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第一幕 三 「霧崎さん、彼とお知り合いなんですか?」
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三
「あっ、そうそう。あっちの二人のこと紹介してなかったよね。忘れてた。あのね、あっちの銀のフレームの眼鏡のきっちりした彼が榊原瑛介さん。頭脳労働派って言って、眼鏡をクイッて上げてた。新進気鋭の探偵さんなんだって。この間の会社社長刺殺事件を解決したって言ってたよ。ほら、あの凶器が老人の仕込み杖だったって奴。」
榊原瑛介。琉衣の紹介通りきっちりとした服装の痩身で中背の彼は、話の途中で何度も眼鏡をクイッと上げていた。その動作はひどく神経質そうで、喋り方は刺々しさと高慢さを感じさせた。頭脳は鋭敏だろうが、周りを鼻で笑ってしまうような皮肉っぽい雰囲気だ。
「それでね、もう一人の背の高い感じのいい人は、霧崎光さん。霧崎さんの噂は、私でも知ってるくらいスゴイ名探偵さんなんだよ。たくさんの事件を解決してて、警察の人からも信頼されてるんだって。それにとっても明るくて正義感とかあって、ヒーロー戦隊だったらレッドだよ、絶対。凍神さんは知ってる?」
「いえ、特に。」
霧崎光。こちらはセンス良く着崩したクールビズファッションが清々しい、長身のスポーツマンタイプの男だ。響いてくる快活な笑い声も、はきはきとした喋り方も、堂々とした佇まいも、精悍な顔つきも、瞳にきらめく知性の輝きも、評判の良い名探偵という感じだ。情けに厚く正義を通し、真実を追究する。警察も信頼を置きたくなるだろう。
「霧崎さんは、さっきから榊原さんに先輩として色々な事件の話を聞かせてあげてるみたいだよ。榊原さんが素直に参考になるって言ってた。榊原さんは、どうやら霧崎さんのことを探偵として尊敬してるみたいだよ。」
「そうですか。」
相槌以上の意味を持たない同意。ヒョウは眼前の琉衣にも、二人の男にも特に興味がないようだった。
「凍神さんも、あの二人のスゴイ話、聞きに行かない?きっとためになると思うよ。名探偵さんの話なんて、こんな機会でもないとなかなか聞けないからね。」
「遠慮します。」
完膚なきまでの即答。異論を挟む余地もない。
琉衣は口を尖らせた。
「凍神さんって愛想ないよ。キレイだけど。」
「それはどうも。」
「褒めてないんだけど。」
対処に困るとはこのことだろう。いくら一方的に喋ってはいても、話題が尽きれば会話は終了する。話が続かない。琉衣は次の話題に困りつつあった。試しに、リンに笑いかけてみるのだが、リンは無表情で琉衣の様子を窺っているだけだ。
その時、部屋の奥にいた二人の男の会話に不意にきりがついた。男たちの視線が、扉の近くの琉衣とヒョウたちに向けられる。
「ん?おや?凍神じゃないか!」
二人の男の内の背の高い霧崎と呼ばれていた男が、ヒョウの姿を目に留めると嬉しそうに近づいてきた。
「リンちゃんも久しぶりだな。」
霧崎に続いて、榊原と呼ばれた男もこちらの様子を窺いながら歩いてくる。
「霧崎さん、彼とお知り合いなんですか?」
「ああ。この前の事件で一緒になったんだよ。二階堂家の事件だ。知ってるか?」
「確か、新聞か何かで読んだ気がします。」
二人の男が合流し、談笑の輪は広がった。
二人の男の参入で、琉衣も話題探しに困らなくなったようで安堵の表情を見せていた。
「その事件のお話、聞かせてください!」
勢い込んで尋ねた琉衣。
だが、霧崎は顔中に渋面を作った。
「あの事件は、あまりにも後味の悪い事件だったしな。それに、あれは俺の手柄じゃないからな。聞くなら、凍神に聞いた方がいいぞ。名誉の負傷のこともあるし。」
霧崎の言葉によって期待に満ちた琉衣の眼と、どこか信じきれていない榊原の眼が一斉にヒョウへと向けられる。
「たいしたことはありませんでしたよ。」
しかし、期待は見事に裏切られる。ヒョウに事件の話をする気は皆無だった。
がっくりと肩を落として落ち込む琉衣と眼鏡をクイッと上げる榊原。
霧崎だけは快活な笑い声を響かせた。
「はっはっはっはっ。相変わらずだな、凍神。しかし、またお前と一緒に仕事が出来るとは。嬉しい限りだな。今度は俺が勝つからな。」
「どうぞ、お好きなように。」
好意的な霧崎とは違い、冷めた目つきに冷めた口調のヒョウ。ヒョウの視線は、霧崎から外されていた。
「暑い。」
