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79.ケールシュタインハウスのクリスマス

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1945年12月25日 プロイセン王国 ベルヒテスガーデン ケールシュタインハウス

今日はケールシュタインハウスで、身内だけのクリスマスパーティーをしている。
昨日はリヨンで行われた第二次世界大戦の終結宣言のあとで各国代表が集まったパーティーに楓と椿と3人で参加したため、今日は佐藤二曹と紺野二曹も入れて、5人でささやかなクリスマスパーティをすることになった。

「「かんぱーい!」」

クリスマスパーティーのメニューはすべて女性陣4人で作ってくれた。
クリスマスケーキ、ローストチキンにロブスター、サーモンのマリネ、そして俺がリクエストした、いなり寿司とフライドポテトだ。

「このいなり寿司美味しいよ。2年振りくらいに食べたかな。懐かしい味がする」

「それは私が作りました。気に入っていただけで嬉しいです」

1年以上もずっと椿と生活しているけど、料理を作っているところを見たことがなかったから料理はできないものだと思い込んでいたけど、意外と料理上手だということが分かった。
しかし、白人のスーパーモデルのような容姿をしている椿が、油揚げに酢飯を詰めている姿が想像できない。

「それにしても、油揚げなんてよく売ってたな」

「この油揚げはベルヒテスガーデンにできたSKグループのスーパーマーケットで購入しました」

「あれってうちの店だったんだ、オープンするの早過ぎじゃない?しかも、楓はほとんど俺と一緒にいたのによくオープンできたね」

「楓がいない間も海外事業部の子達が毎日頑張っていたからね。それより、こっちのローストチキンも食べてみてよ」

楓が丸焼きにしたローストチキンを皿に取り分けて渡してくれた。

「外はパリパリで中はジューシー、お腹にニンニクとオレガノとかのハーブをたくさん詰めているから、ハーブの香りがジューシーで肉厚な肉にしっかり移っていて、いくらでも食べられるよ。横に添えてあるガーリック・オニオンソースを付けて食べると、たんぱくな胸肉の部分も飽きずに美味しく食べられる、最高のローストチキンだね。さすが楓、何をやっても完璧に仕上げてくる」

「その料理漫画風のコメントは楓が作った料理にだけ付くのかな?」

「意識はしていなかったけど、そういえばそうかもね」

「ふ~ん・・・。じゃあ、これも食べてみてよ」

楓が差し出してきたのはロブスターを一匹丸ごと茹でたものだった。俺はロブスターの胴体と頭部を手で折って、胴体の部分の殻をすべて取り除いてから、ロブスターにかぶりすいた。

「うまい!単純にうまい!海の贈り物が口いっぱいに拡がって口が幸せだ!一度ロブスターを丸かじりしてみたかったんだ」

「これは生きたままロブスターをイタリアから運んでもらって、さっき茹でたばっかりなんだよ。ちなみに作ったのは佐藤二曹ね。じゃあ、こっちは?」

次に楓が差し出してきたのはフライドポテトだ。一口食べるが、よく食べる、よく知った味の揚げたジャガイモに塩を振ったて、バターを乗せただけのシンプルなものだった。おっ、バターが溶けているところが美味しい。

「普通に美味しいフライドポテトだけど、このバターが特に美味しいね。濃厚で風味が凄く良い」

「このジャガイモも岩塩も、バターも全部ベルヒテスガーデン産のものなんだよ。バターと岩塩はここの特産にしようと思ってるんだ。ちなみにこれを作ったのは紺野三曹だよ」

俺が紺野二曹を見ると顔を赤くしてペコリと頭を下げた。
普段は佐藤二曹が前に出て話すことが多いので、あまり長く会話をしたことがないが、恥ずかしがり屋でおっとりした雰囲気の女性で、優しい笑顔がとても可愛らしくて軍に入っていなければ幼稚園の先生が似合いそうだ。

「観光地にはやっぱりお土産になる特産があると良いよね。でも、産業を始めるにしても、元々住んでいた住人は農家の人以外ほとんどいなくなったから、日本からの移住者も募集しないとね。今は陸軍2個師団の4万人がいるからそれなにり賑わっているけど、来年には1個師団は帰国させる予定だから人も少なくなっちゃうし」

