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第一章

第26話 見えた光明(仮)

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「ヴァルス! 王宮への早馬が戻って来たぞ!」

 朝から、父上が、俺の部屋に飛び込んできた。

「本当ですか!?」

 あの正月……じゃない、新年の会議の午後、父上は早速、早馬を王都に飛ばした。

 今まで魔王の出現が一度も確認されていない領地は多い。
 そりゃあそうだろう。ラルアゼート王国の貴族領の数は、五十を超える。そして歴史上の魔王の出現回数は、せいぜい十回かそこらなのだから。
 更に言えば、どんなに、とある領地が歴史を記していたとしても、一度魔王が現れれば、その記録は消失してしまうだろう。
 逆に、一度も魔王が現れていない領地ならば、全ての記録が残っている可能性があるのだ。
 そして、その「一度も魔王が現れていない」かつ、「最も、確実に多くの記録が残されている場所」が、王都、ひいては王宮だった。

 その記録を聞くために、王宮に飛ばした早馬が、通常ならば往復で二十日はかかるところを、僅か十日で帰還したのだから、俺が驚くのも無理は無かった。父上にはその使者に手厚い褒美を取らすことを奏上するしよう。

 そして使者によると、陛下は辺境伯への情報提供を快諾してくれたとの事であった。

「よし、これより会議だ! 全員、十分後、私の書斎に緊急招集!」

 こうして、十分後に父上の書斎に集合した。俺、ミュー、そしてエフィリア。
 あ、当然、もうエフィリアには伝えてある。いや、絶対に居たほうが良いでしょ。我がカートライア家の諸葛孔明なのだから。

「坊ちゃま、本当に魔王の位置が特定できるのでしょうか?」

 可愛らしいメイド服とは裏腹に、完全に家臣の顔つきのミューは、俺にそう訊いた。

 ちなみに、家臣になったのになんでまだメイド服? ていう反論は湧いてきそうだが、そこはそれ。実は聞くも涙語るも涙な、一言では語りつくせない事情があった。
 ミューは一応、俺直属の使用人であるし、屋敷にいる他の使用人たちにも示しがつかないからである……と理由にしてはいるが、それは建前です。
 実は、執事長兼宰相のボルディンスには、執事と同じ服を用意することを提案されたのだが、一晩悩んだ末に、そのままで、と嘆願したのだった。
 だって、可愛いんだもん!
 まるで彼女が着る事を前提で設定されたのではないだろうかと錯覚するほどに狙って作られた可愛らしい衣装。その衣装を身に纏ったミューを見られなくなるのは、もう何というか「惜しい」でしかない。
 もし今の俺が、百合漫画の女主人公で、ミューが男型役だったら、むしろ執事服万歳なのだろうが、残念ながら俺は、可愛い女の子が大好きな、健全な男子なのだ!

 ボルディンスの提案で、過去に一度、執事服を着たミューが俺の執務室に来たことがあった。
 いや、クソカッコイイと思った。
 しかし、これはギャップ萌えの話だ。
 戦うミューはどうせカッコイイ。ならば、衣装は可愛らしい方が絶対に良い! 絶対にだ。俺が生前、どれだけの異世界転生作品に関わって来たと思ってるんだ?
 
 正直に言おう。
 そりゃあ確かに、IPコンテンツ事業部に居た時は、こんなヒラヒラさせて戦場で剣を振り回すやつなんか居るか! と突っ込んでいた。認めよう。
 しかし、実際にそれを目の前にした俺から出てくる言葉はこれしか無かった。

 『だが、それがいい!』
 
 苦悩の末にそのことを伝えたら「一応、記憶に留めておきます」なんて言って、次の日から、しれっと元通りの衣装になってくれた。なんていうか、たまらんぜ。
 異世界に行って、可愛らしい格好をした女の子とイチャラブ生活している主人公どもを、鼻で笑っていた前世の俺だったけれど、その節は本当にすみませんでした。

