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77.義兄の結婚事情

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1944年2月5日 ポーランド王国 ワルシャワ

会談が終わった翌日、帰国する翔を見送ってから、楓を連れてワルシャワを訪れていた。
ヨーロッパに戻ってらはベルヒテスガーデンの件と、マルタ会談の準備に追われて、まだ楓を遥に会わせていなかったからだ。
遥は以前まで日中ソ連合軍の合同司令部として使用していたホテルに数名のソ連将校とソ連陸軍の護衛部隊と一緒に滞在している。
そして、日本の国家安全情報局の局員が24時間体制で彼女らを監視していた。
現在ワルシャワに滞在しているソ連将校は全員が日本側に協力的なメンバーで、遥の件は全て説明している。また、彼らは終戦後は遥に代わって、ソ連の要職に就けることを約束している。

ホテルの入り口の前で車から降りると、警備を担当しているソ連兵が敬礼で出迎えてくれた。彼らはソ連軍の給与とは別に国家安全情報局の予算から毎月定額で報酬を受けとっており、とてもに日本に対して協力的な兵士達だ。
スイートルームに入室した際も同様に、普段は無愛想なソ連軍の将校が俺達を笑顔で出迎えてくれて、遥がいる部屋に通してくれた。
    
遥は執務室の一人用のソファに座って、虚ろな目でただじっと窓から外の景色を眺めていた。付添兼監視役の局員に遥の様子を聞いたが、特に変わったことはないそうだ。

「この状態から元に戻すにはどれくらいかかりますか?」

楓が局員に質問した。局員は俺に視線を向けたので、小さく頷いて了承の意志を伝えた。

「10分もあれば元の状態に戻せますが、全ての記憶が残っているので、少し取り乱す可能性があります」

「誠司、遥はもう日本に連れて帰れるの?」

「何枚かの書類にサインさせれば日本に帰れるようにはなっているよ」

「じゃあ、今元に戻してもらってもいい?」

「えっ、今?それはちょっと…」

楓は何も言わずにじっと俺の目を見つめている。圧力に耐えきれず目を逸らす。

「わかったよ…。戻す前に遥に書類にサインしてもらうから少し待ってて」

「ありがとう」

遥にソ連の書記長の辞任と、その他の役職についても辞任するための書類を数枚書いてもらい、ソ連の将校に渡した。
次の書記長はNKGBのフセヴォロド・メルクーロフが継承することになっている。
彼を筆頭に主なソ連の政治家は俺の命令に従うように、予め遥の能力を使っているので、彼が書記長に居座り続ける限りはソ連は日本のコントロール下に置けるということになる。
また、今後は彼が政争で負けることがないように、毛沢東と同様に日本政府が裏で彼の支援をする約束になっている。

遥が書類をすべて書き終わったので、局員に元に戻すように指示を出した。少しだけ席を外すように言われたので、俺と楓と椿の3人は一時退室した。15分ほど待っていたら局員が呼びに来たので遥の部屋に戻った。
楓が早足でソファに座る遥に近付き、膝をついて遥の目線の高さに合わせて声をかけた。

「遥、わかる?楓だよ?」

「分かるよぉ…。楓…」

「遅くなってごめんね。もう大丈夫だからね」

楓が遥を抱き締めると、遥は声を上げて泣き始めた。

「かえでぇぇぇ!怖かったよぉぉぅ!!」

「よしよし、楓が来たからもう大丈夫だよ。もう日本に帰ろうね」

楓が遥を抱きしめながら髪を撫でると、楓は何度も頷いて楓を強く抱きしめるのだった。
15分程遥は泣き続けていたが、徐々に落ち着きを取り戻し、部屋を見渡した楓が俺と椿の姿を見た瞬間に、泣き叫びながら部屋の隅に逃げて体育座りをしながら、ガタガタと震えていた。

「まぁ、俺らはトラウマだよな。椿、俺達は少し外そうか」

「はい。その方が良いですね。社長、申し訳ございませんが、よろしくお願いします」

「うん。わかった。あとで行くから待っててね」

あの様子だと遥は完全にPTSDになってしまったようだ。
俺と椿の姿を見ると恐怖を思い出して取り乱すようだから、これからは会わないように気を付けた方が良さそうだな。
それにしても、楓は俺には怒ってないのかな?友達をあんな状態にしたしまった張本人が俺なんだが、怒っているような素振りはなかった。椿も楓が自分に怒っているのではないかと心配していたので、指示をしたのは俺だから気にする必要はないと諭したが、真面目な性格の椿はどうしても、責任を感じているようだった。

