29 / 131
第一章
第29話 フェリエラとの対峙 その1
しおりを挟む
どうせ俺の命も、もう短い。
屋敷にいる、そして永遠と湧いてくる魔物の大軍を相手に、俺一人でどうにか出来るはずもない。
ならば、一匹でも多くの魔物を、刺し違えてでも殺す。
(ミュー、エファ、俺もすぐに逝くからな)
しかし、エフィリアとミューの亡骸が、魔物に食い荒らされるのだけは我慢ならなかった。せめてそれだけは。
俺は出ようとしていた目の前の扉に鍵をかけ、部屋にあったクローゼットや棚などでそこを塞いだ。これで、人型、動物型の魔物はおいそれと侵入することは出来ないだろう。
飛行型の魔物が居る可能性も考えて、3つあるうちの二つの窓も同様に塞ぐ。さすがに最後の一つだけは、俺が脱出できない密室になってしまうので塞ぎきれなかったが、それでも、ぎりぎりの隙間を残して塞いだ。
なに、ここは二階。しかも下は一階の窓からはみ出たサッシの上部が足場になる。簡単に飛び降りることは出来るだろう。
まあ、問題はその下にうろうろしている二十体以上の魔物だけどな。
なに、囲まれなければ問題ない。体力の続く限り、一体でも多くの魔物を斬り伏せるのだ。
窓枠に手をやる。真冬の時期のはずなのに、生暖かい空気が外から流れ込んできた。
最後に後ろを振り返る。そこにはベッドに横たわる最愛の眠り姫たちが居た。
(ありがとう二人とも。二人に出会えて本当に幸せだった)
そして俺は、数刻後に訪れるであろう死を覚悟して、窓から外に飛び出した。
……そのつもりだった、のだが。
一時間後。
俺は、屋敷の中にいた魔物を、一人で、しかも無傷で、ほぼ全滅させていた。
百体はいたはずだ。下手したらもっとかもしれない。
別に、急に強くなったわけでもない。
レベルやステータスが上がったわけでもない。そもそもそんなものは存在しないのだから。
もちろんスキルや魔法を使ったわけでもない。
最初からそうだったのだ。
そう、確かに、落ち着いてみれば、その結論に至るピースは転がっていた。
初めて、街で魔物に遭遇した時、あっさりと切り伏せることが出来た。
魔物は、人を見るやいなや、食事にありつかんとばかりに襲い掛かっていたというのに、叫びながら突っ込んで行った俺には、まるで気づかなかったかのように、あっさりと。
街から屋敷への道もそうだ。
運良く、道が開けている。そう思った。
しかし、そうでは無かったのではないだろうか。
屋敷に向かう道は、中央通りである。魔物からすれば最も動きやすい通りだ。
そう、つまり、「たまたま、道が開けていた」のではなく、「俺がいた通りには、餌となる人間がいなかった」のだ。だから、魔物が道を空けていた。
屋敷に入ってからも同様。階段にいた魔物も、廊下にいた魔物も、あっさりと、切り伏せられた。当然だ、真後ろに立っても振り向かれなかったのだから。
そして、今。
正面にある廊下の先の部屋から、一匹の魔物が出て来た。人型、オークタイプとでも言えばいいのだろうか。
(そう、これは実験だ。確証を得るための検証だ)
俺は、ゆっくりと、魔物に近寄った。真正面から。
堂々と歩く。後3メートル、2メートル、1メートル……。気づかれ、あの巨体に頭を殴られれば即死だ。
そして……すれ違った。
真後ろに立った俺は、魔物の首筋に狙いを定め、
「おらああああああああ!!!!!」
あえて、大声を上げてから、斬りかかった。
そして……魔物の首は、ボトリと床に転がった。
もう十分だろう。検証終了である。
結論。
「俺は魔物に気づかれない」
そして、その理由、原因には、すぐにピンときた。
俺の魂が、異世界人であるからだ。
ベル様は言った。
『あなたは、あちらの世界の理の外の人間なので。』と。
『この世界では、魔物は人間を襲い喰らう』。それが、この世界に固定されたルールなのだろう。
しかし、それは、『この世界の魔物は、この世界の人間に襲い掛かり、喰らう』という意味になるのだとすれば?