 ……話を戻そう。

 そんな、ミューの衣装の話とは、比べ物にならない程重要な内容が、王宮から貰ったその資料には記されていた。

 魔王は、特定の領地にランダムで現れ、その一つの領地を丸ごと飲み込んだ結界を展開する。そして、魔王が完全復活した際に、その結界が解け、王国に侵攻を開始する、と言われている。これは、以前にも確認した通りだ。
 そして、その資料には、過去に魔王が現れた領地の一覧が書かれていた。

 王国歴669年、『ブレフィアク男爵領』にて、魔王復活。
 王国歴599年、『レノヴァント子爵領』にて、魔王復活。
 王国歴527年、『メノワ侯爵領』にて、魔王復活。
 王国歴451年、『エルトルード伯爵領』にて、魔王復活。
 王国歴377年、『ネーデ伯爵領』にて、魔王復活。
 王国歴302年、『ガーラリエド子爵領』にて、魔王復活……。

 それ以前は記録が残っていないそうだ。くそ、統計サンプルはひとつでも多いに越したことは無いのだが、致し方なし。
 よし、まず、初手の確認である。

「父上、これらの家の中で、知っている家、或いは生き残っている領地はございますか?」
「……いや、前回現れたという、ブレフィアク男爵家の名前くらいは聞いたことはあるが。今でも残っている家は……無いな」

 俺の確認に、父上はそう返した。予想はしていたが、マジか……。

「最悪だな……」
「あの、どういう事でしょう?」

 呟いた俺の言葉に、ミューが反応する。父上も、同様に俺の顔を伺っていた。

「父上、陛下から賜る『爵位』。それは、形式上はそれを授爵した一人に授けられますが、本質的にはその家、ひいてはその血筋に与えられるもの、という認識で間違っておりませんね?」
「ああ、その通りだ」
「つまり、貴族の爵位は、陛下に認められたその個人に与えられるものではない。さらに言えば、その『土地』を収めている家に付随して授けられるものでも無いという事ですね」

 俺の言葉に、全員が黙る。表情を見るに、まだ理解が追い付いていないようであった。

「例えば、父上と母上、そして僕が、不慮の事故で死んでしまった場合、カートライア辺境伯の爵位は、自動的にエフィリアのものとなります。
 更には、この土地が、何らかの影響で無くなってしまった場合。無くなるという想像が難しければ、人の住めない土地になってしまった場合、で構いませんが。その場合、カートライア家は、別の土地を収める権利を陛下から賜り、そこが辺境伯領となります。」

 さすがに、ここまで話してピンと来たのだろう。全員が息をのむのが分かった。我がカートライア家は、本当に頭のいい集団である。

「そう、ブレフィアク男爵家も、レノヴァント子爵家も、メノワ侯爵家も、エルトルード伯爵家も、その嫡子の一人でも生き残っていれば、爵位と領地の統治権は生きなのです。再建も再興も可能なはず。しかし……」
「現在、どの領地も残っていない。つまり……」

 誰もがその結論に辿り着いただろうが、口にすることをはばかられた。

「魔王が現れた土地の貴族は全員死亡している。そして……」

 臆すること無くそれを口にしたのはエフィリアだった。

「それが、魔王の作り出す結界によるものなのだとしたら、恐らく、その領地に住む領民も全員、死亡している、と考えられますね。運よく、その瞬間に領地を離れていた者を除いては」

 部屋を重苦しい沈黙が支配した。

 くそっ! これは俺のミスだ。
 時間は十分にあったのに、思い込みでその研究を怠った。俺を信じ、俺を選んでくれたベル様に合わせる顔が無い。

「そもそも、50年とは、『どれくらい50年』なのだろう?」

 こんな疑問、生前の俺だったら、いの一番に感じて、重箱の隅をつついていたに違いない。
 しかし、後悔していても仕方ない。今からでも、出来る限りの事をするしかない。

 情報を整理し、魔王の次回出現地区を特定する。
 そして、それを陛下に奏上し、その地区の領民を全員避難させる。
 そんなことが間に合うのだろうか。

 ……ん? いや、待てよ?

