地には天を。

ゆきたな

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疎外と温もり

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大地は翌日から、教室にいる間はサッカー部のメンバーとはつるまず、できるだけ空翔の隣りにいるように努めた。
空翔にとってそれはむずがゆくて、恥ずかしい反面、心強さを感じた。
そう感じることができるのは、大地がαだからなのかと空翔は一瞬考えたけれど、そんなんじゃないとすぐに自分の中で打ち消した。
昨日、αのことを悪く言っていたみな実は、大地が居ても空翔に気さくに話しかけた。
けど、瞬は何度も二人の方を見てはいたが、話しかけるようなことはしなかった。

「ごめん、ちょっとトイレ」

休み時間、空翔は大地に言い残してひとりでトイレに行った。
ひとりで歩いていても昨日よりもずいぶん気持ちが楽で、足取りも軽かった。
用をたしてから手を洗っていると鏡に、空翔の背後に立っている瞬が映っていた。

「…どういうこと?」

他に誰もいないトイレで、瞬は一言空翔にそう問いかけ、空翔は手を拭いて振り返った。

「どういうことって…なにが?」

「空翔くん、今朝からあからさまにαと一緒に過ごすようになったよね?おかしいでしょ…」

「なにもおかしくないよ。αだろうとなんだろうと、俺と一緒に居るのは大地だから。昔からずっと一緒に居てくれて、俺を大切にしてくれる大地。αとか関係ない」

「でも、所詮はαだよ?αなんて、いつか絶対に裏切るよ」

怒りが込み上げてくる瞬は、唸るような声で言った。

「ねえ、大地の良さは瞬だって知っているだろ?優しい人って、言ってたじゃん。でも瞬は、相手がどんな人かも見ずに、性別だけ見てα…α…って、ねえ、αとの間になにかあったの?」

空翔は、半分勢いではあったけれどずっと自分の中で止むことのなかった瞬への疑問をぶつけた。
けれど瞬は理由を話すどころか、激昂し始めてしまった。

「知ったような口を利くなあっ!」

叫び声を上げて瞬は拳を振り上げた。
空翔は身構え反射的に目を閉じた。
しかし、瞬の振り上げた拳は下ろされることはなく、瞬の腕はぐっと後ろに引かれる形になった。

「お前さ、空翔に何してんだよ」

瞬の腕を掴んでいたのは大地だった。

「くっ、離せα!離せよ!」

瞬は今までに見せたことのないような鋭い目つきを見せ、歯をむき出しにして抵抗した。

「空翔を傷つけようとしてんのに、離せるかよ」

大地は冷静に告げたが、その声には怒りがこもっていた。
力を緩めようとはしなかった。

「はっ!そうやって、αはすぐ力に物を言わせようとして…うっ…うぅ」

声が震えはじめて涙を流し始めた瞬は、言葉を詰まらせて嘔吐してしまった。

「瞬っ!」

空翔も大地も瞬の様子に驚いてしまい、空翔はすぐに瞬の背中をさすって、腕を掴んでいた大地は、瞬の身体を支えた。
辺りは騒然とする中、空翔と大地のふたりで瞬を保健室へと連れて行った。
瞬は抵抗しなかった。
いや、抵抗するほどの元気がなかった。
空翔と大地は養護教諭に瞬を預けて、一度授業に戻って放課後に再び保健室に立ち寄った。
もしかしたら瞬は早退したかもしれないとも思ったけれど、ふたりともこのまま帰るのは気が引けたので、念のために、とやって来たのだ。

「失礼します」

大地が扉越しに声をかけてから、空翔と並んで保健室に入った。
養護教諭はいなかった。
瞬は、ベッドのパーテーションとなるカーテンが開いた状態で、上半身だけ起こしてぼんやりと外を眺めていた。

「瞬…」

恐る恐る声をかける空翔の顔を、瞬はなぜか、ぼにゃりしながらもふっと笑って見ていた。

「空翔くん…大地くん…さっきは、ごめんね?」

もしかしたら突き返されるかもしれないという覚悟もしていたふたりだったので、瞬からの急な謝罪にぽかんとしてしまった。

「いや、俺は別にいいんだけどよ、身体は大丈夫なのかよ?」

大地は、自分が瞬に近づけば刺激をしてしまうと考え、空翔がベッドへ近寄っても、大地は遠くから声をかけていた。

「そうだよ、急に吐いちゃったりして、一体どうしたのさ?」

空翔は瞬の傍まで来て、ベッドの横で膝を着いて瞬を見上げて問いかけた。

「これしか…僕には防衛策がないから」

瞬は毛布をぎゅっと掴み、悔しそうに呟いた。
その言葉の意味が分からない空翔は首を傾げていた。

「防衛策って…瞬、君は一体なにを…」

深く訊こうとする空翔の言葉は、立ったままの大地の声で遮られた。

「抑制剤の過剰摂取だろ」

そう言われて、瞬は図星だったのか身体がピクッと震えた。
空翔は目を丸くして驚いていた。

「え!抑制剤の…過剰摂取!?どうしてそんなことするんだよ」

戸惑う空翔を余所に、瞬はふ、と笑って視線をゆっくり大地へと移した。

「大地くん、気づいていたんだ」

「まぁ。実際やってるのを見たのは初めてだけど。薬の匂いがお前からきつく漂ってきたし、あれだけ興奮していた様子を見たから」

「摂取した薬の匂いが大地くんにだけわかったのは、君がαだからだよ。Ωやβにはわからない。でもそれが僕の目的だったから。だからやってたんだよ」

ふたりが淡々と会話をしているのを聞き、空翔は自分だけが理解できていないことに腹を立てた。

「なんなのさ、ふたりだけで話して。ね、なんで瞬はそんな危険なことしていたの?教えてよ…」

縋るように空翔が言っても、瞬は口を開かなかった。

「薬品の強い匂いが漂えば、大抵のαは気分が悪くなってそのΩに近寄ろうとは思わない。でも、薬品の過剰摂取は脳や体に悪いだけじゃなく興奮作用をもたらす副作用も持ってる。お前はそれも知ってるんだろ?」

まだ淡々と語る大地の言葉は、空翔も初めて抑制剤を薬局でもらった時に同じ説明を受けたということを思い出させた。

「だからあんなに普段はおとなしい瞬が大地に攻撃的になったのか。だったら、尚更どうしてそんな危険なリスクがあることをしたのさ」

一度大地の方に顔を向けた空翔だったが、すぐ瞬の方を見てもう一度訊いた。
けれど瞬は首を横に振るばかりで何も答えることはなく、それは二人を拒んでいるという言葉の代わりでもあったので、空翔も大地も諦めて保健室を出た。
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