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第三十六話 ミオとレイラ
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屋敷に戻ると、ホールは幽霊たちで賑わっていた。どうやらレイラの人生相談会真っ最中のようだ。吹き抜けの上に視線を伸ばすと、レイラもこちらを見たところだった。話していた霊をほったらかして、私のところまで降りてくる。
「ミオ、どうどう、何か進展あった??」
息巻いてといかける彼女の期待に添えるようなことは、残念ながら一切ないので。
苦笑して首を振ると、レイラががっかりしたような顔をする。そのあと舌打ちでもしそうに顔をしかめた。
「何やってるのよあのヘタレグズは」
「……ねぇ、レイラ」
なんだか、今にもミハイルさんのところに殴り込みに行きそうな彼女を呼び止める。「何!?」と、半ば怒鳴り声の返事が返ってくる。
「前の私は……、ううん、教えてくれないのよね。レイラも」
「ミオ……、ごめん」
今まで苛立ちに歪んでいた表情が、一転困り顔になるのを見――私はため息を噛み殺した。
「じゃあ、私のことはいいからレイラのことを教えて」
「あたしの?」
「どうしてニーナさんは、レイラのことをライサと呼んでいたの?」
「……ああ」
ニーナさんの名前を出すと、レイラは少し嫌な顔をしたけれど。ライサという名には、懐かしむような笑顔を見せた。
「ライサはあたしの双子の妹よ」
「その子も、このお屋敷にいたの?」
つまりニーナさんは、姉妹の区別がついていなかったのかなと思ったけれど、レイラはそれを否定するように首を横に振った。
「違うわ。あたしがまだ生きていた頃に病気で亡くなったの。お母様は心を病んでしまって、あたしをライサだと思うようになった。それ以来あたしはライサになった」
「そんな。それじゃ」
娘を亡くして正気でいられないのは分かるけど。それじゃ、レイラの存在がなくなってしまう。家族を亡くしたのは彼女も同じなのに、幼い身でどれほどの痛みだったのだろうか……、それを思うと私も胸が痛くなったけど。なんて声をかけていいかわからない。気安い同情の言葉しか出てこなくて。
でも、レイラは吹っ切れたように優しい顔つきで語り続ける。
「あたしはライサじゃないって言ったら、あたしがライサを殺してしまう気がしてた。あのぬいぐるみはライサの形見なの」
「あ……、ずっとあたしの部屋に置いたままだね。そんな大事なものなら返さなきゃ」
「ミオに持っていて欲しい」
「私に……? ミハイルさんじゃなくて?」
よくわからないけど……、レイラがミハイルさんに向ける感情は、一見嫌悪のように見えて、それだけで収まらないものがある気がする。彼女が言っていた幸せを見届けたい人っていうのも多分、ミハイルさんなんだろうし。だって彼女が関わる人間なんて限られている。
そう思って言うと、また、レイラは少し嫌そうな顔をした。
「ミハイルはあの子を壊したもの。ミオは直してくれた。だからミオがいい」
「壊した? どうして」
「さあね。ね、ミオ、もしまたあの子が壊れたら直してね。あたしの形見にもなるから」
そう言って微笑むレイラの笑顔があまりにも儚くて、消えてしまいそうで。
思わず手を掴んだ。
「形見なんて。そんなこと言わないで。私レイラがいないと嫌だよ。レイラがいてくれるから私……」
「ミオ……」
街から帰ってきたとき、ずぶ濡れで立ち尽くしていたときのレイラの温かさを、私はずっと忘れないと思う。レイラに体温はないんだけど、それでも確かに、温かく感じた。
きゅっとレイラが私の手を握り返す。
昔の私が何を考えていたのかわからないけど。でも、多分……、きっとこのお屋敷のみんなのことが好きだったんだと思う。それだけは、なんとなくわかる。
「……ミオのウエディングドレス姿を見るまでは成仏しないわ」
「な、なによそれ」
「ミハイルと『あんなこと』があったんでしょ?」
噴きそうになった。
そういえば朝食での会話、聞かれていたんだったっけ……、レイラが何を想像しているのかわからなくてなんとも答えられないけど。
「何もないよ。……レイラ、幽霊たち、待ってるよ。相談の途中だったんでしょ?」
「嘘、絶対何かあったわよ」
……お屋敷のみんなのこと好きだけどさ。
ちょっと、野次馬根性が過ぎると思うのだ。
心配してくれてるんだと思うけど……いや半分は面白がられてる気もするけど……、この話、続けたくないな。
「何もないってば。それより思ったんだけど、幽霊たちの名前と要望をまとめておけば、ミハイルさんに引き継ぎしやすいんじゃないかって。それなら私にもできるから、手伝うね。ちょっと待って、紙とペンを……」
「ねぇ、ミオ」
手を放して、部屋に戻りかけた私の手を、今度はレイラが掴む。今度は、珍しく真剣な顔をして。迷うように、彼女は口を開いたり閉じたりして……、それから、言葉を選ぶように、何度もつっかえながら話し出す。
「あのね、ええと……、アイツはね、ミオがいないと全然ダメなのよ。この三年間、ホントにダメダメだったのよ。笑えるくらいよ。それなのに、やっと会えても行くなの一言も言えなかった奴なのよ。だからええと……、あたしはわかるけど、アイツに苛立つ気持ち。きっと何かロクでもないことしたんでしょ? ……でも、あんまり怒らないでやってね。ミオがそんな顔してたらアイツ、きっと……」
「……本当に、怒ってないよ、私」
