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第一章

冥王の裁き

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「簡単に死ぬでないわ、たわけ」
そんな声で、あーやっぱり、死んじゃいましたかと思った私である。

「仕方ないじゃないですか、大聖女と名高い人が魅了の悪魔とか、どんな悪夢ですか。誰一人悪意がない人間の街なんて、私じゃ気づきようがないですよ」
「殺気すらないからのう、負の感情がまったくないと気づきようがないと言うのは分からんではないがの? 油断しすぎじゃ」
ご指摘ごもっともです。
それはさておき、まさかこんなに早く、冥王への対価を払う時が来るとは思いませんでしたね。
「して、お主の体はまだ回収しておらんが、どうするかの」
「いるんでしょう?」
確か、肉体と魂を捧げると誓ったと記憶しておりますよ?
「確かに、お主の全ては我のものじゃがの? かと言って、肉体はここに保存できんじゃろ? つまり、所有はするが、外に置いておくわけじゃ。腐らせはせんが、そのままは勿体ないじゃろう」
なるほど、でしたら、新しいアンデッドにでもしたらいいと思いますよ。
「ふむ、では中身はお主にしようかの。我の代わりに、外を楽しむのじゃ。バトルメイジとしての力はそのままにしておくでな、安心するが良い」
そうして、私はまた、現世とやらに戻された。
と同時に、冥王の裁きが発動したらしく、リンカナーンが消えた。
やり過ぎだと思いますよ?

「さて、一応アンデッドなので、大聖女様が相手だと荷が重いのですが」
「我らがハデス様をよくも」
ただのリッチなんですけどね?
それに、本物のハデスあれなら、こんな簡単にやられませんよ。
「聖域にて、その穢れを払って差し上げましょう」
二度もそれに負けるわけには行きませんので、反撃ですよ。
それに、私のハデスを穢れと呼ぶとはいい度胸です。
覚悟しなさい。
「収束、オールアップ」
発動させるのは、ずっと使う機会のなかった、私の支援魔法。
全能力上昇。
上昇率は、かける人数によって減っていくものですが、今は私しかいませんからね。
栄光への道にいた時は、全員に満遍なく掛け、状況に応じて、それぞれに絞って上昇させる能力を変動させておりましたけれど、あまり役に立っていなかったんですよね。
しかし、1人に集中させれば、マシな結果にはなるものです。

「くっ、姑息なことをいたしますね。しかし、我らには通用しません」
流石に、対応が早いですね。
ですが、こちらも負けてられません。
「バトルメイジの戦い方を見せてあげますよ」
踏み込む時に、速度上昇、殴り付ける時に速度を元に戻し、威力を上昇。
触れるその瞬間に切り替えることで、十分な速度と過度な威力という奇跡を起こす。
「プロテクションごと吹き飛びなさい!」
私の手が嫌な音を立てましたが、プロテクションの防壁を破壊しながら殴れました。
いくら、悪意を感じないとは言え、あんなに遠慮なしに体を好き放題にされて、怒ってないわけじゃないんですよ?
窒息しようがお構い無しに、口に突っ込んできたのも忘れてませんからね。
その全てを指示してたのはあなたなんですから。
責任をもって、私に殴られなさい。
そ、れ、と!
「洗脳されていたとは言え、あなた達も許しませんよ!」
ヒールを自分にかけて、元通りになった手でまた殴ります。
聖域にいるんですからこの程度では、痛いだけでしょう。
冥王の裁きを聖域でやり過ごしたつもりなんでしょうけど、ハデスがそんな優しく終わらせるわけないでしょう。
あくまで、私に仕返しする時間をくれただけですからね。
リンカナーンにいた、全ての人間を冥界へと落としますよ。


「さて、大聖女様、リターンマッチと行きましょうか」
「……私は、どこで間違えてしまったのでしょう」
最初の大事な1歩を間違えたのですよ。
「魅了の悪魔。言葉としては知っておりました。悲しき者であると、そう思っておりました」
「ええ、誰にも教えてもらうことなく、気づいたら自分だけの楽園になってるんです。そして、こうやって、間違いを突きつけられる」
同情はしますよ?
ですが、だからと言って許しませんよ。
私、あなたの勝手な理屈で殺されて、死んじゃいましたし。
「……裁きを」
「……覚悟なさい!」

およそ、戦闘と呼ぶべきものではなかったと思います。
ひたすらに回復を繰り返し、聖魔術を連打する大聖女様と、それを全てくぐり抜け、殴り続ける私。
お互いに、ダメージらしいダメージはない。
腕が吹き飛んで行ったと思えば、すぐに再生し、体に風穴が空いたかと思えば、何事もなく元に戻る。
互いに、尽きない魔力と精神力でのぶっ通しのぶつけ合い。
決着は、唐突についた。

私の負けである。

「あグッ」
何か分からないまま、私の体を貫く白い華奢な腕を見て、唖然とする。
アンデッドの体である私に致命的なダメージなだけでなく、繋がっている先の冥王たるハデスにすら、致命傷を与える謎の存在。
幸いにしてハデスは、消滅しない存在のため、致命傷となる一撃を受けた場合は、それなりの時を費やす事になるが、いずれ復活する。
ただ、それは私との契約が外れたことを指す。
対価を払い終えていたとはいえ、繋がっていた確かな契約の糸が、切れた。
振り返ることすら許されず、私を地へと叩きつけた存在は、私を持ち上げ、紙を握り丸めるかのように、私の頭を握りつぶした。
仮にも冥王の力でアンデッドになっている私はそれでも、消滅することは無いが、再生するまもなく私は咀嚼された。
なんの抵抗も出来ぬまま、私は、ただゆっくりと食べ、られt───

───────────────────
突然現れたそれは、私の理解を超えていました。
ええ、人でないことだけは分かります。
ただ、なぜ彼女を標的にしたのかが分からないのです。
たまたま近かっただけと言われたら、そうなのかもしれません。
ですが、常に立ち位置が変わっていた私達を狙えるだけの力を持っているのに、狙い撃ちをしたのは、彼女を標的と見なした何かがあるということです。
どちらにせよ、私も命の危機なのでしょう。
死にたくはない、ですが、私と完全に互角の戦いをしていた彼女が、抵抗らしい抵抗もできぬまま、食べられたのです。
私も同じ末路を──
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