死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第六話 ぬいぐるみ

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 このお屋敷は、時折誰もいないのに物音がしたり、視線を感じたりする。
 曰くこの屋敷には死霊が集うのだという。だけど私は実際にそれを目の当たりにしたことはない。

 今もまた。

 ――ポフッ――

 擬音語にするならそんな感じ。何か、柔らかい物が落ちるような音がして、私は着替えの手を止め振り返った。

「ぬいぐるみ……?」

 あたりを見回しても誰もいないのに、床にぬいぐるみが落ちている。さっきまでは確実になかったものだ。
 クマ……のような、クマではないような。
 拾い上げようと、スカートを押さえて屈む……、思い直して腰を落とす。今着替えたこの服。ちょっと丈が短くないだろうか? フリルもやたら多くて、動きづらい。

 私は、「掃除がしたいので動きやすい服を貸してほしい」と言ったはずなんだけど。

「おやおや」

 ぬいぐるみを抱えながらそんなことを考えていると、後ろからリエーフさんの声がかかる。

「レイラは、よほど貴方に会いたいようですね……はいはいすみません」

 言葉半ばで、リエーフさが煩そうに耳を押さえる。

「全くご主人様といいレイラといい、この屋敷には素直じゃない方が多いですね」
「あの、リエーフさん。もう少し動きやすい服はないですか?」
「それが当家のメイド服ですので」

 それなら……仕方ないのかな。
 リエーフさんはニコニコしながら「とてもよくお似合いです!」と言うけれど、正直似合っていないと思う……。
 しかしリエーフさんが取り合ってくれないので、もう一つ気になっていたことを聞いてみた。

「レイラと言うのは誰なんですか?」
「昔からこの屋敷にいる幽霊です」

 そう言って、リエーフさんがぬいぐるみに目を落とす。これが、そのレイラさんの持ち物だとすると……女の子、かな。随分古いぬいぐるみのようだけど、ところどころ糸が新しい。誰かが直した跡。

「そのぬいぐるみは、レイラがとても大事にしているものです」
「なら、返さなきゃいけませんね」
「わざと落としていったんだと思いますけれどね」

 もう、彼女はこの場にはいないのだろうか。
 遠くを見るような目つきをしたリエーフさんの視線を追っても、当然何も見つけられることはなく。

 ――わざと、落としていった。
 何の為に? 私に気づいて欲しいから?

「……リエーフさん。私も元々ここに来たときは魂だけだったんですよね?」
「ええ」
「じゃあどうして私だけ、こうして……普通の人のようにしていられるんですか? それとも私の姿も、普通の人には見えていないんですか? えっそもそもリエーフさんには幽霊が見えるんですか?」
「ふふ、順にお答えしましょうか」

 しまった、つい一度にたくさん聞いてしまった……、だってわからないことだらけなんだもの。

「まず、ミオ様は普通の人間です。けれど他の幽霊たちはミオ様のように食事したり掃除したりすることはできません。私は彼女らの姿を見ることはできますが、それも実体ではないのです」
「じゃあ……どうして私だけ?」

 そう問うと、リエーフさんは少し迷うような素振りを――首を傾げたり俯いたり唸ったりを繰り返した。
 それを暫く続けてから、私へと視線を戻す。

「本当は口止めされているんですけど……、ミオ様のように、前世の記憶を残したまま、同じ姿で転生するなんてこと、本来ならあり得ないのです。魂は生まれ変わり循環する。でもその魂が歩むのは、全く別の人格の、新しい人生です」

 うん、それならまだわからなくもない。
 でも私の場合、生まれ変わったというよりもう、生き返ったという方が近い気がする。

「恐らく、それができたのはミオ様が生きていたのとは全く別の世界だから、だと思われます。この世界にとっては全く別の新しい人になりますし」
「なるほど……? でもどうしてそれを口止めされているんですか?」
「いや、口止めされているのはそこではないのですが」

 リエーフさんが、曖昧に笑う。では一体なにを誰に口止めされているのだろうか。
 ……いや、リエーフさんに命令できる人なんて他にいないか。

「今この屋敷にいる死霊たちはみな、何らかの理由で生まれ変わっていけない者たちです。それをなんとかするのが当家の役割……というのが現状でしょうか」
「私のように?」
「ミオさんの場合はだいぶ特殊です。その……、ミオさんが転生するために、ご主人様はご自身の寿命と血の大半を使われました」
「…………」

 ピンときた。
 口止めしてたのは、それか。

「それも、貴女が当家花嫁……、指輪の持ち主だからできたことです。誰にでもできるわけではありませんし、仮にできたとしても、死霊全てにそんなことをしていてはご主人様の体が持ちません」

 だから、どうして、そういう大事なことを隠すのだ。あの人は。

「あ、ミオ様……」

 何か言いかけたリエーフさんの前を、私はぬいぐるみを抱えたまま通り過ぎた。
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