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第四十九話 黒幕は誰か
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食堂に入ると、ライサ、エドアルト、アラムさんの姿があった。
「情報共有しておいた方がいいと思いまして。わたくしが呼びました」
配膳しながら、リエーフさんが声を上げる。
「死者以外の来訪などほとんどなかった当家に立て続けにお客様がいらしたり、逆に当家幽霊が、三人も外に出されたり。最近はイレギュラーなことばかりです」
確かに。こないだなんて、一日の間に二人も来客があった。
「……マスロフは恐らく陽動だろうな」
シルバーを手に取りながらも動かすことなく、ミハイルさんが呟く。
「タイミングが良すぎる。退魔士は依頼を受けたと言っていた。その依頼が帝国からなら辻褄が合う」
陽動……、つまり、そのマスロフ侯爵の相手をしている間に、レナートが私を連れ出す手はずになっていたということだろうか。
確かリエーフさんは、侯爵を帝国の使者だろうと言っていたし。
「なんで帝国がミオを?」
エドアルトさんが率直な問いを放つ。
「そりゃ、ご当主を従わせるためだろう。ミオ嬢を人質に取られれば、なんでも言うこと聞きそうだ。ご当主は」
ムッとしたように、ミハイルさんがアラムさんを睨む。だが否定はしなかった。
「まぁ、侯爵も帝国も互いの関与を認めないでしょうが」
「どうしてですか?」
「イスカまで巻き込んでロセリアから人ひとり拉致しようとしたなんて、帝国は知られたくないでしょうし。証拠が残らないようにしているはずです。マスロフ侯爵は昔から何かと当家を見下したい人ですから、うまく焚きつければ勝手に動くでしょう」
そういえば、レナートも依頼を受けたことは話してくれたけど、詳しくは教えてくれなかった。さすがに守秘義務があるか……、依頼のことを教えてくれただけでも感謝しなければ。……レナートのことだから、彼なりの罪滅ぼしだったのかもしれないけど。
「ただ一つ……、妙なことがございます」
リエーフさんが給仕の手を止めて、人差し指をぴっと立てる。
「わたくし、まだミオ様のことはどこにも公表しておりません」
「じゃあ、どうして帝国はミオのことを知ってるの?」
しん、と場が静まり返る。
ひとつ、心当たりがあるとすれば。
「あの……、私この屋敷に来たときから、妙な声に色々唆されるんですけど。この前、その人に会いました」
「なんだと?」
ミハイルさんが、剣呑な声を上げる。
「白い髪で、金色の眼をした人でした」
「……ほほう? 坊ちゃん、ミオ様に冷たくされたからってそこまで隙を見せるのは頂けませんね」
「う、うるさい」
珍しくミハイルさんが少しどもる。
が、それより二人がそこまで驚かないことが気になった。
「その人が、私のこと帝国は欲しがるだろうと言ってました。……二人とも知ってるんですか?」
「そいつは帝国よりある意味厄介だ。隙を見せるな。俺も注意しておく」
「とにかく……、その人が帝国と繋がっているというわけではないんですね」
「可能性が無いとは言わんが……、それより気になるのは……」
他に心当たりがあるようで、ミハイルさんが押し黙る。
そうは言っても、リエーフさんが誰にも言っていないのなら、私の存在を知り得る人は限られている……。
「まさかあの女。帝国のスパイだったんじゃないの?」
脳裏に浮かんだ人物と同じ人を、レイラも想像していたようだった。そしてその言葉に胸がざわめく。
帝国のスパイ。その言葉を、最近私も聞いたことがある。
「リエーフ」
「明日、フェリニまで馬を飛ばしてみます」
ミハイルさんが用件を伝える前に、リエーフさんが恭しく頭を垂れる。
「いいですか、坊ちゃん。くれぐれも……」
そして、目を細めて、真剣な声を上げる。
「くれぐれも、わたくしがいない間にあんなことやそんなとこしないでくだ」
『捉えよ』
リエーフさんの言葉半ばで、ミハイルさんが手首の包帯を外す。緋色の刃がリエーフさんに向かって飛んでいく――ごく小さいものではあったけど。
「ちょっと、何てことするんですか!」
