上 下
5 / 82

第一幕 三 「霧崎さん、彼とお知り合いなんですか?」

しおりを挟む
     三

「あっ、そうそう。あっちの二人のこと紹介してなかったよね。忘れてた。あのね、あっちの銀のフレームの眼鏡のきっちりした彼が榊原瑛介さん。頭脳労働派って言って、眼鏡をクイッて上げてた。新進気鋭の探偵さんなんだって。この間の会社社長刺殺事件を解決したって言ってたよ。ほら、あの凶器が老人の仕込み杖だったって奴。」
 榊原瑛介。琉衣の紹介通りきっちりとした服装の痩身で中背の彼は、話の途中で何度も眼鏡をクイッと上げていた。その動作はひどく神経質そうで、喋り方は刺々しさと高慢さを感じさせた。頭脳は鋭敏だろうが、周りを鼻で笑ってしまうような皮肉っぽい雰囲気だ。
「それでね、もう一人の背の高い感じのいい人は、霧崎光さん。霧崎さんの噂は、私でも知ってるくらいスゴイ名探偵さんなんだよ。たくさんの事件を解決してて、警察の人からも信頼されてるんだって。それにとっても明るくて正義感とかあって、ヒーロー戦隊だったらレッドだよ、絶対。凍神さんは知ってる?」
「いえ、特に。」
 霧崎光。こちらはセンス良く着崩したクールビズファッションが清々しい、長身のスポーツマンタイプの男だ。響いてくる快活な笑い声も、はきはきとした喋り方も、堂々とした佇まいも、精悍な顔つきも、瞳にきらめく知性の輝きも、評判の良い名探偵という感じだ。情けに厚く正義を通し、真実を追究する。警察も信頼を置きたくなるだろう。
「霧崎さんは、さっきから榊原さんに先輩として色々な事件の話を聞かせてあげてるみたいだよ。榊原さんが素直に参考になるって言ってた。榊原さんは、どうやら霧崎さんのことを探偵として尊敬してるみたいだよ。」
「そうですか。」
 相槌以上の意味を持たない同意。ヒョウは眼前の琉衣にも、二人の男にも特に興味がないようだった。
「凍神さんも、あの二人のスゴイ話、聞きに行かない?きっとためになると思うよ。名探偵さんの話なんて、こんな機会でもないとなかなか聞けないからね。」
「遠慮します。」
 完膚なきまでの即答。異論を挟む余地もない。
 琉衣は口を尖らせた。
「凍神さんって愛想ないよ。キレイだけど。」
「それはどうも。」
「褒めてないんだけど。」
 対処に困るとはこのことだろう。いくら一方的に喋ってはいても、話題が尽きれば会話は終了する。話が続かない。琉衣は次の話題に困りつつあった。試しに、リンに笑いかけてみるのだが、リンは無表情で琉衣の様子を窺っているだけだ。
 その時、部屋の奥にいた二人の男の会話に不意にきりがついた。男たちの視線が、扉の近くの琉衣とヒョウたちに向けられる。
「ん?おや?凍神じゃないか!」
 二人の男の内の背の高い霧崎と呼ばれていた男が、ヒョウの姿を目に留めると嬉しそうに近づいてきた。
「リンちゃんも久しぶりだな。」
 霧崎に続いて、榊原と呼ばれた男もこちらの様子を窺いながら歩いてくる。
「霧崎さん、彼とお知り合いなんですか?」
「ああ。この前の事件で一緒になったんだよ。二階堂家の事件だ。知ってるか?」
「確か、新聞か何かで読んだ気がします。」
 二人の男が合流し、談笑の輪は広がった。
 二人の男の参入で、琉衣も話題探しに困らなくなったようで安堵の表情を見せていた。
「その事件のお話、聞かせてください!」
 勢い込んで尋ねた琉衣。
 だが、霧崎は顔中に渋面を作った。
「あの事件は、あまりにも後味の悪い事件だったしな。それに、あれは俺の手柄じゃないからな。聞くなら、凍神に聞いた方がいいぞ。名誉の負傷のこともあるし。」
 霧崎の言葉によって期待に満ちた琉衣の眼と、どこか信じきれていない榊原の眼が一斉にヒョウへと向けられる。
「たいしたことはありませんでしたよ。」
 しかし、期待は見事に裏切られる。ヒョウに事件の話をする気は皆無だった。
 がっくりと肩を落として落ち込む琉衣と眼鏡をクイッと上げる榊原。
 霧崎だけは快活な笑い声を響かせた。
「はっはっはっはっ。相変わらずだな、凍神。しかし、またお前と一緒に仕事が出来るとは。嬉しい限りだな。今度は俺が勝つからな。」
「どうぞ、お好きなように。」
 好意的な霧崎とは違い、冷めた目つきに冷めた口調のヒョウ。ヒョウの視線は、霧崎から外されていた。
「暑い。」
 リンがヒョウにだけ聞こえる声で小さく呟く。
 ヒョウはリンに視線だけで同意して見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

【完結】闇堕ちメモリアル

月狂 紫乃/月狂 四郎
ミステリー
 とある事件を機にホスト稼業から足を洗った織田童夢は、それまでの生き方を反省して慈善事業に勤しむこととなった。  だが現実は甘くなく、副業をしないと食っていけなくなった。不本意ながらも派遣でコールセンターへ勤務しはじめた童夢は、同僚の美女たちと出会って浮かれていた。  そんな折、中年男性の同僚たちが行方不明になりはじめる。そのうちの一人が無残な他殺体で発見される。  犯人は一体どこに。そして、この裏に潜む本当の目的とは……?  月狂四郎が送るヤンデレミステリー。君はこの「ゲーム」に隠された意図を見破れるか。 ※表紙はAIにて作成しました。 ※全体で12万字ほど。可能であればブクマやコンテストの投票もお願いいたします。 参考文献 『ホス狂い ~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~』宇都宮直子(小学館)

暁に散る前に

はじめアキラ
キャラ文芸
厳しい試験を突破して、帝とその妃たちに仕える女官の座を手にした没落貴族の娘、映。 女官になれば、帝に見初められて妃になり、女ながらに絶大な権力を手にすることができる。自らの家である宋家の汚名返上にも繋がるはず。映は映子という名を与えられ、後宮での生活に胸を躍らせていた。 ところがいざ始まってみれば、最も美しく最もワガママな第一妃、蓮花付きの女官に任命されてしまい、毎日その自由奔放すぎる振る舞いに振り回される日々。 絶対こんな人と仲良くなれっこない!と思っていた映子だったが、やがて彼女が思いがけない優しい一面に気づくようになり、舞の舞台をきっかけに少しずつ距離を縮めていくことになる。 やがて、第一妃とされていた蓮花の正体が実は男性であるという秘密を知ってしまい……。 女官と女装の妃。二人は禁断の恋に落ちていくことになる。

処理中です...