そしてもしそうだとすれば、地球人の魂を持つ俺は、ベル様の言うところの理の外の人間、つまり「この世界の人間」に分類されなかった、と言う訳だ。
付け加えるならば、どうやら魔物は、視覚や聴覚、或いは嗅覚で獲物を判断しているわけでは無いらしい。例え気づかれなくても、視力があれば、目の前の俺に気づくはずだ。存在に気づくなら、例え自分に害を為そうとしていなくとも、殺すことは可能である。
目の前に立っても、叫んでも、それでも全く反応を示さなかったということは、そういう事だろう。つまり魔物に触れさえしなければ、あるいは襲われている誰かの巻き添えにならなければ、俺がやられることは無い。
ここに来てまさかの「この世界の理の外の存在」というチート能力が発覚したとは、皮肉なものである。もうすべてが手遅れだというのに。
もしも初めからやり直せたなら、全てを上手くやれるのに。
そんな事を考えてしまうのは、自分の思慮の浅さの後悔に他ならなかった。
しかしだ、これはチャンスだった。
魔王が生まれるまでの一本道、そこに俺を遮るものは無い。
もしも視力や聴力、あるいは知能を持つ、幹部クラスや、四天王的な奴がいたら面倒だが、まだ魔王は現れていない。仮に幹部クラスが生まれるのだとしても、魔王より先に産まれることは無いだろう。
つまり、魔王が生まれたタイミングで戦闘を仕掛けてしまえばいいのだ。
そこでもし、魔王が俺の存在を認識できなければ、この戦いは俺の勝ちである。
(光の柱の中心はこの屋敷だった。だからあれだけの量の魔物が湧き出て来たのだ。恐らく後の魔王城になる場所はこの屋敷、魔王もここに直に現れるに違いない)
そう思った俺は、まず屋敷の地下倉庫に向かった。
そこにはまだ使われていない、しかし十分に手入れがなされた武具が沢山あるからである。
(仮に戦闘になった場合でも、少しでも勝つ可能性は上げておかなくてはならないからな)
俺は、上半身に軽装甲を身に着け、脛あてと籠手だけを身に着けた。鉄靴は音がうるさいので、装備を控えた。念のためだ。そして新品のロングソードを一つ腰に差す。一本は抜き身で持っているため二本持つことになるが、別に二刀流で戦うつもりはない。保険である。
相手は鎧を着ていない魔物だ。細剣や刺突剣のように突き専門の武器よりは、ロングソードやブロードソードのように、一撃で首を落とせる、斬り性能に長けている武器の方が良いだろう。曲刀や片刀の方がその用途には向いていそうだったが、慣れてないので止めておいた。
(よし、これで良い)
装備を整えた俺は、地下倉庫の階段を上がった。
その時である。
屋敷の中からひときわ強い光が放たれた。
ついに来たか。中庭の辺りか?
走って中庭へ向かう。すると案の定、中庭の中心部に、人がまるまるすっぽりと入りそうな大きさの、紫色のクリスタルのような物体が出現していた。つまりあれが魔王の卵、みたいなものなのだろう。
正直、巨大な竜みたいな魔王だったらどうしようかとも思ったが、過去の文献の挿絵には、人型の女性のように描かれていたのでそこは史実通りらしく安心した。過去の聖女様がきちんと正確に伝えてくれていたのだろう。
姿を隠して、柱の陰から、そのクリスタルの様子を伺う。すると、徐々にひびが入り、やがてそれが砕け散った。
ついに魔王フェリエラとの対面である。
(こいつが諸悪の根源……)
姿を現したフェリエラは、禍々しい姿をしていたが、それは妖艶な女悪魔と言った様相であった。長い銀髪に金色の角。纏った黒いドレスのスリットからは紫色の肌を惜しげもなく露わにしていた。
そう、例えるなら、俺が初めてベル様の姿を見た時の死の女神、まるでそんな感じだった。
なんだか妙に緊張する。
どうするべきか。
今俺は、フェリエラの真横に位置する柱の陰にいる。俺の存在が予想通りならば、「気配でバレる」的な事にはならないハズだ。
後ろからいきなり斬りかかるか。
それとも堂々と真正面に姿を現すべきか。今までの傾向であれば、魔王も俺の存在を認識できない可能性は高い。しかし、もしも認識されれば、その後の戦いが不利になってしまう。
(よし、ゆっくりと真後ろに移動して、一気に首を落とす。やはりこれしかない)
俺は、柱の陰から姿を現し、円形のバルコニー状になっている中庭の外側を、ゆっくりと回り込もうと歩き出した。存在に気づかれないならば、これで十分周りこめ……。
……なかった。
首を真横に向けたそいつは明らかにこちらを見ていた。その大きく見開かれた真っ赤な目が、間違いなく俺の目を凝視していた。
……。
……くっ、どうしよう、どうするべきか。フルパワーで頭を回転させる。しかし、何の案も浮かんでこないまま硬直するしかなかった。
『ほほう、我が繭の中で、まだ生きている人間に会うとはな』
俺が動き出すより先に、楽しそうに真っ赤な瞳を細めたそいつが口を開いた。
駄目だ、確実に認識されている。
仕方なく、俺は反対回りに歩き、フェリエラの正面に対峙した。
「お前が魔王フェリエラで間違いないか」
『ああ、いかにも。我が魔王フェリエラである。この結界の中で生きた人間に会うのは初めてだ。よくここまで生き残ったと、貴様を褒め……』
名乗りの後、ザ・ラスボスといった、いかにもな前口上を述べるフェリエラだったが、突如その言葉が途中で止まり、そして動きも止まった。
なんだ? バグったのか?