リンがヒョウにだけ聞こえる声で小さく呟く。
ヒョウはリンに視線だけで同意して見せた。
「あっ、そうそう。あっちの二人のこと紹介してなかったよね。忘れてた。あのね、あっちの銀のフレームの眼鏡のきっちりした彼が榊原瑛介さん。頭脳労働派って言って、眼鏡をクイッて上げてた。新進気鋭の探偵さんなんだって。この間の会社社長刺殺事件を解決したって言ってたよ。ほら、あの凶器が老人の仕込み杖だったって奴。」
榊原瑛介。琉衣の紹介通りきっちりとした服装の痩身で中背の彼は、話の途中で何度も眼鏡をクイッと上げていた。その動作はひどく神経質そうで、喋り方は刺々しさと高慢さを感じさせた。頭脳は鋭敏だろうが、周りを鼻で笑ってしまうような皮肉っぽい雰囲気だ。
「それでね、もう一人の背の高い感じのいい人は、霧崎光さん。霧崎さんの噂は、私でも知ってるくらいスゴイ名探偵さんなんだよ。たくさんの事件を解決してて、警察の人からも信頼されてるんだって。それにとっても明るくて正義感とかあって、ヒーロー戦隊だったらレッドだよ、絶対。凍神さんは知ってる?」
「いえ、特に。」
霧崎光。こちらはセンス良く着崩したクールビズファッションが清々しい、長身のスポーツマンタイプの男だ。響いてくる快活な笑い声も、はきはきとした喋り方も、堂々とした佇まいも、精悍な顔つきも、瞳にきらめく知性の輝きも、評判の良い名探偵という感じだ。情けに厚く正義を通し、真実を追究する。警察も信頼を置きたくなるだろう。
「霧崎さんは、さっきから榊原さんに先輩として色々な事件の話を聞かせてあげてるみたいだよ。榊原さんが素直に参考になるって言ってた。榊原さんは、どうやら霧崎さんのことを探偵として尊敬してるみたいだよ。」
「そうですか。」
相槌以上の意味を持たない同意。ヒョウは眼前の琉衣にも、二人の男にも特に興味がないようだった。
「凍神さんも、あの二人のスゴイ話、聞きに行かない?きっとためになると思うよ。名探偵さんの話なんて、こんな機会でもないとなかなか聞けないからね。」
「遠慮します。」
完膚なきまでの即答。異論を挟む余地もない。
琉衣は口を尖らせた。
「凍神さんって愛想ないよ。キレイだけど。」
「それはどうも。」
「褒めてないんだけど。」
対処に困るとはこのことだろう。いくら一方的に喋ってはいても、話題が尽きれば会話は終了する。話が続かない。琉衣は次の話題に困りつつあった。試しに、リンに笑いかけてみるのだが、リンは無表情で琉衣の様子を窺っているだけだ。
その時、部屋の奥にいた二人の男の会話に不意にきりがついた。男たちの視線が、扉の近くの琉衣とヒョウたちに向けられる。
「ん?おや?凍神じゃないか!」
二人の男の内の背の高い霧崎と呼ばれていた男が、ヒョウの姿を目に留めると嬉しそうに近づいてきた。
「リンちゃんも久しぶりだな。」
霧崎に続いて、榊原と呼ばれた男もこちらの様子を窺いながら歩いてくる。
「霧崎さん、彼とお知り合いなんですか?」
「ああ。この前の事件で一緒になったんだよ。二階堂家の事件だ。知ってるか?」
「確か、新聞か何かで読んだ気がします。」
二人の男が合流し、談笑の輪は広がった。
二人の男の参入で、琉衣も話題探しに困らなくなったようで安堵の表情を見せていた。
「その事件のお話、聞かせてください!」
勢い込んで尋ねた琉衣。
だが、霧崎は顔中に渋面を作った。
「あの事件は、あまりにも後味の悪い事件だったしな。それに、あれは俺の手柄じゃないからな。聞くなら、凍神に聞いた方がいいぞ。名誉の負傷のこともあるし。」
霧崎の言葉によって期待に満ちた琉衣の眼と、どこか信じきれていない榊原の眼が一斉にヒョウへと向けられる。
「たいしたことはありませんでしたよ。」
しかし、期待は見事に裏切られる。ヒョウに事件の話をする気は皆無だった。
がっくりと肩を落として落ち込む琉衣と眼鏡をクイッと上げる榊原。
霧崎だけは快活な笑い声を響かせた。
「はっはっはっはっ。相変わらずだな、凍神。しかし、またお前と一緒に仕事が出来るとは。嬉しい限りだな。今度は俺が勝つからな。」
「どうぞ、お好きなように。」
好意的な霧崎とは違い、冷めた目つきに冷めた口調のヒョウ。ヒョウの視線は、霧崎から外されていた。
「暑い。」
リンがヒョウにだけ聞こえる声で小さく呟く。
ヒョウはリンに視線だけで同意して見せた。
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