「はい!楓から提案があります!ベルヒテスガーデンに大学を作るはどうかな?留学させたいけど外国に送るのは心配っていう、皇族や貴族の子弟の留学先として人気になると思うな。あと、オフショア地域に指定するのはどうかな?」

「大学は良い案だね。ヨーロッパにいながら日本の国立大学に通えるって、富裕層には確かにウケそうだね。オフショアについではどうかな、確かにこのベルヒテスガーデンにヨーロッパの金融機関の本社が集中して、ここだけは発展すると思うんだけど、東ヨーロッパ王国連合のほかの国の金融機関も移ってきた場合は、そっちの税収が単純に少なくなるから、外交的に考えるとちょっと難しいかな。マン島みたいに歴史が長くてノウハウがしっかりあるなら、周りの国にも説明して、協力得たうえでなら始めるのも面白かもしれないけど、金融のノウハウにおいてはイギリスやアメリカから、だいぶ遅れている日本が手を出すのは危険な気がする」

「う~ん…。確かに周りの国のことまで考えてなかったかも。じゃあ、大学の方だけお願いします」

「うん、日本に帰ったら文部科学大臣と調整しておくよ」

「園田閣下、私からも提案があるのですが、聞いていただけないでしょうか」

椿はいつも的確なアドバイスや提案をしてくれるので、もう俺にとってなくてはならない存在になっている。

「今更畏まらなくてもいいよ。なに?」

「現在は47都道府県以外は外地ということになっておりますが、南洋諸島や台湾、ここベルヒテスガーデンも県にしてはどうでしょうか。軍政のための総督府は置いておりますが、やはり通常の県にした方が住民の日本への帰属意識も高まり、地域の活性化に繋がるかと思います」

「なるほど、戦争も終わったし外地でも軍政を続ける必要はなくなったからな。次の閣僚会議の議題に上げてみるよ。ところでさ、旧ドイツが完全に消滅したから、椿は今は無国籍になっているんだけど、日本に帰化する?それともプロイセン王国籍にする?」

「そうですね、今後もずっと閣下のお側に置いていただけるのであれば、帰化して日本人になりたいです」

「椿はずっと俺の補佐で良いの?最初は楓の部下って話だったし、SKホールディングスの幹部の席もあるんだよ?」
    
「閣下と長く行動を供にさせていただいて、生涯閣下に付いていきたいと思いました。金については必要なときに必要なだけあれば良いので、今のお給料でも十分過ぎるくらいです。もちろん社長の了承もいただかなくてはいけませんが…」

「楓は別にそれでもいいよ。常に誠司の傍に椿がいてくれた方が他の女も寄って来なくて安心だし。念の為に確認だけど…、誠司は椿のことそういう風には見てないよね?」

楓の目からハイライトが消え場の雰囲気が凍り付いた。

「もちろん見てません!」

「ふ~ん。椿は誠司からイヤらしい目で見られたことはあった?」

「いえ。私は男性からの視線が気持ち悪いので、敏感な方ですが、なかったと思います。閣下は意外と紳士で、そういう視線を感じたことはありません」

意外とというのは余計だが、椿のおかげで楓の表情が元に戻り、俺への疑いは晴れたようだ。少しでも椿をそんな目で見ようものなら楓に報告される可能性があるため、細心の注意を払っていたから、誤解されるようなことは無いはずだ。

「そっか。それなら良いんじゃない?」

「今は政治家の私設秘書って扱いだから、どこにでも同行できるけど、俺が大臣辞めちゃうと同行が難しくなるんだよな…」

「軍に入れるのはダメなの?」

「軍に入れることはできるけど階級が問題なんだよね。ドイツの副総統でナチス親衛隊大将だった椿を下士官にするのもちょっとな~」
    
「じゃあ、誠司が副大臣になれば良いんじゃない?今の副大臣ってずっと市ヶ谷にいて内部の仕事してるんでしょ?」

「なるほど、副大臣も今年度で引退予定だから、次の副大臣は俺で、大臣はお義父さんにやってもらおうかな」

「えっ、楓のお父さんってこと?」

「そうそう。お義父さんはまだ50代だから、あと20年は頑張ってもらおうかな。それまでは俺ものんびり副大臣ができるし」

「楓は良いと思うけど、お父さん引き受けてくれるかな?そういうの嫌がりそうじゃない?」

楓の言うとおり木村元帥は根っからの軍人で、政治家連中との付き合いは好きではないのだが、好きではないというだけで、やろうと思えばできるので、あとは本人のやる気次第だろう。

