45 / 52
番外編(三人称)
執事の帰還
しおりを挟む
「ミハイルさんは、どうしてライサのぬいぐるみを壊したりしたんですか」
遅い昼食を取りながら。
しばらくは互いに貪るように食べていたが、不意にミオが声を上げる。
「覚えてない、そんな昔のこと」
「ライサのこと、好きだったんですか?」
ブッ――
と、食べているものを噴きかけて、すんでのところでミハイルはそれをこらえた。
「何を言い出すんだ……」
「今じゃないですよ、昔の話です。ほら男の子って、好きな女の子にいじわるするって言うじゃないですか」
「知らん!」
「じゃあどうして壊したんですか」
「だから、覚えていないと言っている」
ミハイルの声が不機嫌さを帯びてきたため、ミオは口を噤んだ。
すぐにミハイルの後を追っていたミオは、調理場でミハイルとライサがギスギスした雰囲気なのを目撃してしまっていた。
声を掛けられない雰囲気だったので、様子を伺っていたのだが、ミハイルが傷を負ったために仲裁に入ったのである。
ライサが、ミハイルを邪険にしてるのは知っている。だが、あそこまで敵意を剥き出しにしているのは初めて見た。許すと、ライサは言っていたのに。
(それにライサも、なんだかんだミハイルさんが気になってるように見えるけど)
女心ならミオにもわからないでもない。
好きと嫌いは、ときに紙一重だ。ライサのそれは、ミハイルに近づく女がいるたびに嫌がらせをするその性質は。
今だけ見れば、大人とほんの小さな少女ではある。だがミハイルの方が年下だった時期もあっただろう。とすれば、互いを意識するような年頃もあったのではないか――と、ミオは思うのだが。
恐らくミハイルが認めることはないだろう。
聞きたいことは他にもあった。
(あの女って、誰だろう)
ライサの言い方には何か含みがあった。
ミハイルに料理を教えたのもその人であると、二人の話から想像できた。
別に、聞かなくとも、ほぼ答えは知れたようなものだ。
(私には、関係ない話だ――)
今目の前で、仏頂面で食事をつつく男が、かつて仲睦まじくキッチンに立って一緒に料理をしていた女がいたところで。
「何を怒っているんだ」
「何がですか? 私は別に、何も」
「眉間に皺が寄っている。癖になるぞ」
「大きなお世話です」
怒っているじゃないかと、ミハイルが嘆息する。
「別に、ミハイルさんには関係ないことです」
珍しくとりつくしまもないミオの様子に、ミハイルは追求を諦めた。黙って、食器を持って立ち上がる。
「私、片付けておきますよ」
声をかけると、ミハイルは持った食器を下に下ろした。
「なら、使用人殿に頼むとする」
「なんですか、使用人殿って。……なんなら、シャツも縫っておきますよ」
眉間に皺を寄せたまま、ミオが取り澄ました声を上げる。
来たばかりの頃のような。
丁寧だし、決して冷たいわけではないのに、感情のない声。
「……頼む」
一言呟き、その場でシャツを脱ぐ。硬直して動かないミオにシャツを押し付けると、カッと、みるみるうちにミオの顔色が赤くなった。
「……ふ」
「ち、違います。別に平気ですよ、上半身くらい。私、弟いますし!?」
「何も言ってない」
笑いを堪えて、調理場を出る。と同時に、浮き立った気分が吹き飛んだ。
「ただいま戻りました、ご主人様」
リエーフがなぜか目頭にハンカチを当てて立っていた。
「お前……、今までどこに」
「若いもの同士、わたくしがいないほうがうまくいくのではと、断腸の思いでお側を離れておりましたが……、まさか脱いで迫るほどとは、このリエーフ」
「いつ俺が迫った」
「恥じらうミオさんに半裸で詰めよっておられたではありませんか」
「目をえぐりだしてやるから、よく洗ってこい」
本気の構えを取ったミハイルに、「ご冗談を……」と両手の平を見せて敵意のないことを示し、リエーフが笑う。別にミハイルにしてみれば冗談でもなんでもなかったのだが。
「またライサと揉めたのですか。腕、手当てしましょう」
見ていたのか、見ずともわかるものなのか。
リエーフが着ていた上着を差し出してくる。ミハイルは黙ってそれをひったくると、それを羽織った。
半身を覆う呪印を、自らの目から隠すように。
遅い昼食を取りながら。
しばらくは互いに貪るように食べていたが、不意にミオが声を上げる。
「覚えてない、そんな昔のこと」
「ライサのこと、好きだったんですか?」
ブッ――
と、食べているものを噴きかけて、すんでのところでミハイルはそれをこらえた。
「何を言い出すんだ……」
「今じゃないですよ、昔の話です。ほら男の子って、好きな女の子にいじわるするって言うじゃないですか」
「知らん!」
「じゃあどうして壊したんですか」
「だから、覚えていないと言っている」
ミハイルの声が不機嫌さを帯びてきたため、ミオは口を噤んだ。
すぐにミハイルの後を追っていたミオは、調理場でミハイルとライサがギスギスした雰囲気なのを目撃してしまっていた。
声を掛けられない雰囲気だったので、様子を伺っていたのだが、ミハイルが傷を負ったために仲裁に入ったのである。
ライサが、ミハイルを邪険にしてるのは知っている。だが、あそこまで敵意を剥き出しにしているのは初めて見た。許すと、ライサは言っていたのに。
(それにライサも、なんだかんだミハイルさんが気になってるように見えるけど)
女心ならミオにもわからないでもない。
