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第六幕 七 「触っちゃ、ダメなの」
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七
しばらく無言で歩いていた二人だったが、階段を下りたところで杏子の方から口を開いた。
「ねぇ、少し話聞いてもいい?ほら、私達、年も近いみたいだし。」
リンは頷く。鈴の音も響く。
「私は杏子。貴方の名前は?」
「リン。」
涼しげで透明な声音。鈴の音と同じ響きだ。
「リンちゃんって呼んでもいい?私も杏子って呼んで。」
リンは頷いた。鈴の音と共にリンの声も響く。
「杏子。」
杏子はリンの言葉の響きに、少しだけ笑った。笑うと、杏子の清楚な顔に華やかさが加わる。
二人は一階に到達し、庭に面した廊下を進んでいく。その間、他の使用人とは一度もすれ違わず、二人は私語ともいえるおしゃべりに興ずることが出来た。
「あのさ、リンちゃんは、探偵さんと恋人なの?」
聞きにくそうに言葉を選ぶように聞く杏子。
リンは何の感慨も思い入れもなく当たり前のように否定の音色を響かせた。
「えっ、違うの?だって、そんな風に・・・・・。あっ、もしかして、秘密なの?」
杏子はリンの返事を都合のいいように解釈し始めた。
リンは今度は返事をしなかった。庭の木に止まった蝉を熱心に見つめていたために、それどころではなかったようだ。
だが、杏子はリンの沈黙によって、自分の考えに自信を持ってしまった。
「そっかぁ。そうだよね。やっぱり、使用人と家人じゃ、秘密になっちゃうよね。あんまり公表できるような話じゃないし。」
いつの間にか杏子は自分の世界に入りこんでいるようで、顔に浮かんでいるのは恋する乙女の表情だった。
「大変だよね、そういうのも。」
一人で頷き、一人でため息をつく杏子。彼女の話に、どうやら話し相手としてリンはいらないらしい。相槌すら必要としないようだ。ただ存在しているだけでいい、そんな感じだ。
「いくら二十一世紀になっても、恋愛は自由にならないこともあるんだよね。」
その時、突然、大きな鈴の音が鳴り響いた。
話に夢中になっていた杏子も、驚いて音の発生源に注意を向ける。
「だ、大丈夫?」
思わず杏子が素っ頓狂な声を上げた。
杏子の背後では、リンが段差に足を取られて転んでいた。
「痛い。」
あまり痛そうじゃないリンの呟き。表情も動いていない。
トランクを抱えたまま転んだようで、手を着かなかった分、膝が衝撃を喰らってしまい、白い膝からは血が滲んでいた。
「大変!怪我してるじゃない!?」
驚いて駆け寄る杏子。出血している膝に触れようと手を伸ばす。
だが、手が触れる瞬間、リンは驚いて飛び退いた。
「ダメ!」
拒絶のように響くリンの声。トランクの時と同じ反応。
出した手を引っ込めて、杏子はリンの顔を窺う。
「ごめんなさい。大丈夫?」
リンの鈴は肯定の音色を響かせたが、黒のワンピースから見え隠れする白い膝は赤く染まっている。
「手当てしなくちゃ。」
リンの膝を心配そうに見つめながら、杏子が近づこうとするが、リンは警戒するようにトランクを抱えていた両手に力を込めた。
「触っちゃ、ダメなの。」
口を尖らせて呟く。
しかし、杏子も怪我とあっては引き下がるわけにはいかなかった。
「でもね、ばい菌でも入ったら大変なのよ。」
だが、リンの首から響く音は否定。頑なに杏子を近寄らせないリンは、あと一歩でも杏子が近づいたら逃げ去ってしまいそうだった。
「先生はキレイ好きだから、ダメなの。先生の物に触っちゃダメなの!」
しばらく無言で歩いていた二人だったが、階段を下りたところで杏子の方から口を開いた。
「ねぇ、少し話聞いてもいい?ほら、私達、年も近いみたいだし。」
リンは頷く。鈴の音も響く。
「私は杏子。貴方の名前は?」
「リン。」
涼しげで透明な声音。鈴の音と同じ響きだ。
「リンちゃんって呼んでもいい?私も杏子って呼んで。」
リンは頷いた。鈴の音と共にリンの声も響く。
「杏子。」
杏子はリンの言葉の響きに、少しだけ笑った。笑うと、杏子の清楚な顔に華やかさが加わる。
二人は一階に到達し、庭に面した廊下を進んでいく。その間、他の使用人とは一度もすれ違わず、二人は私語ともいえるおしゃべりに興ずることが出来た。
「あのさ、リンちゃんは、探偵さんと恋人なの?」
聞きにくそうに言葉を選ぶように聞く杏子。
リンは何の感慨も思い入れもなく当たり前のように否定の音色を響かせた。
「えっ、違うの?だって、そんな風に・・・・・。あっ、もしかして、秘密なの?」
杏子はリンの返事を都合のいいように解釈し始めた。
リンは今度は返事をしなかった。庭の木に止まった蝉を熱心に見つめていたために、それどころではなかったようだ。
だが、杏子はリンの沈黙によって、自分の考えに自信を持ってしまった。
「そっかぁ。そうだよね。やっぱり、使用人と家人じゃ、秘密になっちゃうよね。あんまり公表できるような話じゃないし。」
いつの間にか杏子は自分の世界に入りこんでいるようで、顔に浮かんでいるのは恋する乙女の表情だった。
「大変だよね、そういうのも。」
一人で頷き、一人でため息をつく杏子。彼女の話に、どうやら話し相手としてリンはいらないらしい。相槌すら必要としないようだ。ただ存在しているだけでいい、そんな感じだ。
「いくら二十一世紀になっても、恋愛は自由にならないこともあるんだよね。」
その時、突然、大きな鈴の音が鳴り響いた。
話に夢中になっていた杏子も、驚いて音の発生源に注意を向ける。
「だ、大丈夫?」
思わず杏子が素っ頓狂な声を上げた。
杏子の背後では、リンが段差に足を取られて転んでいた。
「痛い。」
あまり痛そうじゃないリンの呟き。表情も動いていない。
トランクを抱えたまま転んだようで、手を着かなかった分、膝が衝撃を喰らってしまい、白い膝からは血が滲んでいた。
「大変!怪我してるじゃない!?」
驚いて駆け寄る杏子。出血している膝に触れようと手を伸ばす。
だが、手が触れる瞬間、リンは驚いて飛び退いた。
「ダメ!」
拒絶のように響くリンの声。トランクの時と同じ反応。
出した手を引っ込めて、杏子はリンの顔を窺う。
「ごめんなさい。大丈夫?」
リンの鈴は肯定の音色を響かせたが、黒のワンピースから見え隠れする白い膝は赤く染まっている。
「手当てしなくちゃ。」
リンの膝を心配そうに見つめながら、杏子が近づこうとするが、リンは警戒するようにトランクを抱えていた両手に力を込めた。
「触っちゃ、ダメなの。」
口を尖らせて呟く。
しかし、杏子も怪我とあっては引き下がるわけにはいかなかった。
「でもね、ばい菌でも入ったら大変なのよ。」
だが、リンの首から響く音は否定。頑なに杏子を近寄らせないリンは、あと一歩でも杏子が近づいたら逃げ去ってしまいそうだった。
「先生はキレイ好きだから、ダメなの。先生の物に触っちゃダメなの!」
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