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第二章
第20話 彼のあれから
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14年前にパリアペート男爵領で行われた、ヒューリアの成人のお披露目。
そこでミューに婚約を申し込んだ男。
北東三辺境伯領の剣術大会でミューと決勝戦で相まみえた男。
そして、魔王が復活した後、共にパーティーを組んで魔王をうち滅ぼそうと俺が約束をした男。
それが彼、フッツァだった。
彼の性格はそれなりに知っている。少し軽い印象はあったが、情に厚く真っ直ぐに筋を通す男だ。ひとまず信用出来るだろう。
俺はフッツァから、得られるだけの情報を提供してもらう事にした。
「フッツァ殿。現状のレバーシー、そしてリングブリム、パリアペートの状況をお教え願いたい」
「そうはいってもな、パリアペートが滅ぼされたのは11年前だ。現状と言われても正確なところは分からねえな」
まあ、それはそうか。
しかも隣のレバーシー伯爵領が滅んで以降、リングブリムは完全に敵に囲まれ孤立した状態だ。当然人も情報も出入りは厳しいだろう。
国王陛下に、「リングブリムに魔法使い誕生」の情報を届けた使者は、決死隊だったのだろう。
「そうですか。では、フッツァ殿、カートライア辺境伯領に魔王が降臨してからの事を、あなたのこれまでの軌跡をお教え頂けますでしょうか?
ハーズワート公爵家の三男として、そして魔法使いの一人として、盟友であるカートライア家のこと、ヴァルクリス殿やミュー殿の事を知っておく義務が私にはあるのです」
結局、客観的な情報を得るにはこれが一番手っ取り早かった。現状をフッツァに聞いた所で、パリアペートやリングブリムの今を知るのは不可能だ。それに寧ろ、俺はあの後、カートライア領が滅んだ後に何が起こったのか、どうなったのかを知りたいのだから。
「……長い話になるぜ」
「構いません」
間髪入れずにそう答えた俺を見て、フッツァは少し笑みの吐息を漏らし、小さく「分かった」とだけ答えた。
「ルレーフェ殿、宿は取ってるか?」
「ええ、隣の宿屋に」
「そうか、ならばそこに移動しよう。昔話をするにはここは少々にぎやかすぎる」
フッツァはそう言うと立ち上がった。
彼はそう言ったが、きっと昔話をしている自分を、今の若い部下たちに見られたくなかったのだろう。
その言葉に了承の意を示して、俺も立ち上がった。
おっと、その前に。
「ああ皆様、今日は皆様のボスをお借りします。お詫びに、今日はこれで、レバーシー、パリアペートを取り戻す前祝いでもやって下さい」
俺はそう言って、硬貨をシュフィに投げてよこした。
慌てて受け取った彼女がそれをみて絶句する。
「き、金貨、三枚も……」
以前、金貨一枚につき十万円くらいの価値、と言ったが、あくまでもそれはヴィ・フェリエラ期の話。魔王復活後は、さすがに物価の高騰は致し方なく、現在では金貨一枚で七万円くらいのレートになっていた。
まあ、正直二十人近い傭兵たちの飲み代には心もとない部分もあったが、それでも二十万以上のお金が降ってわいたのだ。傭兵たちにとっては良いご褒美だろう。
「うおおおおおおお!!! ルレーフェ様万歳!」
「ごっそさまです!!」
こうして、俺はその称賛の声に笑って答えて、フッツァと共に酒場を後にした。
「公爵家ほどの位まで行けばさすがに下々の事なんて何も知らないお堅い人間なのかとも思ったが、ルレーフェ殿は民の心にも精通しているようですね」
「ははは、そう思っていただけたのなら良かったです。高位貴族なんて、民や傭兵には嫌われているものだと思っていたので」
外でフッツァにそう評された俺は、少し安心した。