好きと嫌いは、ときに紙一重だ。ライサのそれは、ミハイルに近づく女がいるたびに嫌がらせをするその性質は。
今だけ見れば、大人とほんの小さな少女ではある。だがミハイルの方が年下だった時期もあっただろう。とすれば、互いを意識するような年頃もあったのではないか――と、ミオは思うのだが。
恐らくミハイルが認めることはないだろう。
聞きたいことは他にもあった。
(あの女って、誰だろう)
ライサの言い方には何か含みがあった。
ミハイルに料理を教えたのもその人であると、二人の話から想像できた。
別に、聞かなくとも、ほぼ答えは知れたようなものだ。
(私には、関係ない話だ――)
今目の前で、仏頂面で食事をつつく男が、かつて仲睦まじくキッチンに立って一緒に料理をしていた女がいたところで。
「何を怒っているんだ」
「何がですか? 私は別に、何も」
「眉間に皺が寄っている。癖になるぞ」
「大きなお世話です」
怒っているじゃないかと、ミハイルが嘆息する。
「別に、ミハイルさんには関係ないことです」
珍しくとりつくしまもないミオの様子に、ミハイルは追求を諦めた。黙って、食器を持って立ち上がる。
「私、片付けておきますよ」
声をかけると、ミハイルは持った食器を下に下ろした。
「なら、使用人殿に頼むとする」
「なんですか、使用人殿って。……なんなら、シャツも縫っておきますよ」
眉間に皺を寄せたまま、ミオが取り澄ました声を上げる。
来たばかりの頃のような。
丁寧だし、決して冷たいわけではないのに、感情のない声。
「……頼む」
一言呟き、その場でシャツを脱ぐ。硬直して動かないミオにシャツを押し付けると、カッと、みるみるうちにミオの顔色が赤くなった。
「……ふ」
「ち、違います。別に平気ですよ、上半身くらい。私、弟いますし!?」
「何も言ってない」
笑いを堪えて、調理場を出る。と同時に、浮き立った気分が吹き飛んだ。
「ただいま戻りました、ご主人様」
リエーフがなぜか目頭にハンカチを当てて立っていた。
「お前……、今までどこに」
「若いもの同士、わたくしがいないほうがうまくいくのではと、断腸の思いでお側を離れておりましたが……、まさか脱いで迫るほどとは、このリエーフ」
「いつ俺が迫った」
「恥じらうミオさんに半裸で詰めよっておられたではありませんか」
「目をえぐりだしてやるから、よく洗ってこい」
本気の構えを取ったミハイルに、「ご冗談を……」と両手の平を見せて敵意のないことを示し、リエーフが笑う。別にミハイルにしてみれば冗談でもなんでもなかったのだが。
「またライサと揉めたのですか。腕、手当てしましょう」
見ていたのか、見ずともわかるものなのか。
リエーフが着ていた上着を差し出してくる。ミハイルは黙ってそれをひったくると、それを羽織った。
半身を覆う呪印を、自らの目から隠すように。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
相手不在で進んでいく婚約解消物語
キムラましゅろう
恋愛
自分の目で確かめるなんて言わなければよかった。
噂が真実かなんて、そんなこと他の誰かに確認して貰えばよかった。
今、わたしの目の前にある光景が、それが単なる噂では無かったと物語る……。
王都で近衛騎士として働く婚約者に恋人が出来たという噂を確かめるべく単身王都へ乗り込んだリリーが見たものは、婚約者のグレインが恋人と噂される女性の肩を抱いて歩く姿だった……。
噂が真実と確信したリリーは領地に戻り、居候先の家族を巻き込んで婚約解消へと向けて動き出す。
婚約者は遠く離れている為に不在だけど……☆
これは婚約者の心変わりを知った直後から、幸せになれる道を模索して突き進むリリーの数日間の物語である。
果たしてリリーは幸せになれるのか。
5〜7話くらいで完結を予定しているど短編です。
完全ご都合主義、完全ノーリアリティでラストまで作者も突き進みます。
作中に現代的な言葉が出て来ても気にしてはいけません。
全て大らかな心で受け止めて下さい。
小説家になろうサンでも投稿します。
R15は念のため……。
背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜
二階堂吉乃
恋愛
辺境の小国から人質の王女が帝国へと送られる。マリオン・クレイプ、25歳。高身長で結婚相手が見つからず、あまりにもドレスが似合わないため常に男物を着ていた。だが帝国に着いて早々、世話役のモロゾフ伯爵が倒れてしまう。代理のモック男爵は帝国語ができないマリオンを王子だと勘違いして、皇宮の外れの小屋に置いていく。マリオンは生きるために仕方なく働き始める。やがてヴィクター皇子の目に止まったマリオンは皇太子宮のドアマンになる。皇子の頭痛を癒したことからマリオンは寵臣となるが、様々な苦難が降りかかる。基本泣いてばかりの弱々ヒロインがやっとのことで大好きなヴィクター殿下と結ばれる甘いお話。全27話。
レディース異世界満喫禄
日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。
その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。
その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!
