133 / 187
第二部
第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!㊽『堅いのを殴る』
しおりを挟む
四十八
「ほら、どうした?」
師匠がわくわくした顔でこちらを見て急かしてくるので、弟子である沢崎直にそこで止めるという選択肢は残されていなかった。
しょうがないので、痛みを覚悟して的に向き直る。
武術好きの師匠にとっては痛みなど、技術の前では大したことがないのかもしれないが、あいにくモブ女である沢崎直にとっては違った。
(堅いのを殴ったら、絶対痛いんだから……。)
止めるとは言い出せない状況に辟易しながら、心の中では文句たらたらである。
それでも逃げることは出来ず、息を吐き出して精神を統一する。
(……一回だけだから、我慢。)
覚悟を決めて諦めると、目を閉じて意識を研ぎ澄ませる。
集中力が頂点に達したところで、目を見開くと、沢崎直は掛け声を上げた。
「押忍!」
掛け声とともに突き出される拳。
拳は炎を纏い、的へと衝突した。
次の瞬間。
ボキッ
その場に大きな音が響いた。
そして、的は炎を上げながら砕けた。
(……痛く……ない?)
的が壊れたおかげで、ぶつかっても拳が痛くなかったことの方に沢崎直は驚いていた。
「っ!!」
的が壊れたことの方に、師匠は驚いていた。
拳を開いたり閉じたりしながら拳の無事を確認する沢崎直。
沢崎直の顔には安堵が広がった。
「師匠。やっぱり壊れちゃうじゃないですか。だって、木ですよ?空手の達人は、拳や蹴りで板とか普通に割りますよ?」
他にも瓦割りやバット折りなどのスゴ技披露があるが、あれらは割れなかった時の痛みが大きい。その代償が怖かった沢崎直は、進んで挑戦したことはなかった。
朗らかでのほほんと話しかける沢崎直とは反対に、師匠は驚いた様子のまま砕けた板の方をじっくりと観察し続ける。
しばらく破片を持ち上げたりして師匠が無言で観察しているので、沢崎直にも何かがおかしいのかもという空気は読めた。的を壊してしまったことで、少しの罪悪感も今更芽生えてきたため、居心地も悪い気がし始めた。
「あ、あのー。」
沈黙に耐えられなくなり、沢崎直は恐る恐る師匠に話しかける。
地面にしゃがんでいた師匠は、勢いよく顔を上げた。
その勢いに思わず沢崎直がのけぞる。
「し、師匠?」
叱られるんじゃないかと身構えた沢崎直だったが、それは杞憂だった。
顔を上げた師匠の表情は実にイキイキとしており、瞳は好奇心に溢れていた。
「どうやったんだ?今の。教えろ。」
のけぞった分の距離も一気に縮めて、師匠が勢い込んで尋ねてくる。
沢崎直は、勢いの分後ずさって気圧されながら答えた。
「わ、分かりません。……私としては、普通に空手の正拳突きをしたみたいな感じです。」
「何だよ、そりゃ。俺にも分かるように理論化して説明しろ。」
師匠は沢崎直の言葉には不満なようだった。
だが、そう言われても、沢崎直にもよく分からないモノを説明できるわけもない。共有できないような固有の感覚を理論化するのは、非常に難しいことなのだ。
「で、出来ませんよぉ……。それに、前に飛ばないのは変わらないじゃないですか…。」
師匠にとっては興味津々の結果かもしれないが、沢崎直にとっては納得できる結果ではない。沢崎直は普通に魔法が使いたいのだ。奇抜な魔法を使いたいのではない。
沢崎直の泣き言のような言い訳を、師匠は即座に切って捨てた。
「前に飛ぶのは重要じゃねえ。そんなもん、誰でも出来る。」
師匠の言葉に、沢崎直の心はまた少し傷ついた。誰でも出来ることが出来ないということは、平均点すら取れないということだ。天賦の才を与えられたような者ならば、他に誇れることがありそれでもいいかもしれないが、モブ女にとってそれは、死活問題なのだ。
だが、好奇心が爆発中の師匠には、そんなモブ女のささやかな心の機微などというのは一顧だにするようなものではない。興味の向くまま突き進み、言葉を重ねる。
「よし、分かった。だったら、もっと見せろ。俺が自分で理解する。たとえば、炎以外はどうだ?」
一度火が付いた師匠の荒ぶる心を静める術を、ヴィルに聞いておかなかったことを沢崎直は全力で後悔し始めていた。
「ほら、どうした?」
師匠がわくわくした顔でこちらを見て急かしてくるので、弟子である沢崎直にそこで止めるという選択肢は残されていなかった。
しょうがないので、痛みを覚悟して的に向き直る。
武術好きの師匠にとっては痛みなど、技術の前では大したことがないのかもしれないが、あいにくモブ女である沢崎直にとっては違った。
(堅いのを殴ったら、絶対痛いんだから……。)
止めるとは言い出せない状況に辟易しながら、心の中では文句たらたらである。
それでも逃げることは出来ず、息を吐き出して精神を統一する。
(……一回だけだから、我慢。)
覚悟を決めて諦めると、目を閉じて意識を研ぎ澄ませる。
集中力が頂点に達したところで、目を見開くと、沢崎直は掛け声を上げた。
「押忍!」
掛け声とともに突き出される拳。
拳は炎を纏い、的へと衝突した。
次の瞬間。
ボキッ
その場に大きな音が響いた。
そして、的は炎を上げながら砕けた。
(……痛く……ない?)