約15分後、楓が一人で部屋から出てきた。

「ようやく落ち着いたよ」

「迷惑かけてごめんな」

「ホントだよ。完全にPTSDになってるよ。あのまま実家に帰したらお父さんに誠司と椿は殺されちゃうよ?」

たしかに楓の言うとおり、近衛さんにバレたら殺されるかもしれないな。

「どうしよう?」

「仕方ないから遥にはお兄ちゃんと結婚してもらおうかな」

「「えっ!?」」

「いくら何でも本人達の意思もあるし、無理じゃないかな?木村三佐だって当事者だし、遥も怯えてるんじゃないのか?」

「それが、遥に聞いたら、遥の意識が朦朧としているときもお兄ちゃんが声をかけてくれたり、お菓子を持ってきて食べさせてくれたり、テーブルにお花を飾ってくれたりしたみたいで、遥からお兄ちゃんに会いたいって言い出したんだよ」

「それは、木村三佐は間違いなく遥さんのことが好きですね。遥さんは小川さんのことはもう大丈夫なんでしょうか…」

木村三佐がたまに遥の様子を見に来ていると局員から報告を受けていたが、まさか遥に惚れて通っているとは思っていなかった。
椿の言うとおり、あれだけ復讐に拘っていた小川先輩のことは本当にもう大丈夫なのだろうか。

「小川さんのことはもう遥なりにケジメをつけたんじゃないかな?だから、たぶんあの二人は両想いだよ。それに、あんな状態で遥を近衛の実家に戻すこともできないし、危なくて元ソ連のトップで能力も使える遥を野放しにはできないでしょ?」

「確かに木村家の嫁になれば安全ですね。陸軍元帥の家なので警備もしやすいと思います。」
    
「そうでしょ?だから、誠司からお兄ちゃんに遥と結婚するように言ってくれないかな?じゃないと、お兄ちゃん奥手男子だから一生告白なんてできないよ」

「う~ん、でもそういうのって外から余計なこと言わない方が良いんじゃないかな?」

「お兄ちゃんがあの歳まで結婚出来ないのは、誠司も悪いんだよ?」

「え?何で?」

「ヨーロッパになんか行ったらお見合いだってできないし、いつ帰るか分からないのに日本に婚約者を置いて行けないでしょ?まぁ、誠司は楓を置いていったけど」

「あぁ、なるほど。それを言うなら、一緒に来てる陸軍の連中みんなそうだな…。帰ったら陸軍主催の婚活パーティーでもやるかな」

都合の悪い部分は聞かなかったことにして、話題をすり替えることにした。

「それはそれで、開催してあげたら良いと思うけど、まずはお兄ちゃんに言ってもらえないかな?お兄ちゃん楓の言う事は聞いてくれないから」

「能力は使わないの?」

「え?家族にそんなことできないよ…」

楓が泣きそうな顔になってきたので、慌ててフォローする。

「ごめん、わかったから、俺から木村三佐に言うよ。だからそんな顔しないで?」

「ほんと?ありがとう!じゃあ、直ぐにお兄ちゃんをここに呼ぶね!」

楓は早速シュトゥットガルトの司令部に電話をかけて、木村三佐に俺が呼んでいるからすぐ来るように伝え、明日の午前中に空軍の輸送機でこちらに来ることになった。

翌日のお昼頃に木村三佐がワルシャワに到着した。

「園田閣下、ただいま到着しました」

「あ、義兄さん。忙しのに急に呼び出して悪かった」

「義兄さんと言う事は…、まさか私用ですか?」

「まぁまぁ、悪い話じゃないからさ、とりあえず座ってよ」

「急ぎって言うから文字どおり飛んできたんですよ!つまらない話だったら帰りますからね
!」

木村三佐は文句を言いながらもソファーに座った。彼は部下であり、義兄であり、この世界に来てから唯一の信頼できる友人でもある。是非とも彼には幸せになってもらいたい。

「遥さんのことなんだけど、意識を元に戻したよ。今は隣の部屋で楓と一緒にいる」

「ホントですか!?後遺症とかはないんですか!?」

珍しく前のめりになって話しているので、よっぽど遥のことが気になるのだろう。

「外傷もないし、脳にも影響はないのだけど、少し心が病んでしまって、俺と椿を見ると取り乱してしまうんだ。それ以外は落ち着いているよ」

「そうでしたか。日常生活に支障がなさそうで安心しました」

「いきなりで申し訳ないんだけど、遥さんを義兄さんの嫁にもらってくれないだろうか。義兄さんも今年で25歳になるし、そろそろ…」
    
「いいですよ」

「えっ?そんなあっさり、いいの?」

「はい。遥さんが私なんかで良ければ問題ありません」

この時代は人達は上司に言われたからって、こんなにあっさり結婚するものなのだろうか。

「そうか、じゃあ近衛さんには俺から連絡しとくから、一度、木村元帥と日本に戻って挨拶に行ってくるといいよ」

「ありがとうございます!遥さんと話して来ても良いですか?」

「あぁ、もちろん。ゆっくり話してくるといいよ」

「ありがとうございます」

木村三差がノックして遥の部屋に入ると、交代で楓が部屋から出てきた。

「お兄ちゃんOKだって?」

「うん。遥さんさえ良ければ結婚するって」

「やっぱり好きだったんだね!」

「結婚するのは良いとして、結婚式とか木村家の行事に俺と椿が参加できなくないか?

「たしかにそうですね。私たちの姿を結婚式場で見て取り乱したら大惨事ですね」

披露宴で突然花嫁が発狂したら、式場が凍り付くことは間違いない。想像しただけでも悲惨なので参加は難しそうだ。

「お面とか付けて参加したらどうかな?」

「披露宴でお面を付けていたら逆に目立つかと思います」
    
ジョークなのか本気なのか区別がつかない楓の提案に、椿が正論で返すと楓が残念そうにしていた。どうやらジョークではなかったようだ。
椿が言わなかったら本気で俺たちにお面を付けて結婚式に参加させられてたかもしれない。危なかった。

「とりあえず俺たちは何かしらの理由を付けて、披露宴は欠席させてもらうよ。遥さんと義兄さんが部屋から出てきたときに、俺らがいると雰囲気がぶち壊しになるから、陸軍のワルシャワ通信所で待ってる」

「うん、じゃあと話し終わったら楓もそっちに行くから、ちゃんと待っててね」

プロイセン王国の建国以降は、ポーランドは同盟国以外と国境を接しておらず、ワルシャワは戦略的重要度が下がったため、大日本帝国陸軍の戦闘部隊を駐留させておらず、ポーランド王国政府との連絡を担当する陸軍省の事務方の職員と数名の警備兵、通信科の隊員だけが、日本大使館の裏にある一戸建て程の大きさの通信所に駐留していた。
ワルシャワに行くことは伝えていたが、通信所に立ち寄る予定はなかったので、俺が通信所に顔を出すと隊員達は慌てて出迎えてくれた。
一度しか会ったことがない隊員でも氏名の表示機能があるため、名前を呼んで声をかけると、驚きとともに覚えていたことにとても喜んでくれた。
俺はが天才と言われているのはこの機能の効果もかなり影響していると思う。
もし、この機能がい本来の俺であれば一度会った人全員の顔と名前を覚えられるほど記憶力は良くない。
少しでも見栄を張るために、外国語を話せると頭が良さそうに見えるので必死で覚えたが、外国語以外の知識はほとんど大学生の頃から進歩していない。なので、天才と言われても中身が伴なっていないのがコンプレックスである。
    
1時間程通信所の隊員達と話をしていると、迎えに行ってもらった陸軍の車に乗って楓がやってきた。
遥のことは人前でできる話ではないので、通信所を後にして移動中の車の中で話を聞くことにした。

「どうなった?」

「遥も結婚したいって。だから、先にお兄ちゃんと遥二人で日本に帰国させて欲しいな」

「良いけど、日本への帰化手続はできないから国際結婚になるよ」

「え?そうなの?」

「遥が日本国籍になったら、ロシア人に出している命令がキャンセルになるかもしれないし、万が一遥が裏切って日本人に能力を使ったら大変なことになるからな」

「そういうことなら仕方ないか。遥には最初の理由だけ説明しようかな」
 
「楓に任せるよ。はぁ、これから報告と根回しで忙しくなるよ…」

「頑張って、旦那様」

俺達は木村三佐と遥の滞在するホテルには戻らず、ワルシャワからシュトゥットガルトに戻った。
ソ連軍は今日から遥の面倒を見る必要がなくなったので、数日中には本国に帰国する予定とのことだ。
同じ飛行機に乗るときっとパニックになるので、遥達には陸路でシュトゥットガルトに向かってもらい、木村三佐の帰国準備が整い次第、2人で日本に帰国するよう指示を出した。

陸軍司令部に戻ってからは、とにかく忙しかった。西側連合国とプロイセン王国が講和することになったので、プロイセン王国とフランスの国境の防衛が必要なくなったため、防衛任務に当たっていた部隊はすべて東ヨーロッパ王国連合の駐屯地に戻っていった。
シュトゥットガルトの指令部は日本の領土となったベルヒテスガーデンに移動することになり、現在は急ピッチで撤収作業を進めている。

欧州に展開している米英軍もパリ攻略部隊を残して3ヶ月以内には本国に引き揚げる旨の連絡があった。
日本海軍もヨーロッパでの長期間の運用で予算を大幅に食っているため、プロイセン王国から割譲されて、新たに日本の領土になったベルゴラントの海軍基地に数隻の駆逐艦と潜水艦を残して、艦隊は既に日本に向かっている。
フランス、スペイン、ポルトガルも自国の軍の再編成が始まったので、もし有事になったとしても、ソ連から軍を派遣するまでは持ち堪えることができるだろう。

俺は溜まっていた仕事を片付けてからは、皆が引っ越しをしているのを横目に、悠斗と翔に遥と木村三佐の婚約を報告したり、近衛元総理にも電話で二人のことを報告し、内々に承諾をもらった。
むしろ、日本人で木村元帥の息子で、近衛元総理の顔見知りでもあるということで、ようやく安心できると喜んでくれた。
なるべく早く二人に会いたいということだったので、木村三佐には遥を連れて帰国すうように帰国命令を出した。
前は俺の秘書業務も木村三佐が兼任していたが、今は椿が完璧に俺の秘書兼相談役をこなしてくれているので、特に不自由することはないだろう。

ベルヒテスガーデンに引っ越しが完了してからは、俺はずっと憧れていたケールシュタインハウスに俺、楓、椿、楓の専属護衛の紺野二曹と佐藤二曹の計5人で住むことにした。
椿の話によるとアイザックもここがお気に入りで、ベルリン以外ではここに一番長く住んでいたとのことだった。
椿はアイザックとクラーラが使っていたものは使いたくない言うので、全額自分が負担するからと言って、ケールシュタインハウスにあったものは全て運び出して、壁紙や床材、キッチン、バスルームもリフォームしてから住んでいる。
俺もアイザック達が使っていたベッドで寝るのは気分が良くないので、費用の半分は負担してあげた。
テラスからの眺めは最高だし、周りは静かだし、空気は綺麗だし、ここは本当に最高の環境だと思う。もう日本に戻らないでここに永住したいとさえ思った。

ベルヒテスガーデンに拠点を移動してから約3か月、楓は観光業を軌道に乗せるために毎日忙しく働いていたが、俺は同盟国の王や首相、軍の幹部との交流以外には特にやることもなく、空いた時間は陸軍の訓練に参加したり、湖で釣りをしたり楽しく過ごしていた。
    
ある日、プロイセン王国の貴族たちとキツネ狩をして家に戻ると、楓から話があると言われて、もしかしたら離婚したいと言われるのかもとドキドキしていたら、妊娠3か月であることを伝えられた。
俺もついに父になることが決まったのだが、全く実感が持てず、どういう表情をしたら良いのか分からなかったので、黙って楓を抱きしめて「ありがとう」とだけ呟いた。

それからさらに約3か月が経ち、楓のお腹も目立ってきたころの1944年11月9日、シチリア島に立て籠もっていたイタリア軍が、アメリカの戦艦アイオワの艦上で無条件降伏の書面にサインをした。
ムッソリーニはそのままアメリカ軍に逮捕され、捜査が終わり次第、裁判にかけられるらしい。実は1か月前にムッソリーニからボイスチャットで、楓と椿に救助して欲しいと連絡が来ていたらしいのだが、今頃になってそんなこと言われても無理だと言って断ったらしい。
元々同じハーケンクロイツのメンバーではあったが、元の世界のリアルでの面識は一切無かったので、助ける義理もないと椿は言っていた。
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