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踊る聖女
しおりを挟む『まだ全身が硬直していない様子を見るに…少なくとも八時間以内に犯行があった』
深夜帯は廊下の清掃のため、清掃員と見張り・巡回の警備員たちは何度もお互いの姿を見ている。
どちらも必ずペアで行動していた。
ホテルスタッフ全員にもアリバイがあり…そしてマスターキーを持ち出した痕跡はなく、この全員が仲間でなければ犯行は難しい。
別フロアに部屋を借りていた宰相の家の護衛と使用人たちは、相部屋だったため、互いのアリバイが証明できた。
こちらも、仲間でなければ犯行は不可能だ。
『して…この八時間、アリバイがないのは…私を含め、上位エリアのホテル客だけだ』
そう、流れるように推理する銀髪紳士…まるで物語の中の探偵みたいね。
お坊ちゃんが焦って『清掃中なうえ警備が巡回している中で犯行なんて無理だ、現実的ではない!それに部屋には鍵がかかっていたっ…鍵は寝室のサイドテーブルにしっかり置かれていたんだぞ!?』と訴えていたけど…お馬鹿さんねぇ♡
それらが不明だという事は、貴方たちのアリバイを証明する事が現状不可能だという事なのに。
今まで自分たちに都合の良い展開しか訪れなかったから、こういう時の対処法を全く知らないのね。
『唯一、ホテル外部からの接触が考えられるのは窓からの侵入だが…この嵐の中、高所に登るなんて…いくら刺客でも自殺行為だ』
『ええ…窓の鍵が壊された痕跡も、室内が濡れた痕跡もなかったわ。そもそも…刺客がわざわざ危険な日を選んで犯行に及ぶかしら。暗殺するなら、リスクは少ない程が良いのでは…?』
『ああ。確か…スタッフの話では、被害者は二週間の宿泊予定だったね。時間の猶予はかなりあったはず…昨夜にこだわる必要はない』
傀儡Aと傀儡Cが自然な流れで外部からの可能性を潰した。
深刻に話す様子は不安と恐怖を煽り、周りから正常な思考を奪っていく。
『現場はそのままに…遺体は冷暗所に運んで下さい。これから各部屋を調べます』
ただ一人冷静の銀髪紳士を除いて。
今出来る事を的確に指示している…やはり、少し厄介ね。
でも、まあ…都合の良いようには動いてくれているから様子を見ましょう。
『まずは聖女様の部屋を、それから隣のーーー』
『えっ…!?あ、あたしたちの部屋もっ!?』
当たり前のように疑われるなどつゆほどにも思っていなかった聖女が、信じられないというニュアンスで大袈裟に声を上げた。
まだ、心の何処かでは自分たちは大丈夫と思い込んでいたのだろう。
さすが、無意識下で自分が特別だと思っている女ね。
お坊ちゃんは顔も頭の中も真っ白という感じで黙り込んでしまっているし…予想通りの反応過ぎて笑ってしまうわ。
『え、どうして自分たちはないと思ったんですか?』
傀儡Bが純粋無垢が故、空気が読めない…というように聖女へ疑問を投げ掛けた。
『だ、だって…私たちは、そんな酷いこと、しないし…』
あら、お粗末な理由…いや、言い訳かしら?
根拠もあったものではないわ。
そうね…今まで根拠も証拠もなくても『聖女がこう言っているならそうだ』で良かったものね。
でもね、ふふっ…残念♡
もうそれは通用しないのよ♡
『それは犯人を抜いた容疑者全員が思っている事だと思いますっ…何か見られてはまずいものがあるのですか?ーーーはっ…ま、まさかっ…アリバイを確かめもせず、スタッフさんたちを疑ったのは…もしかして…』
『ち、ちがっ…!あたしたちはただっ…』
『ならっ…自分たちが助かれば、他の無実の方が犠牲になっても良いという事ですかっ…?聖女様は綺麗な建前を言っていますが、他の方は低俗だけど自分たちは違う…と、そう言いたいのですかっ!?』
傀儡Bが更に現場を引っ掻き回す。
未熟な正義感を振りかざし、感じたまま思った事を軽率に口にしてしまう…という役割を見事に演じてくれたわ。
『っ!?』
聖女は自分の発言がマイナスな効果を生むなど夢にも思っておらず、とてつもない衝撃を受けた様子だった。
利己的な言動をしている自覚がない幸せな人ねぇ。
本人は『自分がそう思うなら、周りもそう思うはず』という思想を持っているから正義のつもりなのよね。
『そ、そんなっ…あたしはっ!』
『お嬢さん、落ち着いて』
傀儡Cが良いところで止めに入り、傀儡Bの肩へ優しく手を置いた。
意図せず…というように聖女の弁明を潰したのはさすがだわ。
場には何とも言えない気まずい空気が流れる。
世間知らずの単純思考からくる発言と周りは理解しているだろうけど…頭ではわかっていても、疑心暗鬼になっている心は揺れ動いているのに違いない。
私の可愛い子たちは本当に優秀ね♡
傀儡Bのおかげで、違和感を持たれず、一気に聖女たちへの印象が悪くなった。
涙目で震えながら意見した姿は、心優しい少女が身勝手な奴らに『何でそんな酷い事が言えるの!?』と健気に立ち向かっているよう。
まるで物語のヒロインみたいね、傀儡B♡
『え、え、あっ…ちがう、そんな、あたし…』
間違いなく、聖女はホテル側から不信感を持たれ始めているわ。
こちらも都合の悪い展開への対処法がわからないため、焦って言葉を詰まらせている。
おそらく、予想外の事ばかりに頭での処理が追い付かず、状況が理解ができずに軽いパニックを起こしているのでしょう。
『違うのでしたら、問題ないのでしょう』
銀髪紳士の、場を収めるような淡々とした言葉に異論を唱えるものはいなかった。
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