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【初級者 編】
空音の森 裏
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「こ、ここは?」
子供たちの手引きにより眼前に広がったのは、のどかな風景。
その三歩後方には、縦で割ったように空音の森が見える。
見えない塀を境に、内と外に分けられた土地は森ではなく村そのものであった。
米子の現在地から目視で民家を確認することは出来ない。しかし、人の手で整地されたと分かる土地が広がっているのだ。
ここが森の中とは思えないほどに陽の光はさし、吹き抜ける風は暖かく、居住地を思わせる人の気配を感じる。
米子は驚きと感動に包まれてしまい思わず声を洩らす。
「す、凄――」
米子が声を上げようとした刹那――――
”――シーッ! お姉ちゃん声出しちゃダメ!”
メメルは人差し指を口元へ当て、擦れるような小声で沈黙を促してきた。
メメルがこう言ったのも、森でプレイヤーらしき者たちの声や足音が聞こえたからである。子供たちは口を閉ざし、身体の動きを止めたまま森の様子を伺う。
米子から見える子供たちの様子は小刻みに震え、怯えているようにも。
暫くするとプレイヤーと思える声は、だんだんと遠ざかり――やがて森の奥地へと消えていった。
「森の奥へ行ったみたい。もう大丈夫……だよね?」
「ボ、ボク怖くて仕方がなかったよ。ここだと危ないから早く民家のほうへ行こう?」
「そうだな。今の奴ら住人も一人混ざっていたようだけど、プレイヤーだった。また現れる前に、ここから離れたほうがいいと思う」
子供たちは森の方角を真剣に見つめ、プレイヤーを警戒している。
プレイヤーだった米子にとって、子供たちの警戒する意図が分からなかった。
何故ここまでプレイヤーを恐れているのか……疑問は残る。
「お姉ちゃん、こっちだよっ! 急いで!」
こう言って米子を誘導し、元気良く走り出すメメル。すかさず、そのメメルの背中を追う他のふたり。
「……あ、うん」
米子の返事は判然とせず、小さい。
疑問を残したまま、米子もメメルの後を追うように歩き始めた。
◇
そして――――
刻は数分ほど遡り、バリュートを護衛する一行は空音の森を奥へ奥へと向かっていた。
思いのほか早く森へたどり着き、既に森の中心部まで歩みを進めている。パーティーが強いこともあるが、モンスターと出くわすことが少なかった為、予定より一時間ほど早く中心部まで来れた。
前衛はチキン、後衛はベニネコとレイカ。
バリュートは、その三人へ囲まれるように護衛されながら進む。
護衛とはいえ、この森に生息するモンスターが弱いこともあり、このパーティーが緊張感を漂わせるはずもなく、まったりとした感じだ。
「けっこうイイ感じだよねー。このまま行けば余裕で間に合うかなー?」
「……です」コクリ
予定より、事が上手く進むとは気分の良いものであり、会話も弾む。
それは、ご機嫌よくニコニコと口を洩らしたベニネコと、続いて頷いたレイカに限ったことでは無く、他のふたりも満更ではない様子。
「うん。きっと君たちが強者だから、モンスターも恐れて近付いてこないんだよ。助かるなー 本当」
「フッフッフッ……やはりモンスターどもは、俺様に恐れをなしたようだな」
モンスターがチキンを恐れているのかは別として、圧倒的にプレイヤー側が強者である場合、モンスターは逃げるように立ち去る習性を持っている。
これは、モンスターが危険察知に敏感だからと言えよう。
ここ空音の森は初心者が主に集う狩場。
だからこそ、力量の違いを感覚的に察することのできるモンスターは、身の危険を感じて近寄ることは少ない。
「でも、そろそろマイコちゃんを見かけても良さそうなんだけどー? もしかして、この森じゃないのかな?」
安全性が高いことからモンスターに気を払う必要はなく、現時点で皆が気になっているのは米子の居場所なのだろう。
「ん? いや、他はないだろ? 俺様の頭脳を持ってしても信じ難い話だが……本当にマイコが初期化されたなら、この森以外に行ける森はないからな」
「……真実。だから……です」
「だろうね。そのマイコちゃんってコの強さは分からないけど、いつも夕方には始まりの街へ帰るんだよね? それなら始まりの街から日帰りできる森なんて、ここだけだと思うなー。僕は」
チキンも米子の状況はベニネコから聞いており、だいたいは把握している。しかし苟且の塔以降、米子とは会っておらず信じ切ってはいないようだ。
「ま、そういうことだな。兄貴の言う通りだぜ」
そしてバリュートの話も間違ってはいない。
