勇者置き去りの案内人

雪蟻

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第1章

いざ冒険者へ

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自在変化でありきたりな冒険者の姿に変わって冒険者ギルドにやってきた私である。
顔は鏡がなかったので、どの程度になったかは分からない。
多分可愛いはず。
そういう風にカスタマイズだけはしたのだ。
そうしてギルドに足を踏み込んだら、絡まれること絡まれること。
酒飲みすぎだよ、ありきたりな冒険者風の可愛い女の子になってた私が悪いのもあるけど!
「冒険者登録しに来たの! さっさと散る!」
「良いじゃねぇかそんなの後でよ」
ダメに決まってんでしょ。
「それより姉ちゃん酒だよ酒まだか?」
「店員じゃねぇよ、それと目の前にあんだろうが、それ飲め、そして潰れろ」
目の前にあったやつは間違いなく、ただの水である。
「おう、そうかありがとな」
味も分かんねぇのかよ。
飲みすぎだろ。
「おい姉ちゃん、肉が来ねぇんだが、まだなのか」
「知らねぇよ! 大人しくしとけ、黙ってたら来る」
多分な。
というか、さっさと冒険者の登録をさせろ。
「なぁ、姉ちゃん、俺の夜のバスターソードをあんたの鞘に収めちゃくれねぇかい」
「やかましい、バスターソードとか言ってレイピア出してくんだろ、そんなんじゃ細すぎて抜けちまうよ」
飲んだくれの下ネタなんぞ、テキトーに返しときゃ勝手に満足するんだ、無視無視。
「ぶほっ、姉ちゃん可愛い顔してとんでもねぇ返しすんじゃねぇよ」
「仕掛けてくる方が悪い」
ということで、どうにか受付にたどり着いたんだが、ものすごい目で見られた。
そんなに変だった?
「驚きました、あの人達を捌くなんて」
「そう? ただの酔っ払いでしょ? 殴られたりしたら勝てそうにないけど、そういう絡みじゃなかったし、大方、冒険者になるんならこんなのは可愛いもんだぞって教えてくれてただけでしょうに」
本気で絡んできてるなら、抑え込まれて終わりである。
まぁ、その時はこの場の誰より強いとか設定した姿になればいい。
その場合は目立ちすぎるので二度とその姿を使えなくなるが。
「そう言って貰えると助かります。冒険者としての登録でよろしかったでしょうか」
「お願いするわ、職業は支援術士にしてちょうだい」
支援術士とは、バフやデバフを中心に味方を助けるパーティにいてくれると嬉しいかなぐらいな脇役である。
いなくてもいいってとこがいいから、迷わず選んだよね。
「珍しいですね。花形のヒーラーやソーサラーでなくていいんですか?」
「ソロがいいのよ」
ヒーラーは攻撃役がいないとつらいし、ソーサラーは近づかれた際の攻撃手段が無さすぎる。
「かしこまりました。詳しい説明は必要ですか?」
「お願いできるかしら、可能なら初心者にありがちな失敗談なんてものも聞けたら嬉しいわね」
実はこれがかなり重要である。
どうしても駆け出しの頃とは危険を軽視してしまう。
そんな時、こちらから教えを乞わない限り、熟練者はそれもまた経験と放置するのだ。
それ故に、冒険者は簡単に死ぬ。
笑い話で済まない失敗になることも多いということである。
「でしたら、駆け出しの方にオススメしております講習を受けるといいでしょう。もうすぐ始まりますのでご案内しましょうか?」
「お願いするわ」

登録は名前ぐらいしか書くことがなくあっさり終わった。
偽名でいいそうなので、リリーシャとしておいた。

「ではこちらにお願いします」
案内されたのは、教室みたいな部屋だった。
なんかテンション上がる。
「それでは、ギルドマスターより、初めに気をつけるべき点や、役立つ技術などを教えてくださいますので、是非今後の参考にしてください」
私以外あんまり乗り気じゃないね。
まぁいい、私は必要としている。
「相変わらず少ねぇな。まぁいい、今から話すのは駆け出しがやりがちなミスについてだ」
内容としては3つだった。
まず、回復薬をケチる。
これは分かりやすい、金がないから買わずに済ませようとするわけだ。
その癖、ガッツリ探索しようとするから、小さなダメージが蓄積してさようならといったところ。
これは、金がないやつは遠出や討伐の依頼を受けるなという話である。

次に、侮る。
これは、ほぼほぼゴブリン相手にあっさり死ぬやつである。
追い払った経験がある、倒したことがあるとかで弱いと判断した駆け出しが、巣に挑んで死ぬというやつである。

最後に、調査軽視。
情報を収集する重要性を理解していないため、簡単に窮地に陥る。
そして死ぬ。

以上3つに気をつけていれば、あっさり死ぬことは少なくなる。
が、私以外は聞き流していた。
まぁ、痛い目を見れば学習するだろう。
駆け出しの冒険者は夢見がちなようだ。