見ると魔王は、少し止まった後、何やら考え込み始めた。いや、何かを不思議に思っている様な素振り、とでも言うのだろうか。
そして少し考えた後、魔王は右手を開いて胸の前に出した。その手の平が光り、光の中から小型犬くらいの黒い生き物が飛び出してきた。例えるなら、大型のネズミの魔物、といったところだろうか。
『さあ、墓所鼠よ、そこの人間を食い殺せ!』
魔王にそう命じられ、そのネズミの魔物が、地面に降り立った。
俺は思わず剣を構えて身構える。
そして……。
全く俺の存在に気づくことなく、そのネズミの魔物は明後日の方角へ駆けて行った。俺と魔王はそれを共に目で追っていた。
……なんだったんだ? 今のは。
『……さて』
少しの沈黙の後、改めて、魔王は俺の目を見据えて、口を開いた。
『貴様、本当に人間か?』
(第30話『フェリエラとの対峙 その2』へつづく)
屋敷にいる、そして永遠と湧いてくる魔物の大軍を相手に、俺一人でどうにか出来るはずもない。
ならば、一匹でも多くの魔物を、刺し違えてでも殺す。
(ミュー、エファ、俺もすぐに逝くからな)
しかし、エフィリアとミューの亡骸が、魔物に食い荒らされるのだけは我慢ならなかった。せめてそれだけは。
俺は出ようとしていた目の前の扉に鍵をかけ、部屋にあったクローゼットや棚などでそこを塞いだ。これで、人型、動物型の魔物はおいそれと侵入することは出来ないだろう。
飛行型の魔物が居る可能性も考えて、3つあるうちの二つの窓も同様に塞ぐ。さすがに最後の一つだけは、俺が脱出できない密室になってしまうので塞ぎきれなかったが、それでも、ぎりぎりの隙間を残して塞いだ。
なに、ここは二階。しかも下は一階の窓からはみ出たサッシの上部が足場になる。簡単に飛び降りることは出来るだろう。
まあ、問題はその下にうろうろしている二十体以上の魔物だけどな。
なに、囲まれなければ問題ない。体力の続く限り、一体でも多くの魔物を斬り伏せるのだ。
窓枠に手をやる。真冬の時期のはずなのに、生暖かい空気が外から流れ込んできた。
最後に後ろを振り返る。そこにはベッドに横たわる最愛の眠り姫たちが居た。
(ありがとう二人とも。二人に出会えて本当に幸せだった)
そして俺は、数刻後に訪れるであろう死を覚悟して、窓から外に飛び出した。
……そのつもりだった、のだが。
一時間後。
俺は、屋敷の中にいた魔物を、一人で、しかも無傷で、ほぼ全滅させていた。
百体はいたはずだ。下手したらもっとかもしれない。
別に、急に強くなったわけでもない。
レベルやステータスが上がったわけでもない。そもそもそんなものは存在しないのだから。
もちろんスキルや魔法を使ったわけでもない。
最初からそうだったのだ。
そう、確かに、落ち着いてみれば、その結論に至るピースは転がっていた。
初めて、街で魔物に遭遇した時、あっさりと切り伏せることが出来た。
魔物は、人を見るやいなや、食事にありつかんとばかりに襲い掛かっていたというのに、叫びながら突っ込んで行った俺には、まるで気づかなかったかのように、あっさりと。
街から屋敷への道もそうだ。
運良く、道が開けている。そう思った。
しかし、そうでは無かったのではないだろうか。
屋敷に向かう道は、中央通りである。魔物からすれば最も動きやすい通りだ。
そう、つまり、「たまたま、道が開けていた」のではなく、「俺がいた通りには、餌となる人間がいなかった」のだ。だから、魔物が道を空けていた。
屋敷に入ってからも同様。階段にいた魔物も、廊下にいた魔物も、あっさりと、切り伏せられた。当然だ、真後ろに立っても振り向かれなかったのだから。
そして、今。
正面にある廊下の先の部屋から、一匹の魔物が出て来た。人型、オークタイプとでも言えばいいのだろうか。
