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疎外と温もり
⑧
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15年前、瞬は久保家の次男として6つ年上の兄、3つ年上の姉の下に生まれた。
小さい頃はΩ性だのα性だの、なにも知らないまま仲良くしてくれる兄と姉に可愛がられて育った。
久保家が代々続く製薬会社の社長の一家だということを幼稚園の頃に知った。
知ったとはいっても、直接教えられたのではなく幼稚園の先生が妙によそよそしかったり、行きと帰りが幼稚園のバスではなく、自分だけ専属の運転手が送迎してくれることになんとなく違和感を感じ始めたからだ。
「瞬の家って金持ちだよな~」
仲良くしていた幼稚園の友達が言ったその一言で、自分の家が大きな会社を継いでいる名家なのだと知り始めた。
小学校に上がっても自分の性のことはよくわからず、親にだけ通知が渡されていた。
高学年になる頃には兄の態度が変わり始めた。
あんなに可愛がってくれていた兄が、常にカリカリしていて、瞬に当るようになった。
「今思えば、あの頃の兄は会社の跡を継ぐために高校で死に物狂いで勉強していて…ストレスのはけ口が無かったんだと思う」
瞬はそう呟いた。
でも、兄ちゃんは勉強で疲れてるんだよね、と自分に言い聞かせて、ぶたれて赤くなった頬をさすって笑顔を作っていた。
中学に入ると生徒は一斉に性別を明確にする血液検査が行われたが、久保家は学校の血液検査などあてにはしないと、お抱えの医者に検査をさせた。
その時も、瞬には結果は知らされず、自分の性はなんだと父に問いただした。
「αに決まっているだろう。我が家は代々αの家系で、兄さんも姉さんもαだから勉強がよくできるだろう?」
そう強く言い聞かされ、瞬はそう言う物なのだろうかと疑問が拭えないまま、それでも親の言葉は信じようと思った。
けれど、周りの生徒は次々と性別が分かっていく。
「僕もαなんだ」
と父に言われた性をそのまま名乗った瞬だったけれど、勉強も体育も平均程度の能力しかなく、疑問は更に深まっていった。
それと同時期に、瞬は父の会社の研究所に連れて行かれることが増えた。
数十分の検査や、血液の採取など、軽く終わる物ばかりだったため、特に気にかけていなかった。
その時に研究所の職員に瞬は尋ねた。
「あの、僕の性って何なんですか?本当にαなんですか?」
職員は笑顔で「もちろんですよ」と答えた。
「瞬様も久保家の立派な跡取りになれるように頑張ってくださいね。」
研究員のその一言と貼り付いたような奇妙な笑顔に、これ以上何も言う気にはなれなかった。
「そうこうしている内に、僕にもヒートがきてしまったんだ…」
瞬は大地の前で俯き、低い声で呟いた。
中三の秋、他の生徒に比べてかなり遅いヒート。
以前、空翔と話した時に自分に合う薬がなかなか見つからなかった、と瞬は言っていた。
「あえて、薬を与えてもらえなかった」
瞬は喉から声を絞り出すようにそう言った。
「はっ?なんでだよ、下手したら死ぬかもしれねえだろ!?」
大地は思わず声を荒げた。
ヒートが起きた状態で薬の投与をされなかったり、αと交わらないまま放置されていたらΩは命の危機にも関わってくる。
「君の言う通り、僕は死にかけたよ。研究所の実験室と言う名の独房でね。もう僕が言いたいこと、わかるでしょう?」
そう言って瞬はちらと見た。
大地は、想像したくなんてなかったし、想像したことが間違っていてほしいとも思った。
「瞬は、両親の実の子どもじゃなくて…Ω性の身体を…製薬会社の実験に使われたのか…?」
恐る恐る答える大地に、瞬は静かに一度頷いた。
「正解だよ。僕の両親はαだった。でも、それでΩが産まれるのはおかしいでしょ。結局父に問い詰めたら、僕は父の妾との子どもなんだって言われたよ」
瞬は遠くを見ているかのようにぼんやりと答えた。
「妾…母さんとの間にできた僕を、母さんは絶対に産むと決めたけれど、育てていく術がないと言っていた。そこで父が、僕を預かることで金を払うって言ったんだ」
そこで瞬はひとつ息を呑みこんで続けた。
「僕が新薬の検体として研究の役に立てば、母さんに払う金なんて安いものだって…」
瞬は震えていた。
歯ががちがちとなって、涙を零し始めた。
大地は立ち上がり、すぐに瞬の背をさすった。
「もう…いい。ありがと…いや、ごめん、そんなつらいこと、話させて…」
想像を絶するような人生を送ってきたのだと、いや、もはや人として扱ってすらもらえなかった瞬のことを思えば、大地は話させたことに罪悪感なんてものでは測りきれない重さを感じた。
「ううん。僕が、話すって決めたから。君に。でも、これは、誰にも…空翔くんにも言わないでほしいんだ」
「当たり前だろ。ぜってえ言わねえよ!」
大地は即答した。
そんなことを、なぜ軽々しく言えるだろうか。
自分と空翔との関係が、いかに恵まれているのか、そう感じた。
「ありがとう。…でも、話すって決めたから、ここまできたら、最後まで話していい?」
「ああ、もちろんだ。聞かせてくれよ。でも、無理だけはすんなよ?」
