幽霊屋敷の掃除婦

羽鳥紘

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番外編(三人称)

執事の帰還

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「ミハイルさんは、どうしてライサのぬいぐるみを壊したりしたんですか」

 遅い昼食を取りながら。
 しばらくは互いに貪るように食べていたが、不意にミオが声を上げる。

「覚えてない、そんな昔のこと」
「ライサのこと、好きだったんですか?」

 ブッ――
 と、食べているものを噴きかけて、すんでのところでミハイルはそれをこらえた。

「何を言い出すんだ……」
「今じゃないですよ、昔の話です。ほら男の子って、好きな女の子にいじわるするって言うじゃないですか」
「知らん!」
「じゃあどうして壊したんですか」
「だから、覚えていないと言っている」

 ミハイルの声が不機嫌さを帯びてきたため、ミオは口を噤んだ。

 すぐにミハイルの後を追っていたミオは、調理場でミハイルとライサがギスギスした雰囲気なのを目撃してしまっていた。
  声を掛けられない雰囲気だったので、様子を伺っていたのだが、ミハイルが傷を負ったために仲裁に入ったのである。

  ライサが、ミハイルを邪険にしてるのは知っている。だが、あそこまで敵意を剥き出しにしているのは初めて見た。許すと、ライサは言っていたのに。

(それにライサも、なんだかんだミハイルさんが気になってるように見えるけど)

 女心ならミオにもわからないでもない。
 好きと嫌いは、ときに紙一重だ。ライサのそれは、ミハイルに近づく女がいるたびに嫌がらせをするその性質は。

 今だけ見れば、大人とほんの小さな少女ではある。だがミハイルの方が年下だった時期もあっただろう。とすれば、互いを意識するような年頃もあったのではないか――と、ミオは思うのだが。

 恐らくミハイルが認めることはないだろう。

 聞きたいことは他にもあった。

(あの女って、誰だろう)

 ライサの言い方には何か含みがあった。
 ミハイルに料理を教えたのもその人であると、二人の話から想像できた。
 
 別に、聞かなくとも、ほぼ答えは知れたようなものだ。

(私には、関係ない話だ――)

 今目の前で、仏頂面で食事をつつく男が、かつて仲睦まじくキッチンに立って一緒に料理をしていた女がいたところで。

「何を怒っているんだ」
「何がですか? 私は別に、何も」
「眉間に皺が寄っている。癖になるぞ」
「大きなお世話です」

 怒っているじゃないかと、ミハイルが嘆息する。

「別に、ミハイルさんには関係ないことです」

 珍しくとりつくしまもないミオの様子に、ミハイルは追求を諦めた。黙って、食器を持って立ち上がる。

「私、片付けておきますよ」

 声をかけると、ミハイルは持った食器を下に下ろした。

「なら、使用人殿に頼むとする」
「なんですか、使用人殿って。……なんなら、シャツも縫っておきますよ」

 眉間に皺を寄せたまま、ミオが取り澄ました声を上げる。
 来たばかりの頃のような。
 丁寧だし、決して冷たいわけではないのに、感情のない声。

「……頼む」
 
 一言呟き、その場でシャツを脱ぐ。硬直して動かないミオにシャツを押し付けると、カッと、みるみるうちにミオの顔色が赤くなった。

「……ふ」
「ち、違います。別に平気ですよ、上半身くらい。私、弟いますし!?」
「何も言ってない」

 笑いを堪えて、調理場を出る。と同時に、浮き立った気分が吹き飛んだ。



「ただいま戻りました、ご主人様」

  リエーフがなぜか目頭にハンカチを当てて立っていた。
「お前……、今までどこに」
「若いもの同士、わたくしがいないほうがうまくいくのではと、断腸の思いでお側を離れておりましたが……、まさか脱いで迫るほどとは、このリエーフ」
「いつ俺が迫った」
「恥じらうミオさんに半裸で詰めよっておられたではありませんか」
「目をえぐりだしてやるから、よく洗ってこい」

    本気の構えを取ったミハイルに、「ご冗談を……」と両手の平を見せて敵意のないことを示し、リエーフが笑う。別にミハイルにしてみれば冗談でもなんでもなかったのだが。

「またライサと揉めたのですか。腕、手当てしましょう」

 見ていたのか、見ずともわかるものなのか。

 リエーフが着ていた上着を差し出してくる。ミハイルは黙ってそれをひったくると、それを羽織った。

 半身を覆う呪印を、自らの目から隠すように。
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