「だったらいいんだけど……」
疑わしげに顔を覗き込むレイラに、私は笑顔を貼り付けた。それで、納得してもらえたかわからないけど。
「紙とペン、取ってくるね」
「ミオ、どうどう、何か進展あった??」
息巻いてといかける彼女の期待に添えるようなことは、残念ながら一切ないので。
苦笑して首を振ると、レイラががっかりしたような顔をする。そのあと舌打ちでもしそうに顔をしかめた。
「何やってるのよあのヘタレグズは」
「……ねぇ、レイラ」
なんだか、今にもミハイルさんのところに殴り込みに行きそうな彼女を呼び止める。「何!?」と、半ば怒鳴り声の返事が返ってくる。
「前の私は……、ううん、教えてくれないのよね。レイラも」
「ミオ……、ごめん」
今まで苛立ちに歪んでいた表情が、一転困り顔になるのを見――私はため息を噛み殺した。
「じゃあ、私のことはいいからレイラのことを教えて」
「あたしの?」
「どうしてニーナさんは、レイラのことをライサと呼んでいたの?」
「……ああ」
ニーナさんの名前を出すと、レイラは少し嫌な顔をしたけれど。ライサという名には、懐かしむような笑顔を見せた。
「ライサはあたしの双子の妹よ」
「その子も、このお屋敷にいたの?」
つまりニーナさんは、姉妹の区別がついていなかったのかなと思ったけれど、レイラはそれを否定するように首を横に振った。
「違うわ。あたしがまだ生きていた頃に病気で亡くなったの。お母様は心を病んでしまって、あたしをライサだと思うようになった。それ以来あたしはライサになった」
「そんな。それじゃ」
娘を亡くして正気でいられないのは分かるけど。それじゃ、レイラの存在がなくなってしまう。家族を亡くしたのは彼女も同じなのに、幼い身でどれほどの痛みだったのだろうか……、それを思うと私も胸が痛くなったけど。なんて声をかけていいかわからない。気安い同情の言葉しか出てこなくて。
でも、レイラは吹っ切れたように優しい顔つきで語り続ける。
「あたしはライサじゃないって言ったら、あたしがライサを殺してしまう気がしてた。あのぬいぐるみはライサの形見なの」
「あ……、ずっとあたしの部屋に置いたままだね。そんな大事なものなら返さなきゃ」
「ミオに持っていて欲しい」
「私に……? ミハイルさんじゃなくて?」
よくわからないけど……、レイラがミハイルさんに向ける感情は、一見嫌悪のように見えて、それだけで収まらないものがある気がする。彼女が言っていた幸せを見届けたい人っていうのも多分、ミハイルさんなんだろうし。だって彼女が関わる人間なんて限られている。
そう思って言うと、また、レイラは少し嫌そうな顔をした。
「ミハイルはあの子を壊したもの。ミオは直してくれた。だからミオがいい」
「壊した? どうして」
「さあね。ね、ミオ、もしまたあの子が壊れたら直してね。あたしの形見にもなるから」
そう言って微笑むレイラの笑顔があまりにも儚くて、消えてしまいそうで。
思わず手を掴んだ。
「形見なんて。そんなこと言わないで。私レイラがいないと嫌だよ。レイラがいてくれるから私……」
「ミオ……」
街から帰ってきたとき、ずぶ濡れで立ち尽くしていたときのレイラの温かさを、私はずっと忘れないと思う。レイラに体温はないんだけど、それでも確かに、温かく感じた。
きゅっとレイラが私の手を握り返す。
昔の私が何を考えていたのかわからないけど。でも、多分……、きっとこのお屋敷のみんなのことが好きだったんだと思う。それだけは、なんとなくわかる。
「……ミオのウエディングドレス姿を見るまでは成仏しないわ」
「な、なによそれ」
「ミハイルと『あんなこと』があったんでしょ?」
噴きそうになった。
そういえば朝食での会話、聞かれていたんだったっけ……、レイラが何を想像しているのかわからなくてなんとも答えられないけど。
「何もないよ。……レイラ、幽霊たち、待ってるよ。相談の途中だったんでしょ?」
「嘘、絶対何かあったわよ」
……お屋敷のみんなのこと好きだけどさ。
ちょっと、野次馬根性が過ぎると思うのだ。
心配してくれてるんだと思うけど……いや半分は面白がられてる気もするけど……、この話、続けたくないな。
「何もないってば。それより思ったんだけど、幽霊たちの名前と要望をまとめておけば、ミハイルさんに引き継ぎしやすいんじゃないかって。それなら私にもできるから、手伝うね。ちょっと待って、紙とペンを……」
「ねぇ、ミオ」
手を放して、部屋に戻りかけた私の手を、今度はレイラが掴む。今度は、珍しく真剣な顔をして。迷うように、彼女は口を開いたり閉じたりして……、それから、言葉を選ぶように、何度もつっかえながら話し出す。
「あのね、ええと……、アイツはね、ミオがいないと全然ダメなのよ。この三年間、ホントにダメダメだったのよ。笑えるくらいよ。それなのに、やっと会えても行くなの一言も言えなかった奴なのよ。だからええと……、あたしはわかるけど、アイツに苛立つ気持ち。きっと何かロクでもないことしたんでしょ? ……でも、あんまり怒らないでやってね。ミオがそんな顔してたらアイツ、きっと……」
「……本当に、怒ってないよ、私」
「だったらいいんだけど……」
疑わしげに顔を覗き込むレイラに、私は笑顔を貼り付けた。それで、納得してもらえたかわからないけど。
「紙とペン、取ってくるね」
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