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第三章
第26話 世界を救う作戦
しおりを挟む※ラルアー大陸図 第三章版
以前、魔王城と化したカートライア邸で経験した通り、目に見えない魔法の結界はバジェル伯爵邸を覆っている。
そしてフェリエラのいう事が本当であれば、今、その外側の世界は12年の時が経った状態のはずである。
「つまり、今は聖女が生まれてから13年後、という事になる訳だな」
「はい、恐らくは」
俺とミューは、それぞれの愛馬を連れて魔王城であるバジェル伯爵邸を出た。
いや、当然忘れてなかったよ。
魔王が時を飛ばす前に、外に繋いであった俺の愛馬とミューの愛馬を回収したのだ。
「よし、これより作戦開始だ!」
「はい!」
『おうよ!』
『ああ』
俺の声にミューと、そしてバルガレウスとドーディアが応えた。
――少し前。
結界内部の時間を飛ばしてから、俺たちは改めて聖女討伐作戦を立てた。
……聖女討伐作戦、か。
まさか魔王と手を組んで、この世界の救世主たる聖女を討伐する時が来ようとはな。
一瞬、そんな感慨にふけったが、ひとまずどうでも良いのでおいておこう。
時を飛ばす前ではなく、時を飛ばした後に作戦を立てたのには理由があった。
『ヴァルクリスよ。時間を無駄にしないためには、その作戦とやらを今立てて、それから時を飛ばした方が良いのではないのか? 飛ばすとは言っても、この中の時間の流れを結界の外よりも遅くするに過ぎん。さすがの我でも、時間を戻すことは出来んぞ』
「いや、飛ばした後で構わない。そうじゃないと作戦も立てられないからな」
『なに?』
時間を飛ばす前に俺に確認してきたフェリエラに、俺はそう返した。
まず第一に、俺たちに必要なのはまず聖女パーティーの情報だ。
つまり、魔法使いの情報である。
今回生まれた魔法使いは何人で、一体何の能力を保有しているのか。
これは正直作戦立案の要になってくる。
聖女の力は大体把握している……というか、本性を隠しているという事を考えると、その力は無制限だ。この際考えても仕方ない。
しかし、魔法使いは別だ。前世で目の当たりにしたように、その力と能力には制限がある。であれば彼らの戦力を把握することは可能である。
『ふむう、しかし、きゃつらは攻撃できぬのだろう? 魔法使いなどモノの数ではないと思うがな』
「確かにそうかもしれない。しかし、実際エミュ……前回の防御特化の魔法使いは、魔王の破滅の暗黒を防いだ。これだけでも、防御の魔法使いがいるかいないかで差が出てくるだろう?」
『なるほど、確かに。これまで、聖女の取り巻きの力などの事を考えたことは無かったが、事前に調べられるならばそれに越したことは無いな』
納得してくれたようで良かった。
今回は絶対に失敗できない戦いなのだ。聖女に気づかれ、敗北し、この世界のシステムをいじられれば、それで終わりなのだ。
例えば「この世界以外の魂が入り込めないようにする」とか。
どんな情報でも、かき集めておくことに越したことは無い。
「坊ちゃま、ひょっとすると坊ちゃまの中で、存在されてはまずい魔法使いがいるのではないでしょうか?」
少し考え込んだ俺の表情を見て、ミューが疑問を呈した。
本当に鋭いな、この子は。
いや、相手が俺だから、なのか?
勝手にそんな事を思い、勝手に照れてしまった。
相変わらず、俺の恋愛偏差値はFラン以下である。
「さすがだね、ミュー、その通りだよ。良く分かったね」
「はい。私は坊ちゃまの専属メイドですから」
『なんと! ミューはヴァルクリスの使用人であったのか? てっきり嫁だとばかり思っていたが』
やはり、この赤鬼くんは空気が読めない。
確かに過去に指輪を渡して、妻に迎えたい、とは言ったけどさ、面と向かって改めて「好きです」とか「結婚してください」とかそういう表明はまだしてないのよ。いや、死んだり転生したりでごたごたしてたしさ。
だから、そんな爆弾を放り込まないでもらえます?
「ンくんぁ……」
ほらみろ。ミューが、声優さんのアドリブ芝居みたいな声を出して真っ赤になってるじゃないか。
「ああ、バルガレウス。その認識で間違いない。まあ、未来の話だがな」
『おお、やはりそうであったか。はっはっは』
まあ、こういうのは正直に言っておいた方が良いだろう。後々コイツにからかわれても面倒だし。
『で? いつ嫁に向かえるのだ?』
おい、まだこの話題続けるのか?
マジで「赤鬼くんは空気が読めない」ってタイトルのラノベ執筆したろか?
見るとミューが、無言で俺の横に来て、顔を真っ赤にして俯いたまま、俺のシャツの裾をつまんでいた。
きっと感情のやり場が無かったのだろう。
『仲睦まじいのは結構だがな、そろそろ話を進めてくれ』
ため息交じりにドーディアが話をぶった切ってくれた。
ありがとうドーディア。お陰で「不愛想な魔物くんは空気が読める」にタイトルを変更できそうだ。
俺はわざとらしく一つ咳ばらいをすると、「そうだな」とクールに言って、話を戻した。
「魔法使いの種類のなかでも、『回復』、『防御』、『魔素増減』。この三つは直に見ているから知っている。それ以外に過去の文献で調べた限りでは『飛行、跳躍』、『速度向上』、『幻惑』がある。これらは見ていないから詳しくは知らないのだが、過去に戦って印象に残っている者はいるかい?」
俺の質問を聞いて、ここぞとばかりにドーディアが前に出た。
『〔飛行、跳躍〕はそこまで問題ないだろう。壁や城壁を超えたり偵察したりするには有用だが、戦闘には不向きな魔法だ。最も、ゲージャはあれのせいでかなり苦戦したようだったがな』
確かに、巨体を生かして戦うゲージャにとっては、相性は悪そうだ。
俺は、ゲージャの周りを飛び回るアイシャ達を想像してそう思った。
『〔幻惑〕だが、こちらもそんなに気にしなくていい。聖女の姿をした魔法使いが、偽の聖女の魔法を使ってくるので乱戦時は厄介だが、決戦場所がここになる以上、本物が姿を隠して不意打ちすることも出来まい』
なるほど、さすがは人に姿を変えて人里に紛れ込めるドーディアである。
聖女パーティーのチェックはバッチリのようだ。
しかし、そこでドーディアが難しい顔をした。
という事は、残る「速度」の魔法使いは、なかなかに厄介という事だろうか。
「ドーディア、『速度向上』の魔法使いは?」
『ああ、こいつは厄介だ。正直、今回はいないことを祈りたいな』
やはりか。どのような効果なのだろう?
『そいつの魔法をかけられた人間は、一定時間動きが早くなるのだが、恐らく、その魔法の持続時間と速さは反比例している。長い時間早く動く分にはせいぜい二倍程度の速度が限界だろうが、持続時間を短くすればその速さは目にもとまらなくなる。
今回のように、狭い所で戦う場合には、厄介な相手となるだろう』
『う、うむ。確かに、我も一度、いつの間にか目の前に瞬間移動してきた聖女に、真っ二つにされた覚えがあるな』
ドーディアの言葉に、バルガレウスが同意した。
うーん、確かにそれはめんどくさそうだな。
戦闘中に、いきなり「一秒間、速度十倍」みたいな動いをされたら、斬り合いでは勝ち目はない。俺が聖女だったら、戦闘開始直後に、バルガレウスを瞬殺するだろう。
「有益な情報をありがとう、ドーディア。さて、残る魔法使いだが、俺の見立てでは『回復』、『防御』、この二つに関しては正直あまり脅威では無い。回復魔法にそれほど即効性はないし、防御魔法も消耗が激しい。雑魚相手では重宝されるそれらも、聖女対魔王戦ともなれば、出番は少ないだろう」
『しかし、〔回復の魔法使い〕は魔素も回復出来るのだろう? それは脅威にはならぬのか?』
