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第一章

第29話 フェリエラとの対峙 その1

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 どうせ俺の命も、もう短い。
 屋敷にいる、そして永遠と湧いてくる魔物の大軍を相手に、俺一人でどうにか出来るはずもない。
 ならば、一匹でも多くの魔物を、刺し違えてでも殺す。
 
 (ミュー、エファ、俺もすぐに逝くからな)

 しかし、エフィリアとミューの亡骸が、魔物に食い荒らされるのだけは我慢ならなかった。せめてそれだけは。

 俺は出ようとしていた目の前の扉に鍵をかけ、部屋にあったクローゼットや棚などでそこを塞いだ。これで、人型、動物型の魔物はおいそれと侵入することは出来ないだろう。
 飛行型の魔物が居る可能性も考えて、3つあるうちの二つの窓も同様に塞ぐ。さすがに最後の一つだけは、俺が脱出できない密室になってしまうので塞ぎきれなかったが、それでも、ぎりぎりの隙間を残して塞いだ。
 なに、ここは二階。しかも下は一階の窓からはみ出たサッシの上部が足場になる。簡単に飛び降りることは出来るだろう。

 まあ、問題はその下にうろうろしている二十体以上の魔物だけどな。
 なに、囲まれなければ問題ない。体力の続く限り、一体でも多くの魔物を斬り伏せるのだ。

 窓枠に手をやる。真冬の時期のはずなのに、生暖かい空気が外から流れ込んできた。
 最後に後ろを振り返る。そこにはベッドに横たわる最愛の眠り姫たちが居た。

(ありがとう二人とも。二人に出会えて本当に幸せだった)

 そして俺は、数刻後に訪れるであろう死を覚悟して、窓から外に飛び出した。


 ……そのつもりだった、のだが。

 一時間後。

 俺は、屋敷の中にいた魔物を、一人で、しかも無傷で、ほぼ全滅させていた。
 百体はいたはずだ。下手したらもっとかもしれない。

 別に、急に強くなったわけでもない。
 レベルやステータスが上がったわけでもない。そもそもそんなものは存在しないのだから。
 もちろんスキルや魔法を使ったわけでもない。

 最初からそうだったのだ。

 そう、確かに、落ち着いてみれば、その結論に至るピースは転がっていた。

 初めて、街で魔物に遭遇した時、あっさりと切り伏せることが出来た。
 魔物は、人を見るやいなや、食事にありつかんとばかりに襲い掛かっていたというのに、叫びながら突っ込んで行った俺には、まるで気づかなかったかのように、あっさりと。

 街から屋敷への道もそうだ。
 運良く、道が開けている。そう思った。
 しかし、そうでは無かったのではないだろうか。
 屋敷に向かう道は、中央通りである。魔物からすれば最も動きやすい通りだ。
 そう、つまり、「たまたま、道がひらけていた」のではなく、「俺がいた通りには、餌となる人間がいなかった▪▪▪▪▪」のだ。だから、魔物が道を空けていた。

 屋敷に入ってからも同様。階段にいた魔物も、廊下にいた魔物も、あっさりと、切り伏せられた。当然だ、真後ろに立っても振り向かれなかったのだから。

 そして、今。

 正面にある廊下の先の部屋から、一匹の魔物が出て来た。人型、オークタイプとでも言えばいいのだろうか。

(そう、これは実験だ。確証を得るための検証だ)

 俺は、ゆっくりと、魔物に近寄った。真正面から。
 堂々と歩く。後3メートル、2メートル、1メートル……。気づかれ、あの巨体に頭を殴られれば即死だ。
 そして……すれ違った。
 真後ろに立った俺は、魔物の首筋に狙いを定め、

「おらああああああああ!!!!!」

 あえて、大声を上げてから、斬りかかった。
 そして……魔物の首は、ボトリと床に転がった。

 もう十分だろう。検証終了である。

 結論。
 「俺は魔物に気づかれない」

 そして、その理由、原因には、すぐにピンときた。

 俺の魂が、異世界人であるからだ。

 ベル様は言った。
 『あなたは、あちらの世界のことわりの外の人間なので。』と。

 『この世界では、魔物は人間を襲い喰らう』。それが、この世界に固定されたルールなのだろう。
 しかし、それは、『この世界の魔物は、この世界の人間に襲い掛かり、喰らう』という意味になるのだとすれば?
 そしてもしそうだとすれば、地球人の魂を持つ俺は、ベル様の言うところのことわりの外の人間、つまり「この世界の人間」に分類されなかった、と言う訳だ。

 付け加えるならば、どうやら魔物は、視覚や聴覚、或いは嗅覚で獲物を判断しているわけでは無いらしい。例え気づかれなくても、視力があれば、目の前の俺に気づくはずだ。存在に気づくなら、例え自分に害を為そうとしていなくとも、殺すことは可能である。
 目の前に立っても、叫んでも、それでも全く反応を示さなかったということは、そういう事だろう。つまり魔物に触れさえしなければ、あるいは襲われている誰かの巻き添えにならなければ、俺がやられることは無い。

 ここに来てまさかの「この世界の理の外の存在」というチート能力が発覚したとは、皮肉なものである。もうすべてが手遅れだというのに。
 もしも初めからやり直せたなら、全てを上手くやれるのに。
 そんな事を考えてしまうのは、自分の思慮の浅さの後悔に他ならなかった。

 しかしだ、これはチャンスだった。
 魔王が生まれるまでの一本道、そこに俺を遮るものは無い。
 もしも視力や聴力、あるいは知能を持つ、幹部クラスや、四天王的な奴がいたら面倒だが、まだ魔王は現れていない。仮に幹部クラスが生まれるのだとしても、魔王より先に産まれることは無いだろう。

 つまり、魔王が生まれたタイミングで戦闘を仕掛けてしまえばいいのだ。
 そこでもし、魔王が俺の存在を認識できなければ、この戦いは俺の勝ちである。

(光の柱の中心はこの屋敷だった。だからあれだけの量の魔物が湧き出て来たのだ。恐らくのちの魔王城になる場所はこの屋敷、魔王もここにじきに現れるに違いない)

 そう思った俺は、まず屋敷の地下倉庫に向かった。
 そこにはまだ使われていない、しかし十分に手入れがなされた武具が沢山あるからである。

(仮に戦闘になった場合でも、少しでも勝つ可能性は上げておかなくてはならないからな)

 俺は、上半身に軽装甲ライトアーマーを身に着け、脛あてグリーヴ籠手ガントレットだけを身に着けた。鉄靴ザバトンは音がうるさいので、装備を控えた。念のためだ。そして新品のロングソードを一つ腰に差す。一本は抜き身で持っているため二本持つことになるが、別に二刀流で戦うつもりはない。保険である。
 相手は鎧を着ていない魔物だ。細剣レイピア刺突剣エストックのように突き専門の武器よりは、ロングソードやブロードソードのように、一撃で首を落とせる、斬り性能に長けている武器の方が良いだろう。曲刀シャムシール片刀ファルシオンの方がその用途には向いていそうだったが、慣れてないので止めておいた。

(よし、これで良い)

 装備を整えた俺は、地下倉庫の階段を上がった。

 その時である。
 屋敷の中からひときわ強い光が放たれた。

 ついに来たか。中庭の辺りか?

 走って中庭へ向かう。すると案の定、中庭の中心部に、人がまるまるすっぽりと入りそうな大きさの、紫色のクリスタルのような物体が出現していた。つまりあれが魔王の卵、みたいなものなのだろう。
 正直、巨大な竜みたいな魔王だったらどうしようかとも思ったが、過去の文献の挿絵には、人型の女性のように描かれていたのでそこは史実通りらしく安心した。過去の聖女様がきちんと正確に伝えてくれていたのだろう。
 姿を隠して、柱の陰から、そのクリスタルの様子を伺う。すると、徐々にひびが入り、やがてそれが砕け散った。

 ついに魔王フェリエラとの対面である。

(こいつが諸悪の根源……)

 姿を現したフェリエラは、禍々しい姿をしていたが、それは妖艶な女悪魔と言った様相であった。長い銀髪に金色の角。纏った黒いドレスのスリットからは紫色の肌を惜しげもなく露わにしていた。
 そう、例えるなら、俺が初めてベル様の姿を見た時の死の女神、まるでそんな感じだった。

 なんだか妙に緊張する。
 どうするべきか。
 今俺は、フェリエラの真横に位置する柱の陰にいる。俺の存在が予想通りならば、「気配でバレる」的な事にはならないハズだ。
 後ろからいきなり斬りかかるか。
 それとも堂々と真正面に姿を現すべきか。今までの傾向であれば、魔王も俺の存在を認識できない可能性は高い。しかし、もしも認識されれば、その後の戦いが不利になってしまう。

(よし、ゆっくりと真後ろに移動して、一気に首を落とす。やはりこれしかない)

 俺は、柱の陰から姿を現し、円形のバルコニー状になっている中庭の外側を、ゆっくりと回り込もうと歩き出した。存在に気づかれないならば、これで十分周りこめ……。

……なかった。

 首を真横に向けたそいつは明らかにこちらを見ていた。その大きく見開かれた真っ赤な目が、間違いなく俺の目を凝視していた。

 ……。
 ……くっ、どうしよう、どうするべきか。フルパワーで頭を回転させる。しかし、何の案も浮かんでこないまま硬直するしかなかった。

『ほほう、我がまゆの中で、まだ生きている人間に会うとはな』

 俺が動き出すより先に、楽しそうに真っ赤な瞳を細めたそいつが口を開いた。
 駄目だ、確実に認識されている。
 仕方なく、俺は反対回りに歩き、フェリエラの正面に対峙した。

「お前が魔王フェリエラで間違いないか」
『ああ、いかにも。われが魔王フェリエラである。この結界の中で生きた人間に会うのは初めてだ。よくここまで生き残ったと、貴様を褒め……』

 名乗りの後、ザ・ラスボスといった、いかにもな前口上を述べるフェリエラだったが、突如その言葉が途中で止まり、そして動きも止まった。
 なんだ? バグったのか?

 見ると魔王は、少し止まった後、何やら考え込み始めた。いや、何かを不思議に思っている様な素振り、とでも言うのだろうか。

 そして少し考えた後、魔王は右手を開いて胸の前に出した。その手の平が光り、光の中から小型犬くらいの黒い生き物が飛び出してきた。例えるなら、大型のネズミの魔物、といったところだろうか。

『さあ、墓所鼠クリプトラットよ、そこの人間を食い殺せ!』

 魔王にそう命じられ、そのネズミの魔物が、地面に降り立った。

 俺は思わず剣を構えて身構える。

 そして……。

 全く俺の存在に気づくことなく、そのネズミの魔物は明後日あさっての方角へ駆けて行った。俺と魔王はそれを共に目で追っていた。
 ……なんだったんだ? 今のは。

『……さて』

 少しの沈黙の後、改めて、魔王は俺の目を見据えて、口を開いた。

『貴様、本当に人間か?』



(第30話『フェリエラとの対峙 その2』へつづく)

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