私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?
樋口紗夕
恋愛
「すまない、エリザベス。どうか俺との婚約を解消して欲しい」
エリザベスは婚約者であるギルベルトから別れを切り出された。
他に好きな女ができた、と彼は言う。
でも、それって本当ですか?
エリザベス一筋なはずのギルベルトが愛した女性とは、いったい何者なのか?
世界樹の反抗期〜世界樹と呼ばれて一万と二千年〜「もう、じっとしているの我慢出来ない!」
ke-go
ファンタジー
エターナル大陸の中央に根を生やす巨大な木…
この世界の者なら誰でも知っている世界のバランスを保つ巨木…
人々はこれを世界樹と呼び「エターナルマナ」と崇めた。
何時から存在したのかは誰も分からない。
雲を越えた樹冠は、まだ成長している様だ。
世界樹の枝に魅せられた妖精や小鳥達が枝に泊まり、毎日自分達が見た世界の話しをしてくれる。
世界樹は、その話しを何時も楽しみにしていた。
しかし…楽しい話しを聞いてるうちに、ある考えが世界樹に芽生えてしまった。
「どうして私は…動けないの?」
羨ましい…勇者様が魔王を倒した!賢者が不死の魔法を成功させた!西の王国で王様が侍女に手を出したのが、王妃にバレて魔法で馬にされた!懲りずに復活した魔王がまた勇者に倒されて宿屋を開いた!
「見たい!話しじゃなくて見たいよ!自分の目で見たいのよ!」
それから数百年…
ついに世界樹は我慢が出来なくなり人族の様な姿へと型を変えた。
そして…初めて歩いた世界樹は人が住む世界へと旅立った…
1番じゃない方が幸せですから
cyaru
ファンタジー
何時だって誰かの一番にはなれないルビーはしがない子爵令嬢。
家で両親が可愛がるのは妹のアジメスト。稀有な癒しの力を持つアジメストを両親は可愛がるが自覚は無い様で「姉妹を差別したことや差をつけた事はない」と言い張る。
しかし学問所に行きたいと言ったルビーは行かせてもらえなかったが、アジメストが行きたいと言えば両親は借金をして遠い学問所に寮生としてアジメストを通わせる。
婚約者だって遠い町まで行ってアジメストには伯爵子息との婚約を結んだが、ルビーには「平民なら数が多いから石でも投げて当たった人と結婚すればいい」という始末。
何かあれば「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ続けてきたルビーは決めた。
「私、王都に出て働く。家族を捨てるわ」
王都に行くために資金をコツコツと貯めるルビー。
ある日、領主であるコハマ侯爵がやってきた。
コハマ侯爵家の養女となって、ルワード公爵家のエクセに娘の代わりに嫁いでほしいというのだ。
断るも何もない。ルビーの両親は「小姑になるルビーがいたらアジメストが結婚をしても障害になる」と快諾してしまった。
王都に向かい、コハマ侯爵家の養女となったルビー。
ルワード家のエクセに嫁いだのだが、初夜に禁句が飛び出した。
「僕には愛する人がいる。君を愛する事はないが書面上の妻であることは認める。邪魔にならない範囲で息を潜めて自由にしてくれていい」
公爵夫人になりたかったわけじゃない。
ただ夫なら妻を1番に考えてくれるんじゃないかと思っただけ。
ルビーは邪魔にならない範囲で自由に過ごす事にした。
10月4日から3日間、続編投稿します
伴ってカテゴリーがファンタジー、短編が長編に変更になります。
★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる