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第八幕 突発性悲劇 一

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   第八幕 突発性悲劇

     一

 重厚で荘厳なピアノの音色が響く。晴れ渡った空とは正反対の、沈鬱で悲哀に満ちた曲。広間のグランドピアノは、室内を飾る調度品という役目から解き放たれ、楽器として本来奏でられるために作られたのだということを思い出していた。
 ピアノの音に導かれるように、澄んだ歌声も響き始める。透き通るような歌声は、ピアノのメロディーと混じり合い、壮麗で気高く、あまりに物悲しい旋律となって広間に響いた。
 教会のミサのように、霊廟での式典のように、用いられる色彩は黒と白。奏でられる旋律は、死者へと送られる。
 広間にぞろぞろと集まってきた人間達も、思わず口を閉じる。
 広間に集まった顔には、それぞれ、厳格さが漂っていた。
 最後の一音を弾き終わり、ピアノは余韻を響かせる。
 全ての音が消え、静寂が訪れたところで、グランドピアノの黒と同化したような男は、椅子から立ち上がった。
「凍神、先に戻ってたのか?」
 ピアノの椅子から立ち上がったヒョウに、タオルで頭を拭いている霧崎が声を掛けた。
 ヒョウは肩を竦めて見せる。
「はい、事件性は感じませんでしたし、警部殿の到着を待っていたところで、追い出されてしまうのでしょうから。」
「事件性は感じなかった?本当にそう思うか?」
 頭を拭いていたタオルを首に掛けて、霧崎が怪訝そうな視線を向ける。
 広間に漂う厳粛な空気。集まっているのは、三人の探偵とプロファイラー。ヒョウとリン以外の探偵は、雨にでも降られたように髪や服を濡らしていた。
「ええ、密室で首を吊っていたのですから、自殺でしょう。それとも、霧崎サンは、偽装自殺の痕跡でも発見されたのですか?」
 微笑こそ浮かんでいないものの、ヒョウの声音に厳粛さはない。飄々とした男は、異端分子のように厳粛さとは無縁の雰囲気を保っていた。先程までレクイエムを演奏していた男とは思えないほどに。
 釈然としない雰囲気を抱えながら、霧崎は首を振る。名探偵といえど、突然の出来事に余裕がなくなっているようで、ポーカーフェイスも影を潜めていた。苛立たしげに足音を立てながら、室内を歩き回る。
「そうだな。確かに、自殺以外に考えられる余地はない。お前の言い分は分かる。だが、お前も見ただろ?何だ、あの温室は!巧さんは精神でも病んでいたのか?事件でもなければ、考えようがないだろう!」
 先刻見てきたものの衝撃に、霧崎は声を荒げた。吐き出すだけ吐き出すと、ソファにどかっと腰を下ろして、両手を組む。
「昨日、彼に温室に入れてもらえることはなかったが、外から見た限り、温室の中はあんな風にはなってなかった。一体、どうなってんだ?」
 頭を抱えて、霧崎は唸る。名探偵の常識を凌駕する光景が、名探偵を苛んでいるようだ。
 名探偵だけではなく、室内にいる誰もが、先程自分の目で見てきた光景に、ショックを隠せないようで、誰一人進んで話をしようとしているものはなかった。
 壁際に立ち、壁にもたれかかったまま震えている琉衣は、俯いたままで声一つ出せそうにない。いつもの明るい雰囲気はなくなり、存在感すら希薄になっている。頭から被っているタオルで顔が陰になり、表情は窺えない。
 プロファイラー・竹川は、ショックは受けていないものの、頭の中で状況を整理するのに精一杯で、他の人間に構っている余裕などないようだった。ノートパソコンの画面を見つめたまま、黙り込んでいる。琉衣と霧崎とは違い、竹川は濡れそぼってはいないようで、タオルを持っていない。
「お前は知らないだろうが、あの後、温室内に雨が降って、現場を洗い流したんだぞ。現場の保全も何も出来ずに、このザマだ。警部も到着早々、怒っていた。」
 何とか落ち着こうとして、霧崎は言葉を吐き出す。意見をまとめるのに、黙り込むタイプととにかく喋るタイプがいるが、霧崎は後者だったようだ。
「それは災難でしたね。」
 相槌以上の意味のないヒョウの呟き。共感も同情もない。
 霧崎は、構わずに呟き続ける。
「自殺だとしても、いったい、何故、巧さんは突然自殺したんだ?それも、あんな状況で。」
 床の一点を見つめたままの霧崎は、もう相槌すら必要としていない。
「それにしても困りましたね。こうなってしまっては、依頼の件はどうなってしまうのでしょうか?」
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