「さて、以上を踏まえてお前らに問うぞ、ゴブリンの巣に挑む際、何に注意する」
問われた後から馬鹿らしいとみんな去っていった。
いやおい、大丈夫かこいつら、死ぬぞ。
仕方ない、私だけでも参加しよう。
「そうね、まずは明かりがないでしょうし、少ない視界での戦いに慣れておきたいわね」
「おっ、いいね参加してくれるやつがいたか、そうだな、では光源はどうする?」
松明が効果的か、いざと言う時武器にもなる。
「松明を選びたいわね。いざとなったらそのまま武器にできるし、ただ可能なら魔法で照らすわ。両手が空いてる方がよりいい」
「いい判断だ、だが洞窟内で魔法を使って照らすのは、ゴブリン共が集まってくるから非推奨だ」
うげ、洞窟みたいな狭いところで囲まれたら終わりだ。
とか思ってたら、ものっそい偉そうに口を挟んでくる奴がいた。
「へっ、好都合じゃねぇか、まとめて蹴散らして終わりだな。あんな子供程度の力しかねぇよな雑魚に恐れをなしてるような腰抜けがギルドマスターとは笑わせるぜ」
駆け出しが、仮にも冒険者を知り尽くしてるはずのギルドマスターを馬鹿にするのはどうかと思う。
「はいはい、私と違ってとても強いんですね、話の邪魔なんでとっとと依頼でも受けてきてください」
私はギルドマスターから色々聞きたいのだ、バカにしたいだけならとっとと消えて欲しい。
「そうだ、あんた俺と組まねぇか? 」
「却下、私はソロ志望なの」
無謀な突撃に付き合う気はない。
その後も何かうるさかったが無視した。
「なんで魔法だと分かるのに集まってくるのかしら? 消し飛ばされる危険ぐらい向こうも分かるでしょうに」
「後衛職だと分かるからだ、松明なら間違いなく剣士がいる。警戒するだろう。だが後衛職、ましてや洞窟を照らす魔法となればほぼ神官か特化したヒーラーぐらいだ、囲んでしまえば勝てる相手なんだよ、あいつらからすれば」
つまり、そのぐらいは学習している連中が巣を作り、待ち構えるわけだ。
そりゃ死ぬな。
「理解したわ。それじゃ、装備を整えるならどこがオススメとか教えてくれたりするのかしら?」
「当たり前だろ、上級の装備が欲しくなりゃ、お前さんが頭を下げに行かなきゃならんが、駆け出しの装備ぐらいなら増産品で充分だからな」
助かるな。
なんだ、割と至れり尽くせりで教えてくれるんじゃないか。
勿体ないな、こういう話を聞かずに突撃するとか。
「そこまで教えてくれるなら、暫くは街の何でも屋さんをして稼ぐとするわ。しっかりと準備を整えないとね」
「……あんた、見た目の割に下積み大事にするんだな」
見た目が既に冒険者みたいな感じになってるからな、そう思うのは仕方ない。
だが、中身は素人もいいとこだ。
しっかりと技術を磨いていかないと、スキルに溺れた雑魚の完成だからな。
せっかくなら長く楽しみたいものである。
「もし良かったら、討伐依頼に行く前に、うちの管轄で訓練所として戦い方を学べるようにしているとこがあるんだがどうする?」
「いいわね! 装備を整えられるだけお金が貯まったらお願いするわ」
まじか、最高の環境じゃねぇか。
なんで、ここまで整ってて駆け出しが死んでいくんだよ。
って行かねぇからか。
バカしかいないのか冒険者は……
「大体予想が着くが、なんでここまでして駆け出しが死んでいくかってとこだろ?」
「そうね、いくらなんでもどれひとつ手をつけずに討伐依頼を受けるバカはいないでしょ」
と思ってました。
はい。
どうやら、ここは王都と呼ばれる場所のため、近くに強力な魔物などおらず、危険と言えば盗賊程度。
それらだってすぐに騎士が飛んでくるような場所で活動を続けるはずもなく、命のやり取りをするようなことが少ない。
故に、地方から冒険者に憧れて、村に来たゴブリンを倒したことがあるとか俺には才能がうんぬん、チヤホヤされた子供たちが沢山訪れて、冒険者になるそうだ。
幸い、ここは自ら危険に出向かない限り問題はないため、駆け出しが活動するには最適な場所なのだ。
そして、この場所で1番稼げる依頼は何かと言うと、少し外れた街道沿いに点在する小さな村を襲うゴブリン達の巣の撃滅である。
素は自然にできた洞窟をやつらが開拓して出来上がっていることが多いそうだ。
そう、つまりここではゴブリンを倒せばなかなかの稼ぎになる。
村にやってきた時のゴブリンしか知らない愚か者達が罠を張り、待ち伏せているとも知らずに巣へとなんの準備もせず入り、全滅していく。
何度注意しようと、1度こびりついた固定観念は変えられない。
俺たちはあんな奴らと違う。
そんな悪循環。
1部の生き残った連中も心を折られ村へと帰っていく。
何ともまぁな状況である。
「理解したわ。当面はしっかりと下積みとやらをさせてもらうわ」
「じゃあ最後に伝えとくが、飲んだくれてる奴らはみんなCランク以上の優秀な冒険者だ。万が一上位種のような手がつけられん魔物を見つけた時は速やかに知らせてくれ、派遣する」
飲んだくれ組は後輩育成の為にここを拠点として活動してくれているらしい。
ある程度戦えるようになったら色々聞いてみよう。
かくして、私の冒険者としての1歩はこうして踏み出されたのだった。
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