始まりの街から日帰りで赴けるフィールドには限りがあり、行き先が森となれば、誰もが”空音の森しかない”との考えに至る。
「そうだよねー。危険な森じゃないから大丈夫だとは思うけど、NPCキラーのこともあるし……やっぱ心配だなぁ」
「ベニネコの気持ちは分かっぞ。だが、さすがの俺様でも同行してない奴は護れん。無論、心配では――、ん?」
チキンが会話を途中で止めると、遠くを見つめ何かを指差す。
「あそこに誰かいねえ……か? あれってマイコじゃねえの?」
その指差す方向に皆は注目すると。
確かに女性の姿がみえる。
チキンはNPCとなった米子の素顔を知らない。
しかし、遠目からではあるがNPCの少ないこの森で、見た目からヒューマン型のNPCだということもあり、米子だと思った。
「んー。背中しか見えないし、顔は確認できないけどー。可能性は高いよねー」
「この森をわざわざ通る住人も少ないだろうからね。そういえば、ここら辺は森の中心部だったかい? なるほど、もしかしたらマイコちゃんってコでは無いかもしれないな」
レイカは、バリュートの言葉に少し疑問を抱いたような素振りを見せながら言う。
「――?? ……もっと近く……です」
バリュートが思わせぶりな言い回しをするのも、タッタ村のことを知っているからだ。村の存在を知ってはいても、プレイヤーから身を隠して暮らす村の話を、口に出すことはない。それは知られてはならないからであり、一人で納得するしかなかった。
一行は少し歩みを早め、更に近づいてゆく。
背中を向けているため女性の素顔は確認できないが、近づいてみると誰かと会話しているようにも。
「ありゃりゃ? ひとりじゃないのかな?」
やはり複数人いるようだ。
女性がひとり、子供が三人……と、いうことまでは分かった。
「ん? 一緒にいるのは子供か? なんでこんなところに子供がいるんだ?」
チキンがこう言うと、バリュートは確信したかの表情を浮かべる。他のメンバーは、女性と子供たちへ注目しているため、彼の表情には気付いていないようだ。
バリュートはその後、目的の方角とは逆方向へ視線を背け。
まるで、何かに怯えるような口調で叫んだ。
「みんなっ! あそこに見えるプレイヤーは噂のキラーじゃないのかいっ!?」
「「「――!?」」」
バリュートの言葉に反応し、他の三名も一斉に後方へ振り向く。
しかし――……
「ありゃりゃ? 誰もいないよ?」
その先にはプレイヤーどころか野生動物の姿さえもない。
「あれ? 僕の勘違いだったのかな? いやあ……はははっ。なんか人影のようなものが見えたような気がしたんだよ。こりゃ失敬っ!」
「まったく、急になんだよ。兄貴ビビリすぎなんじゃねーの?」
「……です」
バリュート後頭部を手で摩りながら、先ほど見えたNPCの方角を”ちらり”と見ると、安心したような表情を見せた。
「以後、気をつけるよ……そう言えば、さっきの女性と子供たちなんだけど、何処かへ行ってしまったようだね。僕が大声を出したせいで驚かせてしまったかな?」
「あっ! ほんとだー! 超いないじゃん。もー お兄さんの声、大きすぎだよー」
いつの間にか、先ほど見えていたNPCの姿が消えている。
この周辺にはメンバー以外、人の気配は全く感じさせない。
「ははは……逃げてしまったか。でも、目的のマイコちゃんは狩にきたんだよね? それなら子供と一緒にいるわけがないんじゃないかな? たぶん人違いだったんだよ」
「……かもしれねえな。誰かは分からなかったが、とりあえずマイコを探しながらサーパスを目指そうぜ」
「そうだよねー。それしかないか」
「……です」
バリュートは、わざと大声を上げ村への避難を間接的に促したのである。その避難を確認し、勘違いした素振りを見せ誤魔化したのだ。
その避難したNPCたちとは、”米子とタッタ村の子供たち”であった。
バリュートの声に気付き幻惑に包まれた村へ移動したことにより、突然姿を消したような錯覚に陥ったのである。
結局『諦めるしかない』と思う三人は、一路サーパスを目指すことにした。
子供たちの手引きにより眼前に広がったのは、のどかな風景。
その三歩後方には、縦で割ったように空音の森が見える。
見えない塀を境に、内と外に分けられた土地は森ではなく村そのものであった。
米子の現在地から目視で民家を確認することは出来ない。しかし、人の手で整地されたと分かる土地が広がっているのだ。
ここが森の中とは思えないほどに陽の光はさし、吹き抜ける風は暖かく、居住地を思わせる人の気配を感じる。
米子は驚きと感動に包まれてしまい思わず声を洩らす。
「す、凄――」
米子が声を上げようとした刹那――――
”――シーッ! お姉ちゃん声出しちゃダメ!”