 俺はここで一つの可能性を思い描いた。

 先週、俺は父上とミューにこう言った。

『結界の中で、捕らえられた人間は、魔物の餌となるのではないでしょうか。十分な魔物が出来上がるまで、或いは魔王が十分に復活を遂げるまで。結界の中の人間を食らいつくして、準備が整うまでが、およそ一年』

 ……では、もしも、出現位置を特定し、全員を避難させて、そこに結界が出現したら?

 魔王の作った結界の中には、餌となる人間はいない。となると、魔王はどうなる?
 もしや、この行為が、「元凶を絶つ」という行為に当たるのだろうか?
 いや、しかし、避難させるのは誰でも可能だ。「俺が直接、元凶を絶つ」という形には当たらないだろう。
 でも仮にそうだとしても、それで、魔王は復活できるのだろうか? いや、俺の仮定が正しければ、仮に復活しても、弱体化しているに違いない。
 そう。例えば、聖女様がいなくても、俺一人でも、魔王を打ち取れるほどに。

 ベル様の意図していることが、
「聖女様ではなく、あなたが魔王を倒してください」
という事なのであれば、これは、非常に有用な仮定である。

(行ける!)

 顔を上げた俺と三人との目が合う。
 急に考え込んだ俺をみて、考えがまとまるのを待っていてくれたらしい。

「すべては仮定の話ですが……もしかしたら、魔王フェリエラを永遠に滅ぼせるかもしれません」
「なんだって!?」
「本当ですか!? 兄上様。」

 俺は、ベル様の話を除いて、今の仮定を三人に話した。もちろん、ベル様の話などは伏せたが。弱体化した魔王をどう倒せば「復活しないのか」は、さすがに言えなかったが、少なくとも、被害者の出ない「餌の無い復活」の有効性は高い共感を得ることが出来た。
 ならば、早速、過去の出現位置の正確な洗い出しである。

「では、父上、王宮にお願いした当時の地図の資料を!」
「う、うむ、それがな……」

 父上が何やら渋っている。
 え? 当時の地図も、しっかりお願いしたはずだけど?

「各地の資料館で調べられるだろうから、そこで調べて欲しい。王宮の資料を探して送るよりそちらの方が早い、との事だ」
「資料館ですか?」

 はて、そんなものあったっけ? 聞いたことないけど。
 でも、そう言われば、なんか記憶に引っかかるような気も……。

「あ! それって、聖女博物館の事ではないでしょうか!?」

 エフィリアが声を上げた。
 あ、それだ!

 あの時はそんなに興味無かったので見落としていた。しかし、あそこには確かに代々の聖女の行動履歴の記載や、地図を含めた当時の持ち物が資料として展示されていた。
 くそっ! 完全に記憶の外だった。俺がどれだけ聖女に興味がないかを再認識させられるぜ。すまない、まだ産まれてもいない聖女さん。

 えっと、この辺の地域で博物館があるのは、前に行ったパリアペート男爵領か。

「明後日、男爵領に向かいます。今から早馬で男爵に使いを」

 そういや、資料を取り出しての複製やメモには男爵家の許可がいるだろうから、ヒューリアに頼んで同行してもらうとしよう。
 俺はその旨もしたためて、すぐに使いの者を男爵邸に送った。まだ午前中である。今から早馬で送れば、明日には帰ってくるだろう。


 ……そして、無事、男爵許可もヒューリアの予定も問題なく抑えることが出来た。

(まだヒントに過ぎないが、これで魔王の出現パターンのヒントになれば……)

 そんな期待を旨に、俺はニ日後の朝、パリアペート男爵領に向かったのであった。



(第27話『赤い光』へつづく)
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