「いや、先ほども言ったように、聖女は自身の記憶や能力に制限があるかのように演技してはいるが、それは嘘だ。記憶も全部持っていて、最終魔法の回数も無限。当然、魔素の量も無限に違いない。となれば、聖女にとって回復は一番必要ない、と言ってもいい」
『……ううむ』
俺の返答に、フェリエラは言葉を詰まらせた。確かに聖女の魔素の量の所の話が抜けていたので、この確認は正直助かった。
それにしても、聖女として目覚める際の演出といい、魔素切れの際の息切れといい、聖女だったヤツは相当演技が上手いようだ。おかげで俺も前世ではすっかり騙された。
「坊ちゃま、という事は……」
そしてミューが当然のように俺の見立てを予想してくる。まあ、そうだよね。
「……ああ、『魔素増減』。この魔法使いがいると正直厄介だ」
俺は前世でのスヴァーグの事を思い出しつつもそう言った。
こちらの脅威になりうるのは聖女の魔法のみである。
恐らく魔王を倒せるのは、あの『聖剣』だけだろう。
逆に言えば、あれ以外はそれほど問題ではない。
という事は、更に逆に言えば、あの『聖剣』の威力に直接作用できる魔法は非常に厄介なのだ。
想像もつかない。
『魔素増幅』が掛けられた状況で『聖剣』が放たれてしまったら、どうなるのか。
それこそ、黄昏よりも暗き者のような魔法の如く、山一つ吹き飛んでしまうのではないか。
それだけはなんとしても避けねばならない。
『……で? ヴァルクリスよ。これまでの話と、時間を飛ばしてから作戦を立てる事に、どんな関係があるのだ?』
あ、そういえば。そんな話でしたね、もともとは。すんません。
「目下、俺たちの目標は、聖女の仲間の魔法使いが『何の』魔法使いであるかを調べる事だ。『防御・跳躍・回復』みたいな組み合わせであればこちらとしては与し易い。しかし『速度・防御・魔素増減』みたいな組み合わせだった場合、非常に厄介だ。
で、だ。俺たちはまず時間を渡った後、準備期間の間にどこの領地が滅びたかを調べる。滅びた領地は必然的に聖女パーティーの侵攻ルートとなるからだ」
『なるほどな、確かに、それは時間経過後でないと意味は無いな』
ドーディアの言葉に、フェリエラが頷いている。納得してくれたようで良かった。
「ああ、時間経過後に、俺とミューが二手に分かれて大陸を一周し、滅びた領地を調べる。それだけなら数か月もあれば足りるだろう。みんなには待機しててもらって、戻り次第、作戦を練り直そう」
まあ、こればかりは面倒だが仕方ない。
また長旅になってしまうが、手をこまねいているわけにはいかないのだ。
しかし、そんな俺の考えとは裏腹に、フェリエラはニヤリと微笑んで、こちらに進言した。
『なに、その必要は無いぞ、ヴァルクリスよ。我には、我が同胞たちのおおよその位置を把握できる。つまり、時を飛ばした直後の勢力情勢なぞ、我には丸わかりじゃ』
「え……マジ?」
いやあ、さすがは魔王様である。
こんな言い方もう押し分けないけど……。
超便利!!
「そ、それは助かる! であれば、直ぐにでも作戦を立てられるよ」
……とまあ、そんなかんじで。
一瞬で12年の時を経た俺たちは、体感的には丸一日。実質は十二年ぶりにバジェル伯爵邸を出たのだった。
今聖女は13歳。
確実に力は目覚めている……いやさ、目覚めさせた演技をしているだろう。
王都に向かう時も近いはずだ。
さて、じゃあ始めようか。
俺たちの世界を救う作戦を。
「よし、これより作戦開始だ!」
「はい!」
『おうよ!』
『ああ』
こうして、役割ごとにメンバーを二手に分け、俺たちは行動を開始するのだった。
(第27話 『ヴァルクリスチームの暗躍 その1』へつづく)
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