「もうすぐ子供も生まれるから、楓と子供の傍にいてあげたいんですって言ったら、お義父さんなら引き受けてくれると思うよ」

楓の妊娠が分かってからは職場で会う度に毎回、楓の体調はどうか、名前はもう決めたのかと何度も同じことを聞いてきて若干面倒なくらいだ。
    
「その手があったね、楓が妊娠したってお父さんに言ってからは、週に1回は体調はどうだ?って果物とかお菓子を持って様子を見に来るくらいだから、子供のためにって言ったら間違いないね。子供のことで思い出したんだけど、子供が生まれたらナニーと家政婦を雇いたいんだけど良いかな?産休が明けたらすぐ仕事に復帰するつもりだから、家事や育児はちょっと難しくなるかも」

「家政婦は元々俺からも提案してたから是非雇ったら良いよ。もう一つの方、ナニーって言うのはなにー?」

「「・・・。」」

俺のハイセンスなダジャレに誰も対応できなかったみたいで、完全に家の中が静粛に包まれてしまった。

「閣下、ナニーというのは母親に代わって育児をしてくれる人で、一時的に子供を見るベビーシッターとは違って、ある程度大きくなるまで育ててくれます。イギリスでは割と一般的らしいですよ」

椿が何もなかったかのようにナニーについて説明してくれたおかげで、止まっていた時間が動き出した。

「あぁ、乳母のことか。良いけど当てはあるの?」
    
「うん、女学校の同級生が楓より少し早く出産するから、お願いしようかなって思ってる。元華族の三女なんだけど、ご主人が事故で亡くなって、子供が生まれる前に未亡人になっちゃったの。でも、実家に戻るのは肩身が狭いって言うから、住み込みで乳母をお願いできないか聞いたら、是非やりたいって言ってくれたの。彼女の家はあまり華族の中でもお金持ちではなかったけど、教育だけはしっかりしていて、女学校のときの成績はいつも学年で5番以内には入ってたから、子供が大きくなってもそのまま教育係として働いてもらえれば良いかなって思っているんだけど、どうかな?」

「楓の女学校の友達なら安心だね。俺は良いと思うよ」

「ありがとう。じゃあ、産まれたらこっちに来てくれるように手紙を送っておくね」

「あっ、さっき決まったんだけど、皆で来週日本に引き揚げることになったから、来てもらわなくても大丈夫だよ」

「「えっ!?」」

楓と椿の目が笑ってない。やはり先に言っておくべきだった。

「園田閣下がしばらくはこっちにいるって言うから、内装を全部新しくしたのですが」

「楓もしばらくこっちにいるって誠司から聞いてたから、仕事の日程もそのつもりで組んでるんだけど?」

そういうことか、それなら俺が悪いな。確かにしばらくはこっちにいると言った覚えがある。

「あ、でもまた戻ってくると思うから、ここは誰かに管理してもらって、戻ってきたらまた使おうよ。いや、ホントもう少しアイザックたちが粘ると思ったんだけど、まさかこんなに早く解決すると思わなくてさ。本当に申し訳ない」

コンコン

その時、玄関扉を誰かがノックした。佐藤二曹が応対するために立ち上がろうとしたが、何れにせよ俺に用事なので、佐藤二曹を制止して自分で玄関に向かった。

玄関のドアを開けると護衛中隊の隊員が立っていた。

「園田閣下、お休みのところ申し訳ございません。木村元帥がすぐにベルクホーフに来て欲しいとのことです」

クリスマスパーティーをしているのは木村元帥達も知っているから、何か非常事態が起きたに違いない。

「何があったか分かるか?」

「クラーラ・ヒムラーを逮捕しました」    
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