死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第九十五話 『意趣返しと贈り物』

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 椅子や机の残骸が散らばり、硝子は割れ、あちこち血の跡が残るめちゃくちゃになった部屋の中で、私たち5人は暫く黙って座り込んでいた。
 レイラたちは先に屋敷に戻っていったけど、私たちはそうは行かない。いや、一人忘れてた。レオニート国王だけは、まだ消えずに残っている。

「それで、君たちはこれからどうするんだい?」

 その彼が静寂を破る。
 次に何を考えるかも、考えるのが億劫になっていた。多分みんなそうだと思うけど。

「こんな地獄みたいな世界で生き残って、大変だね君たちも」
「煩いな。そもそもお前は誰だ」
「ただの死人だ。今更どうでもいいことだよ」

 レナートに向かって肩を竦める国王を、ミハイルさんがギロリと睨む。

「何を他人ごとにしてる。元はと言えばお前が――」
「言っただろう、私は賢者本人ではないと。私も後始末を押し付けられた被害者の一人だ。だけど、これでやっと私も逝けるな」
「おい、待て。お前が消えたら、もう魔法のことがわかる者がいなくなる」
「その方がいいと思うよ。魔法は才に左右されるが、才ある者が誰しも自分を律しきれるとは限らない。私はこのまま忘れ去られるべき力だと思う。賢者と伯爵が残した爪痕もいつかは消える……何十年、何百年先のことかはわからないけれどね。その間、死霊も現れ続けるだろう。そんな厄介な世界をどうこうする気も力もないから、私は先に失礼する」

 じゃ、と軽く微笑んで、国王が手を上げる。そんな彼を睨みつけ、ミハイルさんが苦言を呈する。

「一国の王が、気楽にも程がある」
「そりゃ生きてないからね。君たちだっていつでもそれを選べる」

 それは……そうかもしれない。だけどきっと、この場の誰もそれを選びはしないだろう。

「と言っても……賢者の遺した力が大きすぎて、このままじゃまた次の器に力が残ってしまいかねないな。それも迷惑だろうから使い切ってからにするよ。まず手始めに……君らをロセリアまで魔法で送ろうか?」
「それは……助かるが。フェオドラ、お前はどうするんだ」

 ミハイルさんがちらりとフェオドラさんに視線を送る。

「私は残るよ。皇帝が引っ掻き回してくれたおかげで帝国の面倒な要人もだいぶ消えたし、その皇帝ももういない。帝国はもう今の形を保てんだろう。一から……下手をすればマイナスからのやり直しだが、うまくいけば新体制で上を狙えるかもしれん」
「大した野心家だな」
「私には追い越さねばならんやつがいるんでな」

 レナートの揶揄に、フェオドラさんが力強い笑みを返す。

「私にどこまでのことができるかはわからんが、君らのことも含め、争いの火種は消すように努めよう。帝国もロセリアも当分戦争などしている余裕はないだろうが、未来に禍根が残らぬように尽力する。できれば君らもそうしてくれ」
「……イスカは元々争いを好まん。帝国が命を食い潰すのをやめるなら、援助もする……そうできるよう、おれもイスカの王族として微力を尽くす」

 フェオドラさんとレナートが、そしてリエーフさんと私も、ミハイルさんを見る。彼は注視されて居心地悪そうに目を逸らした。

「俺にはそこまでの野心も権力もないんでな。……だが」

 ちら、とミハイルさんは自分の右手に視線を落とした。傷だらけのその手の甲には、消えずに呪印が残っている。

「俺は国など関係なく……この世界に死霊が現れる限りは、死者が生者に害を成さぬようにこの力を使う。どうやら死ぬまでこの業を背負い続けんとならんらしいからな」
「うむ。私には霊のことはわからんから、そのときは頼む」
「心意気はいいがイスカには来るなよ。縁起が悪い」

 レナートが嫌そうに呻き、ミハイルさんに小突きまわされて抗議の声を上げる。
 それを見ていると、ふいに国王が私の耳に顔を寄せて囁いた。

「澪。残りの力は、君に贈り物をしようと思う。いや……意趣返し、と言った方がいいかな。君には必要ないものだろうから」
「……何を言っているのか、わかりませんが……」

 彼も逝ってしまうのなら、その前に確認しておきたいことがあった。

「前の世界で私を殺したのは、貴方ですよね?」
「おっと。思い出したの?」
「いいえ、はっきりとは。多分前世での私の記憶の一部は、ミハイルさんが意図的に奪っているんでしょう」
「ご明察だね。返してもらおうとは思わないの?」
「彼がそうしているなら、きっと思い出さない方がいいことだから。貴方は皇帝……、いえ伯爵と決着をつけるためにミハイルさんを利用したんですね。私に何かとちょっかいを掛けたのもそのためでしょう」
「ああ。私は賢者の記憶を持っているが賢者ではない。私で終わらせるためには、死人のまま彼の傀儡になるしかなかった。澪じゃなきゃ、彼に火をつけられなかったからね……とにかく、これで私はやっと終われる。だけど君たちは始まる」

 憐れむように、彼は金色の瞳を細めた。

「お詫びと言ってはなんだけど、私の力の残りは、君たちの寿命にして足しておこう。ささやかだけど、この地獄のような世界で、君たちが少しでも長く苦しめるようにね」

 そう言うと彼は私が何かを言う前に、ミハイルさんたちの方へ向かって声を上げた。

「じゃあ、そこの帝国軍人以外を全員ロセリアに飛ばす。細かい場所までは指定できないから、安全な場所に落ちるよう祈ってくれたまえよ」

 言うなり、彼は手を翳した。その手に光が集まっていく。

「……この魔法で、帝国に残る魔力の残骸もできるだけ使い尽くしていく。皇帝がロセリアの魔法の残滓で産み出したこの雪もじきなくなる。皇帝に従っておいた方が或いは良かったのかもしれんと思う日もあるだろう」
「そうかもな。だが命さえあればどうにでもなる」

 怯むことなくフェオドラさんが答える。

「ではな。生きていればまた会うこともあるだろう」

 そう言って笑う彼女の、その笑顔を残して、あたりの景色が歪んで溶けた。


 ※


 ふと目を開けると、青空が飛び込んできた。
 遠くに街が見え、近くにはミハイルさんとリエーフさん、レナートが倒れていた。……一人残ったフェオドラさんが心配だけど、彼女ならきっと大丈夫だと信じるしかない。
 ミハイルさんの側に膝をついて、体を揺らす。そのとき――私はあることに気がついた。

「……ミオ? どうした」

 目を覚ましたミハイルさんが、起き上がってすぐ驚いたように私の目元に手を当てる。リエーフさんやレナートも気がついたようだけど、それに気を回す余裕もなくて。
 国王の……いや、多分これは、こんなことをするのは、賢者の方だ。わかった。彼の意趣返し。必要ないから贈ったんだ。

 、性格が悪い。

 ボロボロと流れる涙を拭って、顔も上げられないで、私は答える。

「約束通り……、私、また好きになりましたよ」

 ミハイルさんの、私の涙を拭おうとした手が止まる。それをやんわりと押し戻すと、私は立ち上がって明るく告げた。



「さ、お屋敷に帰りましょう。まだお掃除できてないところがたくさんあるんです。今度こそ全部綺麗にしますからね!」
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