どこの世界でもそうだが、権力者、既得権益者、上級国民、そんなのは大抵、民を虐げ、私腹を肥やし、多くの民からもれなく嫌われるものである。まあ、生前の地球ひいては日本において、それが特に最悪の状態だったからこそ、そう思うのかもしれなかったが。
「ああ、そうだフッツァ殿。今後はともに戦う仲間なのです。どうか私の事はルルと呼んで頂きたい」
「いやいやいや! 公爵家のご子息様だろ!? さすがにそれは」
「命を懸けて戦うもの同士、爵位など関係ありませんよ。それに、お仲間たちはマビューズ殿、伯爵家のご子息を呼び捨てにしているではありませんか」
マビューズ・レバーシーの事を持ち出されて、フッツァは口ごもった。伯爵と公爵は確かに別格である。しかし、「伯爵家は良いけど、公爵家は無理!」なんてそんな子供じみた理由で、目の前の聡明な青年を言いくるめるのは、フッツァには不可能に感じた。そもそも、それでは伯爵位を軽んじている様にも見えてしまう。
「……わかりまし……いや、分かった、ルル。俺の事も、フッツァと呼んでくれ」
どうやら観念したように、フッツァはそう言ってうなだれた。
「分かりました、フッツァさん」
「おい、お前は『さん』付けかよ! ずりいぞ!」
「だって、フッツァさんは、うちの兄上よりも年上ですから」
そう言ってニッコリと笑う俺に、フッツァは大きくため息をついた。
どうやら納得してくれたようである。なによりなにより。
「全く……あいつそっくりだな」
そして彼は、誰にも聞こえない声で、密かにそう呟いたのであった。いや、俺には聞こえちゃったけど。
その時彼が思い描いていたのは、紛れも無く、過去に彼に、魔王討伐パーティーへの参加を打診した、辺境伯家の嫡男であった。
そっくりっていうか、中身は同一人物ですから。スンマセン。
宿に戻ると、店主が平身低頭で出迎えてくれた。
先程会った公爵家のお坊ちゃんが、この街の最高の有力者であるフッツァを連れて戻って来たのだ。それも当然と言えば当然だろう。
宿の主人が何やら色んなサービスをつけてくれようとしたが、これから重要な会議があるからと断り、俺とフッツァは店主に案内された部屋へと入った。決して広くはなかったが、小奇麗で落ち着いた部屋で俺は満足だった。
「さて……どこから話そうか」
共にテーブルを挟んで向かい合わせに座ったところで、フッツァはそう呟いた。俺は何かを返すでもなく、彼の言葉を待った。
そして腕を組み、しばし遠い目をしたフッツァは、一度大きく息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出すと、おもむろに口を開いた。
「……惚れた女がいたんだ」
魔王復活の前という事もあって、たまたま懇意にしていた男爵家の令嬢の成人のお披露目パーティーに参加した時にその娘と出会った事。
後にその子と、剣術大会の決勝戦で戦い、完膚なきまでにやられた事。
その主人に誘われて、後に魔王討伐のパーティーを組むことになった事。
そしてその時に、腕を磨き続け、魔王を打ち倒し、もう一度彼女に想いを告げようと誓った事。
それらの想いがフッツァの口から静かに溢れ出た。
誰の事かは言われなくても分かる。フッツァは、俺とミューの話をしている。それは明らかだった。
「その主人がヴァルクリス・カートライア殿。その子がミュー・ラピスラズリ殿だったわけですね?」
俺の問いに、フッツァは静かに首を縦に振って肯定した。
「まあ、彼女はそのヴァルクリス坊ちゃんにぞっこんだったみたいだし、俺の入る隙間は無かったけどな」
「あ、え? そ、そうなのですね」
いかんいかん、急にそんな風に言われると若干焦ってしまう。それにしてもフッツァにまでバレていたとは。俺もミューもお互いに恋愛偏差値は無いに等しかったので、それも致し方ない事ではあったが。
「ああ、しかしヴァルクリス殿は辺境伯家という高位貴族の嫡男。家臣の少女との結婚など成立するはずがないからな。