「うん、ありがとう」
瞬は大地に背中を擦られると落ち着いたのか、続きを話し始めた。
小さい頃はΩ性だのα性だの、なにも知らないまま仲良くしてくれる兄と姉に可愛がられて育った。
久保家が代々続く製薬会社の社長の一家だということを幼稚園の頃に知った。
知ったとはいっても、直接教えられたのではなく幼稚園の先生が妙によそよそしかったり、行きと帰りが幼稚園のバスではなく、自分だけ専属の運転手が送迎してくれることになんとなく違和感を感じ始めたからだ。
「瞬の家って金持ちだよな~」
仲良くしていた幼稚園の友達が言ったその一言で、自分の家が大きな会社を継いでいる名家なのだと知り始めた。
小学校に上がっても自分の性のことはよくわからず、親にだけ通知が渡されていた。
高学年になる頃には兄の態度が変わり始めた。
あんなに可愛がってくれていた兄が、常にカリカリしていて、瞬に当るようになった。
「今思えば、あの頃の兄は会社の跡を継ぐために高校で死に物狂いで勉強していて…ストレスのはけ口が無かったんだと思う」
瞬はそう呟いた。
でも、兄ちゃんは勉強で疲れてるんだよね、と自分に言い聞かせて、ぶたれて赤くなった頬をさすって笑顔を作っていた。
中学に入ると生徒は一斉に性別を明確にする血液検査が行われたが、久保家は学校の血液検査などあてにはしないと、お抱えの医者に検査をさせた。
その時も、瞬には結果は知らされず、自分の性はなんだと父に問いただした。
「αに決まっているだろう。我が家は代々αの家系で、兄さんも姉さんもαだから勉強がよくできるだろう?」
そう強く言い聞かされ、瞬はそう言う物なのだろうかと疑問が拭えないまま、それでも親の言葉は信じようと思った。
けれど、周りの生徒は次々と性別が分かっていく。
「僕もαなんだ」
と父に言われた性をそのまま名乗った瞬だったけれど、勉強も体育も平均程度の能力しかなく、疑問は更に深まっていった。
それと同時期に、瞬は父の会社の研究所に連れて行かれることが増えた。
数十分の検査や、血液の採取など、軽く終わる物ばかりだったため、特に気にかけていなかった。
その時に研究所の職員に瞬は尋ねた。
「あの、僕の性って何なんですか?本当にαなんですか?」
職員は笑顔で「もちろんですよ」と答えた。
「瞬様も久保家の立派な跡取りになれるように頑張ってくださいね。」
研究員のその一言と貼り付いたような奇妙な笑顔に、これ以上何も言う気にはなれなかった。
「そうこうしている内に、僕にもヒートがきてしまったんだ…」
瞬は大地の前で俯き、低い声で呟いた。
中三の秋、他の生徒に比べてかなり遅いヒート。
以前、空翔と話した時に自分に合う薬がなかなか見つからなかった、と瞬は言っていた。
「あえて、薬を与えてもらえなかった」
瞬は喉から声を絞り出すようにそう言った。
「はっ?なんでだよ、下手したら死ぬかもしれねえだろ!?」
大地は思わず声を荒げた。
ヒートが起きた状態で薬の投与をされなかったり、αと交わらないまま放置されていたらΩは命の危機にも関わってくる。
「君の言う通り、僕は死にかけたよ。研究所の実験室と言う名の独房でね。もう僕が言いたいこと、わかるでしょう?」
そう言って瞬はちらと見た。
大地は、想像したくなんてなかったし、想像したことが間違っていてほしいとも思った。
「瞬は、両親の実の子どもじゃなくて…Ω性の身体を…製薬会社の実験に使われたのか…?」
恐る恐る答える大地に、瞬は静かに一度頷いた。
「正解だよ。僕の両親はαだった。でも、それでΩが産まれるのはおかしいでしょ。結局父に問い詰めたら、僕は父の妾との子どもなんだって言われたよ」
瞬は遠くを見ているかのようにぼんやりと答えた。
「妾…母さんとの間にできた僕を、母さんは絶対に産むと決めたけれど、育てていく術がないと言っていた。そこで父が、僕を預かることで金を払うって言ったんだ」
そこで瞬はひとつ息を呑みこんで続けた。
「僕が新薬の検体として研究の役に立てば、母さんに払う金なんて安いものだって…」
瞬は震えていた。
歯ががちがちとなって、涙を零し始めた。
大地は立ち上がり、すぐに瞬の背をさすった。
「もう…いい。ありがと…いや、ごめん、そんなつらいこと、話させて…」
想像を絶するような人生を送ってきたのだと、いや、もはや人として扱ってすらもらえなかった瞬のことを思えば、大地は話させたことに罪悪感なんてものでは測りきれない重さを感じた。
「ううん。僕が、話すって決めたから。君に。でも、これは、誰にも…空翔くんにも言わないでほしいんだ」
「当たり前だろ。ぜってえ言わねえよ!」
大地は即答した。
そんなことを、なぜ軽々しく言えるだろうか。
自分と空翔との関係が、いかに恵まれているのか、そう感じた。
「ありがとう。…でも、話すって決めたから、ここまできたら、最後まで話していい?」
「ああ、もちろんだ。聞かせてくれよ。でも、無理だけはすんなよ?」
「うん、ありがとう」
瞬は大地に背中を擦られると落ち着いたのか、続きを話し始めた。
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