死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
上 下
25 / 97

第二十四話 外の世界

しおりを挟む
 支度と言っても、私がすることは着替えくらいのもので。
 そのほかの必要なものは、全てリエーフさんが用意してくれていた。といっても、ニーナさんが住むフェリニの街まで半日は掛からないそうで、簡単な携帯食、水といった最低限のものだけだ。そう荷物は多くない。
 
「その子も連れていくの?」

 それを受け取ってリエーフさんと屋敷の外に出ると、私を見るなりニーナさんがそんな声を上げた。もちろんミハイルさんに対してである。

「ここだって以前ほど平和じゃないかもしれないけど、今のフェリニは比べ物にならないほど治安が悪いわ」

 てっきり二人で行きたいのかと思っていたけど、邪推だったかもしれない。一応心配してくれている、と思っていいのだろうか。

「フェリニ領は田舎だろう。王都からも遠く、魔法暴走の影響も少なかったはずだ。どうしてそこまで悪化する」
「わたしが聞きたいわ。でも今のフェリニは以前までとは違う」
「今の屋敷も前とは違う。死霊が増えたし安全とは言えん」
「指輪を外せばいいじゃない。 そしたら見えないんだから」

 うん……、治安の話も嘘ではないのだろうけど、やっぱり私に来て欲しくはないんだろうな。
 しかしミハイルさんは取り合わない。

「指輪はそんな気安く着脱するものじゃない。とにかく、何を言われようがミオは連れて行く」
「はいはい。でも移動はどうするのよ」

 馬を連れてきたリエーフさんに視線を当てながら、ニーナさんが言う。
 そうか、移動、馬なのか。馬のことはよくわからないけど、さすがに三人乗りはキツそうだな。一瞬ミハイルさんも怯んだけれど、ケロっとした顔でリエーフさんが口を挟む。

「何を仰っているのです、ニーナ様。ご自分の馬で来られましたでしょう?」
「な……」

 ニーナさんが何か言う前に、リエーフさんが手袋を外して指笛を鳴らす。するとどこからともなく、葦毛の馬が現れて、ニーナさんとリエーフさんの間に止まった。

「リエーフ……あなたってほんと良いのは顔だけよ」
「それは光栄でございます」

 暗に性格が悪いと仄めかしているのに気付かないわけではないだろうに、リエーフさんは涼しい顔で優雅に頭を垂れた。一方、珍しくミハイルさんが表情に驚きを見せる。

「お前……馬に乗れたのか。魔法がなくなったからか?」
「昔からよ。魔法で制御された馬って高価だったし、何か可哀想で嫌だったの」

 言いながら鐙に足をかけ、実に軽やかに、彼女はひらりと馬にまたがった。どうでもいいけど、スカート履いてそんな動作されるとこっちがハラハラする。

「貴方と一緒に乗りたかったから、隠してたのよ」

 見上げる先で笑う、その笑顔が眩しいのは、何も陽の光を背にしているからだけではないだろう。

 ……敵わないな。最初から争うつもりはないけれど。
 少し苛立ったりもしたけど、ここまで率直にアピールされると小気味いいなとしか言えないや。慣れた様子で馬を乗りこなす姿は、可憐な容姿と裏腹に――いや容姿が可憐な分、余計にかっこいい。

「私も乗れるように練習しようかな」
「では、ミオ様用の馬を見繕っておかないといけませんね」

 駆けていくニーナさんの後ろ姿を眺めながらぽつりとつぶやくと、リエーフさんがそれを聞きつけてニッコリ笑う。だが、ミハイルさんはそれらを一言で突っぱねた。

「必要ない」
「おや」

 笑顔に何か含みを混ぜて、リエーフさんが口元に手を当てる。彼がそれ以上何かいう前に、ミハイルさんが再び声を上げる。

「行くぞ。乗せてやるから早く来い」
「い、いえ。それくらいは自分で」

 担ぎあげられそうになって、慌てて見様見真似で鐙に足をかける。でも……見た目ほど簡単じゃないな、これ。結局ミハイルさんに補助してもらって、なんとか馬上の人になる。
 前に乗ったときは状況が状況だったのであまり何も思わなかったけど。高いし、安定しないし、結構怖い。練習しても、一人で乗れるようになるまで一体どれくらいかかることやら。

「ではリエーフ、留守を頼む」
「お任せを」

 短いやり取りを交わし、ミハイルさんが私の後ろに座る。

「えっと……、二人乗りって、同乗者が後ろに乗るものではないんですか?」
「後ろは揺れるし、落ちても助けられんぞ。しっかり掴まっているならいいが」

 しっかり掴まる……

「……ここでいいです」

 しっかり掴まったときの密着度を考えて遠慮する。しかし、前にいても、近いものは近いのである。馬が動き出し、ミハイルさんが片手で私の体を抱える。

「は、離して……!」
「いいのか?」

 声に呆れを含んでいるのは、まだそこまで速度が出ているわけでもないのに、私がその腕に爪を立てるほどしがみついているからだろう……
 だって落ちたら怪我じゃすまない。

「怖いなら目を閉じてろ」
「怖くないです!」
「ふっ」

 笑いを噛み殺した声が降ってくる。
 声や顔は取り繕えても、この態度ではそりゃバレるか。悔しいけど、人には得手不得手がある。私はジェットコースターはおろか、できればメリーゴーランドすら乗りたくないのだ。

「……いえ、すみません。正直言うと怖いです」
「意外だな。霊も俺も怖れないくせに」
「その辺は怖くてもハッタリが利くだけです」
「おい」
「冗談です。……乗り物は苦手ですが、目を閉じてるのは勿体ないです。だってこんなにいい景色……!」

 速度が上がり、揺れも大きくなって口を閉じる。
 観念して、やや前傾だった体を後ろにもたれさせる。

「安心して眺めてろ。何が起きようがお前に怪我などさせん」

 やっぱり悔しいな……、さっきよりずっと速いのに、もうあんまり怖くない。
 一人で外出したときは、景色を楽しんだり、何が待っているんだろうなんて考える余裕はとてもなかった。
 だけど今は外の世界が楽しみだ。

 目に染みるほど空は底抜けに青い。ひたすら遠くまで続く緑の平原、そのさらに向こうに連なる山の影。
 フェリニ領につくまで、あとどんな景色が見られるだろう。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...