(そう、これは実験だ。確証を得るための検証だ)
俺は、ゆっくりと、魔物に近寄った。真正面から。
堂々と歩く。後3メートル、2メートル、1メートル……。気づかれ、あの巨体に頭を殴られれば即死だ。
そして……すれ違った。
真後ろに立った俺は、魔物の首筋に狙いを定め、
「おらああああああああ!!!!!」
あえて、大声を上げてから、斬りかかった。
そして……魔物の首は、ボトリと床に転がった。
もう十分だろう。検証終了である。
結論。
「俺は魔物に気づかれない」
そして、その理由、原因には、すぐにピンときた。
俺の魂が、異世界人であるからだ。
ベル様は言った。
『あなたは、あちらの世界の理の外の人間なので。』と。
『この世界では、魔物は人間を襲い喰らう』。それが、この世界に固定されたルールなのだろう。
しかし、それは、『この世界の魔物は、この世界の人間に襲い掛かり、喰らう』という意味になるのだとすれば?
そしてもしそうだとすれば、地球人の魂を持つ俺は、ベル様の言うところの理の外の人間、つまり「この世界の人間」に分類されなかった、と言う訳だ。
付け加えるならば、どうやら魔物は、視覚や聴覚、或いは嗅覚で獲物を判断しているわけでは無いらしい。例え気づかれなくても、視力があれば、目の前の俺に気づくはずだ。存在に気づくなら、例え自分に害を為そうとしていなくとも、殺すことは可能である。
目の前に立っても、叫んでも、それでも全く反応を示さなかったということは、そういう事だろう。つまり魔物に触れさえしなければ、あるいは襲われている誰かの巻き添えにならなければ、俺がやられることは無い。
ここに来てまさかの「この世界の理の外の存在」というチート能力が発覚したとは、皮肉なものである。もうすべてが手遅れだというのに。
もしも初めからやり直せたなら、全てを上手くやれるのに。
そんな事を考えてしまうのは、自分の思慮の浅さの後悔に他ならなかった。
しかしだ、これはチャンスだった。
魔王が生まれるまでの一本道、そこに俺を遮るものは無い。
もしも視力や聴力、あるいは知能を持つ、幹部クラスや、四天王的な奴がいたら面倒だが、まだ魔王は現れていない。仮に幹部クラスが生まれるのだとしても、魔王より先に産まれることは無いだろう。
つまり、魔王が生まれたタイミングで戦闘を仕掛けてしまえばいいのだ。
そこでもし、魔王が俺の存在を認識できなければ、この戦いは俺の勝ちである。
(光の柱の中心はこの屋敷だった。だからあれだけの量の魔物が湧き出て来たのだ。恐らく後の魔王城になる場所はこの屋敷、魔王もここに直に現れるに違いない)
そう思った俺は、まず屋敷の地下倉庫に向かった。
そこにはまだ使われていない、しかし十分に手入れがなされた武具が沢山あるからである。
(仮に戦闘になった場合でも、少しでも勝つ可能性は上げておかなくてはならないからな)
俺は、上半身に軽装甲を身に着け、脛あてと籠手だけを身に着けた。鉄靴は音がうるさいので、装備を控えた。念のためだ。そして新品のロングソードを一つ腰に差す。一本は抜き身で持っているため二本持つことになるが、別に二刀流で戦うつもりはない。保険である。
相手は鎧を着ていない魔物だ。細剣や刺突剣のように突き専門の武器よりは、ロングソードやブロードソードのように、一撃で首を落とせる、斬り性能に長けている武器の方が良いだろう。曲刀や片刀の方がその用途には向いていそうだったが、慣れてないので止めておいた。
(よし、これで良い)
装備を整えた俺は、地下倉庫の階段を上がった。
その時である。
屋敷の中からひときわ強い光が放たれた。
ついに来たか。中庭の辺りか?
