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第二部

第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!59『ヴィルと帰宅』

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      五十九

 それから………。

 沢崎直とヴィルは、その日はそのまま師匠の家を後にして帰った。
 帰りの道は手土産を下ろした馬車は広く、師匠という理解者を得て気持ちが少し軽くなったこともあり、沢崎直にとっては快適な道のりだった。
 家に着く頃には、ついうとうととしてしまい、ヴィルに揺り起こされる。
「アルバート様。着きましたよ。」
「………はい!」
 眼前に迫る推しの美しい顔に驚いて、まだ夢の中かと疑った沢崎直だったが、こちらを見つめるその紫の瞳は本物であった。
 慌てて馬車の中で立ち上がろうとしてよろけると、当然のようにヴィルは手を貸してくれた。
「大丈夫ですか?お加減でも?」
「い、いえ、大丈夫です。寝惚けただけです。」
 更に慌てて、ヴィルの言葉に首を振る。これ以上心配をかけるわけにはいかない。
 馬車を下り、従者の手を離し、元気であることをアピールする。
 許されるならば、ずっと推しの尊い手を離したくはないのだが、そんなことはモブ女に許されることではないことは重々承知している。だから、そっと手を借りただけですよというくらいの間だけ、不自然にならぬように触れていた。
 馬車から降りて邸内に戻る道すがら、ヴィルは躊躇いがちに口を開いた。
「アルバート様。」
「どうしました?ヴィル。」
「記憶のこと……、俺が気付くことが出来ず、申し訳ありませんでした。」
 ヴィルが思いつめたような顔で頭を下げる。
 沢崎直はヴィルが謝罪した理由が分からず、ただ突然の事態に驚いていた。
「えっ?あの?」
(ど、ど、ど、ど、どうして?ヴィ、ヴィルさんが謝らなきゃならない要素ってあった?)
 ヴィルは頭を下げたまま、痛恨の極みといった様子で続ける。
「ご帰還されてから、一番傍にいたのは俺だというのに……。……まさか、『天啓』などと、師匠に指摘されるまで全く思い至ることも出来ませんでした……。」
 ヴィルは責任を痛感しているようで、少し声が震えている。
 沢崎直は責任感が強すぎる従者に、もう何を言ったらいいか分からなかった。
(えっ?そんな……。『天啓』って、そんなにないもんなんでしょ?……だから、気づかなくて当然だし……。えっ?それとも、天啓って、結構な頻度であるモノなの?この世界って、やっぱり分からん……。)
 心に新たな疑問が湧きあがるが、これは今度師匠に聞くまで取っておかなくてはならない。
 とりあえず、このどこまでも生真面目な従者の頭を上げさせなくてはならない。そもそも天啓だって、師匠の用意した与太話なのだ。まあ、だからといって沢崎直に真実を話す選択肢はないのだが……。
「大丈夫です、ヴィル。私にだって分からなかったです。師匠は諸国を修行しておられるので、そういう可能性に気付かれただけで……。」
 沢崎直が師匠の名を出した時、ヴィルが少しだけぴくっと反応を見せた。
 頭を下げながら握りしめている拳に力が入っている。
(あっ、もしかして……。)
 沢崎直は、そこでようやく気付いた。
(師匠に負けて、悔しかったんだね、ヴィルさんは。剣のことも、アルバート氏のことも……。)
 思いがけず垣間見た推しの人間的で年相応とも思える反応に、沢崎直は心がじんわり温かくなったのと同時にほっとしていた。この世界で出会ってから、この優秀な従者は極力完璧であろうとして、隙のないところばかり見てきた。もちろん、この従者は常にそうあろうと努力してきたし、そうあらねばならぬと心掛けてきたのだろう。
 しかし、従者といえど人間だ。その上、ヴィルは前の世界の沢崎直よりも年下なのだ。
 残念イケメン驀進中のアルバート(in沢崎直)と比べては失礼にあたるが、それでも完璧な人間などいないのだ。完璧であろうとしているだけで、皆多かれ少なかれ七転八倒して生きているのだ。
 ヴィルはそんな当たり前なことを沢崎直に気付かせてくれた。
「ふふふ。」
 思わず沢崎直が笑ってしまう。
 ヴィルは主人の反応が理解できず、思わず下げていた頭を上げて主人の顔を窺った。
「アルバート様。」
「大丈夫ですよ、ヴィル。一緒に精進、頑張りましょう。ね?」
 自分よりも何十歩も先を歩いているヴィル相手に少しおこがましい発言ではあったが、その日の沢崎直は大胆にもそんなことを口に出していた。
 ヴィルは少し眩しそうに主人の笑顔を見つめると、真っ直ぐに立ち、しっかりと頷いた。
「はい。」

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