ミハイルさんに駆け寄ると、私はその手から包帯をひったくってきつく巻き直した。
「せっかく治りかけてるのに!」
「わたくしの心配ではないのですね……本望です」
どうせ避けているだろうと思ったけど、やっぱり避けていたリエーフさんが苦笑しながら自分の頬をさすった。そのすぐ横の壁に刺さった刃が砕けて消える。
私が自分の席に戻ったタイミングで、再びミハイルさんは口を開いた。
「レイラ、エドアルト、アラム。特にエドアルト……、またお前らの力を借りることになるかもしれん。その時は……」
「構わないよ、ご当主。だって僕らは」
エドアルトが応えて、三人は顔を見合わせた。そして、その視線が一斉に私へと注がれる。
「僕らはあのとき、もう一度ミオに会いたくてここに残ったんだもの」
「え……」
思いもしないことを言われて、一瞬理解ができなかった。
「……だから言っただろう。逆だと」
でもミハイルさんが、そう言うのを聞いて。
鼻の奥がツンとした。みんなが私に優しくしてくれるのは、当主に命じられているからだと、あの声の主は言った。別に、それでもいいと思っているけど。だから本当にもうどっちでもいいんだけど。
「ありがとう。ごめんね……、私、何も覚えてないのに……」
少しうるっと来てしまって、目元を拭う。嬉し泣きって、初めてかも。
照れを隠すように、私は食事を再開した。それからしばらく、誰も声を上げなかったが。
「……ミオ。疲れているところ悪いが、食事が終わったら俺の部屋に来い」
少しためらいがちに紡がれた言葉に、リエーフさんがポットを取り落とした。その音に、それぞれ考えて込んでいたようなレイラ、エドアルト、アラムさんが一斉に顔を上げる。
「ぼぼぼ坊ちゃん、わたくしがいない間にするなと言われたからといってまさか今夜中とはこのリエーフ」
「え、何、何するの」
「ちょっと二人とも。レイラの前であんまりそういうことは……教育に悪いよ……」
「なんかいい薬持っていこうか?」
違う、と叫ぶミハイルさんの声をかき消して、幽霊たちがそれぞれがわいわい好きなことを騒ぐ。
何か、ぶちっという音が聞こえた……気がする。
目の前で、ミハイルさんがゆっくりとシルバーを置き……、腰のナイフに手を掛けた。
「情報共有しておいた方がいいと思いまして。わたくしが呼びました」
配膳しながら、リエーフさんが声を上げる。
「死者以外の来訪などほとんどなかった当家に立て続けにお客様がいらしたり、逆に当家幽霊が、三人も外に出されたり。最近はイレギュラーなことばかりです」
確かに。こないだなんて、一日の間に二人も来客があった。
「……マスロフは恐らく陽動だろうな」
シルバーを手に取りながらも動かすことなく、ミハイルさんが呟く。
「タイミングが良すぎる。退魔士は依頼を受けたと言っていた。その依頼が帝国からなら辻褄が合う」
陽動……、つまり、そのマスロフ侯爵の相手をしている間に、レナートが私を連れ出す手はずになっていたということだろうか。
確かリエーフさんは、侯爵を帝国の使者だろうと言っていたし。
「なんで帝国がミオを?」
エドアルトさんが率直な問いを放つ。
「そりゃ、ご当主を従わせるためだろう。ミオ嬢を人質に取られれば、なんでも言うこと聞きそうだ。ご当主は」
ムッとしたように、ミハイルさんがアラムさんを睨む。だが否定はしなかった。
「まぁ、侯爵も帝国も互いの関与を認めないでしょうが」
「どうしてですか?」
「イスカまで巻き込んでロセリアから人ひとり拉致しようとしたなんて、帝国は知られたくないでしょうし。証拠が残らないようにしているはずです。マスロフ侯爵は昔から何かと当家を見下したい人ですから、うまく焚きつければ勝手に動くでしょう」
そういえば、レナートも依頼を受けたことは話してくれたけど、詳しくは教えてくれなかった。さすがに守秘義務があるか……、依頼のことを教えてくれただけでも感謝しなければ。……レナートのことだから、彼なりの罪滅ぼしだったのかもしれないけど。
「ただ一つ……、妙なことがございます」
リエーフさんが給仕の手を止めて、人差し指をぴっと立てる。
「わたくし、まだミオ様のことはどこにも公表しておりません」
「じゃあ、どうして帝国はミオのことを知ってるの?」