的が壊れたおかげで、ぶつかっても拳が痛くなかったことの方に沢崎直は驚いていた。
「っ!!」
的が壊れたことの方に、師匠は驚いていた。
拳を開いたり閉じたりしながら拳の無事を確認する沢崎直。
沢崎直の顔には安堵が広がった。
「師匠。やっぱり壊れちゃうじゃないですか。だって、木ですよ?空手の達人は、拳や蹴りで板とか普通に割りますよ?」
他にも瓦割りやバット折りなどのスゴ技披露があるが、あれらは割れなかった時の痛みが大きい。その代償が怖かった沢崎直は、進んで挑戦したことはなかった。
朗らかでのほほんと話しかける沢崎直とは反対に、師匠は驚いた様子のまま砕けた板の方をじっくりと観察し続ける。
しばらく破片を持ち上げたりして師匠が無言で観察しているので、沢崎直にも何かがおかしいのかもという空気は読めた。的を壊してしまったことで、少しの罪悪感も今更芽生えてきたため、居心地も悪い気がし始めた。
「あ、あのー。」
沈黙に耐えられなくなり、沢崎直は恐る恐る師匠に話しかける。
地面にしゃがんでいた師匠は、勢いよく顔を上げた。
その勢いに思わず沢崎直がのけぞる。
「し、師匠?」
叱られるんじゃないかと身構えた沢崎直だったが、それは杞憂だった。
顔を上げた師匠の表情は実にイキイキとしており、瞳は好奇心に溢れていた。
「どうやったんだ?今の。教えろ。」
のけぞった分の距離も一気に縮めて、師匠が勢い込んで尋ねてくる。
沢崎直は、勢いの分後ずさって気圧されながら答えた。
「わ、分かりません。……私としては、普通に空手の正拳突きをしたみたいな感じです。」
「何だよ、そりゃ。俺にも分かるように理論化して説明しろ。」
師匠は沢崎直の言葉には不満なようだった。
だが、そう言われても、沢崎直にもよく分からないモノを説明できるわけもない。共有できないような固有の感覚を理論化するのは、非常に難しいことなのだ。
「で、出来ませんよぉ……。それに、前に飛ばないのは変わらないじゃないですか…。」
師匠にとっては興味津々の結果かもしれないが、沢崎直にとっては納得できる結果ではない。沢崎直は普通に魔法が使いたいのだ。奇抜な魔法を使いたいのではない。
沢崎直の泣き言のような言い訳を、師匠は即座に切って捨てた。
「前に飛ぶのは重要じゃねえ。そんなもん、誰でも出来る。」
師匠の言葉に、沢崎直の心はまた少し傷ついた。誰でも出来ることが出来ないということは、平均点すら取れないということだ。天賦の才を与えられたような者ならば、他に誇れることがありそれでもいいかもしれないが、モブ女にとってそれは、死活問題なのだ。
だが、好奇心が爆発中の師匠には、そんなモブ女のささやかな心の機微などというのは一顧だにするようなものではない。興味の向くまま突き進み、言葉を重ねる。
「よし、分かった。だったら、もっと見せろ。俺が自分で理解する。たとえば、炎以外はどうだ?」
一度火が付いた師匠の荒ぶる心を静める術を、ヴィルに聞いておかなかったことを沢崎直は全力で後悔し始めていた。
22
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
【ダン信王】#Aランク第1位の探索者が、ダンジョン配信を始める話
三角形MGS
ファンタジー
ダンジョンが地球上に出現してから五十年。
探索者という職業はようやく世の中へ浸透していった。
そんな中、ダンジョンを攻略するところをライブ配信する、所謂ダンジョン配信なるものがネット上で流行り始める。
ダンジョン配信の人気に火を付けたのは、Sランク探索者あるアンタレス。
世界最強と名高い探索者がダンジョン配信をした甲斐あってか、ネット上ではダンジョン配信ブームが来ていた。
それを知った世界最強が気に食わないAランク探索者のクロ。
彼は世界最強を越えるべく、ダンジョン配信を始めることにするのだった。
※全然フィクション
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜
田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。
謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった!
異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?
地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。
冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ヒロインがいない世界で悪役令嬢は婚約を破棄し、忠犬系従者と駆け落ちする
平山和人
恋愛
転生先はまさかの悪役令嬢・サブリナ!?
「なんで悪役!? 絶対に破滅エンドなんて嫌!」
愚かな俺様王子なんて、顔だけ良ければヒロインに譲ってあげるつもりだった。ところが、肝心のヒロインは学園にすら入学していなかった!
「悪役令嬢、完全に詰んでるじゃない!」
ずっとそばで支えてくれた従者のカイトに密かに恋をしているサブリナ。しかし、このままでは王子との婚約が破棄されず、逃げ場がなくなってしまう。ヒロインを探そうと奔走し、別の婚約者を立てようと奮闘するものの、王子の横暴さにとうとう我慢の限界が。
「もう無理!こんな国、出ていきます!」
ついにサブリナは王子を殴り飛ばし、忠犬系従者カイトと共に国外逃亡を決意する――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる