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17.江戸城

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1942年1月7日 10:30 大日本帝国 東京市 総理官邸 会議室

 今日は仕事始めなので、朝から閣僚全員で明治神宮に初詣に行った。本当は伊勢神宮にも行きたかったのだが、皇居の地下のことがあるから今年は諦める。
総理官邸に戻り次第そのまま会議に入った。会議には内閣総理大臣兼陸軍大臣、内閣副総理大臣兼海軍大臣、、内閣官房長官、内閣官房副長官、総務大臣、法務大臣、外務大臣、財務大臣、文部科学大臣、厚生労働大臣、農林水産大臣、経済産業大臣、国土交通大臣、国家公安委員長、郵政大臣、国家安全情報局長、国家安全捜査局長の全員が集まっている。

1942年の第一回目の閣議の議題は、国民は空襲を受けた際に消火活動を優先しなければならない旨の規定がある防空法の撤廃について閣議決定がなされた。過去の世界ではこの法律のせいで空襲のあとに逃げ遅れた人が少なくなかったので俺から撤廃を提案した。
ドイツの状況について報告させるためにドイツ大使を一時帰国させるということを外務大臣に指示した。アイザック達から定期連絡が途絶えたから今の詳しい状況を直接確認したい。
文部科学大臣には、今年から成和天皇による新教育勅語を出すことが決まっているので、現行の尋常小学校に加え、中学校の義務教育化の準備と国語を筆頭に文系科目が中心だった教育カリキュラムを理数系中心に変更し、英語、選択制の第二外国語(ロシア語、中国語)の導入等の準備の進捗確認をした。
経済産業大臣には急速に進む工業化に伴う公害発生の対策のために、昨年公布された公害対策基本法(史実では四大公害の発生を受けて1967年8月3日公布)及び「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」(史実では1970年12月25日公布)の遵守を各企業に徹底させ、急速に進む工業化に伴う公害の発生対策について政府から助成金を出す代わりに、法令違反をした企業の取り締まりを徹底するよう指示。
国土交通大臣には地下鉄延長工事、新路線の着工の前倒についてなど、議題は今年も主に国内の改革が中心となった。本日の議題がすべて消化されてから、解散前に皇居の地下の中雀門について閣僚に報告をした。
 
 まずはベテランの政治家が多い内閣なので、閣僚に中雀門のことを知ってる者がいないか聞いてみることにする。

「ということで、今回見つかった中雀門につて何か前任の大臣や事務官から引き継ぎを受けている人はいませんか?」

 各々、腕を組んだり頭を抱えたり、思い出そうと唸っていた。その中で、高木農林水産大臣が最初に沈黙を破った。

「定かではないのですが、私が幼い頃に祖父からそのようなものが皇居の地下にあるという話を聞いたことがあります」

「高木大臣の家は旧幕臣家でしたよね。確かお爺様は徳川幕府老中の高木直正さんでしたか?」

老中とは徳川幕府の役職で、現在の役職で例えるとここに揃った閣僚のような、幕府の中枢を担う地位だったため、職場である江戸城のことには当然詳しかったと思われる。

「はい。四代将軍徳川家綱公の時代に、明暦の大火で江戸の大半が焼失いたしました。その際に江戸城天守閣も焼け落ちたのですが、都市再建を優先するということで、結局天守は再建されなかったのです。理由までは覚えていませんが、祖父が言うにはその後、江戸城の天守は地下に再建されたとのことでしたね。もしかしたら今回総理が見つけた中雀門は、祖父が言っていた再建された江戸城の天守に繋がっているのかもしれませんな。もし天守なら是非私も見てみたいものです。」

明暦の大火は明和の大火、文化の大火とともに、江戸三大火災といわれる大火災である。延焼面積、死者数ともに江戸三大火災の中でも最大で、江戸城も含め、大名屋敷や江戸の市街の大半を焼いた日本史上最大の火災だ。
明治政府が何か意図して建造したのかと思ったのだが違うようだ。明暦の大火というと1657年なので300年近く前の話になる。その辺りの年代に建造されて、手入れもしてないとすれば、中は老朽化して崩れている可能性もあるのか・・・。