メメルは人差し指を口元へ当て、擦れるような小声で沈黙を促してきた。
メメルがこう言ったのも、森でプレイヤーらしき者たちの声や足音が聞こえたからである。子供たちは口を閉ざし、身体の動きを止めたまま森の様子を伺う。
米子から見える子供たちの様子は小刻みに震え、怯えているようにも。
暫くするとプレイヤーと思える声は、だんだんと遠ざかり――やがて森の奥地へと消えていった。
「森の奥へ行ったみたい。もう大丈夫……だよね?」
「ボ、ボク怖くて仕方がなかったよ。ここだと危ないから早く民家のほうへ行こう?」
「そうだな。今の奴ら住人も一人混ざっていたようだけど、プレイヤーだった。また現れる前に、ここから離れたほうがいいと思う」
子供たちは森の方角を真剣に見つめ、プレイヤーを警戒している。
プレイヤーだった米子にとって、子供たちの警戒する意図が分からなかった。
何故ここまでプレイヤーを恐れているのか……疑問は残る。
「お姉ちゃん、こっちだよっ! 急いで!」
こう言って米子を誘導し、元気良く走り出すメメル。すかさず、そのメメルの背中を追う他のふたり。
「……あ、うん」
米子の返事は判然とせず、小さい。
疑問を残したまま、米子もメメルの後を追うように歩き始めた。
◇
そして――――
刻は数分ほど遡り、バリュートを護衛する一行は空音の森を奥へ奥へと向かっていた。
思いのほか早く森へたどり着き、既に森の中心部まで歩みを進めている。パーティーが強いこともあるが、モンスターと出くわすことが少なかった為、予定より一時間ほど早く中心部まで来れた。
前衛はチキン、後衛はベニネコとレイカ。
バリュートは、その三人へ囲まれるように護衛されながら進む。
護衛とはいえ、この森に生息するモンスターが弱いこともあり、このパーティーが緊張感を漂わせるはずもなく、まったりとした感じだ。
「けっこうイイ感じだよねー。このまま行けば余裕で間に合うかなー?」
「……です」コクリ
予定より、事が上手く進むとは気分の良いものであり、会話も弾む。
それは、ご機嫌よくニコニコと口を洩らしたベニネコと、続いて頷いたレイカに限ったことでは無く、他のふたりも満更ではない様子。
「うん。きっと君たちが強者だから、モンスターも恐れて近付いてこないんだよ。助かるなー 本当」
「フッフッフッ……やはりモンスターどもは、俺様に恐れをなしたようだな」
モンスターがチキンを恐れているのかは別として、圧倒的にプレイヤー側が強者である場合、モンスターは逃げるように立ち去る習性を持っている。
これは、モンスターが危険察知に敏感だからと言えよう。
ここ空音の森は初心者が主に集う狩場。
だからこそ、力量の違いを感覚的に察することのできるモンスターは、身の危険を感じて近寄ることは少ない。
「でも、そろそろマイコちゃんを見かけても良さそうなんだけどー? もしかして、この森じゃないのかな?」
安全性が高いことからモンスターに気を払う必要はなく、現時点で皆が気になっているのは米子の居場所なのだろう。
「ん? いや、他はないだろ? 俺様の頭脳を持ってしても信じ難い話だが……本当にマイコが初期化されたなら、この森以外に行ける森はないからな」
「……真実。だから……です」
「だろうね。そのマイコちゃんってコの強さは分からないけど、いつも夕方には始まりの街へ帰るんだよね? それなら始まりの街から日帰りできる森なんて、ここだけだと思うなー。僕は」
チキンも米子の状況はベニネコから聞いており、だいたいは把握している。しかし苟且の塔以降、米子とは会っておらず信じ切ってはいないようだ。
「ま、そういうことだな。兄貴の言う通りだぜ」
そしてバリュートの話も間違ってはいない。
始まりの街から日帰りで赴けるフィールドには限りがあり、行き先が森となれば、誰もが”空音の森しかない”との考えに至る。
「そうだよねー。危険な森じゃないから大丈夫だとは思うけど、NPCキラーのこともあるし……やっぱ心配だなぁ」