いつかヴァルクリス殿よりも、そしてミューよりも強くなって、彼女を任せられる男だという事を、辺境伯家に認めさせる。そしてゆくゆくは辺境伯家に仕官して、彼女と共に、ヴァルクリス殿を盛り立て、愛する人を守ろうと、そう誓ったんだ。
こんな俺でも、人生で初めて『夢』と『目標』ってやつを持つことが出来た。本当にあの二人には感謝していたよ」
フッツァがそこまでミューの事を想っていたなんて、そして将来についてそんな風に考えてくれていたとは知らなかった。
正直ミューの事を譲る気はこれっぽっちも無い。俺は彼女と共に生きるために、ヴァルクリスとしての生を費やしたのだから。
しかし、目の前の男の言葉は、俺にとっては本当に救いだった。
『自分の恋人が別の異性にモテモテと言うのは、存外心地良いものなのよ』と、とある作品のヒロインが語っていたが、そういうのではない。
時を経ても尚、ミューの事を忘れずに想い続けてくれている。そんな彼の存在に、俺はただただ感謝の念を禁じえなかった。
「そう……ですね。きっと、そんな未来が待っていたのかもしれませんね」
そう答えることしか出来なかった俺の答えに、フッツァはただ一言「ああ」とだけ言った。
「魔王のクソ野郎が、カートライアにさえ現れなければな」
そして冷静な彼が、明らかに怒りをあらわにしてそう続けた。
「ヤツは……魔王は、俺から全てを奪い去っていった。惚れた女も、俺の夢も、目標も、未来も。そして戦友も」
「……フッツァさん、教えて貰えますか? カートライアに魔王が現れてからの事を」
俺にとってはここからが本題である。正直知りたいこと、知らねばならないことはここからだ。
俺に促されて、フッツァは再び口を開いた。
「結界が現れてから最初の一年は、俺はカートライア家の生き残りを探したよ。
ヴァルクリスやミュー、妹のエフィリアちゃん。もしかしたら誰か、結界から逃れられたんじゃないか、生き延びているんじゃないかって思ってさ。でも誰も見つからなかった。
後に、パリアペートのヒューリアお嬢様から、ヴァルクリスが目の前で結界に入って行ったと聞いてな。それ以来探すのをやめたんだ」
「それは、どうして?」
「ヴァルクリスが結界に入って行ったって事は、結界の中にいるミューやエフィリアちゃんを助けに行ったって事だろ? つまり、カートライアの外にはいないって事さ。少なくとも俺の中では、ヴァルクリスはそういう男だった」
彼の言葉は、完全に的を射ていた。俺は、あの時の、北コーラルに結界が現れたあの瞬間の光景が脳裏によぎり、思わず吐き気をもよおしかけた。それほど俺にとって、あの瞬間はトラウマになっていたようだ。
「結界が解かれるまでは、パリアペートもリングブリムも、とにかく軍備を増強し、魔物の侵攻に備えていた。なんてったって最前線になる事が決定しているからな。
俺は、パリアペートで血の気の多い奴らを集めて、男爵領軍と共に戦う傭兵部隊の隊長に志願したよ。当時の傭兵隊長は『最前線になんて行けるか!』ってあっさりと尻尾を巻いて逃げやがったからな。
まあ、だから一年近くは、南コーラルに駐屯していたな。まさか結界の解除があんなに遅れるとは思ってなかったからな。国王陛下の言う通り、本当にヴァルクリスやミューが、魔王相手に必死に戦っていたのかもしれん」
フッツァは、俺、いや、ミューの仇を討とうとしていたのだろう。だからきっと最前線の部隊に志願したのだ。
いや、きっと今でもその志は変わっていないのだろう。だから、この男は、領地を魔物に追われても必死にしがみついて、こんなところで戦っているのだ。
「魔王の結界が解かれてからは早かった」
フッツァの声が低くなった。
そしてその後、フッツァの口からは、突然攻め入って来た魔物によって、南コーラルは一晩で壊滅したこと。彼らは後退しつつ何度も応戦したが、散り散りになって逃げるしかなくなったこと。
その後パリアペート男爵領は結局一年足らずで崩壊したこと。フッツァは森林地帯に逃げ延び、そして何とかレバーシー伯爵領に辿り着いた、というような話を聞いた。
そしてそこから十年。レバーシー伯爵領で戦い続けたが徐々に領地を削られて、伯爵領は滅亡。いまはこうしてトラジアーデ男爵領の最前線にいる、という訳だった。
そこまで話すとフッツァは一度立ち上がり、伸びと深呼吸をすると、椅子に再び腰掛けた。
「フッツァさん。お聞きしたいことがありますが宜しいですか?」
「ああ」
フッツァの話はとても有用ではあった。しかし俺の欲しいピンポイントな情報は含まれていなかったので、直接聞いてみるしかなかった。
「途中お話に出て来たパリアペート男爵のご令嬢はどうなったかお分かりになりますか?」
「いや、結界が出来てしばらくは領内を離れていたし、戻って来て一度お会いして以降はずっと南コーラルだったからな。魔物に滅ぼされてからの安否はわからねえ」
「……そうですか」
心がざわざわしていた。
パリアペート男爵家の皆はどうなっているのだろうか。よもや全滅しているなんてことは無いだろうな。うまく逃げおおせてくれていることを信じるほかはない。
しかし、分からないならば仕方がない。一刻も早く、周辺地域を掃討し、リングブリムの負担を減らすしかない。
その為にも、絶対に確かめなくてはならないことが俺にはあった。
「では、次ですが、戦っていた中に、他と違う魔物は目撃しませんでしたか? 例えば言葉を話す奴とか」
「言葉を話す魔物? そんな奴がいるのか? ……いや、そういうヤツは見たことは……」
ないか、良かった。
これは俺にとっては僥倖だ。
幹部魔物がこの地域にいるとなれば、俺の戦力は半減どころでは済まされない。
逆に、幹部魔物が居ないのであれば、ここでは俺を遮るものは無さそうである。
「……いや」
途中で言葉を止めて考えていたらしいフッツァが再び口を開いた。
え? イヤやめて? 見たことない、で良いんだけど。
「言葉を話す奴は知らないが……他の魔物とは明らかに違う奴なら見たことある。」
「それは、どういう?」
どういうことだ?
言葉を話さないという事は、幹部魔物では無いのだろうか?
「ああ、そいつは10メートルくらいの巨体で、巨大な翼を生やし、不思議な力を飛ばして来るような化け物だった。南コーラルで初めて魔物と会敵した時に来たものだから、てっきり魔物ってのはああいうもんだ、と思ってしまった。今思えば、あんな奴は後にも先にも見たことなかったな」
その特徴を聞いて、俺は確信した。
最初にパリアペート男爵領を襲ったその魔物は、『魔獣ゲージャ』だったのだ、と。
(第21話 『孤独の進軍』へつづく)
そこでミューに婚約を申し込んだ男。
北東三辺境伯領の剣術大会でミューと決勝戦で相まみえた男。
そして、魔王が復活した後、共にパーティーを組んで魔王をうち滅ぼそうと俺が約束をした男。
それが彼、フッツァだった。
彼の性格はそれなりに知っている。少し軽い印象はあったが、情に厚く真っ直ぐに筋を通す男だ。ひとまず信用出来るだろう。
俺はフッツァから、得られるだけの情報を提供してもらう事にした。
「フッツァ殿。現状のレバーシー、そしてリングブリム、パリアペートの状況をお教え願いたい」
「そうはいってもな、パリアペートが滅ぼされたのは11年前だ。現状と言われても正確なところは分からねえな」
まあ、それはそうか。
しかも隣のレバーシー伯爵領が滅んで以降、リングブリムは完全に敵に囲まれ孤立した状態だ。当然人も情報も出入りは厳しいだろう。
国王陛下に、「リングブリムに魔法使い誕生」の情報を届けた使者は、決死隊だったのだろう。
「そうですか。では、フッツァ殿、カートライア辺境伯領に魔王が降臨してからの事を、あなたのこれまでの軌跡をお教え頂けますでしょうか?