「そういうことなら、遺跡のようなものなので管轄は我々文科省ということになりますかね。」
    
 川口文部科学大臣は先ほどまでストローでオレンジジュースを飲みながら、みんなの話を黙って聞いていたが、珍しく興味を持ったのか自分で管轄を主張してきた。川口文部科学大臣は帝国大学卒業後すぐにアメリカに留学し、欧米の教育制度について学んできた経歴があり、帰国後は帝国大学の大学院で教育学の研究を続け、国内における欧米の教育制度の第一人者である教授だった。彼は俺たちが行っている教育改革にとって適任者だったので、政治家ではなかったが、文部科学大臣に抜擢した。元の世界の史実にはいなかった閣僚であり、彼に関しては俺たちの人を従わせる能力を一度も使用することなく、俺の教育改革に賛同してくれた協力者でもある。

「そうなりますかね。ただ内部の状況が不明な以上、江戸時代の罠なども仕掛けてある可能性があるので、文科省単独では危険かと思います。ということですので、伏見公安委員長、警察の方でもその辺りのサポートをしてください」

「相分かった。」

 伏見さんは、カイゼル髭を生やしたダンディな公安委員長である。彼は俺たちがこの世界に来るまでは、皇族でありながら周りの皇族や華族から変人と言われ、才能があるのに要職に就くことなく、学習院大学で職員として勤務していた。たまたま悠斗が皇族の集まるパーティーで、一人つまらなそうに壁際でシャンパンを飲んでいた彼に興味を持って話しかけたら、彼との会話の中で彼が間違いなく天才であることを見抜いた。悠斗の勧めで知能検査を実施したところ、なんとIQ185という結果が出た。多少人付き合いが苦手なくらいで、こんな天才を放っておくのは国家にとって大損失である。そこで、悠斗の推薦で皇族ということもあり国家公安委員長に抜擢した。国家公安委員長に就任してからの伏見殿下は、中央集権制であった警察機構を県警本部単位に大きな裁量権を与え、国家公安委員会の直下に警察庁、警察庁の下に直接各県警本部が連なる構造に組織再編をした。また、県警単位での汚職や内部のパワハラ等を防止するために、警察出身者を排除した元陸軍の憲兵出身者で構成する公安委員長直轄の公安調査局を設立。設立後は徹底的に警察内部の調査を行い、これまでの不正を洗い出して多数の警察官を逮捕、懲戒免職とした。また、まだ現在のようなコンピューターがない時代なのでアナログではあるが、捜査情報のデータベース化を進め、現代のプロファイリングに近い捜査を可能にした。そこに政府が大量に輸入したパンチカードシステムを優先的に複数台配置したことで、飛躍的に検挙率が上昇した。その他にも俺と翔からの現代の知識をヒントに大小様々な改革を行い、大日本帝国の警察機構は元の世界の現代よりも風通しの良い組織に生まれ変わった。

「お二人とも安全第一というとでよろしくお願いします。それと今回の調査は、レベル5の最高機密に指定するので、調査の結果が出るまでは公表しないのでそのつもりで動いてください。では、今年も色々と忙しい一年になりそうですが、皆様よろしくお願いします。」

今年一回目の閣議はこうして終了した。翌日には文科省と警察合同での調査が始まったと報告があった。川口文部科学大臣がかなり乗り気だったから、官僚たちが徹夜で準備させられたようだ。天守の中にお宝とかが眠っているかもしれないし、こういうのは浪漫があるから俺も調査に参加したかった。しかし、進めなきゃいけないプロジェクトが山のようにあり、スケジュールを調整することができなかった。調査結果が出るのを楽しみに仕事を頑張ろう。  
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