「ベニネコの気持ちは分かっぞ。だが、さすがの俺様でも同行してない奴は護れん。無論、心配では――、ん?」
チキンが会話を途中で止めると、遠くを見つめ何かを指差す。
「あそこに誰かいねえ……か? あれってマイコじゃねえの?」
その指差す方向に皆は注目すると。
確かに女性の姿がみえる。
チキンはNPCとなった米子の素顔を知らない。
しかし、遠目からではあるがNPCの少ないこの森で、見た目からヒューマン型のNPCだということもあり、米子だと思った。
「んー。背中しか見えないし、顔は確認できないけどー。可能性は高いよねー」
「この森をわざわざ通る住人も少ないだろうからね。そういえば、ここら辺は森の中心部だったかい? なるほど、もしかしたらマイコちゃんってコでは無いかもしれないな」
レイカは、バリュートの言葉に少し疑問を抱いたような素振りを見せながら言う。
「――?? ……もっと近く……です」
バリュートが思わせぶりな言い回しをするのも、タッタ村のことを知っているからだ。村の存在を知ってはいても、プレイヤーから身を隠して暮らす村の話を、口に出すことはない。それは知られてはならないからであり、一人で納得するしかなかった。
一行は少し歩みを早め、更に近づいてゆく。
背中を向けているため女性の素顔は確認できないが、近づいてみると誰かと会話しているようにも。
「ありゃりゃ? ひとりじゃないのかな?」
やはり複数人いるようだ。
女性がひとり、子供が三人……と、いうことまでは分かった。
「ん? 一緒にいるのは子供か? なんでこんなところに子供がいるんだ?」
チキンがこう言うと、バリュートは確信したかの表情を浮かべる。他のメンバーは、女性と子供たちへ注目しているため、彼の表情には気付いていないようだ。
バリュートはその後、目的の方角とは逆方向へ視線を背け。
まるで、何かに怯えるような口調で叫んだ。
「みんなっ! あそこに見えるプレイヤーは噂のキラーじゃないのかいっ!?」
「「「――!?」」」
バリュートの言葉に反応し、他の三名も一斉に後方へ振り向く。
しかし――……
「ありゃりゃ? 誰もいないよ?」
その先にはプレイヤーどころか野生動物の姿さえもない。
「あれ? 僕の勘違いだったのかな? いやあ……はははっ。なんか人影のようなものが見えたような気がしたんだよ。こりゃ失敬っ!」
「まったく、急になんだよ。兄貴ビビリすぎなんじゃねーの?」
「……です」
バリュート後頭部を手で摩りながら、先ほど見えたNPCの方角を”ちらり”と見ると、安心したような表情を見せた。
「以後、気をつけるよ……そう言えば、さっきの女性と子供たちなんだけど、何処かへ行ってしまったようだね。僕が大声を出したせいで驚かせてしまったかな?」
「あっ! ほんとだー! 超いないじゃん。もー お兄さんの声、大きすぎだよー」
いつの間にか、先ほど見えていたNPCの姿が消えている。
この周辺にはメンバー以外、人の気配は全く感じさせない。
「ははは……逃げてしまったか。でも、目的のマイコちゃんは狩にきたんだよね? それなら子供と一緒にいるわけがないんじゃないかな? たぶん人違いだったんだよ」
「……かもしれねえな。誰かは分からなかったが、とりあえずマイコを探しながらサーパスを目指そうぜ」
「そうだよねー。それしかないか」
「……です」
バリュートは、わざと大声を上げ村への避難を間接的に促したのである。その避難を確認し、勘違いした素振りを見せ誤魔化したのだ。
その避難したNPCたちとは、”米子とタッタ村の子供たち”であった。
バリュートの声に気付き幻惑に包まれた村へ移動したことにより、突然姿を消したような錯覚に陥ったのである。
結局『諦めるしかない』と思う三人は、一路サーパスを目指すことにした。
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