ハーズワート公爵家の三男として、そして魔法使いの一人として、盟友であるカートライア家のこと、ヴァルクリス殿やミュー殿の事を知っておく義務が私にはあるのです」
結局、客観的な情報を得るにはこれが一番手っ取り早かった。現状をフッツァに聞いた所で、パリアペートやリングブリムの今を知るのは不可能だ。それに寧ろ、俺はあの後、カートライア領が滅んだ後に何が起こったのか、どうなったのかを知りたいのだから。
「……長い話になるぜ」
「構いません」
間髪入れずにそう答えた俺を見て、フッツァは少し笑みの吐息を漏らし、小さく「分かった」とだけ答えた。
「ルレーフェ殿、宿は取ってるか?」
「ええ、隣の宿屋に」
「そうか、ならばそこに移動しよう。昔話をするにはここは少々にぎやかすぎる」
フッツァはそう言うと立ち上がった。
彼はそう言ったが、きっと昔話をしている自分を、今の若い部下たちに見られたくなかったのだろう。
その言葉に了承の意を示して、俺も立ち上がった。
おっと、その前に。
「ああ皆様、今日は皆様のボスをお借りします。お詫びに、今日はこれで、レバーシー、パリアペートを取り戻す前祝いでもやって下さい」
俺はそう言って、硬貨をシュフィに投げてよこした。
慌てて受け取った彼女がそれをみて絶句する。
「き、金貨、三枚も……」
以前、金貨一枚につき十万円くらいの価値、と言ったが、あくまでもそれはヴィ・フェリエラ期の話。魔王復活後は、さすがに物価の高騰は致し方なく、現在では金貨一枚で七万円くらいのレートになっていた。
まあ、正直二十人近い傭兵たちの飲み代には心もとない部分もあったが、それでも二十万以上のお金が降ってわいたのだ。傭兵たちにとっては良いご褒美だろう。
「うおおおおおおお!!! ルレーフェ様万歳!」
「ごっそさまです!!」
こうして、俺はその称賛の声に笑って答えて、フッツァと共に酒場を後にした。
「公爵家ほどの位まで行けばさすがに下々の事なんて何も知らないお堅い人間なのかとも思ったが、ルレーフェ殿は民の心にも精通しているようですね」
「ははは、そう思っていただけたのなら良かったです。高位貴族なんて、民や傭兵には嫌われているものだと思っていたので」
外でフッツァにそう評された俺は、少し安心した。
どこの世界でもそうだが、権力者、既得権益者、上級国民、そんなのは大抵、民を虐げ、私腹を肥やし、多くの民からもれなく嫌われるものである。まあ、生前の地球ひいては日本において、それが特に最悪の状態だったからこそ、そう思うのかもしれなかったが。
「ああ、そうだフッツァ殿。今後はともに戦う仲間なのです。どうか私の事はルルと呼んで頂きたい」
「いやいやいや! 公爵家のご子息様だろ!? さすがにそれは」
「命を懸けて戦うもの同士、爵位など関係ありませんよ。それに、お仲間たちはマビューズ殿、伯爵家のご子息を呼び捨てにしているではありませんか」
マビューズ・レバーシーの事を持ち出されて、フッツァは口ごもった。伯爵と公爵は確かに別格である。しかし、「伯爵家は良いけど、公爵家は無理!」なんてそんな子供じみた理由で、目の前の聡明な青年を言いくるめるのは、フッツァには不可能に感じた。そもそも、それでは伯爵位を軽んじている様にも見えてしまう。
「……わかりまし……いや、分かった、ルル。俺の事も、フッツァと呼んでくれ」
どうやら観念したように、フッツァはそう言ってうなだれた。
「分かりました、フッツァさん」
「おい、お前は『さん』付けかよ! ずりいぞ!」
「だって、フッツァさんは、うちの兄上よりも年上ですから」
そう言ってニッコリと笑う俺に、フッツァは大きくため息をついた。
どうやら納得してくれたようである。なによりなにより。
「全く……あいつそっくりだな」
そして彼は、誰にも聞こえない声で、密かにそう呟いたのであった。いや、俺には聞こえちゃったけど。
その時彼が思い描いていたのは、紛れも無く、過去に彼に、魔王討伐パーティーへの参加を打診した、辺境伯家の嫡男であった。
そっくりっていうか、中身は同一人物ですから。スンマセン。
宿に戻ると、店主が平身低頭で出迎えてくれた。
先程会った公爵家のお坊ちゃんが、この街の最高の有力者であるフッツァを連れて戻って来たのだ。それも当然と言えば当然だろう。
