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第二部
第六章 アルバート(inモブ女)、初めての大冒険!!!⑭『剣鬼ゲオルグ』
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十四
「どうされました?アルバート様。」
急にびくっと反応した主人の様子に、従者のヴィルが心配して尋ねてくる。
沢崎直は周囲に聞こえないくらいの小声で、先程小耳に挟んだ聞き覚えのある気がする響きの名前についてヴィルに質問した。
「あ、あのー、ヴィル。その、『剣鬼ゲオルグ』って何ですか?」
「ああ、冒険者としての師匠の通り名だったと思いますよ。」
とんでもない事実をあっさりとヴィルは答えてくれた。
沢崎直は師匠の通り名のおっかない響きに何とも言えない気持ちになった。
(……鬼って、師匠。剣の鬼なの?)
「酒代と腕試し目当てで一時期、モンスターを狩り続けていたせいでついたのでしょう。まあ、一時は騎士団長として勇名も馳せた方ですし、性格は難がありますが、実力だけは間違いないので、本人がどうであれ、強者を讃えるという意味では通り名がつくのは不思議ではありません。」
色々と言いたいことを婉曲に含みながら、ヴィルが補足説明をしてくれる。
沢崎直は、その説明を聴きながら、ちょっとだけ空しさと情けなさを感じていた。そんなとんでもない通り名の師匠を持ちながら、弟子の自分は掲示板の中のFランクの依頼を漁っているのだ。もちろん、だからといって無理をして師匠の真似をしようなどとは死んでも思わないのだが……。
(……コンスタントで勤勉じゃなくても、噂になってんじゃん、師匠。)
後ろのつわもの二人の会話はまだ続いている。
「剣鬼ゲオルグか……。一度、見てみたいな。どれほど強いんだ?」
「案外、噂に尾ひれがついてる可能性もあるぞ?実際見たら、大したことないかもな。はははは。」
(……いや、とんでもなくお強い方ですよ、師匠は。)
心の中で二人組の会話に反論しておく。わざわざ見知らぬつわもの二人の間に入ってまで師匠の強さを喧伝する必要はない。そんなことしなくても、師匠はものすごく強いし、それ以上にそんなことどうでもいいと思っているに違いないからだ。きっと、今頃はまた酒を浴びるように飲み、飲んだくれているだろう。
(今日のお土産の発泡酒は気に入ってくれたかな?イカ焼きも食べてくれたかな?)
師匠を慕う弟子の沢崎直は、さっきまで稽古をつけてくれた優しい師匠を思った。
そして、気持ちを切り替えると、今度こそ初めての依頼を選ぶために掲示板に向き合うことにする。
師匠は本当に凄い方だが、沢崎直は違う。
師匠が酒代と腕試しのためにモンスターを狩り尽くしたとて、弟子の沢崎直は自分の身の丈に合ったことをすればいいのだ。
(……だって、中身はモブ女なんだから。)
どんなにしょぼく見える依頼でも、依頼は依頼である。師匠と比べること自体が大間違いなのだ。何故なら沢崎直は弟子ではあるものの、師匠の足元にも及ばないなどと言うこともおこがましいほどなのだ。
何度も吟味した後、沢崎直は一つの依頼に狙いを定める。
そこに書かれていたのは沢崎直も地名を知っているほど近くの場所での依頼で、内容も危なくもなく平和的で、初心者で臆病者の沢崎直にも出来そうな気がするくらいには簡単そうだ。そのくらいの難易度が、モブ女の初めての依頼にはちょうどいい気がした。
一応、背後のヴィルにも確認する。
「ヴィル。あの依頼は私にもできますか?」
紙を剥がして受付に提出して初めて依頼を受理したことになるので、掲示板に張られた状態の紙を指さして沢崎直はヴィルに小声で尋ねる。
ヴィルは沢崎直が指し示した紙の依頼内容を読み込んだ後、笑顔で頷いてくれた。
「アルバート様ならもっと難しい依頼でも、たちどころにこなしてしまわれると思いますから、大丈夫ですよ。」
「そ、そんなことないです。」
ヴィルが主人を元気づけようとして言ってくれているのは分かっているので、その気持ちだけ有り難く受け取って、沢崎直は首を振った。
だが、その主人を思ってくれる従者の気持ちは沢崎直の勇気になる。
「……では、」
その勇気と決意を胸に、沢崎直は掲示板へと一歩踏み出す。
それが、沢崎直が冒険者として踏み出す第一歩であった。
「どうされました?アルバート様。」
急にびくっと反応した主人の様子に、従者のヴィルが心配して尋ねてくる。
沢崎直は周囲に聞こえないくらいの小声で、先程小耳に挟んだ聞き覚えのある気がする響きの名前についてヴィルに質問した。
「あ、あのー、ヴィル。その、『剣鬼ゲオルグ』って何ですか?」
「ああ、冒険者としての師匠の通り名だったと思いますよ。」
とんでもない事実をあっさりとヴィルは答えてくれた。
沢崎直は師匠の通り名のおっかない響きに何とも言えない気持ちになった。
(……鬼って、師匠。剣の鬼なの?)
「酒代と腕試し目当てで一時期、モンスターを狩り続けていたせいでついたのでしょう。まあ、一時は騎士団長として勇名も馳せた方ですし、性格は難がありますが、実力だけは間違いないので、本人がどうであれ、強者を讃えるという意味では通り名がつくのは不思議ではありません。」
色々と言いたいことを婉曲に含みながら、ヴィルが補足説明をしてくれる。
沢崎直は、その説明を聴きながら、ちょっとだけ空しさと情けなさを感じていた。そんなとんでもない通り名の師匠を持ちながら、弟子の自分は掲示板の中のFランクの依頼を漁っているのだ。もちろん、だからといって無理をして師匠の真似をしようなどとは死んでも思わないのだが……。
(……コンスタントで勤勉じゃなくても、噂になってんじゃん、師匠。)
後ろのつわもの二人の会話はまだ続いている。
「剣鬼ゲオルグか……。一度、見てみたいな。どれほど強いんだ?」
「案外、噂に尾ひれがついてる可能性もあるぞ?実際見たら、大したことないかもな。はははは。」
(……いや、とんでもなくお強い方ですよ、師匠は。)
心の中で二人組の会話に反論しておく。わざわざ見知らぬつわもの二人の間に入ってまで師匠の強さを喧伝する必要はない。そんなことしなくても、師匠はものすごく強いし、それ以上にそんなことどうでもいいと思っているに違いないからだ。きっと、今頃はまた酒を浴びるように飲み、飲んだくれているだろう。
(今日のお土産の発泡酒は気に入ってくれたかな?イカ焼きも食べてくれたかな?)
師匠を慕う弟子の沢崎直は、さっきまで稽古をつけてくれた優しい師匠を思った。
そして、気持ちを切り替えると、今度こそ初めての依頼を選ぶために掲示板に向き合うことにする。
師匠は本当に凄い方だが、沢崎直は違う。
師匠が酒代と腕試しのためにモンスターを狩り尽くしたとて、弟子の沢崎直は自分の身の丈に合ったことをすればいいのだ。
(……だって、中身はモブ女なんだから。)
どんなにしょぼく見える依頼でも、依頼は依頼である。師匠と比べること自体が大間違いなのだ。何故なら沢崎直は弟子ではあるものの、師匠の足元にも及ばないなどと言うこともおこがましいほどなのだ。
何度も吟味した後、沢崎直は一つの依頼に狙いを定める。
そこに書かれていたのは沢崎直も地名を知っているほど近くの場所での依頼で、内容も危なくもなく平和的で、初心者で臆病者の沢崎直にも出来そうな気がするくらいには簡単そうだ。そのくらいの難易度が、モブ女の初めての依頼にはちょうどいい気がした。
一応、背後のヴィルにも確認する。
「ヴィル。あの依頼は私にもできますか?」
紙を剥がして受付に提出して初めて依頼を受理したことになるので、掲示板に張られた状態の紙を指さして沢崎直はヴィルに小声で尋ねる。
ヴィルは沢崎直が指し示した紙の依頼内容を読み込んだ後、笑顔で頷いてくれた。
「アルバート様ならもっと難しい依頼でも、たちどころにこなしてしまわれると思いますから、大丈夫ですよ。」
「そ、そんなことないです。」
ヴィルが主人を元気づけようとして言ってくれているのは分かっているので、その気持ちだけ有り難く受け取って、沢崎直は首を振った。
だが、その主人を思ってくれる従者の気持ちは沢崎直の勇気になる。
「……では、」
その勇気と決意を胸に、沢崎直は掲示板へと一歩踏み出す。
それが、沢崎直が冒険者として踏み出す第一歩であった。
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