しん、と場が静まり返る。
ひとつ、心当たりがあるとすれば。
「あの……、私この屋敷に来たときから、妙な声に色々唆されるんですけど。この前、その人に会いました」
「なんだと?」
ミハイルさんが、剣呑な声を上げる。
「白い髪で、金色の眼をした人でした」
「……ほほう? 坊ちゃん、ミオ様に冷たくされたからってそこまで隙を見せるのは頂けませんね」
「う、うるさい」
珍しくミハイルさんが少しどもる。
が、それより二人がそこまで驚かないことが気になった。
「その人が、私のこと帝国は欲しがるだろうと言ってました。……二人とも知ってるんですか?」
「そいつは帝国よりある意味厄介だ。隙を見せるな。俺も注意しておく」
「とにかく……、その人が帝国と繋がっているというわけではないんですね」
「可能性が無いとは言わんが……、それより気になるのは……」
他に心当たりがあるようで、ミハイルさんが押し黙る。
そうは言っても、リエーフさんが誰にも言っていないのなら、私の存在を知り得る人は限られている……。
「まさかあの女。帝国のスパイだったんじゃないの?」
脳裏に浮かんだ人物と同じ人を、レイラも想像していたようだった。そしてその言葉に胸がざわめく。
帝国のスパイ。その言葉を、最近私も聞いたことがある。
「リエーフ」
「明日、フェリニまで馬を飛ばしてみます」
ミハイルさんが用件を伝える前に、リエーフさんが恭しく頭を垂れる。
「いいですか、坊ちゃん。くれぐれも……」
そして、目を細めて、真剣な声を上げる。
「くれぐれも、わたくしがいない間にあんなことやそんなとこしないでくだ」
『捉えよ』
リエーフさんの言葉半ばで、ミハイルさんが手首の包帯を外す。緋色の刃がリエーフさんに向かって飛んでいく――ごく小さいものではあったけど。
「ちょっと、何てことするんですか!」
ミハイルさんに駆け寄ると、私はその手から包帯をひったくってきつく巻き直した。
「せっかく治りかけてるのに!」
「わたくしの心配ではないのですね……本望です」
どうせ避けているだろうと思ったけど、やっぱり避けていたリエーフさんが苦笑しながら自分の頬をさすった。そのすぐ横の壁に刺さった刃が砕けて消える。
私が自分の席に戻ったタイミングで、再びミハイルさんは口を開いた。
「レイラ、エドアルト、アラム。特にエドアルト……、またお前らの力を借りることになるかもしれん。その時は……」
「構わないよ、ご当主。だって僕らは」
エドアルトが応えて、三人は顔を見合わせた。そして、その視線が一斉に私へと注がれる。
「僕らはあのとき、もう一度ミオに会いたくてここに残ったんだもの」
「え……」
思いもしないことを言われて、一瞬理解ができなかった。
「……だから言っただろう。逆だと」
でもミハイルさんが、そう言うのを聞いて。
鼻の奥がツンとした。みんなが私に優しくしてくれるのは、当主に命じられているからだと、あの声の主は言った。別に、それでもいいと思っているけど。だから本当にもうどっちでもいいんだけど。
「ありがとう。ごめんね……、私、何も覚えてないのに……」
少しうるっと来てしまって、目元を拭う。嬉し泣きって、初めてかも。
照れを隠すように、私は食事を再開した。それからしばらく、誰も声を上げなかったが。
「……ミオ。疲れているところ悪いが、食事が終わったら俺の部屋に来い」
少しためらいがちに紡がれた言葉に、リエーフさんがポットを取り落とした。その音に、それぞれ考えて込んでいたようなレイラ、エドアルト、アラムさんが一斉に顔を上げる。
「ぼぼぼ坊ちゃん、わたくしがいない間にするなと言われたからといってまさか今夜中とはこのリエーフ」
「え、何、何するの」
「ちょっと二人とも。レイラの前であんまりそういうことは……教育に悪いよ……」
「なんかいい薬持っていこうか?」
違う、と叫ぶミハイルさんの声をかき消して、幽霊たちがそれぞれがわいわい好きなことを騒ぐ。
何か、ぶちっという音が聞こえた……気がする。
目の前で、ミハイルさんがゆっくりとシルバーを置き……、腰のナイフに手を掛けた。
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