宿の主人が何やら色んなサービスをつけてくれようとしたが、これから重要な会議があるからと断り、俺とフッツァは店主に案内された部屋へと入った。決して広くはなかったが、小奇麗で落ち着いた部屋で俺は満足だった。
「さて……どこから話そうか」
共にテーブルを挟んで向かい合わせに座ったところで、フッツァはそう呟いた。俺は何かを返すでもなく、彼の言葉を待った。
そして腕を組み、しばし遠い目をしたフッツァは、一度大きく息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出すと、おもむろに口を開いた。
「……惚れた女がいたんだ」
魔王復活の前という事もあって、たまたま懇意にしていた男爵家の令嬢の成人のお披露目パーティーに参加した時にその娘と出会った事。
後にその子と、剣術大会の決勝戦で戦い、完膚なきまでにやられた事。
その主人に誘われて、後に魔王討伐のパーティーを組むことになった事。
そしてその時に、腕を磨き続け、魔王を打ち倒し、もう一度彼女に想いを告げようと誓った事。
それらの想いがフッツァの口から静かに溢れ出た。
誰の事かは言われなくても分かる。フッツァは、俺とミューの話をしている。それは明らかだった。
「その主人がヴァルクリス・カートライア殿。その子がミュー・ラピスラズリ殿だったわけですね?」
俺の問いに、フッツァは静かに首を縦に振って肯定した。
「まあ、彼女はそのヴァルクリス坊ちゃんにぞっこんだったみたいだし、俺の入る隙間は無かったけどな」
「あ、え? そ、そうなのですね」
いかんいかん、急にそんな風に言われると若干焦ってしまう。それにしてもフッツァにまでバレていたとは。俺もミューもお互いに恋愛偏差値は無いに等しかったので、それも致し方ない事ではあったが。
「ああ、しかしヴァルクリス殿は辺境伯家という高位貴族の嫡男。家臣の少女との結婚など成立するはずがないからな。
いつかヴァルクリス殿よりも、そしてミューよりも強くなって、彼女を任せられる男だという事を、辺境伯家に認めさせる。そしてゆくゆくは辺境伯家に仕官して、彼女と共に、ヴァルクリス殿を盛り立て、愛する人を守ろうと、そう誓ったんだ。
こんな俺でも、人生で初めて『夢』と『目標』ってやつを持つことが出来た。本当にあの二人には感謝していたよ」
フッツァがそこまでミューの事を想っていたなんて、そして将来についてそんな風に考えてくれていたとは知らなかった。
正直ミューの事を譲る気はこれっぽっちも無い。俺は彼女と共に生きるために、ヴァルクリスとしての生を費やしたのだから。
しかし、目の前の男の言葉は、俺にとっては本当に救いだった。
『自分の恋人が別の異性にモテモテと言うのは、存外心地良いものなのよ』と、とある作品のヒロインが語っていたが、そういうのではない。
時を経ても尚、ミューの事を忘れずに想い続けてくれている。そんな彼の存在に、俺はただただ感謝の念を禁じえなかった。
「そう……ですね。きっと、そんな未来が待っていたのかもしれませんね」
そう答えることしか出来なかった俺の答えに、フッツァはただ一言「ああ」とだけ言った。
「魔王のクソ野郎が、カートライアにさえ現れなければな」
そして冷静な彼が、明らかに怒りをあらわにしてそう続けた。
「ヤツは……魔王は、俺から全てを奪い去っていった。惚れた女も、俺の夢も、目標も、未来も。そして戦友も」
「……フッツァさん、教えて貰えますか? カートライアに魔王が現れてからの事を」
俺にとってはここからが本題である。正直知りたいこと、知らねばならないことはここからだ。
俺に促されて、フッツァは再び口を開いた。
「結界が現れてから最初の一年は、俺はカートライア家の生き残りを探したよ。
ヴァルクリスやミュー、妹のエフィリアちゃん。もしかしたら誰か、結界から逃れられたんじゃないか、生き延びているんじゃないかって思ってさ。でも誰も見つからなかった。
後に、パリアペートのヒューリアお嬢様から、ヴァルクリスが目の前で結界に入って行ったと聞いてな。それ以来探すのをやめたんだ」
「それは、どうして?」
「ヴァルクリスが結界に入って行ったって事は、結界の中にいるミューやエフィリアちゃんを助けに行ったって事だろ? つまり、カートライアの外にはいないって事さ。少なくとも俺の中では、ヴァルクリスはそういう男だった」