走って中庭へ向かう。すると案の定、中庭の中心部に、人がまるまるすっぽりと入りそうな大きさの、紫色のクリスタルのような物体が出現していた。つまりあれが魔王の卵、みたいなものなのだろう。
正直、巨大な竜みたいな魔王だったらどうしようかとも思ったが、過去の文献の挿絵には、人型の女性のように描かれていたのでそこは史実通りらしく安心した。過去の聖女様がきちんと正確に伝えてくれていたのだろう。
姿を隠して、柱の陰から、そのクリスタルの様子を伺う。すると、徐々にひびが入り、やがてそれが砕け散った。
ついに魔王フェリエラとの対面である。
(こいつが諸悪の根源……)
姿を現したフェリエラは、禍々しい姿をしていたが、それは妖艶な女悪魔と言った様相であった。長い銀髪に金色の角。纏った黒いドレスのスリットからは紫色の肌を惜しげもなく露わにしていた。
そう、例えるなら、俺が初めてベル様の姿を見た時の死の女神、まるでそんな感じだった。
なんだか妙に緊張する。
どうするべきか。
今俺は、フェリエラの真横に位置する柱の陰にいる。俺の存在が予想通りならば、「気配でバレる」的な事にはならないハズだ。
後ろからいきなり斬りかかるか。
それとも堂々と真正面に姿を現すべきか。今までの傾向であれば、魔王も俺の存在を認識できない可能性は高い。しかし、もしも認識されれば、その後の戦いが不利になってしまう。
(よし、ゆっくりと真後ろに移動して、一気に首を落とす。やはりこれしかない)
俺は、柱の陰から姿を現し、円形のバルコニー状になっている中庭の外側を、ゆっくりと回り込もうと歩き出した。存在に気づかれないならば、これで十分周りこめ……。
……なかった。
首を真横に向けたそいつは明らかにこちらを見ていた。その大きく見開かれた真っ赤な目が、間違いなく俺の目を凝視していた。
……。
……くっ、どうしよう、どうするべきか。フルパワーで頭を回転させる。しかし、何の案も浮かんでこないまま硬直するしかなかった。
『ほほう、我が繭の中で、まだ生きている人間に会うとはな』
俺が動き出すより先に、楽しそうに真っ赤な瞳を細めたそいつが口を開いた。
駄目だ、確実に認識されている。
仕方なく、俺は反対回りに歩き、フェリエラの正面に対峙した。
「お前が魔王フェリエラで間違いないか」
『ああ、いかにも。我が魔王フェリエラである。この結界の中で生きた人間に会うのは初めてだ。よくここまで生き残ったと、貴様を褒め……』
名乗りの後、ザ・ラスボスといった、いかにもな前口上を述べるフェリエラだったが、突如その言葉が途中で止まり、そして動きも止まった。
なんだ? バグったのか?
見ると魔王は、少し止まった後、何やら考え込み始めた。いや、何かを不思議に思っている様な素振り、とでも言うのだろうか。
そして少し考えた後、魔王は右手を開いて胸の前に出した。その手の平が光り、光の中から小型犬くらいの黒い生き物が飛び出してきた。例えるなら、大型のネズミの魔物、といったところだろうか。
『さあ、墓所鼠よ、そこの人間を食い殺せ!』
魔王にそう命じられ、そのネズミの魔物が、地面に降り立った。
俺は思わず剣を構えて身構える。
そして……。
全く俺の存在に気づくことなく、そのネズミの魔物は明後日の方角へ駆けて行った。俺と魔王はそれを共に目で追っていた。
……なんだったんだ? 今のは。
『……さて』
少しの沈黙の後、改めて、魔王は俺の目を見据えて、口を開いた。
『貴様、本当に人間か?』
(第30話『フェリエラとの対峙 その2』へつづく)
13
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。
クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」
パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。
夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる……
誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる