているのは明白である。あの姿だけで、「地球からの転生者」であることは明らかだ。

 ……まあ本来は、その「見る人」がいない、ってのがネックなんだろうけど。

 ともあれ、俺は作戦を決行しなくてはならない。
 沸き立つ民衆に混じって、俺は聖女の一行が通り過ぎるのを見送る。そして彼女の斜め後ろに位置するようについていく。

(よし、今だ!)

 俺は通りの反対側にいるそれに合図を送る。

 その刹那、一つの影が聖女の正面に踊り出た。

『聖女さま! せ……あう!』

 聖女の正面に躍り出たのは平民の可憐な少女であった。
 もちろん、中身は幹部魔物ドーディアである。

 そして聖女に駆け寄ろうとして盛大にすっころんだ彼女は、膝を抑えながら地面に座り込んでしまう。

 その姿を見て隊の侵攻を止めた聖女は馬から降り、少女にゆっくりと近寄った。

 ……そりゃあそうだ。
 こんな群衆のど真ん中で、幼い可憐な平民の少女を助ける。
 聖女にしてみれば願っても無いシチュエーションだろう。

「あなた、大丈夫? 怪我を見せて」

(『"視覚変更ヴィジョンズオルトレーション"』)

 誰にも聞こえないほどの小さな呪文を唱えるドーディア。
 その魔法の影響で、少女の膝には、大きな擦り傷が出現していた。

 もちろん、幹部魔物の身体が、転んだ程度で傷を負うことなどない。というか、この姿自体が魔法によって作り出された幻影なのだ。
 であれば、傷がある少女の幻影に作り変えてしまえばいいだけの事。

「ああ、これは酷い」
『……痛い』
「大丈夫よ、直ぐに治してあげるからね。"聖なる癒しホーリーキュア"」

 聖女の回復魔法により、ドーディアの膝が光に包まれた。

(『"視覚変更ヴィジョンズオルトレーション"』)

 その光によって膝の視界が遮られた瞬間に、再び魔法を唱えるドーディア。
 そして、光が収まると、その膝に刻まれた傷はすっかり治っていた。

『……すごい、もういたくない! ありがとう、聖女様!』

 いいぞ! 完璧だドーディア! 魔法も、そして演技も。

 うおおおおおお!

「凄い、あれが聖女の魔法か!」
「ああ、なんて慈悲深い!」
「聖女様、万歳!」

 目の前で起きた奇跡の御業に、群衆が湧きたつ。

 それにしても、そんな周囲に全く動じることなく、慈悲の微笑みを浮かべながらドーディアを立たせている。
 少しくらい照れるとか、逆に気持ちよさそうにするとか、そういったそぶりを見せてもいいのに。

 マジで徹底しているな、コイツは。
 きっと、完全になりきっているのだろう。

 正直、本当に地球からの転生者なのかと疑いたくなる。
 全てのピースがはまったとはいえ、あくまでも、「聖女=地球人の転生者」は俺の仮説にすぎない。

 いや、エクスカリバーの一件があるから、その説はもはや確定で良いだろう。

 しかし、であればこそ、前回の聖女と今回の聖女が、同一人物の魂を受け継いでいる。それを証明して初めて、俺の仮説は真実へと到達するのだ。

 数学的帰納法、と言うヤツである。

 定数nにおいて、仮にどんな条件が成立しようとも、それはnの時にたまたま▪▪▪▪成立しているに過ぎない。
 n+1においても成立する証明を打ち立てて、初めて「全てのnにおいて」その条件が成立するのだ。

「ねえ、キミ。お父さんやお母さんは?」
『……えっと……』

 聖女がドーディアに向かって優しく問いかけた。そしてドーディアが不安そうにきょろきょろと辺りを見回した。

 よし、今だ!
 俺は、聖女の背後数メートルから飛び出した。

「アイシャ!!」

 そう叫んで俺は二人に近寄る。

「ああ、アイシャ、駄目だろう、勝手にいなくなったりしちゃ」
『ごめんなさい、お兄ちゃん』
「すみません聖女様。妹がご迷惑をおかけしました。ほら、お前もお礼を」
『ありがとうございます、聖女様』
「……いえ、気をつけてね、アイシャちゃん」
『はい』

 俺とドーディアは聖女に頭を下げると、そそくさと路地に入って行った。
 振りかえると、聖女は何やら物憂げな表情でこちらを見送っていた。

「ニッコリ笑って手を振るぞ、ドーディア」
『分かっている』

 そして手を振った俺たちに、聖女ははにかみながら小さく手を振り返した。



『どうだった? ヴァルクリスよ』

 物陰で変身を解いたドーディアは、開口一番に俺にそう言った。

「ああ、十分な成果が得られたよ。ありがとう」

 俺がアイシャ、と叫んだ瞬間……。

 確実に、聖女は、驚愕の表情でこちらを振り向いた。
 
 静かな空間で急に声を掛けられたのならそれも仕方ないと思う。それは言葉の中身ではなく、その静寂という状況下での音に反応した、という現象になるからだ。
 しかし、今回は違う。周りには喝采を上げる群衆。
 意識的に言葉の中身に反応しなければ、あの反応は出来ない。

 しかも、振り向いたその表情。
 確実に、その名を呼んだ者を探していた。

 前世において、彼女の名をあのように呼び捨てにして叫ぶことが出来た人間は、フィアローディ侯爵や兄セリウス殿を除けば一人しかいない。

 そう、「ルレーフェ・ハーズワート」である。

 そして、二度目に「アイシャ」と言った俺を見つけ、言葉を発した正体が俺だと分かった瞬間の、あの落胆の表情。

 確実だ。

 聖女アイシャは、ルレーフェ・ハーズワートに並々ならぬ感情を抱いていた。
 ……それが恋なのかどうかは分からない。
 ただ、世界を跨いでも気にしている。そんな特別な感情を抱いているのだけは確かだった。

「あの反応。聖女は少なくとも、前回の記憶を確実に引き継いでいる。それが証明された。つまり俺の仮定通り、これまで君達が戦って来た聖女は、『全て同一人物である』ことが確定した」
『なるほどな、私のあの姿に仮につけたアイシャという名前、あれが前回の聖女の名前だったというわけか。……で? 次はどうするんだ?』

 実際、この世界での聖女は無敵だと思っている。
 まあ、当然だ、そう作られているのだから。
 例えフェリエラとバルガレウス、ドーディアを味方にしたところで、俺とミューを加えた五人だけでは、瞬殺されかねない。

 では、どのように来たるべき対聖女戦を攻略するのか。
 その作戦を決めかねていた。

 ……しかし。

 聖女が前世のルルにそういう感情を抱いていたのならば、それを利用する手立てはありそうな気はする。

 俺は直ぐに、行程、目標などを勘案し、脳内での作戦の立案に着手する。

 ……うん、行けそうな気がする。

『どうした、ヴァルクリス?』

 顔をあげ、悪い顔でニヤリと微笑む俺を、ドーディアが覗き込んだ。

「ドーディア、悪いが、もう一度あの女の子になってくれるか?」

 本来であれば、『はぁ?』とか言って、抗議の声を上げたに違いない。
 しかし、俺のその表情から何かを感じ取ったのだろう。

 ドーディアはただ一言、
『分かった』
と言った。

『で、次は一体、何をしでかすつもりなんだ?』

 時間的にも、聖女は今日ここで宿を取るだろう。
 であればまだ接触するチャンスはある。

「あの聖女を見て確信した。今ここで、もう一つ罠を仕掛けておこう」




(第29話 『ヴァルクリスチームの暗躍 その3』)
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