彼の言葉は、完全に的を射ていた。俺は、あの時の、北コーラルに結界が現れたあの瞬間の光景が脳裏によぎり、思わず吐き気をもよおしかけた。それほど俺にとって、あの瞬間はトラウマになっていたようだ。
「結界が解かれるまでは、パリアペートもリングブリムも、とにかく軍備を増強し、魔物の侵攻に備えていた。なんてったって最前線になる事が決定しているからな。
俺は、パリアペートで血の気の多い奴らを集めて、男爵領軍と共に戦う傭兵部隊の隊長に志願したよ。当時の傭兵隊長は『最前線になんて行けるか!』ってあっさりと尻尾を巻いて逃げやがったからな。
まあ、だから一年近くは、南コーラルに駐屯していたな。まさか結界の解除があんなに遅れるとは思ってなかったからな。国王陛下の言う通り、本当にヴァルクリスやミューが、魔王相手に必死に戦っていたのかもしれん」
フッツァは、俺、いや、ミューの仇を討とうとしていたのだろう。だからきっと最前線の部隊に志願したのだ。
いや、きっと今でもその志は変わっていないのだろう。だから、この男は、領地を魔物に追われても必死にしがみついて、こんなところで戦っているのだ。
「魔王の結界が解かれてからは早かった」
フッツァの声が低くなった。
そしてその後、フッツァの口からは、突然攻め入って来た魔物によって、南コーラルは一晩で壊滅したこと。彼らは後退しつつ何度も応戦したが、散り散りになって逃げるしかなくなったこと。
その後パリアペート男爵領は結局一年足らずで崩壊したこと。フッツァは森林地帯に逃げ延び、そして何とかレバーシー伯爵領に辿り着いた、というような話を聞いた。
そしてそこから十年。レバーシー伯爵領で戦い続けたが徐々に領地を削られて、伯爵領は滅亡。いまはこうしてトラジアーデ男爵領の最前線にいる、という訳だった。
そこまで話すとフッツァは一度立ち上がり、伸びと深呼吸をすると、椅子に再び腰掛けた。
「フッツァさん。お聞きしたいことがありますが宜しいですか?」
「ああ」
フッツァの話はとても有用ではあった。しかし俺の欲しいピンポイントな情報は含まれていなかったので、直接聞いてみるしかなかった。
「途中お話に出て来たパリアペート男爵のご令嬢はどうなったかお分かりになりますか?」
「いや、結界が出来てしばらくは領内を離れていたし、戻って来て一度お会いして以降はずっと南コーラルだったからな。魔物に滅ぼされてからの安否はわからねえ」
「……そうですか」
心がざわざわしていた。
パリアペート男爵家の皆はどうなっているのだろうか。よもや全滅しているなんてことは無いだろうな。うまく逃げおおせてくれていることを信じるほかはない。
しかし、分からないならば仕方がない。一刻も早く、周辺地域を掃討し、リングブリムの負担を減らすしかない。
その為にも、絶対に確かめなくてはならないことが俺にはあった。
「では、次ですが、戦っていた中に、他と違う魔物は目撃しませんでしたか? 例えば言葉を話す奴とか」
「言葉を話す魔物? そんな奴がいるのか? ……いや、そういうヤツは見たことは……」
ないか、良かった。
これは俺にとっては僥倖だ。
幹部魔物がこの地域にいるとなれば、俺の戦力は半減どころでは済まされない。
逆に、幹部魔物が居ないのであれば、ここでは俺を遮るものは無さそうである。
「……いや」
途中で言葉を止めて考えていたらしいフッツァが再び口を開いた。
え? イヤやめて? 見たことない、で良いんだけど。
「言葉を話す奴は知らないが……他の魔物とは明らかに違う奴なら見たことある。」
「それは、どういう?」
どういうことだ?
言葉を話さないという事は、幹部魔物では無いのだろうか?
「ああ、そいつは10メートルくらいの巨体で、巨大な翼を生やし、不思議な力を飛ばして来るような化け物だった。南コーラルで初めて魔物と会敵した時に来たものだから、てっきり魔物ってのはああいうもんだ、と思ってしまった。今思えば、あんな奴は後にも先にも見たことなかったな」
その特徴を聞いて、俺は確信した。
最初にパリアペート男爵領を襲ったその魔物は、『魔獣ゲージャ』だったのだ、と。
(第21話 『孤独の進軍』へつづく)
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